問いしるべ
問いから始める物理 熱力学の総合演習

熱力学の総合演習

輸送と放射で温度を決める

著者:柚木芹香

温度が時間とともにどう決まるかを,伝導・気体による輸送・放射のうちどれが支配するかを選びながら調べます.第18章の熱伝導・拡散・熱放射,第15章の平均自由行程とクヌーセン数,第16章の熱収支とエネルギー保存を組み合わせてください.見積りの手順はいつも同じです.まず長さと時間の尺度を作り,次にそれらを比べて,どの機構を残しどれを捨てるかを決めます.捨てた機構が効いてくる条件も,あわせて言えるようにしましょう.

総合演習 10

オリジナル ★★★★☆

排気を遅くしているのはポンプか管か(発展)

体積 V=2.0×10−2m3,温度 T=300K の容器から窒素を排気します.内部は一様・等温,漏れ・気体の放出・吸着は無視します.分子質量 m=4.65×10−26kg,同種硬球の衝突断面積 σ=4.3×10−19m2,kB=1.38×10−23JK−1 を使います.平均の速さは v¯=8kBT/(πm),平均自由行程は λ=1/(2nσ) です.

  1. 直径 d=4.0mm の排気口について,p=1.0×10−2Pa と 100Pa で λ と Kn=λ/d を求め,自由分子領域か粘性流の領域か判定してください.

  2. 自由分子領域で,薄い口の面積は A=πd2/4,口の向こうの圧力 pp は一定です.両側は同温度,片側からの毎秒の流出数は nv¯A/4 です.正味流出から p(t) の式を導き,pp=0 のときの時定数と,初圧 p0 を (1) の低い圧力としたときの100分の1への時間を求めてください.

  3. 薄い口を,同径で長さ ℓ=0.40m の管と,排気速度 Kp=3.0×10−3m3s−1 のポンプに置き換えます.壁で拡散反射する長管の透過確率は χ=4d/(3ℓ) です.管内の蓄積を無視し,実効排気速度 Ke と100分の1への排気時間を求めてください.管径を半分にする場合と,ポンプの速度だけを10倍にする場合を比べ,装置のどこが支配するかを説明してください.

左は容器圧pの気体が直径dの薄い口を通って出口圧pₚの領域と行き来する配置である.右は同じ直径dで長さℓの管をポンプにつないだ配置で,pₚは管出口・ポンプ入口の圧力である.青と緑の矢印は正逆の分子流を表し,矢印の長さは流量を表さない. 左は容器圧pの気体が直径dの薄い口を通って出口圧pₚの領域と行き来する配置である.右は同じ直径dで長さℓの管をポンプにつないだ配置で,pₚは管出口・ポンプ入口の圧力である.青と緑の矢印は正逆の分子流を表し,矢印の長さは流量を表さない.
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考え方

第15章の粒子数保存と第18章の直列輸送を結ぶ.同じ流れに対する圧力差を足す.

  1. n=p/(kBT) より λ=kBT/(2pσ) である.低圧では λ=0.68m,Kn=1.7×102 なので自由分子領域である.高圧では λ=6.8×10−5m,Kn=0.017 なので粘性流を考える.Kn∼1 は遷移領域で,自由分子模型は Kn≫1 に限る.

  2. K0=Av¯/4 と置くと,正味の流出数は K0(n−np) である.等温・体積一定なので N=pV/(kBT) から

Vdpdt=−K0(p−pp).

一定の pp なら p=pp+(p0−pp)e−t/τ0,τ0=V/K0 で,pp=0 なら単純な指数減衰になる.K0=1.50×10−3m3s−1 より τ0=13.4s,t100=τ0ln⁡100=61.6s である.排気で Kn は大きくなるので,近似は改善する.等温の開放系の粒子収支である.

  1. 管の輸送係数は

Kt=K0χ=πd3v¯12ℓ

である.毎秒の圧力体積流を q とすれば,管で q=Kt(p−pp),ポンプで q=Kppp となる.従って

1Ke=1Kt+1Kp,τ=VKe=V(1Kt+1Kp).

管内の蓄積を無視し,流れが排気より速く調整する準定常模型である.数値は Kt=1.99×10−5,Ke=1.98×10−5(単位 m3s−1),τ=1.01×103s,t100=4.65×103s である.

管径を半分にすると Kt は8分の1になり,時定数の倍率は (8/Kt+1/Kp)/(1/Kt+1/Kp)=7.95 となる.ポンプだけを10倍にしても実効速度は約1.006倍,時間は約0.994倍にとどまる.今回は Kp/Kt≈150 なので,支配するのは長管である.Kp→∞ でも τ→V/Kt という限界が残る.長管・自由分子流・拡散反射を仮定した.

総合演習 11

オリジナル ★★★★★

粒子と光のどちらが圧力とエネルギーを担うか(発展)

恒星内部の小領域で,物質と放射は同温度 T の局所熱平衡にあります.物質を完全電離した純粋水素に置き換え,陽子と電子は古典的・非相対論的理想気体です.数密度 n は陽子と電子の合計です.陽子質量は mp=1.67×10−27kg で,電子の質量を無視すると質量密度 ρ に対して n=2ρ/mp です.相互作用・反応は無視します.

放射のエネルギー密度 ur と圧力 pr は,等方的平衡放射の模型で

ur=aT4,pr=ur3,a=4σSBc

と与えます.σSB=5.67×10−8Wm−2K−4,c=3.0×108ms−1,kB=1.38×10−23JK−1 です.

  1. 分子運動論から気体圧 pg と放射圧が等しくなる数密度 n∗,質量密度 ρ∗,各圧力 p∗ を求めてください.

  2. 太陽中心の目安 TA=1.5×107K,ρA=1.5×105kgm−3 と,比較用の仮想点 TB=3.0×107K,ρB=1.0×102kgm−3 で両圧力と比を求め,支配する機構を判定してください.

  3. 気体のエネルギー密度を導き,放射のエネルギーをその1 %以下にできる条件を T,ρ で書いてください.(2) の両点で確かめ,等圧点でのエネルギー比も求めてください.放射圧が気体圧の1 %以下なら,エネルギーも省略できますか.

上段は共通温度Tの陽子・電子と等方的放射を含む小領域の模式図である.下段の両対数T–ρ平面には,気体圧と放射圧の等値線p_g=p_rと,放射エネルギーが気体の1 %となる境界u_r/u_g=0.01を,本文に与えられた定数と完全電離水素の模型から描いた.後者の境界より高密度側で放射エネルギーを省略できる.AとBは本文の比較点である. 上段は共通温度Tの陽子・電子と等方的放射を含む小領域の模式図である.下段の両対数T–ρ平面には,気体圧と放射圧の等値線p_g=p_rと,放射エネルギーが気体の1 %となる境界u_r/u_g=0.01を,本文に与えられた定数と完全電離水素の模型から描いた.後者の境界より高密度側で放射エネルギーを省略できる.AとBは本文の比較点である.
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考え方

第15章の並進運動による圧力と第18章の放射圧を比べる.圧力とエネルギーの対応係数は異なる.重力と全体の熱輸送は扱わない局所模型である.

  1. 理想気体で pg=2ug/3=nkBT である.nkBT=aT4/3 より

n∗=aT33kB,ρ∗=mpn∗2,p∗=aT43.

全圧は 2p∗ である.

  1. n=2ρ/mp を代入すると,圧力比は

prpg=ampT36ρkB=ρ∗ρ

である.計算値は次のとおりである.

点

pg/Pa

pr/Pa

pr/pg

A

3.7×1016

1.3×1013

3.4×10−4

B

5.0×1013

2.0×1014

4.1

Aでは気体圧が支配し,Bでは放射圧が全圧の約80 %を担う.

  1. 陽子・電子の並進に等分配則を用いると ug=3nkBT/2=3ρkBT/mp である.したがって

urug=ampT33ρkB=2prpg.

条件は ρ≥100ampT3/(3kB)=200ρ∗ で,T を上げるほど必要な密度は3乗で増える.Aのエネルギー比は 6.9×10−4,約0.069 %なので省略できる.Bでは約8.2で,放射がエネルギーの大部分を占める.等圧点では比が2となる.

気体圧の1 %以下まで放射圧を抑えても,エネルギー比は2 %まで残る.同じ基準なら圧力比を0.005以下にする必要がある.古典的・非相対論的・電離度一定の模型内の結論である.

総合演習 12

オリジナル ★★★★★

回る衛星の表面はいつ一つの温度になるか(発展)

半径 r=0.050m,長さ ℓ=0.60m,壁厚 L=1.0mm の薄肉円筒を衛星の熱模型にします.軸は太陽光に垂直で,自転周期は Pr です.内面は断熱,側面だけが受光・放射し,端面・発熱・食・背景放射は無視します.太陽光の吸収率 αs=0.60,熱赤外線の放射率 ε=0.80 です.波長域が異なるので同値とはしません.太陽放射の流束は Fs=1.2×103Wm−2,体積あたりの熱容量は ρcs=2.0×106Jm−3K−1 で,物性値は一定です.放射定数は前問と同じです.

  1. 表面温度が一様な場合の平衡温度 T0 を,αs/ε を含めて求めてください.

  2. 熱伝導率 κ=200Wm−1K−1,Pr=60s とします.熱拡散率 αth,壁内部と周方向の拡散時間,放射緩和時間を求め,均温近似を検討してください.放射面積を A,全熱容量を C とします.伝導を落とした局所周期模型で,吸収量から温度幅の上限も求めてください.表面部分への日射は q(t)=αsFsmax(cos⁡(2πt/Pr),0) です.

  3. 同じ形と熱容量で κ=0.10Wm−1K−1,Pr=1.0×104s とします.昼の正対点の局所平衡温度を求めてください.夕方 Ts=280K の部分を,周方向伝導を落として夜の半周期冷やし,明け方の温度と昼夜差を求めてください.有限時間で温度を0と置けるか,伝導を省く条件も論じてください.

側面図は太陽光に垂直な円筒軸と長さℓ,受光・放射する側面を示す.断面図は半径r,太陽光に対する投影幅2r,拡大した壁厚L,断熱した内面を示す.赤い点は追跡する表面部分で,自転周期P_rに従って受光する昼と非受光の夜を交互に通る.放射は昼側と夜側の両方から出る.端面や寸法比は省略した. 側面図は太陽光に垂直な円筒軸と長さℓ,受光・放射する側面を示す.断面図は半径r,太陽光に対する投影幅2r,拡大した壁厚L,断熱した内面を示す.赤い点は追跡する表面部分で,自転周期P_rに従って受光する昼と非受光の夜を交互に通る.放射は昼側と夜側の両方から出る.端面や寸法比は省略した.
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考え方

第18章の放射・拡散,第16章の熱容量を使う.壁内部の均温,周方向の均温,時間変動を分ける.

  1. 太陽へ向けた投影面積は 2rℓ,放射面積は 2πrℓ である.従って αsFs(2rℓ)=εσSBAT04 より

T0=(αsεFsπσSB)1/4=2.67×102K.
  1. T=T0+ϑ を放射の式へ代入し,T0≫|ϑ| で線形化すると,放射係数は hr=4εσSBT03=3.44Wm−2K−1 となる.小さな温度ずれは Cdϑ/dt=−hrAϑ に従うので

τr=C4εσSBAT03=5.82×102s

である.C=ρcsAL,αth=κ/(ρcs)=1.0×10−4m2s−1 から,壁内部は L2/αth=0.010s,周方向は r2/αth=25s となる.

一様近似の十分条件は,壁内部・周方向の拡散が放射緩和より十分速く,自転周期も十分短いことである.同じ受光履歴を時間差で受ける側面に限る.速い自転だけでは一般に均温を保証しない.面積あたりの熱容量 H=ρcsL の局所周期模型では,1周期の吸収量以上にエネルギーは増せないので

Tmax−Tmin≤1H∫0Prq(t)dt=αsFsPrπH=6.9K

である.放射損失を落とした上限でも T0 の約2.6 %で,伝導はさらに差を抑える.

  1. 正対点で αsFs=εσSBTd4 とすれば Td=355K である.低伝導率では熱拡散率 5.0×10−8m2s−1,壁内部の時間は 20s,周方向は 5.0×104s となる.壁内部は同温度と扱えるが,円周全体への均一化は遅い.昼の日射の変化の目安は Pr/(2π)≈1.6×103s で,その温度での放射緩和時間約 2.5×102s より長く,昼の中央付近で局所平衡を使える.

夜には HdT/dt=−εσSBT4 である.T−4dT を積分すると

T(t)=[Ts−3+3εσSBHt]−1/3.

H=2.0×103Jm−2K−1,t=Pr/2=5.0×103s より明け方 137K,昼の正対点との差は約 218K となる.有限時間では正で,長い夜も T∝t−1/3 と下がる.T0 のまわりの指数冷却をこの大きな温度差まで延長してはいけない.

夜時間と周方向拡散時間の比は0.10で,見積りである.確実に伝導を省くにはこの比も,隣から入る熱流と放射損失の比も十分小さくする.伝導は夜温度を上げ,昼夜差を縮める.