問いしるべ
問いから始める物理 熱力学の総合演習

熱力学の総合演習

分子の分布から巨視的な量へ

著者:柚木芹香

分子ひとつひとつの運動と分布から,圧力・内部エネルギー・比熱といった手で測れる量を組み立て直します.第15章の分子運動論と実在気体,第17章のボルツマン分布・等分配則・自由度の凍結,第16章の第一法則と断熱変化を組み合わせてください.どの問題も,使っている模型がどこまで正しいのかが山になります.理想気体からのずれ,ゆらぎの大きさ,比熱の温度依存を,それぞれ分子の側の言葉で言い直してみてください.

総合演習 7

オリジナル ★★★★☆

仕事をしない膨張で冷える窒素

断熱した剛体容器を仕切りで2室に分け,片側に物質量 ν,温度 T1,体積 V1 の気体を入れ,もう片側を真空にします.仕切りを外し,全体積 V2>V1 に広がって静止した後の温度を T2 とします.壁と仕切りの熱容量,操作の仕事,重力は無視します.始終は一様な単相平衡で,p=RT/(w−b)−a/w2,w=V/ν>b,a,b>0 に従います.定積モル比熱 CV は一定とします.

  1. a,b は温度によらないとします.関係 (∂U∂V)T=T(∂p∂T)V−p から,内部エネルギーの体積依存項 −νa/w を導いてください.

  2. 自由膨張の Q,W,ΔU と温度降下を求め,b が冷却式に現れない理由と準静的断熱膨張との違いを説明してください.

  3. 窒素で a=0.136Pam6mol−2,b=3.9×10−5m3mol−1,ν=0.20mol,T1=310K,w1=2.0×10−3m3mol−1,w2=3w1 とします.等分配則から CV を選び,冷却と可逆経路によるエントロピー変化を計算してください.R=8.31Jmol−1K−1,NA=6.02×1023mol−1 を使います.

仕切り除去前には気体が体積V₁を占め,残りは真空である.除去後には同じ物質量νの気体が全体積V₂へ広がる.外壁は断熱した剛体で,右図の破線は初め真空だった領域を示す.温度T₁とT₂の大小は図では指定しない. 仕切り除去前には気体が体積V₁を占め,残りは真空である.除去後には同じ物質量νの気体が全体積V₂へ広がる.外壁は断熱した剛体で,右図の破線は初め真空だった領域を示す.温度T₁とT₂の大小は図では指定しない.
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考え方

保存される内部エネルギーを,熱運動と引力の位置エネルギーに分ける.

  1. 偏微分は物質量を固定して行う.状態方程式の温度微分を代入すると

(∂U∂V)T=RTw−b−p=aw2=aν2V2.

したがって,体積について積分して U=F(T)−aν2/V.CV 一定の条件から F′(T)=νCV なので

U=νCVT−νaw+U∗.

U∗ は定数,a/w の単位は Jmol−1 である.状態方程式だけでは温度だけの関数は決まらず,CV は別に指定する必要がある.

  1. 外壁は固定され,膨張する先は真空であり,他の仕事も与えないので W=0.断熱条件から Q=0,第一法則は ΔU=0 を与える.wi=Vi/ν として

CV(T2−T1)+a(1w1−1w2)=0,T1−T2=aCV(1w1−1w2)>0.

分子を遠ざけると引力の位置エネルギーが増し,熱運動の部分が減る.b の入った温度比例の圧力項は熱力学の関係で相殺される.ただし圧力やエントロピーには b が残る.

途中に平衡圧力を定められない自由膨張で W=∫pdV を使ってはいけない.摩擦のない準静的断熱膨張なら外へ仕事をして dU=−pdV となり,a→0 でも冷却は残る.

  1. この温度域の窒素では並進3・回転2が有効で振動はほぼ凍結し,熱運動の5つの2乗項から CV=5R/2=20.8Jmol−1K−1 と近似する.よって

T1−T2=0.1365×8.31/2(500−5003)K≃2.18K,T2≃308K.

引力エネルギーは1モルあたり −68.0J から −22.7J へ増し,差 45.3J を熱運動から得る.1分子あたりでは 7.53×10−23J で,分子対の結合エネルギーでなく多数の相手との引力の平均である.同じ体積条件では a/CV が大きいほど冷却が大きい.

エントロピーは始終を結ぶ可逆経路で計算する.熱力学基本式 TdS=dU+pdV に上の U,p を入れると引力項が消え,dS=νCVdT/T+νRdw/(w−b) となる.したがって

ΔS=νCVln⁡T2T1+νRln⁡w2−bw1−b≃−0.0294+1.85=1.82JK−1>0.

実際の熱は0なので,この増加はエントロピー生成である.冷却による減少より空間の増加の効果が大きい.ΔS=Q/T に実際の熱を入れてはいけない.計算には丸め前の T2 を使った.始終は窒素の臨界温度 126K より高く,単相である.比熱一定とこの状態方程式が使える範囲での予測である.

総合演習 8

オリジナル ★★★★★

流出粒子の数を測る時間窓(発展)

温度 T=300K,圧力 p=2.0×10−7Pa,体積 V=1.0×10−3m3 の容器に,希薄なアルゴンを入れます.薄い壁の面積 A=1.0×10−12m2 の小孔から真空へ流出させ,時間窓 Δt の中の流出数を X とします.分子の初期位置と速度は互いに独立な平衡分布で,孔内衝突と逆流はなく,測定中の枯渇と温度変化を無視できます.平均の速さは v¯=8kBT/(πm),毎秒の平均流出数は nv¯A/4 とします.n=N/V=p/(kBT),m=6.63×10−26kg,kB=1.38×10−23JK−1 です.

  1. Δt=0.010s で平均流出数 μ=⟨X⟩ と1分子の流出確率 q を求めてください.

  2. 二項分布から N→∞,q→0,Nq=μ 一定の極限をとり,P(X=j) と標準偏差を導いてください.ln⁡(1−q)=−q+⋯ を使えます.各流出分子を独立に確率 η=0.25 で検出した個数 K にも適用してください.

  3. 読み出し値 Y=K+e の雑音 e は K と独立,平均0,標準偏差2個分です.個数ゆらぎの分散は雑音分散の9倍以上,その標準偏差は平均検出数の10 %以上とします.時間窓の範囲を求め,長く測れば有利か論じてください.検出後に応答できない時間 10−6s の影響も見積もってください.

希薄な気体が面積Aの小孔から真空へ流出し,流出数Xのうち検出確率ηで検出された数をK,雑音eを含む読み出し値をYと区別する.棒グラフは共通の長さΔtの時間窓で得るKの模式的な標本で,問題の数値解答や実測データではない. 希薄な気体が面積Aの小孔から真空へ流出し,流出数Xのうち検出確率ηで検出された数をK,雑音eを含む読み出し値をYと区別する.棒グラフは共通の長さΔtの時間窓で得るKの模式的な標本で,問題の数値解答や実測データではない.
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考え方

流出を独立な成功・失敗の和に置き換え,粒子と検出器のゆらぎを分ける.

  1. 数密度は n=4.83×1013m−3,平均の速さは v¯≃399ms−1.平均流出率を r=nv¯A/4 とおくと r=4.82×103s−1 なので,μ=rΔt≃48.2 個となる.N=nV=4.83×1010 個に対して

q=μN≃Av¯Δt4V=9.97×10−10.

1分子の流出はまれでも,試行数が大きいため数十個流出する.μ/N=q は小さく,枯渇は無視できる.

  1. 流出なら1,残れば0の変数 Ii で X=∑i=1NIi と書く.各平均は q,分散は q(1−q).独立な和の分散を足して

⟨X⟩=Nq=μ,σX2=Nq(1−q)=μ(1−q).

q→0 で標準偏差は μ となる.固定した非負整数 j の確率は,q=μ/N として

P(X=j)=N!j!(N−j)!qj(1−q)N−j⟶μjj!e−μ

となる.係数の積 N(N−1)⋯(N−j+1)/Nj→1,残る因子の対数は (N−j)ln⁡(1−μ/N)→−μ である.これがポアソン分布であり,指数関数の級数から確率の和も1になる.

検出の成功確率は流出と検出を掛けた qη.同じ極限で K は平均 μd=ημ のポアソン分布となり,σK2=μd.初めの窓では平均12.0個,標準偏差3.47個,相対ゆらぎ約29 %である.σK=ησX とすると検出自身のゆらぎを落としてしまう.

  1. 独立性から ⟨Y⟩=μd,σY2=μd+4.粒子の分散の条件は μd≥9×4=36,相対ゆらぎの条件は 1/μd≥0.10,つまり μd≤100.μd=ηrΔt より

36ηr≤Δt≤100ηr,0.0299s≤Δt≤0.0831s.

0.050s なら平均60.2個,標準偏差7.76個,相対ゆらぎ12.9 %である.短すぎる窓では読み出し雑音が目立ち,長すぎれば粒子の相対ゆらぎが小さくなる.多数の窓の平均と分散を測り,別測定の雑音分散4を引いて検証する.窓内のゆらぎと,窓を平均した値の誤差は区別する.

ηr=1.20×103s−1 と応答不能時間の積は0.00120で,取りこぼしは0.12 %程度となり無視できる.この積が大きければ検出の独立性は崩れる.最大窓でも μ/N≃8.3×10−9 で枯渇は小さい.一定流束・独立な初期分布を仮定した模型であり,圧力や検出効率の変動によるばらつきは別に調べる必要がある.

総合演習 9

オリジナル ★★★★★

圧縮中に振動が目を覚ます気体(発展)

二原子理想気体を,摩擦なく準静的に断熱圧縮します.物質量は一定で,全温度域で並進と回転は古典的に有効,電子励起と解離はなく,体積仕事だけです.振動は特性温度 θ 一定の調和振動子として,モル比熱を

CV(T)=52R+Cvib(T),Cvib(T)=R(θT)2eθ/T(eθ/T−1)2

とします.零点エネルギーは基準から除きます.

  1. 第一法則から温度依存の比熱を含む断熱の関係を導き,振動の項を積分してください.x=θ/T,g(x)=x/(ex−1)−ln⁡(1−e−x) と置くと便利です.

  2. θ=1000K,T1=150K,V2=V1/64 の終温を求め,γ=7/5 固定と初温での γ 固定による終温の相対誤差を比べてください.

  3. T≫θ と θ≫T で γ=9/7,7/5 に戻ることを確かめてください.振動を無視した終温の誤差を1 %以下にする条件を,比熱の積分で表してください.初温での凍結だけで十分ですか.

θ=1000 K,T₁=150 Kの設定で,温度依存の比熱模型,γ=7/5固定,初温でのγ(T₁)固定を比較する.上段はモル比熱Cᵥ/Rと温度T,下段は可逆断熱圧縮中のT/T₁と体積比V/V₁である.体積比は対数軸で1から1/10までを示し,本文で問うV₁/64の終温は表示しない.曲線は各模型から計算した. θ=1000 K,T₁=150 Kの設定で,温度依存の比熱模型,γ=7/5固定,初温でのγ(T₁)固定を比較する.上段はモル比熱Cᵥ/Rと温度T,下段は可逆断熱圧縮中のT/T₁と体積比V/V₁である.体積比は対数軸で1から1/10までを示し,本文で問うV₁/64の終温は表示しない.曲線は各模型から計算した.
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考え方

温度が変わるごとに比熱も変わるので,局所的な熱収支を積分する.一定の比熱比を代入する前に,通る温度域全体を確認する.

  1. 理想気体では dU=νCV(T)dT.断熱・可逆で dU=−pdV,p=νRT/V を入れ,νT で割ると CV(T)dT/T+RdV/V=0.両端まで積分して

∫T1T2CV(T)TdT+Rln⁡V2V1=0

を得る.

振動の項は dT/T=−dx/x により −R∫xex/(ex−1)2dx となる.与えた関数の微分は

g′(x)=1ex−1−xex(ex−1)2−1ex−1=−xex(ex−1)2.

よって xi=θ/Ti として,断熱の関係は

52ln⁡T2T1+g(x2)−g(x1)+ln⁡V2V1=0.

これは温度依存の比熱を含むエントロピー一定の式である.自由膨張や摩擦を伴う圧縮には適用できない.

  1. x1=20/3,g(x1)=0.0097685 を入れ,(5/2)ln⁡(T2/150)+g(1000/T2)−g(20/3)=ln⁡64 を解く.左辺の温度微分は CV(T2)/(RT2)>0 なので根は一つで,T2=619.47K,x2=1.61428,g(x2)=0.623073 となる.

比熱一定のポアソンの式なら T2(0)=150×642/5=791.70K.真値を分母とした相対誤差は約27.8 %の過大評価である.初温では Cvib/R=0.056706,マイヤーの関係から γ1=1+1/(2.5+0.056706)=1.39113.これを固定しても 150×64γ1−1=763.03K で,約23.2 %高い.終点では振動比熱が 0.80846R まで増す.圧縮のエネルギーが振動にも配分されるため,並進温度の上昇は凍結近似より小さくなる.

  1. x→0 では ex−1≃x より Cvib→R.振動の運動・位置の2項が有効となり,CV→7R/2,γ=1+R/CV→9/7.x≫1 では Cvib/R≃x2e−x→0 なので CV→5R/2,γ→7/5.後者は回転がまだ有効な範囲で振動だけが凍結する極限であり,実際の気体の絶対零度まで延長するものではない.

圧縮について I=∫T1T2Cvib(T)dT/(RT)≥0 と置く.凍結近似との断熱式の差から ln⁡(T2(0)/T2)=2I/5.したがって相対誤差1 %以下の条件は

e2I/5−1≤0.01,I≤52ln⁡(1.01)≃0.0249.

今回の I=g(x2)−g(x1)=0.6133 は条件を満たさない.初温での凍結では不十分で,経路全体での比熱の寄与を確かめる必要がある.