問いしるべ
問いから始める物理 熱力学の総合演習

熱力学の総合演習

サイクルの効率とエントロピーの収支

著者:柚木芹香

一巡の正味の仕事,吸収した熱だけを分母にした効率,そして系と外界を合わせたエントロピーの収支を扱います.第16章の熱機関・カルノーの定理・クラウジウスの不等式・自由エネルギーを軸に,第18章の熱伝導と熱放射による不可逆な熱の流れ,第2章の見積りを組み合わせてください.可逆な上限と実際の運転は別のものです.どの温度で熱をやりとりしたのか,どこでエントロピーが生成したのかを,毎回はっきりさせながら進めます.

総合演習 4

東京大 1982 前期(改題) ★★★★☆

排水の途中で熱の向きが変わるポンプ

断面積 A の一様な鉛直筒に,摩擦のない軽いピストンで単原子理想気体を閉じ込めます.底からのピストン高を z,注水口・排水口の高さを 2ℓ,5ℓ とします.水の密度を ρ,重力加速度を g,水面上の圧力を pe=2ρgℓ とします.注水口は水面高 2ℓ の大きな水槽につながっています.排水口から出た水は,高さ 4ℓ の別の水槽へ落ち,落下の運動エネルギーはそこで熱になります.水は非圧縮で,蒸発と水・気体間の熱交換を無視します.

初めは z=ℓ,水深 ℓ,気体温度 T0 です(I).注水口を閉じ,水の量を保ってゆっくりピストンを上げ,水面が排水口に達した状態をIIとします.続いて水面を排水口の高さに保って排水し,ピストンが 5ℓ に達して水がなくなった状態をIIIとします.両口を閉じて z=2ℓ まで下げた状態がIVです.注水口を開き,水面を 2ℓ に保ちながらピストンを ℓ まで下げ,Iへ戻します.必要な向きの熱を授受して準静的に進め,気体は体積仕事だけをします.筒とピストンの熱容量,管路の圧力損失は無視します.

  1. 液柱のつり合いから,I〜IVの気体の圧力と温度を求めてください.

  2. 各区間の p と V の関係を求め,p-V 図を描いてください.一巡で気体が外へする仕事 W を求めてください.

  3. 吸熱だけを足して Q+ と効率 η=W/Q+ を求めてください.水槽間の水の位置エネルギー増加を有効仕事 Wu とし,装置の効率 ηu=Wu/Q+ と比較してください.さらに受水面を排水口まで上げた理想極限で,両効率を比較してください.

状態I〜IVのピストンと液柱を並べる.注水口の高さは2ℓ,排水口は5ℓで,状態IとIIには同量の水があり,IIIとIVには水がない.下の水路図は共通の高さ尺度で水面2ℓの注水槽,受水面4ℓ,排水口5ℓを示し,排水後の落下を描く. 状態I〜IVのピストンと液柱を並べる.注水口の高さは2ℓ,排水口は5ℓで,状態IとIIには同量の水があり,IIIとIVには水がない.下の水路図は共通の高さ尺度で水面2ℓの注水槽,受水面4ℓ,排水口5ℓを示し,排水後の落下を描く.
解答を見る

考え方

水深が圧力を,状態方程式が温度を決める.比熱一定の単原子理想気体として U=3pV/2 を使い,熱の符号を途中まで調べる.

  1. 水深 d なら pA=(pe+ρgd)A.q=ρgℓ とおくと,IとIIは水深 ℓ,IIIとIVは水なしなので,圧力は順に 3q,3q,2q,2q である.水の量が変わらないI→IIでは水面とピストンが同じ距離だけ上がるため,IIの z=4ℓ.体積は順に Aℓ,4Aℓ,5Aℓ,2Aℓ となる.物質量は一定で νRT0=3qAℓ だから

TI=T0,TII=4T0,TIII=103T0,TIV=43T0.
  1. y=z/ℓ=V/(Aℓ) とすると,各経路は

区間yの変化p/qI→II1→43II→III4→57−yIII→IV5→22IV→I2→14−y

である.排水中の水深は (5−y)ℓ,注水中は (2−y)ℓ.p-V 図は2本の斜辺と2本の水平辺からなる時計回りの平行四辺形になる.各区間の仕事を qAℓ で割ると 9,5/2,−6,−5/2 なので,和は

W=3qAℓ=3ρgAℓ2.

一巡で移る水は ρAℓ で,注排水口の高さの差 3ℓ に対応する仕事と一致する.

  1. I→IIは定圧膨張なので Q=νCp(4T0−T0)=45qAℓ/2 を吸収する.ここでは CV=3R/2,Cp=5R/2 を一定とした.排水中は U=(3/2)qAℓy(7−y) より

δQ=qAℓ(352−4y)dy.

y=35/8 で吸熱から放熱へ変わる.吸熱量は y=4 から 35/8 までの積分で 9qAℓ/32,放熱量の大きさは残りの積分で 25qAℓ/32 である.正味熱 −qAℓ/2 が負でも,吸熱部分は捨てない.III→IVは −15qAℓ の放熱.IV→Iでは δQ=qAℓ(10−4y)dy で,1≤y≤2 では係数は正だが進行方向の dy<0 により全区間放熱し,熱量は −4qAℓ となる.従って

Q+=(452+932)qAℓ=72932qAℓ,η=32243≃0.13.

放出熱の合計は 633qAℓ/32 で,吸収との差が 3qAℓ=W になる.

両水槽の圧力が等しく流れは初終に静止するので,有効仕事は Wu=ρAℓg(4ℓ−2ℓ)=2qAℓ.装置の効率は ηu=64/729≃0.088 である.差 W−Wu=qAℓ は排水後の ℓ の落下で散逸する.受水面を 5ℓ に近づけ,流れの散逸も0に近づける理想極限なら Wu→W,両効率は一致する.

解答図.p/qとV/(Aℓ)で描いたサイクルはI=(1,3),II=(4,3),III=(5,2),IV=(2,2)を時計回りにたどる.排水辺のV=35Aℓ/8までを吸熱の青で,その後と圧縮辺を放熱の赤で示す.一巡の仕事3qAℓは,有効仕事2qAℓと排水後の落下での散逸qAℓに分かれる. 解答図.p/qとV/(Aℓ)で描いたサイクルはI=(1,3),II=(4,3),III=(5,2),IV=(2,2)を時計回りにたどる.排水辺のV=35Aℓ/8までを吸熱の青で,その後と圧縮辺を放熱の赤で示す.一巡の仕事3qAℓは,有効仕事2qAℓと排水後の落下での散逸qAℓに分かれる.

総合演習 5

オリジナル ★★★★★

混合の仕事を取り逃がすと何が残るか

断熱した剛体容器の左右の室は,各 V0 の体積です.左に気体Aを νmol,温度 2T0,右に気体Bを同じ物質量,温度 T0 で封入します.A,Bは半透膜で選別でき,反応しない異種の単原子理想気体です.初圧は 2p0,p0,ただし p0=νRT0/V0 です.各成分のモル比熱は全過程で CV=3R/2 と近似します.全体積は 2V0 のまま,内部の膜と可逆機関で軸仕事を外のおもりへ渡せます.膜・機関の初終の内部エネルギー・エントロピー差は0とします.

  1. 仕事を取り出さずに仕切りを抜いて直接混ぜた場合の終温 Td,分圧,全圧,気体全体のエントロピー増加 ΔSd を求めてください.

  2. 同じ初状態から膜と可逆機関で断熱的に混ぜ,両成分が共通温度で全体積を占めるまで最大仕事を取り出します.全エントロピー一定から終温 Tr と最大仕事 Wmax を求め,上限を実現する操作も説明してください.

  3. 直接混合で取り逃がした仕事と,終状態に残る内部エネルギーの差を比較してください.さらに理想熱源 Td を使い,両方式を同じ混合状態 (Td,2V0) へそろえる場合の最大仕事を,自由エネルギーの言葉で表してください.断熱の場合の Wmax をそのまま TdΔSd と置けない理由も示してください.

初状態の左室は気体Aがν mol,V₀,2T₀,2p₀,右室は気体Bが同じ物質量と体積でT₀,p₀である.固定された断熱外壁の中で,仕切りを抜く直接混合と,半透膜・可逆機関から軸仕事を外のおもりへ渡す経路を並べる.終温はそれぞれ未知のT_dとT_rで示す. 初状態の左室は気体Aがν mol,V₀,2T₀,2p₀,右室は気体Bが同じ物質量と体積でT₀,p₀である.固定された断熱外壁の中で,仕切りを抜く直接混合と,半透膜・可逆機関から軸仕事を外のおもりへ渡す経路を並べる.終温はそれぞれ未知のT_dとT_rで示す.
解答を見る

考え方

第15章の状態方程式・分圧と,第16章のエントロピーを使う.軸仕事を許す断熱全系は孤立系ではない.可逆混合はエントロピーを,直接混合は内部エネルギーを保つ.

  1. 直接混合では熱・仕事の授受がなく,初めの内部エネルギーは Ui=(9/2)νRT0.終状態では Ud=3νRTd なので Td=3T0/2 である.各成分が 2V0 に広がるため,分圧はともに 3p0/4,全圧は 3p0/2.異種の理想気体では各成分のエントロピーを足し,成分ごとに可逆な温度変化と膨張を計算用の経路に選ぶと

ΔSd=νCVln⁡Td2T0+νCVln⁡TdT0+2νRln⁡2=νR[32ln⁡98+2ln⁡2]>0.

実際の Q=0 を温度で割っても求められない.流れの散逸,温度差による熱移動,拡散を含む生成量が ΔSd である.

  1. 終温 T でのエントロピー差は (1) の Td を T に替えればよい.断熱で ΔS≥0.これは T とともに増え,仕事 W=Ui−3νRT は減るので,ΔS=0 が最大仕事を与える.

32ln⁡Tr22T02+2ln⁡2=0,Tr=2−1/6T0,Wmax=3νRT0(32−2−1/6).

終温は約 0.89T0,終圧は 2−1/6p0.膨張も仕事に変えるので,初めの低温側より冷たくなってよい.

実現方法は2段階に分けられる.まず仕切りを固定したまま,高温室と低温室の間で微小な可逆サイクルを繰り返す.両室のエントロピーの和が一定なので,Tg=2T0 になる.次に気体を選別する半透膜を用い,各成分を体積 V0 から 2V0 まで可逆断熱膨張させる.膜は相手の成分を通すため,2成分の占める体積は重なってよく,外壁を動かす必要はない.比熱一定で TV2/3 一定より Tr=Tg2−2/3.膜が反射する成分の分圧と負荷をつり合わせ,熱漏れ・摩擦・有限差圧を0に近づけ,内部平衡を保てば上限へ近づく.

  1. 直接混合の仕事は0で,可逆混合との差は Wmax=Ud−Ur=3νR(Td−Tr).取り逃がした仕事は直接混合の内部エネルギーに残る.両終状態の温度・エントロピーが違うため,これを TdΔSd と置くことはできない.

環境熱源を Td に固定した別の比較では,Φ=U−TdS を使う.初めの左右は異温なので1つの温度をもつ平衡の F とは呼べないが,Ui−TdSi は定義できる.同じ最終混合状態dまでの可逆な最大仕事は,系と熱源の全エントロピー一定から

W環境,max=Φi−Φd=TdΔSd.

可逆断熱混合後のrからdへ可逆機関で温めると,さらに

Φr−Φd=TdΔSd−Wmax>0

の仕事が得られる.正であることは ΔSd=3νRln⁡(Td/Tr) と ln⁡x>1−1/x(x>1) から分かる.Φr=Ur−TdSr は,系自身の温度で定義する Fr=Ur−TrSr とは違う.同じ終状態へそろえた環境一定の比較で,失われる仕事が TdΔSd となる.

総合演習 6

オリジナル ★★★★★

風の出力を2つの道から見積もる(発展)

地球を半径 rE=6.4×106m の球とし,太陽光に垂直な面への入射を I⊙=1.3×103Wm−2,反射される割合を a=0.30 とします.地球と大気の収支は長時間平均で定常,宇宙からの放射は無視し,赤外線出力は黒体で近似します.σSB=5.7×10−8Wm−2K−4 とします.

大気循環を高温側 TH=3.0×102K,低温側 TL=2.5×102K の間の熱機関とみなします.風の仕事は最終的に地球内で熱へ戻ります.風の模型として,有効質量 Mw=4.0×1018kg,質量で重みづけした二乗平均平方根の速さ u=1.2×101ms−1,運動エネルギーの散逸時間 τ=3.0×105s を代表値として与えます.

  1. 吸収する熱流率 Pa,全球面積あたりの熱流率,有効放射温度を求めてください.

  2. 吸収全量がこの高温側から低温側へ運ばれるという仮定で,風を生む仕事率の上限 Pmax と地表面積 1.0km2 あたりの上限を求めてください.

  3. 風の運動エネルギーと散逸時間から生成仕事率 Pw を見積もり,上限との比を求めてください.さらに吸収熱の割合 f だけがこの循環を通る場合,風の維持に必要な f の下限と,比に強く効く不確かさを説明してください.数値は有効数字2桁にしてください.

太陽光を受ける断面積πr_E²と,赤外線を出す全球面積4πr_E²を区別する.吸収した熱が高温側T_Hと低温側T_Lの間の熱機関を通り,仕事として風の運動エネルギーを生む経路を示す.風は散逸時間τで地球内の熱に戻る. 太陽光を受ける断面積πr_E²と,赤外線を出す全球面積4πr_E²を区別する.吸収した熱が高温側T_Hと低温側T_Lの間の熱機関を通り,仕事として風の運動エネルギーを生む経路を示す.風は散逸時間τで地球内の熱に戻る.
解答を見る

考え方

第18章の放射,第16章のカルノー効率,第2章の見積りを組み合わせる.定常では風の生成と散逸がつり合う.

  1. 受光面積は πrE2,放射面積は 4πrE2 なので

Pa=(1−a)I⊙πrE2≃1.2×1017W,j=(1−a)I⊙4≃2.3×102Wm−2.

放射平衡の j=σSBT放射4 より,T放射≃2.5×102K.これは地表温度ではなく,循環の TL と同一とも限らない.風は地球内で熱へ戻るので,赤外線出力は吸収全量に等しい.

  1. ηC=1−TL/TH=1/6≃0.17 より,Pmax=ηCPa≃2.0×1016W.全球で割った上限は ηCj≃38Wm−2,1.0km2=1.0×106m2 あたり 3.8×107W である.大気の2温度間の上限である.高温側を上げても低温側を下げても上がる.

  2. 定義された速さを使い,K=Mwu2/2≃2.9×1020J.定常の生成仕事率は

Pw∼Kτ≃9.6×1014W,PwPmax≃0.049.

面積あたりでは 1.9Wm−2,1.0km2 あたり 1.9×106W.吸収放射に対する比は0.0082である.上限との差には不可逆性と,循環を通らない熱も含む.0.049は機関自体の効率ではない.

循環に入る熱が fPa なら Pw≤ηCfPa より f≥0.049.下限では可逆上限で働く必要があり,不可逆性があればさらに多くの熱が必要になる.τ はエネルギーの散逸時間で,風速の減衰時間と取り違えると係数が変わる.

比は Mwu2/(2τηCPa) に比例する.同じ相対誤差なら速さは2倍,質量と時間尺度は1倍で効く.温度差が小さい場合は ηC=(TH−TL)/TH の相対誤差も大きくなる.2桁は代表値の計算精度で,全球の風の精度ではない.吸収・上限・風は順に 1017,1016,1015W の桁で,風の維持は上限と矛盾しない.