問い
なめらかな水平の板の穴に糸を通し,板の上で円運動する小球の糸を下からゆっくり引くと,小球はだんだん速く回ります.第8章では,角運動量の保存から,半径を3分の1にすると速さが3倍になることを確かめました.ところが,糸が小球を引く力はいつも穴の方を向いていて,小球が回る向きの成分はありません.回る向きに押す力がないのに,なぜ速さが増えるのでしょうか.
考えてみる
中心のまわりを回る運動は,𝑥,𝑦 の成分より,「中心からの距離 𝑟」と「向き 𝜃」で表すほうが自然です.素朴には,回る向きの加速度は第3章の円運動の接線加速度 𝑟d𝜔d𝑡 だと考えたくなります.もしそうなら,回る向きの力がない小球の角速度は変わらないはずです.しかし実際には,半径が3分の1になると角速度は9倍になります.
困った原因は,「中心向き」と「回る向き」という向きそのものが,小球が動くにつれて回っていくことにあります.𝑥 軸,𝑦 軸の向きは場所によらないので,成分を微分すればそのまま加速度の成分になりました.向きが変わる方向に分けるときは,向きの変化まで微分に入れなければなりません.
極座標と単位ベクトル
平面上の点 P の位置を,原点 O からの距離 𝑟 と,𝑥 軸から反時計回りに測った角 𝜃(ラジアン)で表すのが極座標です.直交座標とは 𝑥 =𝑟cos𝜃,𝑦 =𝑟sin𝜃 の関係にあります.たとえば (𝑟,𝜃) =(2,𝜋3) の点は (𝑥,𝑦) =(1,√3) です.
定義 極座標の単位ベクトル
点 P (𝑟,𝜃) で,O から P へ向かう単位ベクトルを 𝒆𝑟,それを反時計回りに90度回した単位ベクトル(𝜃 が増える向き)を 𝒆𝜃 とする.
𝒆𝑟=(cos𝜃, sin𝜃),𝒆𝜃=(−sin𝜃, cos𝜃)
P の位置ベクトルは 𝒓 =𝑟 𝒆𝑟 である.
𝜃 =0 の点では 𝒆𝑟 =(1,0),𝒆𝜃 =(0,1) ですが,𝜃 =𝜋2 の点では 𝒆𝑟 =(0,1),𝒆𝜃 =( −1,0) です.同じ名前の単位ベクトルでも,場所によって向きが違います.
[図:極座標の回る単位ベクトル]初期角は35°.角θを変えるとPと,互いに垂直な単位ベクトルeᵣ,eθが向きを変える.
初期角は35°.角θを変えるとPと,互いに垂直な単位ベクトルeᵣ,eθが向きを変える.
単位ベクトルの時間変化
短い時間 Δ𝑡 に角が Δ𝜃 だけ増えたとします.𝒆𝑟 は長さ1のまま Δ𝜃 だけ回るので,その先端は半径1の円の上を弧の長さ Δ𝜃 だけ,ほぼ 𝒆𝜃 の向きに動きます.よって Δ𝒆𝑟 ≈Δ𝜃 𝒆𝜃 です.同じように 𝒆𝜃 の先端は −𝒆𝑟 の向きに動き,Δ𝒆𝜃 ≈ −Δ𝜃 𝒆𝑟 です.Δ𝑡 で割って Δ𝑡 →0 とすると次の式になります.成分の計算での確かめは次の節で行います.
定理 単位ベクトルの微分
˙𝜃 =d𝜃d𝑡 として
˙𝒆𝑟=˙𝜃𝒆𝜃,˙𝒆𝜃=−˙𝜃𝒆𝑟
[図:単位ベクトルの小さな変化]単位ベクトルの小さな変化を示す模式図.
速度と加速度
𝒓 =𝑟 𝒆𝑟 を積の微分で時間微分すると,𝒗 =˙𝑟 𝒆𝑟 +𝑟 ˙𝒆𝑟 =˙𝑟 𝒆𝑟 +𝑟˙𝜃 𝒆𝜃 です.˙𝑟 は中心から離れていく速さ,𝑟˙𝜃 は回る向きの速さで,𝑣2 =˙𝑟2 +𝑟2˙𝜃2 です.𝑟 が一定なら第3章の 𝑣 =𝑟𝜔 に戻ります.もう一度微分した結果は次のとおりです(計算は次の節).
法則 極座標での速度と加速度
𝒗=˙𝑟𝒆𝑟+𝑟˙𝜃𝒆𝜃
𝒂=(¨𝑟−𝑟˙𝜃2)𝒆𝑟+(𝑟¨𝜃+2˙𝑟˙𝜃)𝒆𝜃,𝑟¨𝜃+2˙𝑟˙𝜃=1𝑟dd𝑡(𝑟2˙𝜃)
−𝑟˙𝜃2 は第3章の向心加速度,𝑟¨𝜃 は角速度の変化による項です.素朴な予想になかったのが 2˙𝑟˙𝜃 で,半分は動径方向の速度 ˙𝑟 𝒆𝑟 が 𝒆𝑟 とともに回されて 𝒆𝜃 の向きに曲がる分,残りの半分は半径が変わって回る向きの速さ 𝑟˙𝜃 が変わる分です.𝑟 が一定なら 𝒂 = −𝑟˙𝜃2 𝒆𝑟 +𝑟¨𝜃 𝒆𝜃 となり,第3章の円運動の式(中心向きに 𝑟𝜔2,接線方向に 𝑟d𝜔d𝑡)に戻ります.
中心力と 𝑟2˙𝜃
中心力 𝑭 =𝐹 𝒆𝑟 では,運動方程式の 𝒆𝜃 成分が 𝑚𝑟dd𝑡(𝑟2˙𝜃) =0 なので,𝑟2˙𝜃 は一定です.位置ベクトルに垂直な速度成分は 𝑟˙𝜃 なので,角運動量の大きさは 𝐿 =𝑚𝑟2˙𝜃 で,これは第8章の角運動量の保存そのものです.短い時間 d𝑡 に位置ベクトルが掃く細い扇形の面積は 12𝑟2d𝜃 なので,面積速度 12𝑟2˙𝜃 =𝐿2𝑚 も一定です.𝒆𝑟 成分の式 𝑚(¨𝑟−𝑟˙𝜃2) =𝐹 は,このあとの題材で軌道を調べるのに使います.
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糸の力は中心向きなので 𝑟2˙𝜃 が一定で,半径が3分の1になれば ˙𝜃 は9倍,𝑟˙𝜃 は3倍です.回る向きの加速度 𝑟¨𝜃 +2˙𝑟˙𝜃 は0ですが,dd𝑡(𝑟˙𝜃) =˙𝑟˙𝜃 +𝑟¨𝜃 = −˙𝑟˙𝜃 で,糸を引いている間(˙𝑟 <0)は正です.𝒆𝜃 の向きが回っているので,その成分の加速度が0でも,速度の 𝒆𝜃 成分は一定ではないのです.
エネルギーで見ると,糸を引いている間の小球は円ではなく内向きのうずまきを描き,速度には中心向きの成分 ˙𝑟 があります.速度は糸に垂直ではなく,張力 𝑇 の仕事率 −𝑇 𝒆𝑟 ⋅𝒗 = −𝑇˙𝑟 は正です.「回る向きの成分がない」のは正しくても,小球が進む向きは円の接線方向ではなかったのです.
[図:糸で引く小球の速度の分解]時間を手動で進めると,小球は内向きに進み,回る向きの速度成分が増える.初期状態では動径の内向き成分と回る向きの成分を持つ.
時間を手動で進めると,小球は内向きに進み,回る向きの速度成分が増える.初期状態では動径の内向き成分と回る向きの成分を持つ.
ポイント ここまでのまとめ
極座標の単位ベクトル 𝒆𝑟,𝒆𝜃 は場所で向きが変わり,˙𝒆𝑟 =˙𝜃 𝒆𝜃,˙𝒆𝜃 = −˙𝜃 𝒆𝑟.
𝒗 =˙𝑟 𝒆𝑟 +𝑟˙𝜃 𝒆𝜃,𝒂 =(¨𝑟−𝑟˙𝜃2)𝒆𝑟 +1𝑟dd𝑡(𝑟2˙𝜃)𝒆𝜃.𝑟 一定で円運動の式に戻る.
中心力では 𝑟2˙𝜃 =𝐿/𝑚 が一定(角運動量の保存,面積速度一定).
問いの答え:糸を引いている間,小球は内向きに動くので,速度は糸に垂直でなく,糸の力が仕事をする.回る向きの加速度が0でも,𝒆𝜃 の向きが回るので 𝑟˙𝜃 は増える.