問いしるべ
問いから始める物理 ボルツマン分布と等分配則(発展)

ボルツマン分布と等分配則(発展)

第17章のまとめ

著者:柚木芹香

この章では,エネルギーが分子のあいだでどう分かれるかを決める規則を立てました.出発点は等温大気の密度です.力のつり合いから出てきた指数関数 e−mgh/kBT の中身が位置エネルギーだったことに気づけば,同じ形は重力に限りません.それを,孤立した全体への等重率と第16章のエントロピーから導いたのが正準分布です.そこから速さの分布(マクスウェル分布)と等分配則,比熱が順に出てきて,最後に等分配則が破れる所で古典物理の限界に行き当たりました.ここで定義・法則・公式を一覧にし,各題材の問いに短く答えます.

定義と法則

法則 正準分布(ボルツマン分布)

  • 温度 T の大きな熱浴と弱く接し,体積と分子数を固定した系が熱平衡にあるとき,微視状態 i(エネルギー Ei)の確率は

Pi=1Zexp⁡(−EikBT),Z=∑iexp⁡(−EikBT)

である.exp⁡(−E/kBT) をボルツマン因子,Z を分配関数という.2状態の確率の比 exp⁡[−(E1−E2)/kBT] はエネルギーの基準によらない.

  • 導出:全体を孤立系と見て等重率を使うと Pi∝Ω浴(E全−Ei).S=kBln⁡Ω と (∂S/∂U)V,N=1/T から,1次の展開で exp⁡(−Ei/kBT) が出る.

  • 条件:熱浴が大きく(小系のエネルギーで熱浴の温度が変わらない),相互作用が弱く(エネルギーが足し算に分かれる),熱平衡で分子の出入りがないこと.小系の大きさは問わない.

  • 孤立系の等重率(エネルギーが決まり,許された微視状態が等確率)とは別の主張である.熱浴に接した系では,エネルギーの方がゆらぐ.

  • kBT が「その温度で手の届くエネルギー」の目安(室温で 4.1×10−21J≈0.026eV).エネルギーが kBT 高い状態は 1/e≈0.37 倍しか現れない.

ポイント 状態の数を忘れない

  • Pi は1つの微視状態の確率である.まとめた確率は,ボルツマン因子と状態の数の積 P(E)∝g(E)e−E/kBT で決まる.

  • 分布を別の変数で書き直すときは Pydy=Pxdx.密度ではなく,区間に入る確率が等しい.

  • 状態の数を数えるときは,同じ種類の分子を区別しない.番号付きの数え方は入れ替えの分(N! 倍)だけ数えすぎている.混合エントロピー ΔS=(N1+N2)kBln⁡2(同温・同圧・等体積)が現れるのは,半透膜のように成分を分けられる場合だけで,架空のラベルからは作れない.

定義 等温大気とマクスウェル分布

  • 位置エネルギー mgh に当てはめると等温大気 n(h)=n(0)e−mgh/kBT,p=p0e−h/H で,スケールハイト H=kBT/(mg)=RT/(Mg) 上がるごとに 1/e 倍になる(空気で約 8km).重い分子ほど H が小さいが,成分の分離が見えるのは混合が弱く拡散平衡が成り立つ所に限る.

  • 運動エネルギーに当てはめ,速度空間の球殻 4πv2 を掛けるとマクスウェル分布

f(v)dv=4π(m2πkBT)3/2v2exp⁡(−mv22kBT)dv

になる.代表的な速さは

vmp=2kBTm,⟨v⟩=8kBTπm,vrms=3kBTm

で,比は 1:1.13:1.22.どれも kBT/m の定数倍なので,温度が上がると分布は右へ広がり,面積が一定のまま山は低くなる.

法則 等分配則

温度 T の熱平衡にある系のエネルギーが,座標や速度の2乗の和 E=c1q12+⋯+cfqf2(cj>0)に書けるとき,各項の平均は係数によらず ⟨cjqj2⟩=12kBT で,⟨E⟩=f2kBT である.条件は,熱平衡,各変数を古典的に連続と扱えること,項が独立で係数が定数であること,変数が広い範囲を動けることである.

気体では

U=f2NkBT,CV=f2R,Cp=CV+R,γ=f+2f

となる.CV の式は体積仕事以外の仕事(かき混ぜ・電気加熱)がないときのもので,値が定数なのは f が温度によらない範囲だけである.自由度は2乗項の数で,単原子分子3,二原子分子7(並進3・回転2・振動2),非直線形の3原子分子は並進3・回転3と振動の分,固体の原子6(3方向の振動の運動と位置).配置を決める座標の数とは別の数え方である.

法則 等分配則の破れと凍結

量子力学では束縛された運動のエネルギーがとびとびになる.間隔 ε=kBθ の等間隔な準位では

Z=11−e−βε,⟨E⟩=−∂∂βln⁡Z=εeε/kBT−1,c=d⟨E⟩dT=kB(θT)2eθ/T(eθ/T−1)2

である.T が θ より十分高いと ⟨E⟩→kBT で古典的な等分配則に戻り,十分低いとその運動は凍結して比熱に寄与しない(運動が止まるのではなく,零点エネルギーの分は残る).室温の二原子分子が f=5 に見えるのはこのためで,水素は θvib≈6300K,窒素は 3400K,塩素は 810K なので塩素では室温でも振動が半分ほど効く.振動の零点 ℏω/2 は Z の共通因子で比熱に効かず,回転の準位は EJ=kBθrotJ(J+1) と等間隔ではない(水素で θrot≈85K,最初の間隔は 2kBθrot).低温で固体の CV が 3R から 0 へ落ちるのも同じ理由である.

手順

ポイント ボルツマン分布と比熱の問題を解く手順

  1. 問われているのが「平均」か「分布」かを見分ける.平均だけなら,第15章の ⟨12mv2⟩=32kBT と状態方程式で足りることも多い.

  2. 分布が要るときは,ボルツマン因子 e−E/kBT に状態の数を掛ける.速さなら 4πv2,高さなら層の体積である.変数を換えるなら Pydy=Pxdx.

  3. 平均は Ij=∫0∞vje−av2dv の比として出す.漸化式 Ij+2=j+12aIj を使えば,積分をやり直す必要はない.とびとびの準位なら等比級数か −∂ln⁡Z/∂β を使う.

  4. 温度の効き方を見るときは,指数の中身 E/kBT を数で出す.数十なら事実上起こらず,1前後なら温度のわずかな違いが大きな差を生む.

  5. 比熱の問題では,まず自由度を数える.次に各運動の特性温度 θ と T を比べ,凍結しているものを落とす.境目の付近では c の式で寄与を計算する.

主な公式

  • ボルツマン因子:Pi=e−Ei/kBT/Z,2状態の比 e−(E1−E2)/kBT,室温で kBT≈0.026eV

  • 等温大気:n=n0e−h/H,H=kBT/(mg)=RT/(Mg),半分になる高さ Hln⁡2

  • 指数関数:dydx=−ay の解は y0e−ax.片対数グラフで直線になり,傾きから a が読める

  • ガウス積分:∫−∞∞e−ax2dx=π/a,⟨x2⟩=1/(2a),Ij+2=j+12aIj

  • マクスウェル分布:f(v)∝v2e−mv2/(2kBT),vmp:⟨v⟩:vrms=1:1.13:1.22

  • 等分配則:2乗項1つあたり 12kBT,U=f2NkBT,CV=f2R(R/2=4.16Jmol−1K−1),γ=(f+2)/f

  • 等比級数:∑n≥0xn=11−x,∑n≥0nxn=x(1−x)2

  • とびとびの準位:⟨E⟩=ε/(eε/kBT−1),寄与 c=kB(θ/T)2eθ/T/(eθ/T−1)2

  • 分配関数から:U=−∂ln⁡Z/∂β,F=−kBTln⁡Z,S=kB(ln⁡Z+βU),⟨E2⟩−⟨E⟩2=kBT2C

  • 指数関数の鋭さ:飛び出す分子の割合は e−εesc/kBT,反応の速さは e−Ea/kBT に比例する(飽和蒸気圧は凝縮とのつり合いで決まる別の量)

各題材の問いへの答え

  • ボルツマン分布:大気は,落とそうとする重力と散らばろうとする熱運動の綱引きで,H=kBT/(mg)≈8km ごとに密度が 1/e 倍になる分布に落ち着く.1個の分子は絶えず上下しているが,分布の形は変わらない.同じ高さを登れば低い所でも高い所でも同じ割合で薄くなるのは,指数関数の性質そのものである.

  • 等分配則と比熱:同じエネルギーを与えると ΔT=ΔU/(f2NkB) なので,自由度の小さいアルゴン(f=3)の方が,窒素(室温で f=5)より 5/3 倍大きく温度が上がる.エネルギーの一部が回転に取られる分,窒素は温まりにくい.2000K 近くでは窒素の振動も解凍して f=7 に近づくので,差は 7/3 倍まで開く.

この章で使った数学

指数関数と対数(片対数グラフ),1階の微分方程式 dydh=−ay,ガウス積分とその漸化式,分布の変数変換,等比級数とその微分,同じものを含む数え方がありました.いずれも「たくさんのものを平均する」ための道具です.これで,第16章で測定値として使った二原子分子の CV=52R の根拠も,ラチェットの頻度の比較に形だけ借りた指数関数の正体も埋まりました.次の第18章では,平衡にある系から目を移し,平衡へ向かう途中に何が起こるか,つまりゆらぎと拡散を扱います.そこでもボルツマン因子と等分配則が繰り返し顔を出します.