問い
なめらかな壁に,一様なはしごを立てかけます.はしごの下端は床の上にあり,床との間には摩擦があります.はしごを壁に立てかけて手を離すと,立てた角度が大きいうちは立ったままですが,床との角度を小さくして寝かせていくと,あるところで下端が滑り出します.どこまで寝かせると滑るのでしょうか.床の摩擦が大きいほど,その角度はどう変わるでしょうか.
考えてみる
はしごを1つの質点とみて,第4章の力のつり合いを試します.はしごには重力 𝑊,床からの垂直抗力 𝑁1,床の摩擦力 𝑓,壁からの垂直抗力 𝑁2(壁はなめらかなので壁に垂直)が働きます.水平方向と鉛直方向のつり合いは
𝑓=𝑁2,𝑁1=𝑊
です.ここから 𝑁1 は分かりますが,𝑓(と 𝑁2)の値は決まりません.滑らない条件は 𝑓 ≤𝜇𝑁1 =𝜇𝑊 なので,𝑓 が分からなければ角度の限界も出ません.
足りないのは「はしごが回転しない」という条件です.はしごは大きさのある物体で,力が働く位置によって回り方が変わります.同じ力でも,てこやドアの取っ手のように,回転軸から遠い所に加えるほど回す効果が大きくなります.この「回す効果」を表す量が,この節の主役です.
剛体と力のモーメント
力を加えても変形しない理想の物体を剛体といいます.剛体では,力を作用線(力の向きに延ばした直線)の上で動かしても,効果は変わりません.押す力も引く力も,同じ直線上のどこで加えても同じ効果です.
力が回す効果を表すのが,力のモーメントです.角運動量の節のトルクを,平面で表したものです.
定義 力のモーメント
平面上の点 O のまわりの,位置 (𝑥,𝑦) に働く力 (𝐹𝑥,𝐹𝑦) のモーメントを
𝑁O=𝑥𝐹𝑦−𝑦𝐹𝑥
で定める.O から力の作用線までの垂直な距離(腕の長さ)を 𝑑 とすると,大きさは 𝑑 𝐹.反時計回りに回す向きを正とする.単位は Nm.
垂直抗力の 𝑁 と区別するため,モーメントは必ず点を添えて 𝑁O と書きます.腕の長さを使うと,力 𝐹 が点Oから距離 𝑟 の所に,𝒓 と角 𝜑 をなして加わるとき 𝑑 =𝑟sin𝜑 です.
[図:力の作用線と腕の長さ]棒の一端 O を軸とし,棒の途中に斜めの力 F が加わる図を描く.作用線を点線で延ばし,O から作用線に下ろした垂線(腕の長さ d)を示す.
つり合いの条件
法則 剛体のつり合い
剛体が静止し続けるためには,次の2つが必要である.
∑𝑭=0,∑𝑁O=0
前者は並進しない条件,後者は回転しない条件である.点 O はどこにとってもよい.
平面では,力の成分が2つとモーメントが1つなので,式は3本です.点Oはどこにとっても結果が変わりません(理由は次の節で証明します).そこで,未知の力が多く通る点を選びます.その点を通る力はモーメントが0なので,式から消えます.
重力は剛体のすべての部分に働きますが,一様な重力のもとでは,その全体を重心に働く1本の力 𝑊 =𝑀𝑔 として扱えます.重力のモーメントの和は,重心に全質量が集まったときと等しくなるからです.
特別な組として,大きさが同じで逆向きの2力で作用線が離れているものを偶力といいます.合力は 0 ですが,モーメントが残るので物体は回ります.大きさは力と作用線の間隔の積で,点Oの選び方によりません.ペットボトルのふたを両手の指で回すとき,5 N ずつを 6 cm 離れて加えれば,モーメントは 5 ×0.06 =0.30 Nm です.
[図:合力がゼロの偶力]円板(ふた)の上面図に,中心をはさんで逆向きの2力を描く.2つの作用線の間隔を d として示す.
はしごの問題を解く
長さ 𝑙,重さ 𝑊 の一様なはしごが,床と角 𝜃 をなして,右側の壁に立てかけてあるとします.壁はなめらかで,床との静止摩擦係数は 𝜇 です.下端を A,上端を B とします.力は A に 𝑁1(上向き)と 𝑓(摩擦,壁の向き),B に 𝑁2(壁から離れる向きに水平),重心に 𝑊(下向き)です.
[図:はしごに働く力]壁に立てかけたはしごと床の側面図.下端 A に N_1 と f,上端 B に壁からの水平な N_2,重心に W を描く.床との角 \theta と,A から W の作用線までの水平距離 \dfrac{l}{2}\cos\theta を示す.
並進のつり合いは,先ほどと同じ 𝑓 =𝑁2,𝑁1 =𝑊 です.回転のつり合いは,A のまわりで考えます.未知の 𝑁1 と 𝑓 は A を通るので,モーメントが0で式に出ません.𝑁2 の腕の長さは B の高さ 𝑙sin𝜃,𝑊 の腕の長さは 𝑙2cos𝜃 です.𝑊 のモーメントは時計回り,𝑁2 のモーメントは反時計回りなので,和が0という式は
𝑁2𝑙sin𝜃=𝑊𝑙2cos𝜃⟹𝑁2=𝑊2tan𝜃
です.したがって 𝑓 =𝑁2 =𝑊2tan𝜃.角度が小さいほど,滑らないために必要な摩擦力は大きくなります.滑らない条件 𝑓 ≤𝜇𝑁1 =𝜇𝑊 に入れると
𝑊2tan𝜃≤𝜇𝑊⟹tan𝜃≥12𝜇
です.
𝜇 =0.50 なら tan𝜃 ≥1 で 𝜃 ≥45∘,𝜇 =0.30 なら 𝜃 ≥59∘ です.
ポイント ここまでのまとめ
剛体のつり合いは,力の和が 0 であること(並進しない)と,どの点のまわりでも力のモーメントの和が0であること(回転しない)の2つ.
力のモーメントは 𝑁O =𝑥 𝐹𝑦 −𝑦 𝐹𝑥 = ±𝑑 𝐹(反時計回りを正,𝑑 は腕の長さ).力は作用線の上で動かしても効果が変わらない.重力は重心に働くとみてよい.
モーメントの点は,未知の力が多く通る点を選ぶと式が簡単になる.
問いの答え:床の摩擦力は 𝑓 =𝑊2tan𝜃 必要で,tan𝜃 ≥12𝜇 のとき滑らない.𝜇 が大きいほど,より寝かせても滑らない.