問いしるべ
問いから始める物理 気体の分子運動論

気体の分子運動論

第15章のまとめ

著者:柚木芹香

この章では,手で触って分かる圧力と温度を,分子の運動から組み立て直しました.出発点は「圧力は分子が壁に与える力積の時間平均である」という1行だけです.そこから状態方程式と見比べることで温度の意味が決まり,分子の速さの目安まで出てきました.さらに,導出で置いた「分子に大きさがない」「分子間に力が働かない」という2つの仮定をゆるめると,理想気体では起こりえない液化までが説明できました.分子を1個ずつ追うことはあきらめ,代わりに平均を正しく扱い,近似の条件を無次元の量で確かめる.これがこの章で身につけた作法で,熱の分野では最後まで使い続けます.

定義と法則

法則 圧力の分子運動論

  • 分子の質量を m,数密度を n=N/V とすると,壁が受ける圧力は

p=nm⟨vx2⟩

である.1個の分子が1回の衝突で壁に与える力積が 2mvx であることと,衝突の回数が vx に比例することの積から出る.

  • 向きの偏りがなければ ⟨vx2⟩=⟨vy2⟩=⟨vz2⟩=⟨v2⟩/3 なので

pV=23N⟨12mv2⟩=13Nm⟨v2⟩

となり,容器の形にも大きさにもよらない.分子どうしの衝突を入れても,運動量とエネルギーが保存し向きの偏りも生まれないので,結果は変わらない.

  • ただし,分子の体積と分子間の力をともに無視できる希薄な気体についての式である.高密度では補正が付く(ファンデルワールスの式).

  • 式に分子の種類が入らないので,混合気体では成分ごとの分圧 pi=23ni⟨Ki⟩ の和が全圧になる(ドルトンの法則).

定義 熱平衡と温度

2つの物体を触れ合わせて十分に待ち,どちらの性質も変わらなくなった状態を熱平衡という.熱力学第零法則(A と B がそれぞれ C と熱平衡なら A と B も熱平衡)により,物体を熱平衡の仲間ごとに分けて1つの数を割り当てられる.これが温度である.割り当て方は,温度とともに単調に変わる量(測温物性)を選び,再現できる定点で校正して決める.一定体積の希薄な気体の圧力を使い,水の三重点を 273.16K とした目盛りが絶対温度で,摂氏とは T/K=t/∘C+273.15 の関係にある.気体にも頼らない熱力学温度との一致は第16章で扱う.

法則 理想気体の状態方程式と温度の意味

  • 希薄な気体では

pV=NkBT=νRT

が成り立つ(kB=1.38×10−23JK−1,R=8.31Jmol−1K−1,NA=6.02×1023mol−1,物質量 ν=N/NA).数密度で書けば p=nkBT である.

  • これと上の式を比べると

⟨12mv2⟩=32kBT

すなわち温度は,分子の乱雑な並進運動の激しさの目安であり,分子の種類によらない.重い分子と軽い分子を混ぜて放っておくと,速さではなく平均運動エネルギーが等しくなる所で落ち着く.

  • 3方向に等しく分けると1方向あたり 12kBT である.単原子分子の気体では並進の3方向しかないので,内部エネルギーは U=32NkBT=32pV になる.エネルギーが2乗の形で入る運動1つあたり 12kBT ずつ分けられるという等分配則は,条件とともに第17章で扱う.

定義 平均・重みつき平均・分散

値 xj をとるものの割合が Pj(∑jPj=1)のとき,関数 f の平均は ⟨f⟩=∑jPjf(xj),連続なら ⟨f⟩=∫f(x)P(x)dx である.ばらつきは分散 σ2=⟨x2⟩−⟨x⟩2≥0 で表し,σ を標準偏差という.この不等式から vrms≥⟨v⟩ が常に成り立つ.

法則 ファンデルワールスの状態方程式

分子を直径 d の硬い球とみなすと,中心が入れない排除体積が1モルあたり b=23πNAd3(分子自身の体積の4倍)生じ,使える体積は w−b に減る.また壁の近くの分子は内向きに引かれるので,圧力は数密度の2乗に比例する分だけ下がる.モル体積を w=V/ν として

(p+aw2)(w−b)=RT

が得られる(a,b>0 は気体ごとの定数).厳密な法則ではなく,2つの効果を最も簡単な形で入れた模型である.b/w と a/(RTw) がともに小さいとき理想気体に戻る.

手順

ポイント 分子運動論と状態方程式の問題を解く手順

  1. 問われているのが分子1個のことか,たくさんの分子の平均かを見分ける.平均なら ⟨12mv2⟩=32kBT と状態方程式の2本でほとんど足りる.

  2. 圧力を決めているのは何かを先に見分ける.固い容器なら気体が決め,動けるピストンならピストンの力のつり合いが決める(鉛直なら p=p0+Mpg/A).ストッパーに当たった後はつり合いが使えず,体積が決まる.

  3. 壁に加わる力を考えるときは,壁に垂直な速度成分だけが反転すること(1回の力積 2mvx)と,衝突の回数が vx に比例することを,分けて数える.

  4. 平均してから2乗するのか,2乗してから平均するのかを確かめる.⟨vx⟩=0 でも ⟨vx2⟩≠0 で,圧力はこの違いの上に乗っている.

  5. 測りやすい量だけで書き直せないかを考える.p=13ρvrms2 や U=32pV は,分子1個の質量を知らなくても使える.

  6. 温度や分子の質量を変えたときは比で追う.同じ温度なら vrms∝1/m,同じ気体なら vrms∝T である.

  7. 理想気体の式を使ってよいかを疑うときは,無次元の比 b/w と a/(RTw) を評価する.常温常圧の空気ではどちらも 10−3 程度で,安心して使える.

主な公式

  • 圧力:p=nm⟨vx2⟩=13nm⟨v2⟩=13ρvrms2

  • 状態方程式:pV=NkBT=νRT,数密度では p=nkBT

  • 温度と運動エネルギー:⟨12mv2⟩=32kBT,1方向あたり 12kBT

  • 単原子分子の内部エネルギー:U=32NkBT=32νRT=32pV

  • 2乗平均の速さ:vrms=3kBT/m=3RT/M=3p/ρ.室温の窒素で 5×102ms−1 程度で,音速と同じ桁(比は断熱変化から決まり cs/vrms=γ/3,第16章)

  • 平均と分散:⟨f⟩=∑jPjf(xj)=∫fPdx,σ2=⟨x2⟩−⟨x⟩2≥0,vrms≥⟨v⟩

  • 小さな穴から逃げる個数:数密度と平均の速さの積に比例し,同じ温度では 1/m に比例する(軽い分子ほど速く逃げる)

  • 動けるピストンのつり合い:鉛直なら pA=p0A+Mpg

  • ファンデルワールス:p=RTw−b−aw2,排除体積 b=23πNAd3

  • ビリアル展開:Z=pwRT=1+B(T)w+C(T)w2+⋯,この模型では B(T)=b−aRT,C(T)=b2.ボイル温度 TB=aRb

  • 臨界点:wc=3b,Tc=8a27Rb,pc=a27b2,Zc=38.逆に b=RTc8pc,a=27b2pc

各題材の問いへの答え

  • 気体の圧力と分子の運動:タイヤが体重を支える力は,膨大な数の分子が壁に与える力積の時間平均である.1cm2 の壁が1秒に受ける衝突は 1023 回ほどなので,1つ1つは感じられず,切れ目のない一定の力に見える.分子数と体積が変わらない範囲では p=NkBT/V から p∝T なので,温度が上がれば圧力も上がる.分子の側から見れば,速さが増して1回の力積も衝突の回数もともに増えたことになる.だから炎天下のタイヤは朝より硬くなる.

  • 平均と分散,そして速度成分の平均:平均が0でも2乗の平均は0ではないので,⟨vx⟩=0 でも圧力は残る.エネルギーに効くのは vrms,壁への衝突の回数や穴から逃げる個数に効くのは ⟨v⟩ で,両者は別の量である.

  • 理想気体はどこで破れるか:理想気体の式には引力が入っていないので,分子が集まって液体になる道がない.分子の大きさは使える体積を w−b に減らして圧力を上げ,引力は壁への力積を減らして圧力を下げる.この2つを入れると,臨界温度より低い温度では圧縮すると液体が現れる.ブタンは室温が臨界温度(約 425K)より十分低いのでボンベの中で液体になり,窒素は室温が臨界温度(約 126K)より高いのでどれだけ押しても液体にならない.

  • 小さい補正の展開と臨界点:補正の大小は無次元の比で測る.b/w と a/(RTw) の差し引きが圧縮因子の1次の係数 B(T)=b−a/(RT) で,これが0になるボイル温度より低温なら引力が勝ち,高温なら分子の大きさが勝つ.臨界点の位置は a,b から決まり,逆に測った Tc,pc から a,b,そして分子の直径 10−10m の桁までたどれる.

この章で使った数学

重みつき平均と分散,2乗の平均と平均の2乗の区別,和の記号 ∑,そして小さい量での展開(1/(1−x)≈1+x)と偏微分による停留条件がありました.どれも「たくさんのものを一度に扱う」ための道具と,「近似がどこまで使えるか」を測る道具です.次の第16章では,分子を数える立場をいったん離れ,温度と熱量を測るところから始めて,熱と仕事の出入りだけを勘定して熱力学の法則を組み立てます.この章で得た U=32NkBT=32pV が,その勘定の出発点になります.分子の速さの分布そのものと,エネルギーがどの運動にどう分かれるかは,第17章で扱います.