問いしるべ
問いから始める物理 運動を記述する

運動を記述する

位置とベクトル

著者:柚木芹香

問い

友だちに「駅から500 mのところにいるよ」とメッセージを送りました.友だちはすぐに見つけられるでしょうか.

もう少し伝わるメッセージにするには,何を足せばよいでしょうか.駅ではなく郵便局を基準にしたら,同じ場所を伝える言葉はどう変わるでしょうか.

考えてみる

「駅から500 m」だけでは,駅を中心とした半径500 mの円周上のどこにいても当てはまります.これでは探せません.足りないのは向きです.「駅から東へ400 m,そこから北へ300 m」と言えば,場所は1点に決まります.

大事なことが3つあります.第1に,場所を伝えるには基準になる点(駅)と,向きを測る約束(東と北)がセットで必要です.これが座標系の考え方です.第2に,「東へ400 m,北へ300 m」は2つの数の組で,この組から「まっすぐ測った距離」も出せます(4002+3002=500m).つまり「駅から500 m」という最初の言葉は,この組の大きさだけを取り出したものでした.第3に,基準を郵便局に替えれば,同じ場所でも数の組は変わります.しかし場所そのものや「ここからそこへの移動」は変わりません.

向きと大きさをあわせもつ量を扱う道具がベクトルです.この節では,物体の位置と移動をベクトルで書き表します.速度や加速度も,これを土台にして次の節以降で作っていきます.

座標系と位置ベクトル

位置を数で表すには,まず原点(基準の点)と座標軸(向きの約束)を決めます.

  • 直線上の運動なら,原点と,正の向きを1つ決めて,位置を1つの数 x で表します.

  • 平面上の運動なら,原点で直交する2本の軸 x 軸と y 軸をとり,位置を (x,y) で表します.

  • 空間なら,もう1本の z 軸を加えて (x,y,z) です.

原点Oから物体のいる点Pへ向かう矢印を,P の位置ベクトル r→ といいます.成分で書けば r→=(x,y)(空間では (x,y,z))です.手書きではこのように文字の上に矢印をつけて書きます.

定義 位置ベクトルと変位

原点Oから点Pへのベクトル r→=OP→ を,点Pの位置ベクトルという.時刻 t1 に r→1,時刻 t2 に r→2 にいた物体の変位は

Δr→=r→2−r→1

で,始点から終点へ向かうベクトルである.

印刷ではベクトルを r のように太字で書くのがふつうで,この本もここから先は太字で統一します.上の定義の r→,Δr→ は,以後 r,Δr と書きます.矢印と太字は同じものだと思ってください.

平面に原点Oと直交するx軸,y軸があり,点P1と点P2がある.Oから各点へ向かう位置ベクトルr1とr2を黒い矢印で,P1からP2へ向かう変位ベクトルΔr(=r2−r1)を橙の矢印で描く.灰色の破線は実際に動いた道のりで,変位とは別のものである. 平面に原点Oと直交するx軸,y軸があり,点P1と点P2がある.Oから各点へ向かう位置ベクトルr1とr2を黒い矢印で,P1からP2へ向かう変位ベクトルΔr(=r2−r1)を橙の矢印で描く.灰色の破線は実際に動いた道のりで,変位とは別のものである.

変位は「どこからどこへ動いたか」を表すもので,道のりとは別物です.たとえば家を出て1周して戻れば,変位は 0 です.

原点の取り方を替えると,位置ベクトルは変わります.原点をOからO'に移すと,どの点の位置ベクトルも同じベクトル c=O′O→ だけ変わるからです.しかし2点の位置ベクトルの差は変わりません.実際,新しい位置ベクトルを r′ として r1′=r1+c,r2′=r2+c とすれば r2′−r1′=r2−r1 です.位置は原点の選び方に依存し,変位は依存しません.力学で意味をもつのは,位置の差(変位)やその時間変化のほうです.

ベクトルの和・差・実数倍

2つの変位を続けて行うと,全体の変位は2つのベクトルの和になります.図形では,1つ目の矢印の終点に2つ目の矢印の始点をつなぎ,1つ目の始点から2つ目の終点へ引いた矢印が和です.

ベクトルAの終点にベクトルBの始点をつなぐと,Aの始点からBの終点へ引いた橙の矢印が和A+Bになる.同じAとBを始点をそろえて平行四辺形に並べた別の見方も灰色の破線で薄く重ねてあり,対角線として同じ和になる. ベクトルAの終点にベクトルBの始点をつなぐと,Aの始点からBの終点へ引いた橙の矢印が和A+Bになる.同じAとBを始点をそろえて平行四辺形に並べた別の見方も灰色の破線で薄く重ねてあり,対角線として同じ和になる.

差 A−B は,A+(−B) のことです.−B は B と大きさが同じで向きが逆のベクトルです.同じ始点から出る A,B があるとき,A−B は B の終点から A の終点へ向かう矢印になります.先ほどの変位 r2−r1 がちょうどこの形です.

実数倍 kA は,k>0 なら同じ向きで長さが k 倍,k<0 なら逆向きで長さが |k| 倍のベクトルです.

成分で位置を書く

ベクトルは,座標軸の向きに分けた成分を並べて書くと,数として扱えます.たとえば東向きを x 軸,北向きを y 軸にとれば,「東へ400 m,北へ300 m」は r=(400, 300)m です.成分を使った和・差・大きさ・向きの計算は,次の節でまとめます.

問いの答え

「駅から500 m」は,位置ベクトルの大きさ |r| だけを伝えた言葉でした.場所を1点に決めるには向き,つまり r の成分(または大きさと角)が要ります.また,基準の点(原点)と軸の向きを共有していなければ,数の組は相手に通じません.「駅から東へ400 m,北へ300 m」は,駅を原点,東を x 軸,北を y 軸の正の向きとする座標系で r=(400,300)m と言ったことになります.大きさ 500m,向きは東から北へ約 37∘ で,友だちは迷わず着けます.

ポイント ここまでのまとめ

  • 位置は,原点と座標軸を決めて初めて数で表せる.直線では x,平面では (x, y) である.

  • 原点から点Pへのベクトル r が位置ベクトル.変位は Δr=r2−r1 で,始点から終点へ向かう.

  • 位置は原点の選び方で変わるが,変位は変わらない.

  • ベクトルの和は矢印をつなぎ,差は終点どうしを結び,実数倍は長さを変える.

  • 問いの答え:「駅から500 m」は大きさだけの情報.向きと基準(座標系)があれば場所が決まる.