問いしるべ
問いから始める物理 仕事とエネルギー

仕事とエネルギー

ポテンシャル図

著者:柚木芹香

問い

水素原子を2つ,遠くから少しずつ近づけていくと,ある距離で結びついて水素分子になります.近づけすぎても,離しすぎても,分子はそこに落ち着きません.2つの原子は,なぜ「ちょうどよい距離」で結びつくのでしょうか.力の向きがどう変わるのかを想像しながら考えてみましょう.

考えてみる

遠く離れた2つの原子は,ほとんど力を及ぼし合いません.近づくと,原子全体としては引き合う力(引力)が働きます.水素分子では,2つの原子が電子を共有することで,2つの原子核を結びつける引力が生まれます.ところがさらに近づくと,電子の雲が重なって押し合い,原子核どうしの反発も効いて,強い斥力に変わります.引力が優勢な距離と斥力が優勢な距離があるなら,両者がつり合う距離がどこかにあるはずです.

力の向きを距離の関数としてグラフに描けば,この様子は表せます.ただし,力のグラフだけでは「その距離で止まるのか」「勢いよくぶつかったら離れていくのか」という運動の全体像が見えにくいのです.そこで,力の代わりにポテンシャルエネルギーのグラフを描きます.前の節までで学んだとおり,1次元の保存力では力とポテンシャルエネルギーが F=−dUdx で結ばれているので,U(x) のグラフ1枚に力の情報はすべて入っています.力学的エネルギー保存則も併せて使えば,運動の範囲まで一目でわかります.

ポテンシャル図の読み方

物体が1次元の保存力だけを受けて動くとき,力学的エネルギー保存則は

E=K+U(x)=12mv2+U(x)=一定

です.横軸に x,縦軸にエネルギーをとって U(x) を描いたものをポテンシャル図といいます.ここに全エネルギー E の水平線を引くと,次のことが読み取れます.

ポイント ポテンシャル図の読み方

  • 運動エネルギー:E の線と U(x) の曲線の間の縦の幅が,その位置での運動エネルギー 12mv2=E−U(x) である.幅が広いほど速い.

  • 許される領域:運動エネルギーは負になれないので U(x)≤E の範囲しか動けない.

  • 転回点:U(x)=E となる位置で速さが 0 になる.U′(x)≠0 の通常の転回点では,そこで向きを変える.U=E の位置がつり合い点(U′=0)でもあるときは別で,物体はそこに静止し続けるか,近づくのに無限の時間がかかる.

  • 力:曲線の傾きの符号を逆にしたものが力の向きで,F=−dUdx である.曲線が右上がりなら力は左向き,右下がりなら右向きに働く.

ポテンシャルと運動の範囲.横軸 \(x\),縦軸エネルギーのポテンシャル図.なだらかな谷をもつ \(U(x)\) の曲線と水平な破線 \(E\) を示している.\(E\) と曲線が交わる2点に「転回点」と書き,その間を「許される領域」として太線で示す.谷の底では \(E-U\) の幅が最大で,運動エネルギーが最大であることを矢印で示す. ポテンシャルと運動の範囲.横軸 \(x\),縦軸エネルギーのポテンシャル図.なだらかな谷をもつ \(U(x)\) の曲線と水平な破線 \(E\) を示している.\(E\) と曲線が交わる2点に「転回点」と書き,その間を「許される領域」として太線で示す.谷の底では \(E-U\) の幅が最大で,運動エネルギーが最大であることを矢印で示す.

読み方は,滑らかな坂を転がる球にたとえると直感的です.ただし,横軸は物体が動く方向の位置であって,現実に坂道があるわけではありません.それでも「谷底が一番速く,坂を上るほど遅くなり,E の高さで止まって引き返す」という読み取りは,そのまま正しいものです.

つり合いと安定性

力が0の位置は,F=−dUdx=0 より,曲線の傾きが0の点です.そこにそっと置けば物体は動きませんが,少しずれたときに戻るかどうかは,その点の形で決まります.

つり合いの安定性.山と谷が1つずつある \(U(x)\) の曲線.谷の底を「安定」,山の頂を「不安定」,平らな部分を「中立」と書く.少しずれた位置に小さな矢印を示し,力の向きを示す(谷では戻る向き,山では遠ざかる向き,平らな部分では力が0). つり合いの安定性.山と谷が1つずつある \(U(x)\) の曲線.谷の底を「安定」,山の頂を「不安定」,平らな部分を「中立」と書く.少しずれた位置に小さな矢印を示し,力の向きを示す(谷では戻る向き,山では遠ざかる向き,平らな部分では力が0).
  • 谷の底(極小):少し右にずれると U の傾きは正なので力は左向き,左にずれれば力は右向きで,元の位置へ戻される.これが安定なつり合いである.

  • 山の頂(極大):少しずれると傾きの符号が反転し,力はずれを大きくする向きに働く.これが不安定なつり合いである.

  • 平らな部分:ずれても力が0のままで,その位置にとどまる.これが中立のつり合いである.

傾きが0かどうかを判定したあと,谷か山かは曲線の曲がり方,つまり U の2階微分で見分けられます.

定理 安定性の判定

dUdx=0 となる点 x0 で

  • d2Udx2>0:極小,安定

  • d2Udx2<0:極大,不安定

  • d2Udx2=0:これだけでは決まらない(グラフの形を調べる)

安定点の近くは放物線

安定な点 x0 で U″(x0)>0 のとき,その近くでは谷はほぼ同じ形をしています.U を x0 の周りで2次の項まで展開すると(展開の方法は次の節で学びます),x0 では傾きが0なので

U(x)≈U(x0)+12U″(x0)(x−x0)2

となり,放物線になります.これに対応する力は

F=−dUdx≈−U″(x0)(x−x0)

です.k=U″(x0) とおくと F=−k(x−x0) で,ばねの復元力と同じ形です.

つまり,U″(x0)>0 の滑らかな谷なら,その底を中心にした小さな振動は,ばねの振動と同じになります.これが単振動で,詳しくは第7章で学びます.U″(x0)=0 の谷(たとえば U=ax4)では復元力が −4ax3 となり,単振動になりません.原子の振動にも,振り子が小さく揺れることにも,同じ理由が共通しています.谷が急なほど U″ は大きく,復元力が強いので,振動は速くなります.

原子間のポテンシャル

最初の問いに戻りましょう.水素分子の結合の詳しい仕組みは量子力学で扱いますが,原子の間のポテンシャルエネルギーは,ふつう近距離で斥力,遠距離で引力という共通の形をもちます.ここでは,その形を表す模型として,2つの原子の距離 r に対する U(r) を描きます.

原子間のポテンシャル.原子間距離 \(r\) を横軸にとった分子間ポテンシャル \(U(r)\).\(r\) が小さい側で急に立ち上がり,ある距離 \(r_0\) で最小値 \(-\varepsilon\) をとり,\(r\) が大きくなるとゆるやかに0へ近づく.\(E<0\) の破線(転回点2つ)と \(E>0\) の破線(転回点1つ)を示し,\(r_0\) と谷の深さ \(\varepsilon\) を寸法線で示す. 原子間のポテンシャル.原子間距離 \(r\) を横軸にとった分子間ポテンシャル \(U(r)\).\(r\) が小さい側で急に立ち上がり,ある距離 \(r_0\) で最小値 \(-\varepsilon\) をとり,\(r\) が大きくなるとゆるやかに0へ近づく.\(E<0\) の破線(転回点2つ)と \(E>0\) の破線(転回点1つ)を示し,\(r_0\) と谷の深さ \(\varepsilon\) を寸法線で示す.
  • 近距離:電子雲の重なりによる強い斥力で,U が急に大きくなる.曲線は立ち上がり,原子が簡単には近づけないことを表す.

  • 遠距離:弱い引力が長く続き,U は負の値からゆっくり0に近づく.

  • 中間:U が最小になる距離 r0 では dUdr=0 で,力が0になる.ここが「ちょうどよい距離」であり,安定なつり合いの点である.

式で表すときは,引力に対応するポテンシャルエネルギーの項を −A/r6,斥力に対応する項を B/r12(A,B は正の定数)として足し合わせる形がよく使われます.力は F=−dUdr で求めるので,大きさは引力が r−7,斥力が r−13 に比例します.平衡の距離や谷の深さを式から求めるのは,次の節の例題で行います.

定義 結合エネルギー

2つの原子が距離 r0 の平衡点にあるとき,U の最小値は −ε である.これを無限に引き離す(U=0)のに必要なエネルギー ε を結合エネルギーという.

全エネルギーの値で,運動の種類が分かれます.

  • E<0(束縛):運動は U(r)≤E の2つの転回点の間に閉じ込められ,原子は r0 のまわりを往復する.これが分子である.

  • E>0(自由):遠くからきた原子は,近距離側の転回点で跳ね返され,そのまま遠ざかる.結びつかずに衝突して離れる.

ここで注意が要ります.遠くから近づく2つの原子は E≥0 なので,保存力だけでは E<0 の束縛状態にはなりません.分子ができるには,余ったエネルギーを外へ渡す過程(第三の物体との衝突や光の放出など)が必要です.渡さなければ,原子は谷を通り抜けて再び離れていきます.また,エネルギーを渡したあとも,原子は谷底に静止せず,その周りを往復します.

分子の中の原子は,静止しているのではなく,谷の底のまわりで往復しています.その往復は温度が高いほど大きくなり,これが熱運動の正体です.この章の最後の題材で,その意味を考えます.

ポイント ここまでのまとめ

  • U(x) のグラフに全エネルギー E の線を引くと,運動エネルギーは E−U,許される領域は U≤E,転回点は U=E(つり合い点と重なる場合は別扱い)として読み取れる.力は曲線の傾きの符号を逆にしたもの(F=−dUdx)である.

  • つり合いは dUdx=0 の点.d2Udx2>0 なら安定(谷),<0 なら不安定(山)である.

  • 安定点で U″(x0)>0 なら,近くは放物線で近似でき,ばねと同じ復元力になる.これが小さな振動が単振動になる理由である(第7章).

  • 問いの答えは,原子間の U(r) が近距離の斥力と遠距離の引力のために中間に谷をもち,その谷の底 r0 が安定なつり合いの距離になる,である.E<0 なら谷に閉じ込められて結合した状態になり(遠くから近づく原子がそうなるには,余ったエネルギーを外へ渡す過程が要る),E>0 なら結びつかず離れていく.