本体の節では,スピン1/2の状態を2つの振幅で表し,装置を傾けたときの振幅の変換を求めました.2つの振幅を縦に並べ,変換を2×2 の行列で書くと,変換を続けて行うことが行列の掛け算になり,確率を保つ条件も短く書けます.ここでその計算に慣れておきます.次の題材(2状態系)でも同じ道具を使います.
定理 数学の道具:振幅の列と行列
状態 |𝜓⟩ の 𝑧 基底での振幅を縦に並べた 𝜓 =(𝜓+𝜓−)(𝜓± =⟨±|𝜓⟩)を振幅の列という.2×2 の行列は列に次のように作用する.
(𝑎𝑏𝑐𝑑)(𝑥𝑦)=(𝑎𝑥+𝑏𝑦𝑐𝑥+𝑑𝑦)
2つの行列の積は,右の行列の各列に左の行列を作用させたものである.
(𝑎𝑏𝑐𝑑)(𝑝𝑞𝑟𝑠)=(𝑎𝑝+𝑏𝑟𝑎𝑞+𝑏𝑠𝑐𝑝+𝑑𝑟𝑐𝑞+𝑑𝑠)
行列 𝐵 を作用させてから 𝐴 を作用させることは,積 𝐴𝐵 を1回作用させることと同じである.一般に 𝐴𝐵 ≠𝐵𝐴 で,掛ける順序を変えてはいけない.
先に行う操作を右に書くのは,列が右にあるからです.𝐴(𝐵𝜓) =(𝐴𝐵)𝜓 は,成分を書き出せば確かめられます.単位行列 𝐼 =(1001) は何もしない操作で,𝐴𝐼 =𝐼𝐴 =𝐴 です.
状態の回転を行列で書く
本体の節の結果は,状態を回す操作として次のように書けます.𝑦 軸のまわりに 𝜃 回す操作は |+⟩ を |+𝜃⟩ に,|−⟩ を |−𝜃⟩ に移すので,行列の第1列が |+𝜃⟩ の振幅の列,第2列が |−𝜃⟩ の振幅の列です.𝑐 =cos(𝜃/2),𝑠 =sin(𝜃/2) として
𝑅𝑦(𝜃)=(𝑐−𝑠𝑠𝑐),𝑅𝑧(𝜙)=(𝑒−𝑖𝜙/200𝑒𝑖𝜙/2)
です.𝑅𝑧 は 𝑧 軸のまわりに 𝜙 回す操作です.
回転を続けると角が足されることを確かめます.𝑅𝑦(𝜃1)𝑅𝑦(𝜃2) の左上の成分は
cos𝜃12cos𝜃22−sin𝜃12sin𝜃22=cos𝜃1+𝜃22
で,ほかの成分も加法定理から同じように出て,𝑅𝑦(𝜃1)𝑅𝑦(𝜃2) =𝑅𝑦(𝜃1 +𝜃2) です.𝑅𝑧 では 𝑒−𝑖𝜙1/2𝑒−𝑖𝜙2/2 =𝑒−𝑖(𝜙1+𝜙2)/2 から同じことが言えます.逆の操作は逆向きに回すことで,𝑅𝑦(𝜃)𝑅𝑦( −𝜃) =𝑅𝑦(0) =𝐼 です.
本体の節では,半分の角 𝑘 =1/2 を実験と比べて決めました.行列の中の角の係数 𝑘 を変えても,角が足されることは成り立ちます.確率の保存と角の足し算だけでは 𝑘 が決まらず,実験(または平均が古典的な 𝑚cos𝜃 に戻ること)で決まるのです.𝑘 =1/2 のとき 𝑅𝑦(2𝜋) = −𝐼,𝑅𝑦(4𝜋) =𝐼 です.
確率を保つ変換
複素数の振幅の列 𝜒, 𝜓 について,2つの状態の振幅は,本体の性質3と ⟨𝜒|𝑖⟩ =⟨𝑖|𝜒⟩∗ から
⟨𝜒|𝜓⟩=𝜒∗+𝜓++𝜒∗−𝜓−
です.特に ⟨𝜓|𝜓⟩ =|𝜓+|2 +|𝜓−|2 は確率の和で,1に規格化します.
定理 数学の道具:ユニタリ行列
行列 𝑈 の2つの列を 𝑢1, 𝑢2 とする.どんな 𝜓 についても 𝑈𝜓 の確率の和が 𝜓 と同じになるのは,2つの列が規格化されていて互いに直交する
|𝑢1|2=|𝑢2|2=1,𝑢∗1⋅𝑢2=0
ときで,そのときに限る(𝑢∗1 ⋅𝑢2 は,𝑢1 の成分の複素共役と 𝑢2 の成分の積の和).このような 𝑈 をユニタリ行列という.𝑈 の逆行列は,各成分の複素共役をとって行と列を入れ替えた行列である.
短い導出:𝑈𝜓 =𝜓+𝑢1 +𝜓−𝑢2 なので,確率の和は
|𝜓+|2|𝑢1|2+|𝜓−|2|𝑢2|2+2Re(𝜓∗+𝜓−𝑢∗1⋅𝑢2)
です.𝜓 =(10),(01) を入れると |𝑢1|2 =|𝑢2|2 =1 が要り,𝜓∗+𝜓− の位相は自由に選べるので,最後の項がいつも0になるには 𝑢∗1 ⋅𝑢2 =0 が要ります.逆に,この条件があれば確率の和は変わりません.逆行列は,列の条件をそのまま行列の積に書き直せば分かります.
基底を取り替える
本体の節の ⟨±𝜃|𝜓⟩ を行列で書くと,⟨+𝜃|𝜓⟩ =𝑐𝜓+ +𝑠𝜓−,⟨−𝜃|𝜓⟩ = −𝑠𝜓+ +𝑐𝜓− なので
(⟨+𝜃|𝜓⟩⟨−𝜃|𝜓⟩)=(𝑐𝑠−𝑠𝑐)(𝜓+𝜓−)=𝑅𝑦(−𝜃)𝜓
です.装置を 𝜃 傾けて測ることは,状態を −𝜃 回してから元の装置で測ることと同じです.状態を回すか装置を回すかで,角の符号が逆になることに注意してください.
練習1 𝑅𝑦(𝜋) を |+⟩ と |−⟩ に作用させよ.また 𝑅𝑦(2𝜋) を求めよ.
練習2 |+𝑥⟩ =(11)/√2 と |+𝑦⟩ =(1𝑖)/√2 の間の振幅 ⟨+𝑥|+𝑦⟩ と,その確率を求めよ.
答え 練習1:𝑐 =0,𝑠 =1 なので 𝑅𝑦(𝜋) =(0−110).|+⟩ →|−⟩,|−⟩ → −|+⟩.𝑅𝑦(2𝜋) =𝑅𝑦(𝜋)𝑅𝑦(𝜋) =(−100−1) = −𝐼.練習2:⟨+𝑥|+𝑦⟩ =(1⋅1+1⋅𝑖)/2 =(1+𝑖)/2.確率は |1+𝑖|2/4 =1/2.𝑥 と 𝑦 は直角なので,傾けた装置の cos2(𝜋/4) =1/2 と一致する.
例題
|+⟩ のビームを,+ の出口だけを通すフィルターを 𝑁 台並べた装置に入れる.𝑘 台目のフィルターは 𝑦 軸のまわりに 𝑘𝜋/𝑁 傾けてある(𝑘 =1, 2, …, 𝑁).
最後まで通る確率 𝑃𝑁 を求め,𝑁 =1, 2, 10 の値を示せ.
𝑁 が大きいとき 𝑃𝑁 はどうなるか.最後に出てくる状態は何か.
[図:少しずつ向きを変えた N 台のフィルター]左から |+⟩ のビームが入り,1台目,2台目,途中を省略して N−1 台目,N 台目のフィルターを順に通る.k 台目の向きは y 軸のまわりに kπ/N だけ傾けてある.各台の − の出口を赤い遮断印でふさぎ,+ の出口を次の台へつなぐ.測定方向を上の矢印で模式的に示し,最後の台を入射状態の測定方向と逆向きにする.出口名は各台の基底に対する +,−.
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考え方 𝑘 台目を通った状態は ∣+𝑘𝜋/𝑁⟩ である.隣り合う2台の向きの差はいつも 𝜋/𝑁 なので,次の台を通る振幅は,向きの差だけで決まる cos(𝜋/(2𝑁)) である.
1台目までの振幅も ⟨+𝜋/𝑁∣+⟩ =cos(𝜋/(2𝑁)).各台は独立に選別するので,確率は掛け算になり
𝑃𝑁=cos2𝑁𝜋2𝑁
𝑁 =1 では cos2(𝜋/2) =0.𝑁 =2 では (cos2(𝜋/4))2 =1/4.𝑁 =10 では cos9∘ =0.98769 より 𝑃10 =0.9876920 ≈0.78.
𝑥 =𝜋/(2𝑁) が1より十分小さいとき cos𝑥 ≈1 −𝑥2/2 で,ln𝑃𝑁 ≈2𝑁(−𝑥2/2) = −𝜋2/(4𝑁).よって 𝑃𝑁 ≈𝑒−𝜋2/(4𝑁) ≈1 −𝜋2/(4𝑁) で,𝑁 →∞ で1に近づく.最後の台は 𝜃 =𝜋 なので,出てくる状態は |+𝜋⟩ =|−⟩ である.
確かめ:𝑁 =10 の近似 𝑒−𝜋2/40 ≈0.78 は厳密な値と合う.1台で直接 |−⟩ を選ぶと何も通らないのに,少しずつ向きを変えると,ほとんど失わずに |+⟩ を |−⟩ に変えられる.
𝑥𝑦 平面の中で 𝑥 軸から角 𝜙 の向きを向いたスピンの状態 |+𝜙⟩ を,|+𝑥⟩ を 𝑧 軸のまわりに 𝜙 回した状態とする.
全体の位相を除いて |+𝜙⟩ =(|+⟩+𝑒𝑖𝜙|−⟩)/√2 となることを示せ.
|+𝜙⟩ を 𝑥 方向の装置で測って + に出る確率を求め,本体の節の cos2(𝜃/2) と比べよ.
|+𝜙⟩ と直交する状態を求め,それが向き 𝜙 +𝜋 のスピンであることを確かめよ.
[図:横向きのスピンと複素平面の点]初期状態は φ = π/3.左の xy 平面に状態 |+φ⟩ の向きを青い矢印で,右の複素平面に振幅の比 ψ−/ψ+ を緑の点で示す.φ のスライダーを動かすと,矢印と点が正の x 軸,正の実軸から同じ角だけ反時計回りに回る.点は単位円上にあり,原点からの向きがスピンの矢印と対応する.
初期状態は φ = π/3.左の xy 平面に状態 |+φ⟩ の向きを青い矢印で,右の複素平面に振幅の比 ψ−/ψ+ を緑の点で示す.φ のスライダーを動かすと,矢印と点が正の x 軸,正の実軸から同じ角だけ反時計回りに回る.点は単位円上にあり,原点からの向きがスピンの矢印と対応する.
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考え方 𝑅𝑧(𝜙) を振幅の列に掛け,全体の位相をくくり出す.確率は内積の絶対値の2乗である.
𝑅𝑧(𝜙)1√2(11)=1√2(𝑒−𝑖𝜙/2𝑒𝑖𝜙/2)=𝑒−𝑖𝜙/21√2(1𝑒𝑖𝜙)
全体の位相 𝑒−𝑖𝜙/2 を除けば示す式になる.𝜙 =𝜋/2 で |+𝑦⟩ になる.
⟨+𝑥|+𝜙⟩ =(1+𝑒𝑖𝜙)/2 =𝑒𝑖𝜙/2cos(𝜙/2).確率は cos2(𝜙/2) である.2つのスピンの向きのなす角は 𝜙 なので,𝑦 軸のまわりに傾けた場合の cos2(𝜃/2) と同じ形になる.どの軸のまわりに傾けても,確率は向きのなす角だけで決まる.
𝜒 =(1−𝑒𝑖𝜙)/√2 とすると ⟨𝜒|+𝜙⟩ =(1−𝑒−𝑖𝜙𝑒𝑖𝜙)/2 =0.−𝑒𝑖𝜙 =𝑒𝑖(𝜙+𝜋) なので 𝜒 =|+𝜙+𝜋⟩ で,逆向きのスピンである.
確かめ:(2) で 𝜙 =𝜋 とすれば確率は0で,(3) で 𝜙 =0 とした |−𝑥⟩ =(|+⟩−|−⟩)/√2 と合う.
スピン1/2の粒子の状態が |𝜓⟩ =35|+⟩ +4𝑖5|−⟩ である.
𝑧,𝑥,𝑦 の各方向の装置で測ったとき,+ に出る確率をそれぞれ求めよ.
各方向で + の確率から − の確率を引いた値を 𝑛𝑧, 𝑛𝑥, 𝑛𝑦 とする.𝑛2𝑥 +𝑛2𝑦 +𝑛2𝑧 を計算し,この状態が何を意味するか述べよ.
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考え方 𝑥,𝑦 方向の基底を 𝑧 基底で書き,内積で振幅を求める.
𝑧:|3/5|2 =9/25.𝑥:⟨+𝑥|𝜓⟩ =(3/5+4𝑖/5)/√2 で,確率は (9+16)/50 =1/2.𝑦:|+𝑦⟩ の振幅の複素共役は (1−𝑖)/√2 なので ⟨+𝑦|𝜓⟩ =(3/5+(−𝑖)(4𝑖/5))/√2 =7/(5√2).確率は 49/50.
𝑛𝑧 =9/25 −16/25 = −7/25,𝑛𝑥 =0,𝑛𝑦 =49/50 −1/50 =24/25.
𝑛2𝑥+𝑛2𝑦+𝑛2𝑧=576+49625=1
(𝑛𝑥, 𝑛𝑦, 𝑛𝑧) は単位ベクトルで,この状態は 𝑦𝑧 平面の中の,この向きを向いたスピンの |+⟩ である.その向きで測れば必ず + に出る.
確かめ:𝑦 軸から −𝑧 側へ傾いた向きなので,+𝑦 の確率は1に近く,+𝑧 の確率は1/2より小さい.どんなスピン1/2の状態も,ある向きの |+⟩ になっている.
ポイント ここまでのまとめ
状態は振幅の列で,変換は2×2 の行列で表す.先に行う操作を右に書き,順序を入れ替えない.
𝑅𝑦(𝜃) =(cos𝜃2−sin𝜃2sin𝜃2cos𝜃2),𝑅𝑧(𝜙) =(𝑒−𝑖𝜙/200𝑒𝑖𝜙/2).回転を続けると角が足され,2𝜋 回すと −𝐼 になる.
確率を保つ変換はユニタリ行列で,列が規格化されて互いに直交する.
装置を 𝜃 傾けて測ることは,状態を −𝜃 回して元の装置で測ることと同じ.
どんなスピン1/2の状態も,ある向きを向いたスピンの |+⟩ である.