問い
月は地球の周りを回る,と言います.しかし月の質量は地球の約 1/81 で,月が地球を引く力と地球が月を引く力は,作用反作用で同じ大きさです.力が同じなのに,動くのは月だけなのでしょうか.地球は本当に動かないのでしょうか.
地球と月の中心の距離は 3.84 ×108 m です.地球が動くとしたら,その中心はどれほど動くのかも考えてみましょう.
考えてみる
地球が月を引く力を 𝐹 とすると,作用反作用で月が地球を引く力も 𝐹 です.運動方程式から,地球の加速度は 𝐹/𝑚1,月の加速度は 𝐹/𝑚2 で,質量が大きいほど動きにくくなります.地球が月の約81倍重いので,加速度は約 1/81 です.動かないのではなく,小さくしか動かないのです.
問題は,2つの物体の運動を同時に追いかけなければならないことです.互いの力は距離で決まるので,式が絡み合います.ここで,重心と相対位置という2つの量に注目すると,絡みがほどけて,1つの物体の問題2つに分かれます.
重心の運動と相対運動
質量 𝑚1,𝑚2 の2つの物体が,互いの力 𝑭 だけを受けて運動するとします.外力は無いものとします.位置を 𝒓1,𝒓2 とし,𝑚1 が受ける力を 𝑭 とすると,𝑚2 が受ける力は −𝑭 です.
𝑚1¨𝒓1=𝑭,𝑚2¨𝒓2=−𝑭
ここで ¨𝒓 は d2𝒓d𝑡2 の略記です.力 𝑭 は2物体の相対位置 𝒓 =𝒓1 −𝒓2 で決まるとします(万有引力もばねの力もそうです).
[図:重心位置と相対位置]質量 \(m_1\),\(m_2\) の2つの物体と,その重心 G.位置ベクトル \(\vec{r}_1\),\(\vec{r}_2\),相対位置 \(\vec{r}=\vec{r}_1-\vec{r}_2\),重心の位置 \(\vec{r}_{\mathrm{G}}\) を矢印で示す.重心は2物体を結ぶ線分上で,重い方に寄った位置にある.
重心の運動. 2式を足すと,右辺の力は打ち消されます.重心 𝒓G =𝑚1𝒓1+𝑚2𝒓2𝑚1+𝑚2,全質量 𝑀 =𝑚1 +𝑚2 を使って
𝑀¨𝒓G=0
です.重心は等速直線運動をします.重心が静止して見える慣性系を重心系といい,以下ではこの系で考えます.
相対運動. 第1式を 𝑚1 で,第2式を 𝑚2 で割って引くと
¨𝒓=¨𝒓1−¨𝒓2=(1𝑚1+1𝑚2)𝑭
です.これを
𝜇¨𝒓=𝑭,𝜇=𝑚1𝑚2𝑚1+𝑚2
と書きます.
定理 2体問題の分解
外力が無い2体の運動は,次の2つに分かれる.
換算質量は 1𝜇 =1𝑚1 +1𝑚2 で,軽いほうの質量より小さい.𝑚1 が 𝑚2 よりずっと大きいとき 𝜇 ≈𝑚2 で,重い物体は動かないと見なしてよい.
最後に,重心系での各物体の位置に戻します.𝒓1 =𝒓G +𝑚2𝑀𝒓,𝒓2 =𝒓G −𝑚1𝑀𝒓 です(導き方は次の節で示します).重心系では,2つの物体は重心をはさんで反対側にあり,重心からの距離は質量の逆比です.
地球と月
「重心の求め方」の例題 1 で求めた重心の位置を,ここでは2体の運動として見直します.地球の中心と月の距離を 𝑟 =3.84 ×108 m,地球の質量を 𝑚1,月の質量を 𝑚2 とします.地球の中心から重心までの距離は
𝑚2𝑚1+𝑚2𝑟=7.35×10225.97×1024+7.35×1022×3.84×108≈4.7×106m
です.地球の半径 6.4 ×106 m より短く,重心は地球の内部にあります.太陽などの影響を無視して月の軌道を円と近似すると,地球の中心は,この重心を中心に,月と同じ周期で小さな円を描いて回っていることになります.これが問いの答えです.
[図:地球も共通重心を回る]地球と月が,共通の重心 G を中心に反対側で円軌道を描く図.地球の円は小さく,月の円は大きい.重心は地球の内部にあり,地球の中心の軌道半径は約 \(4.7\times10^{3}\,\mathrm{km}\) と書き入れる.
太陽と地球では,重心は太陽の中心から約 450 km で,太陽の半径に比べればほとんど中心です.
円運動の角速度
2つの物体が重心を中心に,距離 𝑎 を保って円運動するとします.重心系では,𝑚1 は半径 𝑚2𝑀𝑎,𝑚2 は半径 𝑚1𝑀𝑎 の円を描き,互いの位置は常に重心をはさんだ反対側なので,角速度 𝜔 は同じです.万有引力 𝐺𝑚1𝑚2𝑎2(𝐺 は万有引力定数で,この式は第10章でくわしく扱うので,ここでは先に使います)が向心力なので,𝑚1 について
𝑚1⋅𝑚2𝑀𝑎𝜔2=𝐺𝑚1𝑚2𝑎2⟹𝜔2=𝐺𝑀𝑎3
です.質量は全質量 𝑀 として入ります.𝑚1 が 𝑚2 よりずっと大きければ 𝑀 ≈𝑚1 で,動かない物体の周りを回る円運動の式に戻ります.
ばねでつないだ2物体
滑らかな水平面上で,質量 𝑚1,𝑚2 の物体を自然長 𝑙 のばね(ばね定数 𝑘)でつなぎます.一直線上の運動では,2物体の距離 𝑠 について 𝜇¨𝑠 = −𝑘(𝑠 −𝑙) となります.相対運動は,質量 𝜇 の1つの物体がばねにつながれた運動と同じで,周期は後の章(第7章)で求めます.
[図:ばねの変形と一定の重心位置]ばねでつないだ2物体の重心 G と,ばねが伸び縮みする様子.重心は動かず,軽い物体のほうが大きく動く.
重心系では,重心は動きません.𝑚1 の動く距離と 𝑚2 の動く距離の比は,質量の逆比 𝑚2 :𝑚1 です.
ポイント ここまでのまとめ
外力が無い2体は,重心の運動(等速直線運動)と相対運動に分かれる.重心系では,重心からの距離は質量の逆比である.
相対位置は,換算質量 𝜇 =𝑚1𝑚2𝑚1+𝑚2 の1物体の運動方程式 𝜇¨𝒓 =𝑭 に従う.
円運動する2体では 𝜔2 =𝐺𝑀/𝑎3(𝑀 は全質量,𝑎 は2体間の距離).
問いの答えは,地球も動く,である.月の軌道を円と近似すると,地球の中心は,地球の内部にある重心(中心から約 4.7 ×103 km)のまわりを,月と同じ角速度で回る.