問い
遺跡から出た木炭のかけらを調べると,その木が切られたのがおよそ何千年前かが分かります.木炭には日付が書いてあるわけではなく,含まれているのはほとんどが炭素です.炭素を調べるだけで,なぜ年代が分かるのでしょうか.
考えてみる
年代を測るには,一定の速さで進む「時計」と,「いつ動き始めたか」の両方が要ります.木炭の炭素の大部分は 126C と 136C で,これらは何万年たっても変わりません.変わるのは,ごくわずか(炭素原子 1012 個に1個ほど)含まれる 146C です.146C の原子核は不安定で,やがて電子を出して 147N に変わります.
素朴に考えると,「1個の 146C が何年で壊れるか」が決まっていれば時計になりそうです.ところが実際には,同じ 146C の核でも,すぐ壊れるものもあれば何万年も残るものもあり,1個の核がいつ壊れるかは決まっていません.それでも時計として使えるのは,たくさんの核をまとめて見ると,減り方がきわめて規則正しいからです.この節では,原子核がどのように崩れ,その数がどのように減るかを調べ,それを測る方法までを考えます.
3種類の崩壊
原子核は陽子と中性子が核力で結びついたものでした.陽子と中性子の数の組み合わせによっては,別の核に変わった方が全体の静止エネルギーが小さくなります.このとき核は自然に別の核へ変わり,その際に粒子を出します.これを放射性崩壊,出てくる粒子の流れを放射線と呼びます.歴史的に α 線・β 線・γ 線と名付けられた3種類が代表です.
定義 放射性崩壊の3種類
α 崩壊:ヘリウムの原子核 42He(α 粒子)を出す.原子番号が2,質量数が4減る.例 22688Ra ⟶22286Rn +42He.
β 崩壊:核の中の中性子が陽子に変わり,電子と反ニュートリノを出す(𝛽− 崩壊,n ⟶p +𝑒− +¯𝜈).原子番号が1増え,質量数は変わらない.例 146C ⟶147N +𝑒− +¯𝜈.陽子が中性子に変わり陽電子とニュートリノを出す 𝛽+ 崩壊もある.
γ 崩壊:エネルギーの高い状態(励起状態)の核が,光子(γ 線)を出して低い状態へ移る.原子番号も質量数も変わらない.
[図:核図表で見るα・β・γ崩壊]横軸は中性子数,縦軸は陽子数で,格子1つが1個に対応する.親核からα崩壊は左下へ2つずつ,β⁻崩壊は左上へ1つ,β⁺崩壊は右下へ1つ移る.右のγ崩壊は,同じ核図表の点で励起状態から低い状態へ移る.
どの崩壊でも,電荷,核子の数(質量数),エネルギー,運動量が保存されます.エネルギーの保存は静止エネルギーを含めて考え,前の題材の 𝑄 値と同じく,崩壊の前後の静止エネルギーの差
𝑄=(𝑚前−𝑚後)𝑐2
が,出てくる粒子の運動エネルギー(と γ 線のエネルギー)になります.𝑄 >0 のときだけ,崩壊は自然に起こります.
α 崩壊では,静止していた親核が α 粒子(質量 𝑚𝛼)と娘核(質量 𝑀)の2つに分かれます.運動量の保存から2つは逆向きに同じ大きさの運動量 𝑝 をもち,運動エネルギー 𝑝2/(2𝑚) は質量に反比例して分かれます.
𝐾𝛼=𝑀𝑀+𝑚𝛼𝑄,𝐾娘=𝑚𝛼𝑀+𝑚𝛼𝑄
22688Ra では 𝑄 =4.87 MeV なので,α 粒子は 4.87 ×222/226 MeV ≈4.78 MeV,娘核は残りの 0.09 MeV ほどをもちます.2体に分かれるので,α 粒子のエネルギーは毎回同じ値になります.ここでは 𝐾𝛼/(𝑚𝛼𝑐2) ≈1.3 ×10−3 が十分小さいので,ニュートン力学の運動エネルギーを使いました.
β 崩壊のなぞとニュートリノ
β 崩壊で出る電子のエネルギーを測ると,α 崩壊と違って一定の値にならず,0から 𝑄 までの連続した分布になります.もし核が娘核と電子の2つだけに分かれるなら,α 崩壊と同じ理屈で電子のエネルギーは1つに決まるはずです.エネルギーが保存されていないのではないか,とまで疑われました.
[図:α粒子の単一エネルギーとβ線の連続分布]左のα粒子の運動エネルギーはKαに集中する.右のβ⁻崩壊の電子は,0からQまで連続した運動エネルギーをもつ.山の形と縦軸の高さは模式的に示す.
1930年にパウリは,電荷をもたず,ほとんど物質と反応しない軽い粒子が一緒に出ていて,エネルギーと運動量の一部を持ち去っていると考えました.これがニュートリノで,実際に検出されたのは1956年です.3つの粒子に分かれるなら,エネルギーの分け方は運動量の保存だけでは決まらず,電子の取り分は毎回違ってよいのです.β 崩壊は,第1の題材で見た4つの相互作用のうち,弱い相互作用が起こす変化です.
崩壊は確率で起こる
1個の不安定な核がいつ崩壊するかは予言できません.分かるのは,「まだ崩壊していない核が,これからの短い時間 Δ𝑡 の間に崩壊する確率」だけで,それが Δ𝑡 に比例して 𝜆Δ𝑡 になります.比例定数 𝜆 は核の種類で決まり,その核がいつ生まれたか,周りの温度や化学結合にはほとんどよりません.核は「年をとらない」のです.
いま,まだ崩壊していない核が 𝑁 個あれば,Δ𝑡 の間に崩壊する数の期待値は 𝜆𝑁Δ𝑡 です.𝑁 が十分大きければ実際の数もほぼこの値で,
d𝑁d𝑡=−𝜆𝑁
が成り立ちます.これは第21章のコンデンサーの放電と同じ形の1階の微分方程式で,解は指数関数です(解き方は数学の節で確かめます).
法則 崩壊の法則
崩壊定数を 𝜆 とすると,時刻0に 𝑁0 個あった核は,時刻 𝑡 に
𝑁=𝑁0𝑒−𝜆𝑡=𝑁0(12)𝑡/𝑇1/2,𝑇1/2=ln2𝜆
個残る.𝑇1/2 を半減期という.核が崩壊するまでの時間の平均を平均寿命 𝜏 といい,𝜏 =1/𝜆 =𝑇1/2/ln2 ≈1.44 𝑇1/2 である.
[図:半減期と平均寿命を変えて見る減衰曲線]初期状態の半減期T₁/₂は2.00,平均寿命τは約2.89で,時間は任意単位である.青い曲線はN/N₀で,半減期ごとの点は1/2,1/4,1/8を示す.緑の印は時刻τで,残る割合は1/eである.スライダーで半減期を変えると,曲線とすべての印が同じ時間軸上で動く.
初期状態の半減期T₁/₂は2.00,平均寿命τは約2.89で,時間は任意単位である.青い曲線はN/N₀で,半減期ごとの点は1/2,1/4,1/8を示す.緑の印は時刻τで,残る割合は1/eである.スライダーで半減期を変えると,曲線とすべての印が同じ時間軸上で動く.
半減期は,どの時刻から数えても「半分になるまでの時間」です.これは,核が年をとらないことの言いかえです.146C の半減期は約5730年,23892U は約45億年,22286Rn は3.8日と,核の種類によって大きく違います.
この法則は「𝑁 が大きい」ことを使った期待値の式です.𝑁 が数個しかないと,実際の減り方は滑らかな曲線から大きくはずれます.
放射能と計数率
1秒あたりに崩壊する核の数
R=−d𝑁d𝑡=𝜆𝑁
を放射能といい,単位は Bq(ベクレル,1 Bq =1 s−1)です.放射能も 𝑁 と同じく 𝑒−𝜆𝑡 で減ります.同じ放射能でも,半減期の長い核なら数は多く,短い核なら少なくてすみます.
実験で直接得られるのは放射能ではなく,検出器が数えた計数です.両者の間には次のような違いがあります.
立体角:点状の線源が四方八方へ一様に放射線を出すなら,距離 𝑑 にある面積 𝑆 の検出器に向かうのは全体の 𝑆/(4𝜋𝑑2) だけです(𝑆 が 𝑑2 より十分小さいとき).
検出効率:検出器に入った放射線のうち,実際に数えられる割合 𝜀 は1より小さいことがふつうです.
バックグラウンド:試料がなくても,宇宙線や周りの物質からの放射線が数えられます.試料を除いて同じ時間測った計数を差し引いて,正味の計数を求めます.
[図:検出器に入る放射線とバックグラウンド]上の配置では点状の線源が等方的に放射線を出す.線源から距離dにあり,線源を向いた面積Sの検出面にはその一部が入る.Sがd²に比べて十分小さいと入射割合はS/(4πd²)で,計数には検出効率εも関わる.下は試料を除き,同じ時間で周囲や宇宙線によるバックグラウンドを測る配置である.
計数のゆらぎ
崩壊は確率で起こるので,同じ試料を同じ時間だけ測っても,計数は毎回少しずつ違います.たくさんの核がそれぞれ小さな確率で独立に崩壊するとき,計数の期待値が ¯𝐶 なら,ばらつき(標準偏差)は √¯𝐶 になることが知られています(第14章).実際の計数 𝐶 が大きければ,その不確かさを √𝐶 と見積もれます.相対的な不確かさは 1/√𝐶 で,1 % の精度を得るには約1万カウント要ります.
バックグラウンドを差し引いた正味の計数 𝑆 =𝐶 −𝐷 では,引き算をしても 𝐷 のゆらぎは消えません.独立な2つのゆらぎは2乗で足し合わされ,𝑆 の不確かさは √𝐶+𝐷 です.弱い試料ほど,バックグラウンドを長く測ることが大切になります.
放射線の透過と線量
γ 線は物質を通るとき,原子の電子との散乱や吸収で数を減らします.物質の薄い層 d𝑥 を通る間に,まだ散乱も吸収もされていない光子が除かれる確率を 𝜇 d𝑥 とすると,崩壊と同じ形の式 d𝐼/d𝑥 = −𝜇𝐼 が成り立ち
𝐼=𝐼0𝑒−𝜇𝑥
となります.光子の数が半分になる厚さ 𝑥1/2 =ln2/𝜇 を半価層といいます.半価層の5倍の厚さで 1/32 になります.ただし,この指数則は「一度も散乱されなかった光子」の数の式で,散乱された光子も検出器に入る配置では成り立ちません.電荷をもつ α 線や β 線は,進みながら原子を電離して少しずつエネルギーを失うので,ある距離(飛程)で止まります.α 線は紙1枚,β 線は数 mm のアルミニウム板で止まりますが,γ 線を減らすには鉛やコンクリートの厚い層が要ります.
放射線が体に与える影響は,体が受け取ったエネルギーで測ります.
定義 吸収線量と実効線量
吸収線量:物質 1 kg あたりが受け取った放射線のエネルギー.単位は Gy(グレイ,1 Gy =1 Jkg−1).
等価線量:吸収線量に放射線の種類による重み(γ 線・β 線は1,α 線は20)を掛けたもの.単位は Sv(シーベルト).
実効線量:等価線量に臓器ごとの感受性の重みを掛けて全身で足したもの.単位は Sv.
Bq は線源が1秒に何回崩壊するか,Gy と Sv は受け取る側の量で,同じ線源でも距離や遮蔽で値が変わります.自然の放射線から受ける実効線量は,世界の平均で年に 2.4 mSv ほどです.
崩壊の連鎖と放射平衡
崩壊してできた娘核が,また放射性であることもあります.23892U は α 崩壊と β 崩壊を合わせて14回くり返し,安定な 20682Pb で止まります(崩壊系列).α 崩壊だけが質量数を変えるので,α 崩壊の回数は (238 −206)/4 =8 回,残りが β 崩壊で,原子番号の変化 92 −82 =10 =2 ×8 −6 から 𝛽− 崩壊は6回と分かります.
親核の半減期が娘核よりずっと長いと,十分時間がたった後,娘核は「親から作られる割合」と「自分が崩壊する割合」がつり合った数で落ち着きます.このとき 𝜆親𝑁親 =𝜆娘𝑁娘,つまり親と娘の放射能が等しくなります.これを放射平衡といいます.半減期の短い娘核が天然にあるのは,長寿命の親から作られ続けているからです.詳しい時間変化は数学の節で求めます.
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大気の上空では,宇宙線が作った中性子が窒素に当たり,147N +n ⟶146C +p の反応で 146C が作られ続けています.作られる割合と崩壊する割合はつり合い,大気の二酸化炭素の中の 146C の割合はほぼ一定です.生きている植物は光合成で大気の炭素を取り込み続けるので,体の炭素も同じ割合の 146C を含み,炭素 1 g あたりの放射能は約 0.23 Bq です.
木が切られると炭素の取り込みが止まり,これが時計の動き始めです.その後は 146C が半減期5730年で減るだけなので,炭素 1 g あたりの放射能が今の植物の 𝑟 倍なら
𝑡=𝑇1/2ln2ln1𝑟
年前に切られたと分かります.𝑟 =1/4 ならちょうど2半減期,約1.1万年です.
この方法が使えるのは,大気の 146C の割合が昔も同じだったこと,死んだ後に炭素の出入りがないこと,の2つが成り立つときです.実際には大気の割合は時代によって数 % 変わるので,年輪の年代と照らし合わせた較正の表を使います.また,半減期の10倍(約6万年)を超えると放射能が 10−3 倍より小さくなり,バックグラウンドに埋もれて測れません.今では,放射能を数える代わりに 146C の原子そのものを質量分析で数える方法が主流です.
ポイント ここまでのまとめ
不安定な核は,α 崩壊・β 崩壊・γ 崩壊で別の核や低い状態へ移る.電荷・核子数・エネルギー・運動量が保存され,β 崩壊ではニュートリノがエネルギーの一部を持ち去るので電子のエネルギーは連続になる.
1個の核の崩壊は確率で起こり,多数の核は 𝑁 =𝑁0𝑒−𝜆𝑡 で減る.半減期は 𝑇1/2 =ln2/𝜆,平均寿命は 𝜏 =1/𝜆.
放射能は R =𝜆𝑁(Bq).計数は立体角と検出効率の分だけ小さく,バックグラウンドを引く.計数 𝐶 のゆらぎは √𝐶 で,引き算の後も残る.
γ 線は 𝐼0𝑒−𝜇𝑥 で減り,半価層は ln2/𝜇.体が受ける量は Gy(エネルギー)と Sv(影響の重み付き)で測る.
木炭の年代は,死んだ時から 146C の放射能が半減期5730年で減ることを使い,今の植物との放射能の比から求める.