問い
電流の流れる長い導線のそばを,陽子が導線と平行に飛んでいます.陽子の速度を,導線の中の伝導電子と同じ向き・同じ速さにしておくと,陽子は磁気力を受けて導線から遠ざかります.ところが,陽子と一緒に飛ぶ人から見ると,陽子は止まっています.止まった電荷に磁気力は働きません.導線は電気的に中性なので,電気の力も働きそうにありません.この人には,陽子は導線から遠ざからないように見えるのでしょうか.
考えてみる
磁気力 𝑞𝒗 ×𝑩 は電荷の速度 𝒗 で決まります.速度は見る系によって変わるので,磁気力も系によって変わってしまいます.一方,相対性原理によれば,どの慣性系でも物理法則は同じ形で,起こる出来事(陽子がセンサーのどこに当たるか)も同じでなければなりません.陽子の系で陽子を押す力があるとすれば,それは電場による力しかありません.つまり,陽子の系では導線が帯電して見えているはずです.中性の導線が,動いて見えると帯電する.これを確かめるには,相対論が必要です.
相対論から借りる式
第13章(発展)を読んでいない人のために,ここで使う式をまとめておきます.慣性系 K に対して速さ 𝑣 で動くものについて,𝛾 =1/√1−𝑣2/𝑐2 とします.
定理 ローレンツ収縮・時間の遅れ・運動量
ローレンツ収縮:止まっている系で長さ 𝐿0 の物体は,K では運動の向きに 𝐿 =𝐿0/𝛾 に縮んで見える.運動と垂直な向きの長さは変わらない.
時間の遅れ:動く時計が刻む時間(その物体の固有時)を Δ𝜏 とすると,その間に K で経過する時間は Δ𝑡 =𝛾Δ𝜏 である.
運動量:速度 𝒗 の物体の運動量は 𝒑 =𝛾𝑚𝒗.力は 𝑭 =d𝒑d𝑡 で定める.
もう1つ,電荷は系によって変わりません.もし電荷が速さで変わるなら,物体を温めて電子と原子核の速さが変わるだけで物体が帯電するはずですが,そのような現象は見つかっていません.電荷は変わらず,長さだけが縮むので,線電荷密度は動いて見えると 𝛾 倍になります.
動く導線は帯電して見える
導線の向きを 𝑥 軸とし,導線が止まっている系を K とします.K で,正のイオンは止まっていて線電荷密度は 𝜆0,伝導電子は線電荷密度 −𝜆0 で +𝑥 向きに速さ 𝑣 で動いているとします.導線は中性で,電流の大きさは 𝐼 =𝜆0𝑣,向きは −𝑥 です.導線から距離 𝑟 の所を,電荷 𝑞 >0 の陽子が +𝑥 向きに速さ 𝑣 で飛んでいます.
系 K で見る.導線の外に電場はなく,陽子は磁場 𝐵 =𝜇0𝐼/(2𝜋𝑟) から大きさ
𝐹=𝑞𝑣𝐵=𝜇0𝑞𝜆0𝑣22𝜋𝑟=𝑞𝜆02𝜋𝜀0𝑟𝑣2𝑐2
の力を受けます.向きは導線から遠ざかる向きです.最後の変形では 𝜇0𝜀0 =1/𝑐2 を使いました.
陽子と一緒に動く系 K' で見る.K' では陽子も伝導電子も止まり,イオンが −𝑥 向きに速さ 𝑣 で動きます.イオンは K で止まっていたので,K' では間隔が 1/𝛾 倍に縮み,密度は 𝛾𝜆0 です.伝導電子は逆に,K で動いて見えていた密度 −𝜆0 が,止まって見えたときの密度の 𝛾 倍だったので,K' での密度は −𝜆0/𝛾 です.正味の線電荷密度は
𝜆′=𝛾𝜆0−𝜆0𝛾=𝛾𝜆0(1−1𝛾2)=𝛾𝜆0𝑣2𝑐2
で,導線は正に帯電して見えます.止まった陽子には電場の力
𝐹′=𝑞𝜆′2𝜋𝜀0𝑟=𝛾𝑞𝜆02𝜋𝜀0𝑟𝑣2𝑐2=𝛾𝐹
が,導線から遠ざかる向きに働きます.K' でも陽子は導線から離れます.K' ではイオンの流れが磁場を作りますが,陽子は止まっているので磁気力は受けません.
[図:陽子の系で現れる導線の正味の電荷]初期状態は v/c = 0.60.系 K ではイオンが静止し,電子と陽子が右へ動く.系 K′ では陽子と電子が静止し,イオンが左へ動く.速さを変えると K′ のイオン間隔が縮み,電子間隔が広がる.両系で陽子を導線から遠ざける力を示す.
初期状態は v/c = 0.60.系 K ではイオンが静止し,電子と陽子が右へ動く.系 K′ では陽子と電子が静止し,イオンが左へ動く.速さを変えると K′ のイオン間隔が縮み,電子間隔が広がる.両系で陽子を導線から遠ざける力を示す.
力は違い,運動の予測は一致する
2つの系で,力の大きさは 𝐹′ =𝛾𝐹 と違いました.これは計算の誤りではありません.相対論では,横向き(運動と垂直な向き)の力は系を変えると変わるのです.
陽子の横向きの運動量 𝑝𝑦 を比べます.K' で陽子が横向きに小さな速さ 𝑤′ を得たとすると 𝑝′𝑦 =𝑚𝑤′ です.横向きの距離 d𝑦 は縮まず,K での時間は陽子の固有時の 𝛾 倍なので,K での横向きの速さは 𝑤 =𝑤′/𝛾 です.K での陽子の速さはほぼ 𝑣 なので
𝑝𝑦=𝛾𝑚𝑤=𝛾𝑚𝑤′𝛾=𝑚𝑤′=𝑝′𝑦
で,横向きの運動量は系によらず同じです.ところが,それが変わるのにかかる時間は K の方が 𝛾 倍長いので,
𝐹=d𝑝𝑦d𝑡=1𝛾d𝑝′𝑦d𝜏=𝐹′𝛾
となります.導線の計算で出た 𝐹′ =𝛾𝐹 は,まさにこの関係です.
ポイント 横向きの力の変換
物体が止まって見える系で横向きの力が 𝐹′ なら,物体が速さ 𝑣 で動いて見える系での横向きの力は 𝐹′/𝛾 である.2つの系で一致するのは力そのものではなく,横向きの運動量の変化や,物体がどこに当たるかという運動の予測である.
確かめてみましょう.K' で陽子が固有時 𝜏 の間に横にずれる距離は 𝐹′𝜏2/(2𝑚) です.K では陽子の横向きの慣性は 𝛾𝑚,かかる時間は 𝛾𝜏 なので,ずれは 𝐹2𝛾𝑚(𝛾𝜏)2 =𝛾𝐹𝜏22𝑚 =𝐹′𝜏22𝑚 で,同じ値です.横向きのずれは縮まないので,センサーの当たる位置も一致します.
磁場は電場の相対論的な一部
導線の計算を振り返ると,磁気力 𝐹 は,伝導電子だけが作る電気力 𝑞𝜆0/(2𝜋𝜀0𝑟) の 𝑣2/𝑐2 倍でした.磁気力は,電気力に対する 𝑣2/𝑐2 程度の相対論の補正なのです.その係数として 𝜇0 =1/(𝜀0𝑐2) が現れます.電気の法則と相対性原理を認めれば,磁気の強さは 𝜀0 と 𝑐 で決まってしまいます.
導線の中の電子の速さは 10−4 ms−1 程度で,𝑣2/𝑐2 は 10−25 程度しかありません.それでも磁気力が測れるのは,導線の中の正負の電荷が 104 Cm−1 程度もあって,電気力がぴったり打ち消し合っているからです.大きな電気力が消えた後に,小さな補正だけが残っています.
系を変えると電場と磁場は混ざる
K で電場 𝑬 と磁場 𝑩 があり,電荷 𝑞 が速度 𝒖 で動いているとします.電荷と一緒に動く系 K' では電荷は止まっているので,力は電場 𝑬′ による 𝑞𝑬′ だけです.𝑢 が 𝑐 に比べて十分小さければ 𝛾 ≈1 で,2つの系の力は等しいので,𝑞𝑬′ =𝑞(𝑬+𝒖×𝑩) です.磁場の方も同じように調べることができ,次の関係が得られます.
法則 電場と磁場の変換(𝑢 が 𝑐 に比べて十分小さいとき)
K に対して速度 𝒖 で動く系 K' の電場と磁場は
𝑬′≈𝑬+𝒖×𝑩,𝑩′≈𝑩−𝒖×𝑬𝑐2
特に,電荷分布が止まって見える系で電場だけがあるとき,それが速度 𝒗 で動いて見える系では,磁場 𝑩 =𝒗 ×𝑬/𝑐2 が現れる.
後半を,線電荷密度 𝜆 の直線が速さ 𝑣 で動く場合で確かめます.電場は 𝐸 =𝜆/(2𝜋𝜀0𝑟) なので 𝑣𝐸/𝑐2 =𝜇0𝜆𝑣/(2𝜋𝑟) =𝜇0𝐼/(2𝜋𝑟) で,直線電流の磁場に一致します.動く電荷の磁場は,止まった電荷の電場を別の系から見たものなのです.
ここで捨てたのは 𝑢2/𝑐2 程度の補正です.速さが 𝑐 に近いと,運動と垂直な成分の右辺に 𝛾 が掛かります(演習で扱います).また,導線の議論は,定常な電流と,距離 𝑟 に比べて十分長い導線を考えています.
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陽子と一緒に飛ぶ人から見ても,陽子は導線から遠ざかります.その人の系では,正のイオンの間隔はローレンツ収縮で縮み,伝導電子の間隔は広がって,導線は正に帯電して見えるからです.陽子を押すのは,導線の系では磁気力,陽子の系では電気力で,大きさも 𝛾 倍違いますが,横向きの運動量の変化と陽子の当たる位置は一致します.磁気は電気を別の系から見たときに現れる相対論の効果で,電場と磁場は1つの電磁場の2つの見え方です.
ポイント ここまでのまとめ
電荷は系によらない.線電荷密度は動いて見えると 𝛾 倍になり,中性の導線も動いて見えると帯電する.
横向きの力は,物体が止まって見える系の 1/𝛾 倍になる.系によらないのは横向きの運動量と運動の予測である.
磁気力は電気力の 𝑣2/𝑐2 程度の補正で,係数 𝜇0 =1/(𝜀0𝑐2) が現れる.導線では大きな電気力が打ち消し合うので,この補正が見える.
𝑢 が 𝑐 に比べて十分小さいとき 𝑬′ ≈𝑬 +𝒖 ×𝑩,𝑩′ ≈𝑩 −𝒖 ×𝑬/𝑐2.動く電荷は 𝑩 =𝒗 ×𝑬/𝑐2 の磁場を作る.