問い
同じ質量,同じ半径の円板,中身の詰まった球,細い輪を,同じ斜面の上から同時に静かに放します.どれも斜面を滑らずに転がり落ちます.いちばん先に下へ着くのはどれでしょうか.質量や半径を変えると,順番は変わるのでしょうか.
[図:同じ斜面で比べる円板と球と輪]傾き \theta の斜面の上端に,円板・球・輪を並べて描く.どれも半径 R,質量 M.斜面の下端に着く順番はまだ書かない.
考えてみる
もし斜面がなめらかで,物体が回らずに滑り降りるなら,加速度は 𝑔sin𝜃 で,質量にも形にもよりません.転がる物体は,位置エネルギーの一部が回転の運動エネルギーになります.同じ高さを降りても,並進の速さに使われるエネルギーは減るはずです.その減り方が形で違うなら,順番も形で決まりそうです.
前の題材では,剛体の平面運動を並進と回転に分けて記述しました.ここでは,その運動を力とトルクで決める方法を用意し,転がりに使います.
並進と回転の運動方程式
前の題材で見たように,剛体の平面運動は,基準点の並進とそのまわりの回転に分けられ,角速度は基準点によりません.力で運動を決めるときは,基準点に重心を選びます.重心の並進は外力の和で,重心のまわりの回転は重心のまわりのトルクで決まります.
法則 剛体の平面運動
質量 𝑀,重心のまわりの慣性モーメント 𝐼G の剛体に外力 𝑭𝑖 が働くとき,
𝑀𝒂G=∑𝑭𝑖,𝐼G𝛼=𝜏G
である.𝜏G は重心のまわりの外力のトルクの和で,重心が加速していても成り立つ.運動エネルギーは 𝐾 =12𝑀𝑣2G +12𝐼G𝜔2 である.
滑らずに転がる条件
半径 𝑅 の円板が,水平面の上を滑らずに転がるとします.円板が 𝜃 だけ回ると,床と接していた円周が長さ 𝑅𝜃 だけ床に当たるので,中心は 𝑅𝜃 だけ進みます.ここでは,進む向きを並進の正の向きとし,回転はそれに合う向き(右へ進むなら時計回り)を正とします.前の題材までは反時計回りを正としたので,向きの約束が逆です.この約束で時間で微分すると
𝑣=𝑅𝜔,𝑎=𝑅𝛼
です.これが滑らずに転がる条件です.反時計回りを正のままにすると,符号が逆の 𝑣 = −𝑅𝜔,𝑎 = −𝑅𝛼 になります.速さと角速度の大きさの間には,どちらの約束でも |𝑣| =𝑅|𝜔| が成り立ちます.
この条件は,床に接している点の速度が0であることを言い換えたものです.前の題材の 𝒗 =𝑽 +𝝎 ×𝒓′ のとおり,円板の各点の速度は,重心の速度 𝑣(向きは進行方向)に,回転による速度をベクトルとして足したものです.中心から距離 𝑟 の点では,回転による速さは 𝑟𝜔(向きは中心のまわりの接線方向)で,円周上では 𝑅𝜔 =𝑣 です.接点では2つが打ち消し合って0,中心では回転による速度が0なので 𝑣,いちばん上の点では2つが同じ向きで 2𝑣 です.
[図:転がりの速度の分解]転がる円板の速度分布.中心,頂点,接点,円周上の数点で,重心の速度 v,回転による速度,その合成を矢印で示す.接点では0,頂点では 2v,各点の速度は接点を中心とする円の接線方向を向く.
前の題材で見たように,速度が0の接点が瞬間回転中心になり,その瞬間,円板全体が接点のまわりに角速度 𝜔 で回っているように動きます.ただし接点にある円板の点は,速度は0でも上向きの加速度をもちます.接点まわりの慣性モーメントは,平行軸の定理で 𝐼P =𝐼G +𝑀𝑅2 だから,運動エネルギーは
𝐾=12𝐼P𝜔2=12𝐼G𝜔2+12𝑀𝑣2
となり,並進と回転のエネルギーの和と一致します.
斜面を転がる物体
傾き 𝜃 の斜面を,質量 𝑀,半径 𝑅 の物体が転がり降りるとします.慣性モーメントを 𝐼G =𝑘𝑀𝑅2 とおきます(円板は 𝑘 =12,球は 𝑘 =25,輪は 𝑘 =1).斜面に沿って下向きを正とし,物体に働く力は重力 𝑀𝑔,垂直抗力 𝑁,斜面に沿って上向きの静止摩擦力 𝑓 です.
[図:斜面を転がる球に働く力]斜面を転がる球に働く力.重力 Mg(重心から鉛直下向き),垂直抗力 N(接点から斜面に垂直),摩擦力 f(接点から斜面に沿って上向き)を描く.斜面に沿った正の向きと,回転の向きも示す.
重心の運動方程式と,重心まわりの回転の運動方程式は
𝑀𝑎=𝑀𝑔sin𝜃−𝑓,𝐼G𝛼=𝑓𝑅
です.摩擦力だけが重心のまわりにトルクを与えます.𝛼 =𝑎/𝑅 を使うと 𝑓 =𝑘𝑀𝑎 で,第1式に入れて
𝑎=𝑔sin𝜃1+𝑘,𝑓=𝑘1+𝑘𝑀𝑔sin𝜃
です.質量 𝑀 も半径 𝑅 も消えます.
物体 | 𝑘 | 加速度 𝑎 |
|---|
球 | 25 | 57 𝑔sin𝜃 |
円板 | 12 | 23 𝑔sin𝜃 |
輪 | 1 | 12 𝑔sin𝜃 |
𝑘 が小さい,つまり質量が軸の近くに集まっているほど,加速度は大きくなります.滑らずに転がるには,𝑓 ≤𝜇𝑁 =𝜇𝑀𝑔cos𝜃 が必要で,𝜇 ≥𝑘1+𝑘tan𝜃 となります.
摩擦の役割
静止摩擦力 𝑓 は,物体を減速させる向きに働いています.けれども接点の速度は0なので,摩擦力は仕事をしません.力学的エネルギーは保存し,高さ ℎ だけ降りたとき
𝑀𝑔ℎ=12𝑀𝑣2+12𝑘𝑀𝑅2𝜔2=12𝑀𝑣2(1+𝑘)
です.斜面の長さは ℎ/sin𝜃 なので,𝑣2 =2𝑔ℎ1+𝑘 となり,加速度の式と合います.摩擦力は並進のエネルギーを減らして回転のエネルギーに移しますが,合計は変えません.摩擦のない斜面を初めに回転していない物体が滑って降りる場合なら位置エネルギーのすべてが並進に使われますが,転がる場合は 𝑘1+𝑘 の割合が回転に使われます.
回転軸の向きが変わるとき(歳差)
高速で回るコマは,傾いても倒れずに,軸の向きがゆっくり円を描きます.これが歳差です.ここでは,支点が固定された軸対称のコマが,傾き 𝜑 をほぼ一定に保って遅く歳差する場合を考えます.自転が十分に速く,歳差による角運動量は無視できるとして,コマの角運動量 𝑳 は軸の向きを向いていると近似します.重力のトルクは水平で,𝑳 と垂直です.d𝑳d𝑡 =𝝉 より,𝑳 は長さを変えずに水平方向へ向きを変えます.倒れる方向ではなく,横へ回るのです.傾き 𝜑 のとき,トルクの大きさは 𝑀𝑔𝑟sin𝜑(𝑟 は支点から重心までの距離)で,𝑳 の水平成分の大きさは 𝐿sin𝜑 だから,歳差の角速度は
Ω≈𝑀𝑔𝑟𝐿=𝑀𝑔𝑟𝐼𝜔
です.ここで 𝐼 は自転軸(対称軸)のまわりの慣性モーメント,𝜔 は自転の角速度です.速く回すほど(𝜔 が大きいほど)ゆっくり歳差します.
[図:角運動量の向きが変わる歳差]支点Oを固定した軸対称のコマが,ほぼ一定の傾きで遅く歳差する.自転が十分速く,角運動量は近似的に軸方向を向く.重力のトルクは紙面の奥向きで,角運動量の向きを変える.
ポイント ここまでのまとめ
剛体の平面運動を力で決めるときは,基準点を重心にとり,重心の並進(𝑀𝑎G =𝐹)と,重心まわりの回転(𝐼G𝛼 =𝜏G)に分ける.運動エネルギーは 12𝑀𝑣2 +12𝐼G𝜔2.
滑らずに転がる条件は,進む向きと回転の正の向きを合わせて 𝑣 =𝑅𝜔,𝑎 =𝑅𝛼.接点の速度は0で,前の題材で見たとおり,接点が瞬間回転中心である.
斜面を転がる物体の加速度は 𝑎 =𝑔sin𝜃1+𝑘(𝐼G =𝑘𝑀𝑅2).この斜面では静止摩擦力は仕事をせず,力学的エネルギーは保存する.
問いの答え:球,円板,輪の順に着く.質量や半径には依らず,𝑘 が小さい物体ほど速い.