問い
体温計を脇に挟んだとき,すぐ目を離さずにしばらく待つように言われます.待たずに読むと低い値が出ます.一方,同じ部屋に置いておいた金属のドアノブと木の机に触ると,金属の方がはっきり冷たく感じます.どちらも部屋に長く置いてあったのに,手は違う温度だと言います.そもそも「温度が同じ」とは何を意味するのでしょうか.そして,水銀の温度計でも,電気抵抗を測るサーミスタでも,同じ値が出ると言えるのはなぜでしょうか.
考えてみる
手の感覚は温度計になりません.金属が冷たく感じるのは,手から熱が逃げる速さが木より大きいからで,感覚が測っているのは温度ではなく熱の流れです.だから温度は,手触りではなく操作で定義しなければなりません.
手がかりは,放っておくと変化が止まるという事実です.体温計を挟んで待つのは,まさにその「止まる」のを待っているのです.止まった状態を先に定義し,そこから温度を導きましょう.
熱平衡と第零法則
定義 熱平衡
2つの物体を,熱は通すが物質はやりとりしない壁(透熱壁)で接触させて十分長く待つと,やがてどちらの巨視的な性質(体積・圧力・電気抵抗など)も変化しなくなる.この状態を熱平衡という.熱を通さない壁は断熱壁という.
法則 熱力学第零法則
物体AとCが熱平衡にあり,BとCも熱平衡にあるなら,AとBを接触させても熱平衡にある.
[図:物体Cを介して確かめる熱平衡]断熱壁に囲まれたAとC,BとCがそれぞれ透熱壁を介して熱平衡にあるとき,AとBも直接接触させて熱平衡になる.同じCと熱平衡にあることが,同じ温度であることを定める.
当たり前に見えますが,これは経験から来る法則で,これがあるおかげで「温度」という量を立てられます.Cを小さな道具にして,AにもBにも当ててみれば,AとBを直接触れさせずに,熱平衡になるかどうかが分かるからです.このCが温度計です.熱平衡になる物体どうしに共通の数値を割り当てたものが温度であり,同じ温度とは,接触させても何も起こらないということです.
温度計と目盛り
温度計には,温度とともに決まった向きに変わる量を使います.液体の体積,一定体積の気体の圧力,金属の電気抵抗,異種金属の接合部の熱起電力などです.これを測温物性といいます.目盛りは,再現できる状態(定点)に数値を割り当てて校正します.摂氏では,1 気圧の氷と水が共存する温度を 0∘C,沸騰する温度を 100∘C とし,その間を測温物性の変化で等分します.
ところが,この「等分」の仕方は使う物質に依ります.水銀とアルコールを同じ2定点で校正しても,途中の 50∘C は一致しません.どちらが正しいとも言えないので,物質に依らない目盛りが必要です.実験によると,気体の密度を下げていくと,どの気体でも一定体積での圧力の変わり方が同じ形に近づきます.そこで,薄い気体の圧力を測温物性に選び,𝑝 に比例する目盛り(理想気体温度)を使い,水の三重点を 273.16 K と決めます.一定体積に閉じた薄い気体の圧力を温度に対して測り,低温側へ延ばすと圧力が0になる温度が現れます.それより低い温度はないので,そこを 0 K(絶対零度)とします.摂氏との関係は
𝑇K=𝑡∘C+273.15
で,目盛りの刻みは同じなので温度差は Δ𝑇 =Δ𝑡 です.この目盛りが,気体という特定の物質にも依らない意味を持つことは,この章の「第二法則とカルノーサイクル」の題材で分かります.
[図:測温物性による校正と絶対零度]上段は液柱の長さ,気体の圧力,電気抵抗を2定点で正規化した模式的な校正曲線.0 °Cと100 °Cでは一致しても途中ではずれる.下段は一定体積の薄い気体の圧力を低温側へ外挿し,圧力0が−273.15 °Cすなわち0 Kに対応することを示す.
ポイント 熱の章の記号
温度 𝑇(絶対温度),圧力 𝑝,体積 𝑉,分子の数 𝑁.𝑇 は温度に使うので,熱の章では張力を,𝑁 は分子の数に使うので垂直抗力を登場させない.
第15章・第18章では 𝑛 =𝑁/𝑉 を数密度に使う.この章では物質量が主役なので,物質量を 𝜈 =𝑁/𝑁𝐴 と書き,数密度が要るときは 𝑁/𝑉 と書き下す.
質量 𝑚,比熱 𝑐,熱容量 𝐶,モル比熱 𝐶𝑉・𝐶𝑝,エントロピー 𝑆,微視状態の数 Ω.ピストンの断面積は 𝐴 と書く(𝑆 はエントロピーに使う).
気体が受け取る熱を 𝑄 >0,気体が外へする仕事を 𝑊 >0 とする.外から入れる仕事を正で測りたいときは 𝑊in = −𝑊 と書く.
系・境界・外界
熱の問題では,どこまでを考えている対象(系)とみなすかを先に決めないと,熱や仕事の符号が決まりません.系の外側を外界,その間の仕切りを境界といいます.境界が何を通すかで系を分けます.
定義 系の分類
開放系:エネルギーも物質も境界を通れる(ふたのないやかん).
閉鎖系:物質は通れず,エネルギーは通れる(閉じたシリンダー).
孤立系:エネルギーも物質も通れない.熱も仕事も出入りしない.
熱の出入りだけを断った系は断熱系で,孤立系とは違う.断熱したシリンダーの気体は,ピストンを通して仕事を受け取れる.
この章ではおもに閉鎖系を扱い,境界を通るエネルギーを熱と仕事に分けて数えます.仕事は,ピストンを動かす体積仕事だけではありません.羽根車でかき混ぜる,電熱線に電流を流す,といった形の仕事も境界を通ります.「体積が変わらないなら仕事は0」と言えるのは,体積仕事だけを考えている場合に限ります.
熱量・熱容量・比熱
温度の違う物体を接触させたとき,境界を通って移るエネルギーが熱です.量としての熱を熱量といい,単位は J です.同じ熱量を与えても,温まり方は物体によって違います.
定義 熱容量・比熱・モル比熱
物体の温度を Δ𝑇 だけ上げるのに要する熱量が 𝑄 のとき,熱容量は 𝐶 =𝑄/Δ𝑇(単位 JK−1)である.単位質量あたりにしたものが比熱 𝑐 =𝐶/𝑚(単位 Jkg−1K−1),1 mol あたりにしたものがモル比熱(単位 Jmol−1K−1)で,
𝐶=𝑚𝑐=𝜈𝐶mol,𝑄=𝑚𝑐Δ𝑇=𝜈𝐶molΔ𝑇
が成り立つ.熱容量は物体ごとの量,比熱とモル比熱は物質ごとの量である.
比熱は温度にも,温める途中で何を一定に保つかにも依ります.気体では体積一定と圧力一定で値が大きく違い,𝐶𝑉 と 𝐶𝑝 を区別します(次の題材).固体や液体では膨張が小さいので,ふつうその区別をしません.また,上の式は 𝑐 が Δ𝑇 の範囲でほぼ一定とみなせるときの形で,厳密には 𝑄 =∫𝑚𝑐(𝑇) d𝑇 です.
比熱は,熱量を測って求めます.電熱線で一定の電力 𝑃 を時間 Δ𝑡 与えると,外へ熱が逃げなければ 𝑃Δ𝑡 =𝐶Δ𝑇 なので,温度上昇から 𝐶 が決まります.実際には容器や温度計自身も温まり,外へも熱が逃げるので,容器の熱容量を別に測っておく,温度の時間変化の傾きから逃げる分を補正する,といった手当てが要ります.この測り方は次の節で扱います.
ポイント ここまでのまとめ
熱平衡は,透熱壁で接触させても巨視的な性質が変わらない状態である.第零法則(熱平衡の推移性)があるので,温度計で温度を定義できる.
測温物性を2定点で校正すると目盛りができるが,刻み方は物質に依る.薄い気体の圧力を使う理想気体温度は物質に依らず,絶対零度が現れる.𝑇/K =𝑡/∘C +273.15.
系を開放系・閉鎖系・孤立系に分け,境界を通るエネルギーを熱と仕事に分ける.仕事には体積仕事以外(撹拌・電気加熱)もある.
熱容量 𝐶 =𝑚𝑐 =𝜈𝐶mol,𝑄 =𝑚𝑐Δ𝑇.熱容量は物体ごと,比熱は物質ごとの量である.
問いの答え:待つのは,体温計が体と熱平衡になるまで変化が続くからである.温度が同じとは接触させても何も起こらないことで,第零法則があるから,温度計という道具が意味を持つ.違う測温物性の温度計は定点では必ず一致するが,その間の目盛りは物質に依るので,理想気体温度に合わせて目盛りを刻んでおかないと同じ値にはならない.金属が木より冷たく感じるのは温度の違いではなく,手から熱が逃げる速さの違いである.