問いしるべ
問いから始める物理 確率振幅から組み立てる量子力学(発展)

確率振幅から組み立てる量子力学(発展)

2×2 行列と回転の変換

著者:柚木芹香

本体の節では,スピン1/2の状態を2つの振幅で表し,装置を傾けたときの振幅の変換を求めました.2つの振幅を縦に並べ,変換を2×2 の行列で書くと,変換を続けて行うことが行列の掛け算になり,確率を保つ条件も短く書けます.ここでその計算に慣れておきます.次の題材(2状態系)でも同じ道具を使います.

定理 数学の道具:振幅の列と行列

状態 |ψ⟩ の z 基底での振幅を縦に並べた ψ=(ψ+ψ−)(ψ±=⟨±|ψ⟩)を振幅の列という.2×2 の行列は列に次のように作用する.

(abcd)(xy)=(ax+bycx+dy)

2つの行列の積は,右の行列の各列に左の行列を作用させたものである.

(abcd)(pqrs)=(ap+braq+bscp+drcq+ds)

行列 B を作用させてから A を作用させることは,積 AB を1回作用させることと同じである.一般に AB≠BA で,掛ける順序を変えてはいけない.

先に行う操作を右に書くのは,列が右にあるからです.A(Bψ)=(AB)ψ は,成分を書き出せば確かめられます.単位行列 I=(1001) は何もしない操作で,AI=IA=A です.

状態の回転を行列で書く

本体の節の結果は,状態を回す操作として次のように書けます.y 軸のまわりに θ 回す操作は |+⟩ を |+θ⟩ に,|−⟩ を |−θ⟩ に移すので,行列の第1列が |+θ⟩ の振幅の列,第2列が |−θ⟩ の振幅の列です.c=cos⁡(θ/2),s=sin⁡(θ/2) として

Ry(θ)=(c−ssc),Rz(ϕ)=(e−iϕ/200eiϕ/2)

です.Rz は z 軸のまわりに ϕ 回す操作です.

回転を続けると角が足されることを確かめます.Ry(θ1)Ry(θ2) の左上の成分は

cos⁡θ12cos⁡θ22−sin⁡θ12sin⁡θ22=cos⁡θ1+θ22

で,ほかの成分も加法定理から同じように出て,Ry(θ1)Ry(θ2)=Ry(θ1+θ2) です.Rz では e−iϕ1/2e−iϕ2/2=e−i(ϕ1+ϕ2)/2 から同じことが言えます.逆の操作は逆向きに回すことで,Ry(θ)Ry(−θ)=Ry(0)=I です.

本体の節では,半分の角 k=1/2 を実験と比べて決めました.行列の中の角の係数 k を変えても,角が足されることは成り立ちます.確率の保存と角の足し算だけでは k が決まらず,実験(または平均が古典的な mcos⁡θ に戻ること)で決まるのです.k=1/2 のとき Ry(2π)=−I,Ry(4π)=I です.

確率を保つ変換

複素数の振幅の列 χ,ψ について,2つの状態の振幅は,本体の性質3と ⟨χ|i⟩=⟨i|χ⟩∗ から

⟨χ|ψ⟩=χ+∗ψ++χ−∗ψ−

です.特に ⟨ψ|ψ⟩=|ψ+|2+|ψ−|2 は確率の和で,1に規格化します.

定理 数学の道具:ユニタリ行列

行列 U の2つの列を u1,u2 とする.どんな ψ についても Uψ の確率の和が ψ と同じになるのは,2つの列が規格化されていて互いに直交する

|u1|2=|u2|2=1,u1∗⋅u2=0

ときで,そのときに限る(u1∗⋅u2 は,u1 の成分の複素共役と u2 の成分の積の和).このような U をユニタリ行列という.U の逆行列は,各成分の複素共役をとって行と列を入れ替えた行列である.

短い導出:Uψ=ψ+u1+ψ−u2 なので,確率の和は

|ψ+|2|u1|2+|ψ−|2|u2|2+2Re⁡(ψ+∗ψ−u1∗⋅u2)

です.ψ=(10),(01) を入れると |u1|2=|u2|2=1 が要り,ψ+∗ψ− の位相は自由に選べるので,最後の項がいつも0になるには u1∗⋅u2=0 が要ります.逆に,この条件があれば確率の和は変わりません.逆行列は,列の条件をそのまま行列の積に書き直せば分かります.

基底を取り替える

本体の節の ⟨±θ|ψ⟩ を行列で書くと,⟨+θ|ψ⟩=cψ++sψ−,⟨−θ|ψ⟩=−sψ++cψ− なので

(⟨+θ|ψ⟩⟨−θ|ψ⟩)=(cs−sc)(ψ+ψ−)=Ry(−θ)ψ

です.装置を θ 傾けて測ることは,状態を −θ 回してから元の装置で測ることと同じです.状態を回すか装置を回すかで,角の符号が逆になることに注意してください.

練習1 Ry(π) を |+⟩ と |−⟩ に作用させよ.また Ry(2π) を求めよ.

練習2 |+x⟩=(11)/2 と |+y⟩=(1i)/2 の間の振幅 ⟨+x|+y⟩ と,その確率を求めよ.

答え 練習1:c=0,s=1 なので Ry(π)=(0−110).|+⟩→|−⟩,|−⟩→−|+⟩.Ry(2π)=Ry(π)Ry(π)=(−100−1)=−I.練習2:⟨+x|+y⟩=(1⋅1+1⋅i)/2=(1+i)/2.確率は |1+i|2/4=1/2.x と y は直角なので,傾けた装置の cos2⁡(π/4)=1/2 と一致する.

例題

例題 1

オリジナル ★★☆☆☆

|+⟩ のビームを,+ の出口だけを通すフィルターを N 台並べた装置に入れる.k 台目のフィルターは y 軸のまわりに kπ/N 傾けてある(k=1,2,…,N).

  1. 最後まで通る確率 PN を求め,N=1,2,10 の値を示せ.

  2. N が大きいとき PN はどうなるか.最後に出てくる状態は何か.

左から |+⟩ のビームが入り,1台目,2台目,途中を省略して N−1 台目,N 台目のフィルターを順に通る.k 台目の向きは y 軸のまわりに kπ/N だけ傾けてある.各台の − の出口を赤い遮断印でふさぎ,+ の出口を次の台へつなぐ.測定方向を上の矢印で模式的に示し,最後の台を入射状態の測定方向と逆向きにする.出口名は各台の基底に対する +,−. 左から |+⟩ のビームが入り,1台目,2台目,途中を省略して N−1 台目,N 台目のフィルターを順に通る.k 台目の向きは y 軸のまわりに kπ/N だけ傾けてある.各台の − の出口を赤い遮断印でふさぎ,+ の出口を次の台へつなぐ.測定方向を上の矢印で模式的に示し,最後の台を入射状態の測定方向と逆向きにする.出口名は各台の基底に対する +,−.
解答を見る

考え方 k 台目を通った状態は |+kπ/N⟩ である.隣り合う2台の向きの差はいつも π/N なので,次の台を通る振幅は,向きの差だけで決まる cos⁡(π/(2N)) である.

  1. 1台目までの振幅も ⟨+π/N|+⟩=cos⁡(π/(2N)).各台は独立に選別するので,確率は掛け算になり

PN=cos2N⁡π2N

N=1 では cos2⁡(π/2)=0.N=2 では (cos2⁡(π/4))2=1/4.N=10 では cos⁡9∘=0.98769 より P10=0.9876920≈0.78.

  1. x=π/(2N) が1より十分小さいとき cos⁡x≈1−x2/2 で,ln⁡PN≈2N(−x2/2)=−π2/(4N).よって PN≈e−π2/(4N)≈1−π2/(4N) で,N→∞ で1に近づく.最後の台は θ=π なので,出てくる状態は |+π⟩=|−⟩ である.

確かめ:N=10 の近似 e−π2/40≈0.78 は厳密な値と合う.1台で直接 |−⟩ を選ぶと何も通らないのに,少しずつ向きを変えると,ほとんど失わずに |+⟩ を |−⟩ に変えられる.

例題 2

オリジナル ★★★☆☆

xy 平面の中で x 軸から角 ϕ の向きを向いたスピンの状態 |+ϕ⟩ を,|+x⟩ を z 軸のまわりに ϕ 回した状態とする.

  1. 全体の位相を除いて |+ϕ⟩=(|+⟩+eiϕ|−⟩)/2 となることを示せ.

  2. |+ϕ⟩ を x 方向の装置で測って + に出る確率を求め,本体の節の cos2⁡(θ/2) と比べよ.

  3. |+ϕ⟩ と直交する状態を求め,それが向き ϕ+π のスピンであることを確かめよ.

[図:横向きのスピンと複素平面の点]

初期状態は φ = π/3.左の xy 平面に状態 |+φ⟩ の向きを青い矢印で,右の複素平面に振幅の比 ψ−/ψ+ を緑の点で示す.φ のスライダーを動かすと,矢印と点が正の x 軸,正の実軸から同じ角だけ反時計回りに回る.点は単位円上にあり,原点からの向きがスピンの矢印と対応する.

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考え方 Rz(ϕ) を振幅の列に掛け,全体の位相をくくり出す.確率は内積の絶対値の2乗である.

Rz(ϕ)12(11)=12(e−iϕ/2eiϕ/2)=e−iϕ/212(1eiϕ)

全体の位相 e−iϕ/2 を除けば示す式になる.ϕ=π/2 で |+y⟩ になる.

  1. ⟨+x|+ϕ⟩=(1+eiϕ)/2=eiϕ/2cos⁡(ϕ/2).確率は cos2⁡(ϕ/2) である.2つのスピンの向きのなす角は ϕ なので,y 軸のまわりに傾けた場合の cos2⁡(θ/2) と同じ形になる.どの軸のまわりに傾けても,確率は向きのなす角だけで決まる.

  2. χ=(1−eiϕ)/2 とすると ⟨χ|+ϕ⟩=(1−e−iϕeiϕ)/2=0.−eiϕ=ei(ϕ+π) なので χ=|+ϕ+π⟩ で,逆向きのスピンである.

確かめ:(2) で ϕ=π とすれば確率は0で,(3) で ϕ=0 とした |−x⟩=(|+⟩−|−⟩)/2 と合う.

例題 3

オリジナル ★★☆☆☆

スピン1/2の粒子の状態が |ψ⟩=35|+⟩+4i5|−⟩ である.

  1. z,x,y の各方向の装置で測ったとき,+ に出る確率をそれぞれ求めよ.

  2. 各方向で + の確率から − の確率を引いた値を nz,nx,ny とする.nx2+ny2+nz2 を計算し,この状態が何を意味するか述べよ.

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考え方 x,y 方向の基底を z 基底で書き,内積で振幅を求める.

  1. z:|3/5|2=9/25.x:⟨+x|ψ⟩=(3/5+4i/5)/2 で,確率は (9+16)/50=1/2.y:|+y⟩ の振幅の複素共役は (1−i)/2 なので ⟨+y|ψ⟩=(3/5+(−i)(4i/5))/2=7/(52).確率は 49/50.

  2. nz=9/25−16/25=−7/25,nx=0,ny=49/50−1/50=24/25.

nx2+ny2+nz2=576+49625=1

(nx,ny,nz) は単位ベクトルで,この状態は yz 平面の中の,この向きを向いたスピンの |+⟩ である.その向きで測れば必ず + に出る.

確かめ:y 軸から −z 側へ傾いた向きなので,+y の確率は1に近く,+z の確率は1/2より小さい.どんなスピン1/2の状態も,ある向きの |+⟩ になっている.

ポイント ここまでのまとめ

  • 状態は振幅の列で,変換は2×2 の行列で表す.先に行う操作を右に書き,順序を入れ替えない.

  • Ry(θ)=(cos⁡θ2−sin⁡θ2sin⁡θ2cos⁡θ2),Rz(ϕ)=(e−iϕ/200eiϕ/2).回転を続けると角が足され,2π 回すと −I になる.

  • 確率を保つ変換はユニタリ行列で,列が規格化されて互いに直交する.

  • 装置を θ 傾けて測ることは,状態を −θ 回して元の装置で測ることと同じ.

  • どんなスピン1/2の状態も,ある向きを向いたスピンの |+⟩ である.