問いしるべ
問いから始める物理 ゆらぎと拡散(発展)

ゆらぎと拡散(発展)

拡散の数学:保存則と拡散方程式

著者:柚木芹香

フィックの法則は,ある瞬間の勾配から流れを与える式でした.これに「粒子は消えも湧きもしない」という保存則を組み合わせると,濃度の時間変化を決める方程式が出てきます.

定理 数学の道具:保存則と拡散方程式

断面積 A の細い管の,x と x+dx ではさまれた薄い層を考える.c は数密度(単位は m−3)なので中の粒子数は cAdx で,左から J(x)A 個が入り,右から J(x+dx)A 個が出ていく.出入りの差が中身の増減で,A は両辺から落ちるので

∂c∂t=−∂J∂x

である(連続の式).ここにフィックの法則 J=−D∂c/∂x を入れると,D が一定のとき

∂c∂t=D∂2c∂x2

となる.これを拡散方程式という.濃度の山(2階微分が負)では濃度が下がり,谷(2階微分が正)では上がる.拡散は凸凹をならす向きにはたらく.

はじめこの管の原点に N0 個が集まっていたときの解は

c(x,t)=N0A4πDtexp⁡(−x24Dt)

で,高さが 1/t で下がり,幅が t で広がる釣鐘形である.分母の A を落とすと数密度の単位にならない.実際 A∫cdx=N0 で粒子数が保たれる.この分布の分散はちょうど ⟨x2⟩=2Dt になる.

次元で見る. D の単位は m2s−1 なので,D と t だけから作れる長さは Dt しかない.だから,ほかに長さや時間の尺度がない点源の問題では,答えは x/Dt という組み合わせと,前に付く t−1/2 の高さだけで書ける.上の解も x/4Dt だけに依存している.初めの分布に幅があるとき,壁や膜で長さが決まっているとき,反応や吸収で時間が決まっているときは,その尺度との比も答えに入る.

練習. (1) 上の c(x,t) が拡散方程式を満たすことを,t と x で偏微分して確かめよ.(2) 拡散で広がる距離を3倍にするには,時間を何倍にすればよいか.

答え:(1) ln⁡c=const−12ln⁡t−x24Dt より ∂c∂t=c(−12t+x24Dt2).また ∂c∂x=−x2Dtc,∂2c∂x2=(−12Dt+x24D2t2)c で,D を掛けると一致する. (2) 距離が Dt に比例するので,時間は9倍.

定常状態(∂c/∂t=0)では ∂2c∂x2=0 なので,1次元では濃度が直線的に変わります.このとき流束はどこでも同じで,電流が一定の導線とよく似たふるまいになります.

気体の D≈13λv¯ の 13 について. 1歩の長さを l,向きを等方とすると ⟨|R|2⟩=N⟨l2⟩,1方向はその 13 なので D=⟨l2⟩/(6τ) です.歩長を λ に固定すると D=λv¯/6 で,13 にはなりません.実際の自由行程は指数分布にばらついていて ⟨l2⟩=2λ2 であり,これを入れて D=λv¯/3 になります.向きの平均だけで2倍になるのではなく,自由行程のばらつきが効いているのです.本当の係数は速度分布や衝突の模型にもよるので,13 は見積もりの数と思ってください.

例題

例題 1

オリジナル ★★☆☆☆

厚さ L=2.0×10−5m の膜の両側に,気体が濃度 c1=1.0molm−3 と c2=0 で接している.膜の中の拡散係数は D=3.0×10−11m2s−1 で,膜の両面の濃度はそれぞれ外側の値に等しいとする.

厚さLの膜の左面は濃度c₁,右面は濃度c₂=0に接している.下のグラフは両面の位置を断面図と揃えて示し,膜内の濃度が直線的に下がることを表す.流束Jは濃度の高い左側から低い右側へ向かう. 厚さLの膜の左面は濃度c₁,右面は濃度c₂=0に接している.下のグラフは両面の位置を断面図と揃えて示し,膜内の濃度が直線的に下がることを表す.流束Jは濃度の高い左側から低い右側へ向かう.
  1. 定常状態での膜の中の濃度分布と,単位面積あたりの流束 J を求めなさい.

  2. 膜を2枚(厚さ L1,L2,拡散係数 D1,D2)重ねたときの流束を求めなさい.

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考え方 定常では ∂2c∂x2=0 で濃度は直線,流束はどこでも同じである.(2) では2枚を通る流束が等しいことを使う.

  1. c(x)=c1−(c1−c2)x/L で,J=−Ddc/dx=D(c1−c2)/L=1.0×3.0×10−11/(2.0×10−5)=1.5×10−6molm−2s−1.

  2. 境目の濃度を cm とすると J=D1(c1−cm)/L1=D2(cm−c2)/L2.それぞれを濃度差について解いて足すと c1−c2=J(L1D1+L2D2) なので

J=c1−c2L1/D1+L2/D2

となる.L/D が抵抗のようにはたらき,直列につないだ電気抵抗と同じ形になる.

例題 2

オリジナル ★★★☆☆

水中に浮かぶ半径 a の球形の細胞が,周りから酸素を拡散で取り込む.遠くでの酸素の濃度は c0 で一定,細胞の表面では取り込みが速く c=0 とみなせる.水中の酸素の拡散係数を D とする.

半径aの細胞の表面では濃度c=0,遠方ではc₀である.座標rは球の中心から外向きに取り,流束Jは細胞へ向かう.右の濃度曲線は表面r=aで0から始まり,遠くなるほどc₀へ近づく. 半径aの細胞の表面では濃度c=0,遠方ではc₀である.座標rは球の中心から外向きに取り,流束Jは細胞へ向かう.右の濃度曲線は表面r=aで0から始まり,遠くなるほどc₀へ近づく.
  1. 球対称な定常状態での濃度 c(r) と,細胞に入る全流量 I を求めなさい.球対称な定常解は c=A+B/r の形でよい.

  2. 細胞は単位体積あたり毎秒 q だけ酸素を消費する.拡散だけで足りるための半径の上限を求め,D=2.0×10−9m2s−1,c0=0.25molm−3,q=2.0×10−2molm−3s−1 で数値を出しなさい.

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考え方 (1) 境界条件で A,B を決め,表面の流束に面積を掛ける.(2) 供給は a の1乗,消費は a の3乗に比例する.

  1. c(∞)=c0 より A=c0,c(a)=0 より B=−c0a.よって c(r)=c0(1−ar) である.流束は J=−Ddc/dr=−Dc0a/r2(内向き)なので,半径 r の球面を通る全流量は r によらず

I=4πr2|J|=4πDac0

となる.流量が半径の1乗にしか比例しないことが大事である.

  1. 消費は q⋅43πa3 だから,4πDac0≥43πa3q,すなわち a≤3Dc0/q.数値を入れると a≤3×2.0×10−9×0.25/(2.0×10−2)≈2.7×10−4m,およそ 0.3mm である.これより大きな生き物が,血管やえらや気管といった運ぶしくみを持たざるをえない理由がここにある.

ポイント ここまでのまとめ

  • 連続の式 ∂c/∂t=−∂J/∂x とフィックの法則から,拡散方程式 ∂c/∂t=D∂2c/∂x2 が出る.

  • 点から広がる解は幅 2Dt の釣鐘形で,高さには断面積 A が入る.ほかに尺度のない問題にかぎり,答えは x/Dt の相似形になる.

  • 定常では濃度が直線(平面)や A+B/r(球対称)になり,L/D が抵抗のようにはたらく.

  • 球への定常の取り込みは I=4πDac0 で半径の1乗にしか比例せず,生き物の大きさに上限を与える.