問いしるべ
問いから始める物理 気体の分子運動論

気体の分子運動論

小さい補正の展開と臨界点

著者:柚木芹香

ファンデルワールスの式は,理想気体の式に2つの小さな補正を付けた形でした.「小さい」と言うには,何に比べて小さいのかを無次元の量で示さなければなりません.ここでその技術を整え,補正の大きさと,模型が予言する臨界点を計算します.

定理 数学の道具:小さい量での展開

|x|<1 のとき,等比級数の和から

11−x=1+x+x2+x3+⋯

が成り立つ.これは f(x)=1/(1−x) のテイラー展開(第7章)と同じものである.x が十分小さければ最初の数項で足り,1次までとれば 1/(1−x)≈1+x,打ち切った誤差は x2 の程度である.

物理の式を展開するときは,まず無次元の小さい量を作る.たとえば w−b=w(1−b/w) と括り出せば,小さい量は長さや体積ではなく比 b/w であることが見える.2つの補正を比べたいときも,a/(RTw)b/w=abRT のように無次元の比をとる.

練習 1

オリジナル ★☆☆☆☆
  1. 1/(1−x) を x2 の項まで書きなさい.(2) x=0.05 のとき,1次までの近似 1+x は正しい値から何 % ずれますか.

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  1. 1+x+x2.(2) 正しい値は 1/0.95=1.0526⋯,近似は 1.05 なので差は 0.0026.相対的には 0.25 % 程度のずれで,これは x2=0.0025 と同じ桁である.打ち切った項の大きさが誤差の目安になる.

例題

例題 1

オリジナル ★★☆☆☆

ファンデルワールス気体 p=RTw−b−aw2 について,圧縮因子 Z=pwRT を考える.理想気体なら Z=1 である.

  1. b/w が小さいとして,Z を 1/w のべきで 1/w2 の項まで展開し

Z=1+B(T)w+C(T)w2+⋯

の形に書け.B(T) と C(T) を a,b,T で表せ(この展開をビリアル展開という).

  1. B(T)=0 となる温度(ボイル温度 TB)を求めよ.T が TB より低いとき,高いとき,Z は1より大きいか小さいか.

  2. 窒素の a=0.136Pam6mol−2,b=3.9×10−5m3mol−1 から TB を求めよ.

圧力0へ外挿するとZは1になる.ボイル温度より低ければ初め下がり,高ければ上がる.ボイル温度では最初の傾きが0だが高圧では上がる. 圧力0へ外挿するとZは1になる.ボイル温度より低ければ初め下がり,高ければ上がる.ボイル温度では最初の傾きが0だが高圧では上がる.
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考え方 先に w−b=w(1−b/w) と括り,小さい量 b/w で展開する.

  1. 定義に代入して

Z=ww−b−aRTw=11−b/w−aRTw=1+bw+b2w2+⋯−aRTw

なので,1/w の係数と 1/w2 の係数を読み取って

B(T)=b−aRT,C(T)=b2

である.分子の大きさは Z を上げ,引力は下げる向きに働く.

  1. B=0 は b=a/(RT) なので TB=aRb である.TB より低い温度では B が負なので,薄い気体から押し縮め始めると Z は1より小さくなる.引力が勝ち,理想気体より縮みやすいということである.TB より高い温度では B が正で Z は1より大きく,分子の大きさが勝って縮みにくくなる.ちょうど TB では1次の補正が消え,広い範囲で理想気体のようにふるまう.

  2. TB=0.136/(8.31×3.9×10−5)≈4.2×102K.窒素の実測のボイル温度は約 330K なので,模型は3割ほど高く見積もる.補正を最も簡単な形で入れただけの模型なので,桁と向きが合えば十分である.

例題 2

オリジナル ★★★☆☆

ファンデルワールス気体の等温線 p(w) は,温度が低いと ∂p∂w>0 となる区間をもつ.その区間が現れ始める境目の温度 Tc では,1点だけで

∂p∂w=0,∂2p∂w2=0

が同時に成り立つ.この点を臨界点という.

  1. wc,Tc,pc を a,b で表せ.

  2. 臨界点での圧縮因子 Zc=pcwc/(RTc) を求めよ.気体の種類によらないことを確かめよ.

  3. 逆に,測った Tc と pc から a,b を決める式を作れ.窒素の Tc=126K,pc=3.4×106Pa を入れて a,b と分子の直径 d を求めよ.

臨界点w꜀,p꜀では等温線の傾きと2階微分がともに0になる.橙色の線は水平な接線を示す. 臨界点w꜀,p꜀では等温線の傾きと2階微分がともに0になる.橙色の線は水平な接線を示す.
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考え方 2本の条件式を割り算すると,a と RT が消えて wc だけが残る.

  1. p=RT/(w−b)−a/w2 を w で偏微分して

∂p∂w=−RT(w−b)2+2aw3,∂2p∂w2=2RT(w−b)3−6aw4

である.両方を0とおくと

RTc(wc−b)2=2awc3,RTc(wc−b)3=3awc4

となる.下の式で上の式を割ると 1wc−b=32wc,すなわち

wc=3b

が出る.これを上の式に戻して RTc=2a(2b)2/(27b3),つまり

Tc=8a27Rb,pc=RTc2b−a9b2=4a27b2−3a27b2=a27b2

である.

  1. 代入すると

Zc=pcwcRTc=a27b2⋅3b⋅27b8a=38=0.375

で,a も b も消える.臨界点でのふるまいが気体の種類によらないという予言で,実際の気体の Zc は 0.27 から 0.30 くらいに集まっている.値は合わないが,「どの気体でもほぼ同じ」という性質は当たっている.

  1. RTc/pc=(8a/27b)⋅(27b2/a)=8b なので

b=RTc8pc,a=27b2pc

である.窒素では b=8.31×126/(8×3.4×106)≈3.9×10−5m3mol−1,a=27×(3.85×10−5)2×3.4×106≈0.14Pam6mol−2.例題1で使った値と合う.排除体積の式 b=23πNAd3 から

d=(3b2πNA)1/3=(3×3.85×10−52π×6.02×1023)1/3≈3.1×10−10m

となる.窒素分子の大きさとして知られている値と同じ桁である.気体を圧縮したときの圧力のずれを測るだけで,分子1個の大きさが分かる.

ポイント ここまでのまとめ

  • 補正を評価するときは,まず無次元の小さい量を作る.ファンデルワールス気体では b/w と a/(RTw),その比は a/(bRT).

  • 圧縮因子 Z=pw/(RT) のビリアル展開は Z=1+B(T)/w+C(T)/w2+⋯.この模型では B(T)=b−a/(RT),C(T)=b2.

  • B=0 となるボイル温度は TB=a/(Rb).低温では引力が勝って Z<1,高温では分子の大きさが勝って Z>1.

  • 臨界点は ∂p∂w=∂2p∂w2=0 から wc=3b,Tc=8a/(27Rb),pc=a/(27b2).Zc=3/8 は気体によらない.

  • 逆向きに b=RTc/(8pc),a=27b2pc.b から分子の直径が 10−10m の桁で求まる.