問い
何もない宇宙空間を,ひとつの小さな物体が飛んでいます.ほかの物体からは十分に遠く,何の影響も受けません.この物体のラグランジアン 𝐿 は,どんな形をしているでしょうか.速さ 𝑣 の関数だとして,𝑣 に比例するのか,𝑣2 なのか,𝑣4 なのか.前の章で 12𝑚𝑣2 という式に出会った人は,なぜ2乗なのかを考えたことがあるでしょうか.
考えてみる
物体を1つの点とみなし,その位置を 𝒓,速度を 𝒗 =˙𝒓 とします.前の題材から,ラグランジアンは状態と時刻の関数 𝐿(𝒓, 𝒗, 𝑡) です.この関数の形を,実験に頼らずに絞り込みたいのです.
手がかりは,空間と時間について私たちが経験から知っていることです.実験装置を隣の部屋へ運んでも,明日やり直しても,装置の向きを変えても,同じ実験からは同じ結果が出ます.空間にも時間にも「特別な場所」「特別な時刻」「特別な向き」はない,ということです.これを式に直すと,𝐿 が強く制限されます.
慣性系
ただし,どんな座標系でもそう見えるわけではありません.急に曲がる電車の中では,床に置いたボールがひとりでに転がり出し,特別な向きがあるように見えます.そこで,次のような座標系を考えます.
定義 慣性系
空間が一様(どの場所も同じ)で等方(どの向きも同じ)であり,時間が一様(どの時刻も同じ)に見える座標系を慣性系という.
慣性系が存在することを,経験の事実として認めます.さらに,もう1つの経験の事実があります.一定の速度で揺れずに進む船の中では,岸の上とまったく同じように実験ができ,船が動いていることを中から知る方法はありません.
法則 ガリレイの相対性原理(経験の事実)
慣性系に対して一定の速度 𝑽 で動く座標系も慣性系で,運動の法則はすべての慣性系で同じ形をしている.2つの慣性系の間の座標は
𝒓′=𝒓−𝑽𝑡,𝑡′=𝑡
で結ばれる(ガリレイ変換).
ガリレイ変換の 𝑡′ =𝑡 は,「時間はどの慣性系でも同じように進む」という仮定です.当たり前に見えますが,この章の後半で,この仮定を見直すことになります.
[図:場所・向き・時刻によらない実験]同じ装置を移動する,回す,翌日に使う,の3つを並べる.装置に対する測定のグラフは各こまで同じ形になっている.
自由な粒子のラグランジアン
慣性系で,自由な粒子のラグランジアン 𝐿(𝒓, 𝒗, 𝑡) を絞り込みます.
一様性と等方性 空間が一様なら,どこにいても同じなので,𝐿 は位置 𝒓 によりません.時間が一様なら,時刻 𝑡 にもよりません.残るのは速度 𝒗 だけです.さらに空間が等方なら,速度の向きにもよらないので,𝐿 は速さ 𝑣 =|𝒗| だけの関数,言い換えると 𝑣2 の関数 𝐿(𝑣2) です.
慣性の法則 ここで,もうオイラー=ラグランジュ方程式が使えます.𝐿 は 𝒓 によらないので,𝑥 成分の方程式は
dd𝑡𝜕𝐿𝜕𝑣𝑥=0
で,𝜕𝐿/𝜕𝑣𝑥 が一定です.𝑦,𝑧 成分も同じです.𝜕𝐿/𝜕𝑣𝑥 =2𝐿′(𝑣2) 𝑣𝑥 なので,これは 𝒗 が一定ということです(数学の節で確かめます).
第4章で法則として受け入れた慣性の法則が,空間と時間の一様性と等方性から,定理として出てきました.しかし,まだ 𝐿(𝑣2) の形は分かっていません.どんな関数でも慣性の法則は出てくるからです.
相対性原理 形を決めるのは,ガリレイの相対性原理です.慣性系 K と,K に対して小さな速度 𝜺 で動く慣性系 K' を考えます.同じ粒子の速度は 𝒗 =𝒗′ +𝜺 です.運動の法則が両方で同じ形なら,K でのラグランジアン 𝐿(𝑣2) を K' の速度で書き直したものは,K' のラグランジアン 𝐿(𝑣′2) と,同じ運動を与えなければなりません.前の題材から,同じ運動を与えるのは,全微分だけ違う場合です(定数倍の違いは,𝜺 →0 で同じになるので1に限られます).
𝜺 について1次まで書くと,𝑣2 =𝑣′2 +2𝒗′ ⋅𝜺 +𝜀2 なので
𝐿(𝑣2)≈𝐿(𝑣′2)+2𝐿′(𝑣′2)𝒗′⋅𝜺
です.増えた 2𝐿′(𝑣′2) 𝒗′ ⋅𝜺 が,位置と時刻の関数 𝐹(𝒓′, 𝑡) の全微分でなければなりません.ところが全微分
d𝐹d𝑡=𝜕𝐹𝜕𝑥′𝑣′𝑥+𝜕𝐹𝜕𝑦′𝑣′𝑦+𝜕𝐹𝜕𝑧′𝑣′𝑧+𝜕𝐹𝜕𝑡
は,速度について1次式です.増えた項が速度について1次になるのは,𝐿′(𝑣′2) が 𝑣′ によらない定数のときだけです.したがって 𝐿 は 𝑣2 に比例します.
定理 自由な粒子のラグランジアン
慣性系で,自由な粒子のラグランジアンは
𝐿=12𝑚𝑣2
である.𝑚 は粒子ごとに決まる定数で,粒子の質量という.
12 は,後の式を見やすくするための約束です.大事なのは,𝑣2 に比例する形しか許されないことです.逆に 𝐿 =12𝑚𝑣2 なら,有限の速度 𝑽 のガリレイ変換でも
12𝑚(𝒗′+𝑽)2=12𝑚𝑣′2+dd𝑡(𝑚𝒓′⋅𝑽+12𝑚𝑉2𝑡)
と全微分だけの違いで済み,確かに相対性原理を満たします.
質量
質量 𝑚 は,ここで初めて現れました.力も重さも使わずに,対称性から出てきた「粒子ごとに決まる定数」です.
𝑚 は正です.前の題材で見たように,短い時間では実際の経路の作用は最小になります.もし 𝑚 <0 なら,両端を固定したまま経路を細かく速く揺らすほど作用がいくらでも小さくなり,どんなに短い時間でも最小の経路がなくなってしまいます.
離れていて影響し合わない2つの粒子 A,B を1つの系と見ると,それぞれの運動は別々に決まるので,系のラグランジアンは 𝐿 =𝐿A +𝐿B と和にできます.ところが,ラグランジアン全体に定数を掛けても運動は変わらないので,質量そのものの大きさには意味がなく,意味があるのは質量の比だけです.質量の単位(たとえば kg)は,基準の物体を1つ決めることで定まります.比をどう測るかは,粒子どうしが影響し合う次の題材で分かります.
問いに戻る
自由な粒子のラグランジアンは 12𝑚𝑣2 に限られます.空間と時間の一様性と等方性から 𝐿 が 𝑣2 だけの関数になり,ガリレイの相対性原理から 𝑣2 に比例する形だけが残りました.もし 𝐿 が 𝑣4 に比例していたら,速度を 𝜺 だけずらしたときに増える項が 4𝑣′2 𝒗′ ⋅𝜺 のように速度の3次になり,全微分では書けません.そのような世界では,動いている船の中と岸の上とで,運動の法則が違ってしまいます.
ポイント ここまでのまとめ
慣性系:空間が一様・等方で,時間が一様に見える座標系.その存在は経験の事実.
ガリレイの相対性原理(経験の事実):一定の速度で動く座標系も慣性系で,法則は同じ形.座標は 𝒓′ =𝒓 −𝑽𝑡,𝑡′ =𝑡 で結ばれる.
一様性と等方性から,自由な粒子の 𝐿 は 𝑣2 だけの関数になり,慣性の法則が定理として出る.
相対性原理から 𝐿 =12𝑚𝑣2 に決まる.質量 𝑚 は粒子ごとの正の定数として現れる.
意味があるのは質量の比で,単位は基準の物体で決める.