問い
ハンモックを木の間に張るとき,ロープをピンと水平に近く張るほど,ロープは切れやすくなります.体重は同じなのに,なぜでしょうか.自分の言葉で理由を説明してみてください.
考えてみる
ロープが人を支えられるのは,ロープが引く力の上向き成分が体重を打ち消すからです.ロープは左右2本あり,水平から角 𝜃 だけ上を向いているとします.1本の張力を 𝑇 とすると,上向き成分は1本あたり 𝑇sin𝜃 です.体重を 𝑊 とすると,鉛直方向のつり合いは
2𝑇sin𝜃=𝑊⟹𝑇=𝑊2sin𝜃
です.水平方向の成分 𝑇cos𝜃 は左右で打ち消し合うだけで,体重を支える役には立ちません.ロープを水平に近づけると,張力のほとんどが役に立たない水平成分になり,鉛直成分をかせぐために 𝑇 を大きくせざるをえません.
体重 70 kg(𝑊 ≈690 N)で数値を見てみます.
𝜃 | 90° | 60° | 30° | 10° | 5° | 2° |
|---|
𝑇 | 350 N | 400 N | 690 N | 2000 N | 4000 N | 9900 N |
水平から10°に張ると張力は体重の約3倍,2°にすると約14倍です.𝜃 →0 で 𝑇 →∞ なので,ロープを完全に水平にピンと張ることは,どんなに強いロープでもできません.問いの答えは,これで尽きています.この「力を成分に分け,成分ごとに釣り合わせる」という考えが,この節の中心です.
[図:ハンモックの張力と体重]ハンモックに人が横たわる様子の簡略図.左右のロープは水平から角θをなし,人の位置で体重Wが下向きに,張力Tが各ロープに沿って斜め上向きに働く.右側に,右のロープの張力Tを水平成分TcosθとTsinθ(鉛直成分)に分けた図を添える.
質点のつり合い
法則 質点のつり合い
物体を大きさのない点(質点)とみなせるとき,物体にかかる力のベクトル和が0であれば,物体の加速度は0である.つまり,静止している物体は静止し続け,等速で動いている物体は等速で動き続ける.
𝑭1+𝑭2+⋯+𝑭𝑛=0
これは運動方程式 𝑚𝒂 =∑𝑭 で 𝒂 =0 とおいたものにすぎません.新しい法則ではなく,運動方程式の特別な場合です.成分で書くと,座標軸ごとに次のようになります.
∑𝐹𝑥=0,∑𝐹𝑦=0
ここでいう「質点」は,大きさをもつ物体の回転を考えなくてよい場合を指します.棒やはしごのように,力の働く位置が違うと回転してしまう物体のつり合いは,トルクという量が必要になるので後の章で扱います.この節では,1点に力が集まるものだけを扱います.
つり合いの問題は,次の手順で解くことができます.
注目する物体を決め,その物体だけを描く.
働く力をすべて描く(重力,接触しているものからの力).自由体図を描く.
座標軸を選ぶ.力の多くが軸に沿うように選ぶと楽になる.
成分ごとに ∑𝐹 =0 を書く.
解いたら,極端な場合(角が0°や90°)で答えを確かめる.
糸を扱う約束も確認しておきます.軽い糸の張力は,途中に摩擦などの接線方向の外力が無ければ糸のどこでも同じで,糸は引く向きにしか力を出しません.滑らかな面からは面に垂直な力(垂直抗力)だけを受けます.滑らかな滑車は糸の向きを変えるだけで,張力の大きさは変えません.
3力のつり合い
3つの力がつり合うとき,𝑭1 +𝑭2 +𝑭3 =0 なので,3つの矢印を順につなぐと元の点に戻る三角形ができます(力の三角形).三角形を使うと,成分に分けなくても答えが出ることがあります.
定理 ラミの定理
同一直線上にない,0でない3力 𝑭1,𝑭2,𝑭3 がつり合うとき,𝑭2 と 𝑭3 のなす角を 𝛼,𝑭3 と 𝑭1 のなす角を 𝛽,𝑭1 と 𝑭2 のなす角を 𝛾 とすると
𝐹1sin𝛼=𝐹2sin𝛽=𝐹3sin𝛾
がなりたつ.
証明. 力の三角形で,辺 𝐹1 の向かい側の内角は 180∘ −𝛼 である(矢印をつなぎ直すと,始点をそろえて測った角の補角になる).sin(180∘ −𝛼) =sin𝛼 なので,正弦定理 𝑎sin𝐴 =𝑏sin𝐵 =𝑐sin𝐶(次の節で確かめる)から上の式を得る.
ポイント ここまでのまとめ
問いの答えは,ロープの張力の上向き成分 𝑇sin𝜃 だけが体重を支えるから,𝑇 =𝑊2sin𝜃 となり,水平に近づく(𝜃 →0)ほど 𝑇 →∞ となって切れやすい,である.
質点のつり合いは ∑𝑭 =0,成分では ∑𝐹𝑥 =0,∑𝐹𝑦 =0 である.運動方程式で 𝒂 =0 とおいた特別な場合にすぎない.
解き方は,物体を決める,力を全部描く,軸を選ぶ,成分ごとに合力が0,極端な場合で検算,の順である.
3力がつり合うと,矢印は力の三角形をつくる.3力が同一直線上にないとき,ラミの定理 𝐹1sin𝛼 =𝐹2sin𝛽 =𝐹3sin𝛾 で解くこともできる.
大きさのある物体の回転(トルク)は後の章で扱い,この節では1点に力が集まる場合だけを扱う.