問い
この章では,「確率は振幅の絶対値の2乗」「区別できない経路の振幅は足す」「続けてたどる経路の振幅は掛ける」という規則を出発点に置き,波と粒子の二重性,スピン,粒子の統計,2状態系を組み立てました.第29章で別々に学んだ光子,物質波,飛び飛びの準位は,この枠組みの中でどこに位置づくのでしょうか.そして,原子や素粒子を扱う本当の量子力学へは,ここからどうつながるのでしょうか.
事実から規則へ
第13章で力学を対称性から組み立て直したように,この章では量子の現象を振幅の規則から組み立て直しました.
前の章での位置づけ | この章での出どころ |
|---|
光や電子の干渉(第27章,第29章) | 区別できない経路の振幅の足し算 |
光子のエネルギー 𝐸 =ℎ𝜈(第29章) | 定常状態の振幅が 𝑒−𝑖𝐸𝑡/ℏ で回ること |
ド・ブロイ波長 𝜆 =ℎ/𝑝(第29章) | 振幅の位相 −(𝐸𝑡 −𝒑 ⋅𝒓)/ℏ がローレンツ変換で変わらないこと |
不確定性原理(第29章) | どちらの経路かを見ると振幅を足せなくなること |
飛び飛びの準位(第29章) | ハミルトニアン行列の固有値 |
光の吸収と放出(第29章) | 振動する外場による定常状態の間の共鳴 |
誘導放出,プランクの式 | ボース粒子の振幅の足し算 |
パウリの排他律,周期表 | フェルミ粒子の振幅の引き算 |
化学結合 | 電子が移る振幅によるエネルギーの低下 |
停留作用の原理(第13章) | 作用で位相が決まる経路の振幅の重ね合わせ |
逆に,この章で出発点として認めたものは次の4つです.
振幅の規則:確率は振幅の絶対値の2乗.区別できない経路は足し,続けてたどる経路は掛ける.
時間変化の形:振幅は 𝑖ℏd𝐶d𝑡 =𝐻𝐶 に従い,𝐻 はエルミート.
対称性:回転で振幅がどう変わるか(スピン),ローレンツ変換で位相がどう変わるか(ド・ブロイの関係),同じ粒子の入れ替えで振幅がどう変わるか(統計).
相互作用の中身:ハミルトニアン行列の具体的な成分.
力学の場合と同じく,1から3はどんな系にも共通の枠組みで,4だけが自然を調べて決める物理の中身です.
2つの状態から無限個の状態へ
この章では2つや3つの基底しか使いませんでした.ところが,粒子の位置のように連続な量を扱うには,無限個の基底が要ります.その入口を,2状態系の考え方から作ってみましょう.
一直線に等間隔 𝑏 で並んだ原子の列を,電子が渡り歩くとします.𝑛 番目の原子にいる状態を基底に選び,振幅を 𝐶𝑛 とします.アンモニアと同じく,各原子にとどまるエネルギーを 𝐸0,となりの原子へ移る振幅を表す成分を −𝐴 とすると
𝑖ℏd𝐶𝑛d𝑡=𝐸0𝐶𝑛−𝐴𝐶𝑛+1−𝐴𝐶𝑛−1
です.原子の間隔 𝑏 が,振幅が変化する長さに比べてずっと小さいとし,振幅を位置 𝑥 =𝑛𝑏 の滑らかな関数 𝜓(𝑥) とみなします.テイラー展開(第7章)で 𝜓(𝑥 ±𝑏) ≈𝜓 ±𝑏𝜕𝜓𝜕𝑥 +𝑏22𝜕2𝜓𝜕𝑥2 とすると,両どなりの和は 2𝜓 +𝑏2𝜕2𝜓𝜕𝑥2 です.エネルギーの基準を 𝐸0 −2𝐴 にずらし,𝐴𝑏2 =ℏ2/(2𝑚) とおき,場所によって違うエネルギーのずれを 𝑉(𝑥) と書けば
法則 シュレーディンガー方程式(1次元)
𝑖ℏ𝜕𝜓𝜕𝑡=−ℏ22𝑚𝜕2𝜓𝜕𝑥2+𝑉(𝑥)𝜓
が得られます.𝜓(𝑥) が,第29章で波動関数と呼んだものです.𝑉 =0 のとき 𝜓 =𝑒𝑖(𝑘𝑥−𝜔𝑡) を入れると ℏ𝜔 =ℏ2𝑘2/(2𝑚) で,𝐸 =ℏ𝜔,𝑝 =ℏ𝑘 とすれば 𝐸 =𝑝2/(2𝑚) という自由な粒子のエネルギーです.となりへ移る振幅が,粒子の運動エネルギーの正体だったのです.𝑚 は ℏ2/(2𝐴𝑏2) で決まるので,結晶の中の電子は真空中と違う「有効質量」をもちます.これは半導体(第29章)を理解する鍵になります.
[図:原子列の振幅から滑らかな波動関数へ]左右に等間隔bの原子列を描き,ある時刻に実数である振幅C_nを符号付きの棒の高さで示す.左は粗い原子列,右は同じ位置の範囲でbを小さくした原子列である.棒の先は滑らかな関数ψ(x)をなぞり,位置はx=nbである.
この方程式は,第29章の箱に閉じこめた電子の準位も,トンネル効果も説明します.エネルギーの決まった状態を探すことは,2状態系の固有値問題を,無限個の成分をもつ場合へ広げたものです.
水素原子の量子数
3次元のシュレーディンガー方程式に,陽子のクーロンの位置エネルギー 𝑉 = −𝑒24𝜋𝜀0𝑟 を入れて固有値を探すと,エネルギーは
𝐸𝑛=−13.6eV𝑛2(𝑛=1,2,3,…)
となり,第29章のボーア模型と同じ値が出ます.ただし,電子は円軌道を回るのではなく,振幅が原子の周りに広がった定常状態にあります.
定常状態は,3つの整数で区別されます.𝑛 は主量子数です.残りの2つは回転の対称性から来ます.スピンの題材で,回転すると振幅が決まった位相で変わることを見ました.同じように,状態を 𝑧 軸のまわりに角 𝜑 だけ回したとき振幅が 𝑒−𝑖𝑚𝜑 倍になる状態は,角運動量の 𝑧 成分が 𝑚ℏ です(スピン1/2の |+⟩ に付く 𝑒−𝑖𝜙/2 は 𝑚 =1/2 に当たります.この 𝑚 は質量ではありません).軌道の運動では一周で元に戻るので 𝑚 は整数です.角運動量の大きさを表す 𝑙 は 0 から 𝑛 −1 まで,𝑚 は −𝑙 から 𝑙 までの値をとります.さらに電子のスピンの2つの向きがあるので,同じ 𝑛 の状態は
2𝑛−1∑𝑙=0(2𝑙+1)=2𝑛2
個あります.𝑛 =1 で2個,𝑛 =2 で8個です.電子はフェルミ粒子なので,1つの状態に1個しか入れません(パウリの排他律).多くの電子をもつ原子では,電子が下の状態から順に詰まり,詰まり方の区切りが周期表の周期になります.化学の性質の周期性は,回転の対称性とフェルミ粒子の統計から出てくるのです.
場の量子論へ
同じ粒子の題材では,すでに 𝑛 個の光子がいる状態へもう1個の光子が入る確率が 𝑛 +1 倍になることを見ました.光子の数そのものが変わる過程を扱うには,「光子が 𝑛 個いる状態」を基底に選び,光子を作る振幅と消す振幅を考える必要があります.電磁場の各振動の形(第26章)を1つの振動子とみなすと,そのエネルギーの準位が ℏ𝜔 間隔に並び,準位の番号がちょうど光子の数になります.これが光の量子論です.
相対論と量子力学を合わせると,電子もまた「電子の場」の振動として扱わなければなりません.𝐸 =𝑚𝑐2 のために,十分なエネルギーがあれば粒子と反粒子の対が生まれ,粒子の数は保存しないからです(次の第31章で扱う対生成).同じ種類の粒子が完全に区別できないこと,スピンが半整数ならフェルミ粒子,整数ならボース粒子になることは,この場の量子論で説明されます.
場の量子論でも,規則はこの章と同じです.起こりうる過程(電子が光子を出す,光子が対を作る,など)を図に描き,それぞれに振幅を割り当てて足し,絶対値を2乗して確率にします.この図をファインマン図といいます.電子と光の量子論(量子電磁力学)で計算した電子の磁気モーメントは,実験と10けたを超える精度で一致しています.
ポイント ここまでのまとめ
干渉,光子,ド・ブロイ波長,準位,吸収と放出,統計,化学結合は,振幅の規則・時間変化の形・対称性という共通の枠組みから出る.物理の中身として残るのはハミルトニアンの成分.
となりへ移る振幅をもつ基底を連続に並べると,シュレーディンガー方程式になる.移る振幅が運動エネルギーを与える.
水素原子の定常状態は 𝑛, 𝑙, 𝑚 とスピンで区別され,同じ 𝑛 に 2𝑛2 個ある.回転の対称性とパウリの排他律から周期表が出る.
粒子の生成と消滅を扱う場の量子論でも,過程ごとの振幅を足して2乗するという規則は変わらない.