問い
振動数がわずかに違う2本の音叉を並べて同時に鳴らします.片方ずつ鳴らすとどちらも一定の大きさの音なのに,一緒に鳴らすと「ウォン,ウォン」と音が大きくなったり小さくなったりを繰り返します.音叉はどちらも一定の強さで振動しているのに,聞こえる音の大きさが変わるのはなぜでしょうか.また,救急車が目の前を通り過ぎるとサイレンの高さが急に下がって聞こえるのは,サイレンが音を変えているからではありません.何が起きているのでしょうか.
考えてみる
2つの音が同時に来れば,2つの音が別々に聞こえるか,混ざって大きな1つの音に聞こえるか,そのどちらかだと思うのが素朴な考えです.どちらにしても,音の大きさが時間とともに周期的に変わる理由にはなりません.手がかりは,空気の変位や圧力のずれは正にも負にもなる量で,2つの波がある点に同時に来れば,その点の変位は2つの変位の和になる,ということです.同じ向きにずらす瞬間には強め合い,逆向きにずらす瞬間には打ち消し合います.振動数がわずかに違えば,この「そろう時」と「逆になる時」がゆっくり入れ替わるはずです.これを式で確かめ,次に音源や聞く人が動くと振動数そのものが変わる,ドップラー効果へ進みます.
重ね合わせの原理
前の題材で,弦の小さな振れも空気の小さな変位も,波動方程式
𝜕2𝑦𝜕𝑡2=𝑣2𝜕2𝑦𝜕𝑥2
に従うことを見ました.この方程式は 𝑦 について1次(線形)なので,𝑦1 と 𝑦2 が解なら,その和 𝑦1 +𝑦2 も解です.両辺を足せばすぐ確かめられます.
法則 重ね合わせの原理
線形な波動方程式に従う媒質では,2つ以上の波が同じ場所に来たとき,媒質の変位はそれぞれの波が単独で来たときの変位の和になる.重なったあと,それぞれの波は互いに影響を受けずに,元の形のまま進む.
線形になったのは,前の題材で弦の傾きや |𝛿𝑝|/𝑝 が十分小さいとして,2次以上の項を捨てたからでした.非常に大きな音や大きく振った弦では捨てた項が効いて,重ね合わせは近似でしか成り立ちません.この節の最後の衝撃波は,その近似が破れる例です.
弦の上を,右向きのパルスと左向きのパルスがすれ違う様子を考えます.重なっている間の形は2つの変位を各点で足したもので,重なり終わると,どちらのパルスも何事もなかったように元の形で進んでいきます.高さが同じで符号が逆のパルスがちょうど重なった瞬間には,弦は一瞬まっすぐになります.それでも波のエネルギーは消えていません.その瞬間,弦の各部分は上下に動いていて,エネルギーはすべて運動エネルギーになっています.変位が0でも速度は0でないので,次の瞬間には2つのパルスが再び現れます.
[図:正と負のパルスの重ね合わせ]初期状態では正のパルスが右へ,負のパルスが左へ近づく.点線はそれぞれの変位y₁,y₂,実線は弦の変位y₁+y₂である.時刻のスライダーを中央にすると完全に打ち消し合い,その後は元の形で分かれて進む.
初期状態では正のパルスが右へ,負のパルスが左へ近づく.点線はそれぞれの変位y₁,y₂,実線は弦の変位y₁+y₂である.時刻のスライダーを中央にすると完全に打ち消し合い,その後は元の形で分かれて進む.
同じ振動数の波を足す
ある1点で,同じ角振動数 𝜔 の2つの振動
𝑦=𝐴1cos(𝜔𝑡+𝜙1)+𝐴2cos(𝜔𝑡+𝜙2)
が重なったとします.sin で書いた波も位相を 𝜋/2 ずらせば同じ形です.第7章のように,それぞれを複素数 𝐴1𝑒𝑖(𝜔𝑡+𝜙1) の実部と見れば,和は
𝑦=Re[(𝐴1𝑒𝑖𝜙1+𝐴2𝑒𝑖𝜙2)𝑒𝑖𝜔𝑡]
です.時間に関係する 𝑒𝑖𝜔𝑡 は共通なので,複素平面の上で2つの矢印 𝐴1𝑒𝑖𝜙1 と 𝐴2𝑒𝑖𝜙2 を足せば,合成した振動の振幅 𝐵 と位相が分かります.矢印の和の長さは余弦定理から
𝐵2=𝐴21+𝐴22+2𝐴1𝐴2cos(𝜙2−𝜙1)
です.位相差が0なら 𝐵 =𝐴1 +𝐴2 で強め合い,𝜋 なら 𝐵 =|𝐴1−𝐴2| で弱め合います.振幅が違うと,弱め合っても0にはなりません.
[図:複素振幅の和と位相差]複素平面で原点Oから出る矢印A₁eⁱφ₁とA₂eⁱφ₂を足す.点線は平行移動した矢印で,対角線が和の矢印である.その長さをB,2つの矢印の間の角をφ₂−φ₁とする.
振動数がわずかに違う波を足す:うなり
次に,振動数が 𝑓1 と 𝑓2 の音が1点に届く場合です.まず振幅が等しく,時刻0に位相がそろっているとします.三角関数の和を積に直す公式から
𝐴cos𝜔1𝑡+𝐴cos𝜔2𝑡=2𝐴cos(𝜔1−𝜔22𝑡)cos(𝜔1+𝜔22𝑡)
です.𝜔1 と 𝜔2 が近ければ,右辺の後ろの因子は平均の角振動数で速く振動し,前の因子 2𝐴cos(𝜔1−𝜔22𝑡) はゆっくり変わります.ゆっくり変わる因子を振幅と見れば,「平均の高さの音が,振幅をゆっくり変えながら鳴っている」と読めます.
音の大きさは振幅の絶対値で決まります.|cos𝜃| は 𝜃 が 𝜋 進むごとに同じ形を繰り返すので,大きな音が来る間隔は 𝜋/(|𝜔1−𝜔2|/2) =1/|𝑓1−𝑓2| です.
法則 うなり
振動数 𝑓1,𝑓2 の近い2つの音を重ねると,音の大きさが1秒あたり
𝑓beat=|𝑓1−𝑓2|
回の割合で強弱を繰り返す.これをうなりという.
[図:振動数の差とうなりの間隔]初期設定はf₁=20 Hz,f₂=21 Hzで,振幅Aの2つの波を上に,和と包絡線を下に示す.強い所の間隔は1 sである.f₂のスライダーを20 Hzに近づけると間隔が長くなり,等しくなるとうなりが消える.波形は両方とも時刻0に位相がそろう余弦で描く.
初期設定はf₁=20 Hz,f₂=21 Hzで,振幅Aの2つの波を上に,和と包絡線を下に示す.強い所の間隔は1 sである.f₂のスライダーを20 Hzに近づけると間隔が長くなり,等しくなるとうなりが消える.波形は両方とも時刻0に位相がそろう余弦で描く.
振幅が違う場合は複素数の方が見通しがよくなります.
𝐴1𝑒𝑖𝜔1𝑡+𝐴2𝑒𝑖𝜔2𝑡=𝑒𝑖𝜔1𝑡[𝐴1+𝐴2𝑒𝑖(𝜔2−𝜔1)𝑡]
と書くと,角括弧の中は,長さ 𝐴1 の矢印の先に長さ 𝐴2 の矢印がつながり,その矢印が角振動数 𝜔2 −𝜔1 でゆっくり回る形です.同じ振動数の式で 𝜙2 −𝜙1 を (𝜔2 −𝜔1)𝑡 に置き換えればよく,
𝐵2=𝐴21+𝐴22+2𝐴1𝐴2cos[2𝜋(𝑓2−𝑓1)𝑡]
です.振幅は 𝐴1 +𝐴2 と |𝐴1−𝐴2| の間を周期 1/|𝑓1−𝑓2| で行き来します.強さは 𝐵2 に比例するので,𝐵2 を長い時間で平均すると 𝐴21 +𝐴22 です.振動数の違う音を長い時間で見れば,強さは単純に足し算になり,うなりは強さを時間の上で配り直しているだけです.
ここで「振幅がゆっくり変わる」と言えるのは,|𝑓1−𝑓2| が 𝑓1,𝑓2 よりずっと小さく,うなりの1周期の間に何回も振動するときです.人の耳がうなりとして数えられるのは,差がおよそ10 Hz以下のときです.差が大きくなると「ざらついた音」に,さらに大きくなると2つの別の高さの音に聞こえます.
音源や聞く人が動くと:ドップラー効果
音は空気に対して速さ 𝑣 で進みます.空気が静止しているとして,振動数 𝑓0 の音源が観測者へ向かって速さ 𝑢𝑠 で動く場合を考えます.音源が波の山を出してから次の山を出すまでの時間 1/𝑓0 の間に,先の山は 𝑣/𝑓0 進み,音源は 𝑢𝑠/𝑓0 進みます.前方の山の間隔,つまり波長は
𝜆′=𝑣−𝑢𝑠𝑓0
に縮みます.空気の中の音速は音源の速さによらないので,静止した観測者には 𝑓 =𝑣/𝜆′ =𝑓0𝑣/(𝑣 −𝑢𝑠) の振動数で山が届きます.
観測者が音源から遠ざかる向きに速さ 𝑢𝑜 で動くと,波長 𝜆′ は変わりませんが,山が観測者を追い越す相対速度が 𝑣 −𝑢𝑜 になり,1秒あたりに受け取る山の数は (𝑣 −𝑢𝑜)/𝜆′ です.まとめると次の式になります.
法則 ドップラー効果
空気に対する音速を 𝑣,音源から観測者へ向かう向きを正として,音源の速度の成分を 𝑢𝑠,観測者の速度の成分を 𝑢𝑜 とすると,振動数 𝑓0 の音源の音は
𝑓=𝑓0𝑣−𝑢𝑜𝑣−𝑢𝑠
の振動数で聞こえる.速度はすべて空気に対するもので,風が吹いていれば地面に対する速度を使い 𝑣 を 𝑣 +𝑤(𝑤 は風速の同じ向きの成分)に置き換える.
音源と観測者が近づけば高く,遠ざかれば低く聞こえます.救急車が目の前を通り過ぎるとき,𝑢𝑠 が正から負へ変わるので,音が急に低くなるのです.
𝑢𝑠 と 𝑢𝑜 が 𝑣 よりずっと小さければ,𝑓 ≈𝑓0[1+(𝑢𝑠−𝑢𝑜)/𝑣] で,近づく相対速度だけで決まります.しかし厳密な式では音源の動きと観測者の動きの役割は違います.音には空気という媒質があり,どちらが空気に対して動いているかに意味があるからです.光には媒質が無く,相対速度だけで決まります(第26章).
斜めに動く場合も考え方は同じです.音源が時刻 𝑡𝑒 に出した音が,距離 𝑅(𝑡𝑒) 離れた静止した観測者に届く時刻は 𝑡𝑟 =𝑡𝑒 +𝑅(𝑡𝑒)/𝑣 です.この式を 𝑡𝑒 で微分すると
d𝑡𝑟d𝑡𝑒=1+1𝑣d𝑅d𝑡𝑒
で,受信する振動数は 𝑓 =𝑓0 d𝑡𝑒/d𝑡𝑟 です.−d𝑅/d𝑡𝑒 は音を出した時刻の音源の速度の,観測者へ向かう成分なので,上の式の 𝑢𝑠 を視線方向の成分に置き換えればよいことが分かります.真横を通る瞬間に出た音は 𝑓0 で聞こえますが,それが届く時には音源はもう少し先へ進んでいます.
壁や動く板で反射した音は,反射体をまず観測者として受け取る振動数を出し,次にその振動数で音を出す音源として扱えば求められます.反射音と直接の音が重なれば,その振動数の差でうなりが聞こえます.
[図:動く音源の波面と衝撃波の円錐]初期設定はuₛ/v=0.60で,右へ進む音源の前方では波面が詰まり,後方では広がっている.円の中心は過去の放射位置である.速さの比を0から1.5まで変えると,1で前方の波面が音源の位置で接し,1を超えると後方に円錐状の包絡面ができる.球面と円錐を,運動方向を含む断面で示す.
初期設定はuₛ/v=0.60で,右へ進む音源の前方では波面が詰まり,後方では広がっている.円の中心は過去の放射位置である.速さの比を0から1.5まで変えると,1で前方の波面が音源の位置で接し,1を超えると後方に円錐状の包絡面ができる.球面と円錐を,運動方向を含む断面で示す.
音より速い音源:衝撃波
𝑢𝑠 が 𝑣 に近づくと前方の波長は0に近づき,𝑢𝑠 ≥𝑣 では音源が自分の出した音を追い越します.時刻 Δ𝑡 前に出た音は半径 𝑣Δ𝑡 の球面に広がり,その間に音源は 𝑢𝑠Δ𝑡 進んでいます.いろいろな時刻に出た球面の包絡面は音源を頂点とする円錐で,その半頂角 𝛼 は
sin𝛼=𝑣𝑢𝑠
です.比 𝑢𝑠/𝑣 をマッハ数といいます.円錐の面にはたくさんの波面が同じ位相で重なり,圧力が急に跳ね上がります.これが衝撃波で,超音速機が通ったあと地上で聞こえる「ドン」という音(ソニックブーム)です.ここでは圧力のずれが小さいという近似が破れていて,詳しくは非線形な扱いが要りますが,円錐の角は上の作図で決まります.船の後ろにできるV字形の波も似ていますが,水の波は波長によって速さが変わる(第5題材の分散)ので,角は別の考えで決まります.
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2本の音叉の音は,耳の位置で圧力のずれとして足し合わされます.振動数が 𝑓1,𝑓2 とわずかに違うと,2つの振動の位相差 2𝜋(𝑓2 −𝑓1)𝑡 がゆっくり増えていき,位相がそろう時刻には振幅が 𝐴1 +𝐴2,逆になる時刻には |𝐴1−𝐴2| になります.音叉はどちらも一定の強さで振動していますが,重ね合わせた振動の振幅が1秒に |𝑓1−𝑓2| 回の割合で大きくなったり小さくなったりします.これがうなりです.救急車の音は,近づくときは前方の波長が縮み,遠ざかるときは後方の波長が伸びるので,通り過ぎる時に振動数 𝑓0𝑣/(𝑣 −𝑢𝑠) から 𝑓0𝑣/(𝑣 +𝑢𝑠) へ変わって聞こえます.
ポイント ここまでのまとめ
波動方程式は線形なので,重なった波の変位は和になり,重なり終わった波は元の形で進む.大振幅では成り立たない.
同じ振動数の振動の和は,複素平面の矢印の和で求められ,𝐵2 =𝐴21 +𝐴22 +2𝐴1𝐴2cos(𝜙2 −𝜙1).
振動数の近い2つの音はうなりを生じ,強弱の回数は1秒に |𝑓1−𝑓2| 回.振幅は 𝐴1 +𝐴2 と |𝐴1−𝐴2| の間を行き来する.
ドップラー効果 𝑓 =𝑓0(𝑣 −𝑢𝑜)/(𝑣 −𝑢𝑠).速度は空気に対するもので,音を出した時刻の視線方向の成分を使う.反射は「観測者として受けてから音源として出す」.
音源が音より速いと,波面の包絡面が半頂角 sin𝛼 =𝑣/𝑢𝑠 の円錐になり,衝撃波ができる.