問い
海の水は膨大な内部エネルギーを持っています.そこで,海水から熱を取り出し,海水をほんの 0.1 K だけ冷やして,その熱で船のスクリューを回す機関を考えます.燃料は要らず,エネルギー保存則も破っていません.ところが,こういう船は作れないことが分かっています.なぜでしょうか.そして,熱から仕事を取り出せる割合には,どんな上限があるのでしょうか.
考えてみる
一つの熱源から熱をもらって全部仕事に変えること自体はできます.前の題材の等温膨張がそれで,Δ𝑈 =0 だから 𝑄 がそのまま 𝑊 になりました.ただし1回きりです.気体は膨らんでしまい,次の膨張のためには元の体積へ戻さなければならず,戻すには圧縮の仕事が要ります.
ここで工夫が1つあります.圧縮するときに気体の温度を下げておけば,同じ体積まで戻すのに要る仕事は膨張で得た仕事より小さくて済み,差し引きが取り出せます.しかし温度を下げるには低温の所へ熱を捨てなければなりません.つまり,繰り返し働く機関には低温の熱源も必要です.経験上の例外がないので,これを法則として立てます.
第二法則
法則 熱力学第二法則
ケルビンの表現. 一つの温度の熱源から熱を受け取り,それをすべて仕事に変えて,他に何の変化も残さずに元の状態に戻るようなサイクルは存在しない.
クラウジウスの表現. 低温の物体から高温の物体へ,他に何の変化も残さずに熱を移すことはできない.
2つの表現は同じことを言っています.仮にケルビンの表現が破れる機関があったとしましょう.それで高温側から取った熱を全部仕事に変え,その仕事で冷凍機を動かして低温側から高温側へ熱を移せば,全体では「低温から高温へ熱が移っただけ」の装置ができ,クラウジウスの表現が破れます.逆向きの議論も同じようにできます.
[図:熱機関と第二種永久機関]左の熱機関は高温熱源 T_H から熱 Q_H を受け取り,仕事 W を外へ出し,熱 Q_L を低温熱源 T_L へ捨てる.右の Q_L=0 の装置は,受け取った熱を全量仕事に変えて元に戻るサイクルであり,第二法則によって禁止される.
カルノーサイクル
高温 𝑇𝐻 と低温 𝑇𝐿 の2つの熱源の間で,次の4つの過程からなるサイクルをカルノーサイクルといいます.すべて準静的で,摩擦はなく,熱の授受は熱源との温度差が無限小の状態で行います(前の題材の強い意味で可逆です).
𝑇𝐻 の熱源に接して等温膨張.熱 𝑄𝐻 を受け取る.
熱源から外し,断熱膨張して 𝑇𝐿 まで冷える.
𝑇𝐿 の熱源に接して等温圧縮.熱 𝑄𝐿 を捨てる.
熱源から外し,断熱圧縮して 𝑇𝐻 に戻る.
[図:カルノーサイクル]青い2本の等温線 T_H,T_L と橙色の2本の断熱線を,A→B→C→D→A の時計回りにたどる.高温で Q_H を吸収し,低温で Q_L を放出する.囲む面積は正味の仕事 W=Q_H−Q_L である.初期状態の緑の点は A→B の等温膨張の途中にあり,スライダーを動かすと各過程の状態と熱の出入りを確認できる.
青い2本の等温線 T_H,T_L と橙色の2本の断熱線を,A→B→C→D→A の時計回りにたどる.高温で Q_H を吸収し,低温で Q_L を放出する.囲む面積は正味の仕事 W=Q_H−Q_L である.初期状態の緑の点は A→B の等温膨張の途中にあり,スライダーを動かすと各過程の状態と熱の出入りを確認できる.
可逆なので,逆向きにも同じ道筋で回せます.逆に回せば,仕事 𝑊in >0 を受け取って低温側から 𝑄𝐿 をくみ上げ,高温側へ 𝑄𝐻 を捨てる冷凍機になります.
作業物質を理想気体として計算してみます.等温過程から 𝑄𝐻 =𝜈𝑅𝑇𝐻ln(𝑉2/𝑉1),𝑄𝐿 =𝜈𝑅𝑇𝐿ln(𝑉3/𝑉4) です(𝑉1 →𝑉2 が等温膨張,𝑉3 →𝑉4 が等温圧縮).2本の断熱線に 𝑇𝑉𝛾−1 一定を使うと 𝑇𝐻𝑉𝛾−12 =𝑇𝐿𝑉𝛾−13 と 𝑇𝐻𝑉𝛾−11 =𝑇𝐿𝑉𝛾−14 で,比をとれば 𝑉2/𝑉1 =𝑉3/𝑉4 です.したがって対数が消えて
𝑄𝐿𝑄𝐻=𝑇𝐿𝑇𝐻
となります.熱の比が温度の比だけで決まるのです.
カルノーの定理とその証明
上の計算は理想気体についてのものでした.ところが可逆であることを使うと,作業物質に依らずに効率が決まることまで証明できます.
同じ2つの熱源の間で,可逆な機関 C と,効率がもっと高いと仮定した機関 X を考えます.X の運転回数と C の運転回数を調整して,1組の運転で両方の仕事の大きさが同じ 𝑤 になるようにします.効率の定義 𝜂 =𝑤/𝑄𝐻 から,高温側から取る熱は
𝑄𝐻,𝑋=𝑤𝜂𝑋<𝑤𝜂𝐶=𝑄𝐻,𝐶
です.そこで,X の出した仕事 𝑤 をそのまま使って C を逆向きに回します.C は冷凍機として,低温側から 𝑄𝐻,𝐶 −𝑤 をくみ上げ,高温側へ 𝑄𝐻,𝐶 を返します.
[図:カルノーの定理の背理法と熱・仕事の収支]同じ熱源の間で機関Xの効率が可逆機関Cより高いと仮定する.Xが高温熱源からQ_{H,X}を受け取って出す仕事wでCを逆転させる.Cは低温熱源からQ_{H,C}−wを取り出し高温熱源へQ_{H,C}を返す.外へ出る仕事は0で,正味の熱Q_{H,C}−Q_{H,X}>0が低温側から高温側へ移り,第二法則に反する.
この組合せ全体を1つの装置として見ます.外へ出る仕事は0です.高温側は 𝑄𝐻,𝐶 −𝑄𝐻,𝑋 >0 を受け取り,低温側は (𝑄𝐻,𝐶−𝑤) −(𝑄𝐻,𝑋−𝑤) =𝑄𝐻,𝐶 −𝑄𝐻,𝑋 を失います.つまり,何の変化も残さずに,低温側から高温側へ正の熱が移ったことになり,クラウジウスの表現が破れます.よって 𝜂𝑋 ≤𝜂𝐶 です.
さらに X も可逆なら,役割を入れ替えて同じ議論ができるので 𝜂𝐶 ≤𝜂𝑋 も成り立ち,2つの効率は等しくなります.証明に使ったのは「可逆なら逆に回せる」ことだけで,気体の種類も機構も使っていません.
定理 カルノーの定理
温度 𝑇𝐻,𝑇𝐿 の2つの熱源の間で働く熱機関の効率 𝜂 =𝑊/𝑄𝐻 は
𝜂≤1−𝑇𝐿𝑇𝐻
を超えない.等号は可逆な機関のときに限り,その値は作業物質の種類にも機構にも依らない.
効率が物質に依らないという事実は,温度の定義に使えます.2つの熱源の温度の比を可逆機関の熱の比で 𝑇𝐿/𝑇𝐻 =𝑄𝐿/𝑄𝐻 と定めたものを熱力学温度といいます.理想気体での上の計算は,この定義が最初の題材で導入した理想気体温度と一致することを示しています.温度の目盛りが特定の物質に依らない意味を持つのは,このためです.
実際の機関との差
実際の機関がカルノー効率に届かない原因は,速く動かすことだけではありません.ピストンの摩擦や気体の粘性で仕事が散逸し,燃焼の炎と気体の間には大きな温度差があり,壁から熱が漏れ,排気は熱いまま外へ出ます.温度差のある所を熱が流れるたび,取り出せたはずの仕事が失われるので,準静的に近づけるだけでは可逆になりません.
上限の式からは2つの道が読めます.高温側 𝑇𝐻 を上げるか,低温側 𝑇𝐿 を下げるかです.火力発電所が蒸気温度を 900 K 近くまで上げるのは前者で,材料の耐熱が限界を決めます.後者は冷却水の温度に縛られ,夏に発電効率が落ちるのは 𝑇𝐿 が上がるからです.上限を決めるのは2温度の比であって高温側だけではありません.これとは別に,摩擦・熱漏れ・有限温度差を減らして上限に近づける改良もあります.
冷凍機とヒートポンプ
サイクルを逆に回すと,外から仕事 𝑊in = −𝑊 >0 を入れて,低温側から熱 𝑄𝐿 をくみ上げる冷凍機になります.性能は,くみ上げた熱と使った仕事の比成績係数で表します.
公式 冷凍機とヒートポンプの成績係数
投入する仕事を 𝑊in >0 として
𝑄𝐿𝑊in≤𝑇𝐿𝑇𝐻−𝑇𝐿(冷やす),𝑄𝐻𝑊in≤𝑇𝐻𝑇𝐻−𝑇𝐿(暖める)
が成り立つ(𝑄𝐻 =𝑄𝐿 +𝑊in).どちらも温度差が小さいほど大きく,暖める側は必ず1より大きい.第一法則を Δ𝑈 =𝑄 −𝑊 の形で使うときは 𝑊 = −𝑊in に戻すことを忘れないこと.
[図:冷凍機の熱と仕事]冷凍機は低温の庫内 T_L から熱 Q_L を取り,外から仕事 W を受ける.庫内から取った熱と投入仕事の和 Q_H=Q_L+W を,高温の部屋 T_H へ捨てる.
暖房のヒートポンプ(エアコン)が電熱線より得なのは 𝑄𝐻/𝑊in >1 だからです.電気の 1 J を全部熱にする電熱線に対し,ヒートポンプは外の空気から熱をくみ足します.逆に,冷蔵庫の扉を開けても部屋は冷えません.庫内から取った熱に 𝑊in を足した 𝑄𝐻 が部屋へ出るので,部屋全体では暖まります.
ポイント ここまでのまとめ
第二法則は,一つの熱源だけで働く機関(ケルビン)と,仕事なしに低温から高温へ熱を移すこと(クラウジウス)を禁じる.2つの表現は同値である.
カルノーサイクルは2本の等温線と2本の断熱線からなる可逆サイクルで,𝑄𝐿/𝑄𝐻 =𝑇𝐿/𝑇𝐻.
効率は 𝜂 ≤1 −𝑇𝐿/𝑇𝐻.等号は可逆のときで,その値は作業物質にも機構にも依らない.可逆機関を逆に回して組み合わせる議論だけから出る.
上限は2温度の比で決まるので,𝑇𝐻 を上げても 𝑇𝐿 を下げても上がる.実機の損失は速さだけでなく摩擦・熱漏れ・有限温度差による.
冷凍機では投入仕事を 𝑊in >0 と書き,𝑄𝐿/𝑊in ≤𝑇𝐿/(𝑇𝐻 −𝑇𝐿).
問いの答え:海水という一つの熱源しかないので熱を仕事に変え続けられない.捨て先の低温の熱源が要り,取り出せる割合は2温度の比だけで決まるカルノー効率を超えない.