問いしるべ
問いから始める物理 確率振幅から組み立てる量子力学(発展)

確率振幅から組み立てる量子力学(発展)

2×2行列の固有値と連立微分方程式

著者:柚木芹香

本体の節では,アンモニア分子の方程式を「足して引く」ことで解きました.これは,行列 H の固有ベクトルを見つける計算です.ここでは,どんな2×2のハミルトニアン行列でも同じように解ける手順をまとめます.行列とベクトルの積は,スピンと回転の題材の数学の節で導入しました.

固有値と固有ベクトル

iℏdCdt=HC で,C の向きを変えずに大きさだけ E 倍する列ベクトル,つまり HC=EC を満たす C があれば,C(t)=C(0)e−iEt/ℏ は方程式の解です.各成分が同じ位相で回るだけなので,確率は時間で変わりません.これがエネルギー E の定常状態です.

定理 数学の道具:固有値と固有ベクトル

正方行列 H に対して,0でない列ベクトル C と数 E が

HC=EC

を満たすとき,E を固有値,C を固有ベクトルという.単位行列を I=(1001) とすると,(H−EI)C=0 が0でない解をもつ条件は

det⁡(H−EI)=0

である.2×2行列 H=(abcd) では (a−E)(d−E)−bc=0 という E の2次方程式になる.

行列式が0の条件になる理由を確かめておきます.(a−Ebcd−E)(C1C2)=0 は連立1次方程式で,1つ目の式から C2=−(a−E)C1/b です.これを2つ目に入れると [c−(d−E)(a−E)/b]C1=0 で,C1 が0でないためには (a−E)(d−E)−bc=0 が必要です.固有値が決まれば,固有ベクトルは2つの式のどちらか一方から比 C2/C1 として求まります(もう一方は自動的に成り立ちます).最後に |C1|2+|C2|2=1 となるように大きさをそろえます.

エルミート行列 H=(abb∗d)(a,d は実数)では,2次方程式を解いて

E=a+d2±(a−d2)2+|b|2

です.根号の中は0以上なので,固有値は必ず実数になります.エネルギーが実数になるのは,全確率が保たれることの裏返しです.また,対角成分の差 a−d と結合 |b| のどちらがあっても,2つの準位は近づけません.準位の間隔は |b| があると必ず 2|b| 以上になります.

ポイント 固有ベクトルは直交する

エルミート行列の異なる固有値に属する固有ベクトル C,D は,C1∗D1+C2∗D2=0 を満たす.つまり ⟨I|II⟩=0 で,2つの定常状態を新しい基底に使える.

練習1 H=(E0−A−AE0) の固有値と,規格化した固有ベクトルを,行列式の条件から求めよ.

練習2 H=(0−iεiε0)(ε>0)の固有値と固有ベクトルを求めよ.

答え 練習1:(E0−E)2−A2=0 より E=E0∓A.E=E0−A では1つ目の式 AC1−AC2=0 から C1=C2,規格化して (11)/2.E=E0+A では (1−1)/2.本体の節の結果と一致する.練習2:E2−ε2=0 より E=±ε.E=ε では −εC1−iεC2=0 から C2=iC1,規格化して (1i)/2.E=−ε では (1−i)/2.片方のベクトルの成分の複素共役をとることに気をつけると,1∗⋅1+i∗⋅(−i)=1+(−i)(−i)=1−1=0 で直交している.

連立1階微分方程式を解く

定理 数学の道具:iℏdCdt=HC の解き方

H が時間によらないとき,次の手順で解ける.

  1. H の固有値 EI,EII と規格化した固有ベクトル CI,CII を求める.

  2. 初めの状態を C(0)=αCI+βCII と分ける.係数は α=C1I∗C1(0)+C2I∗C2(0) など(直交性から).

  3. それぞれに位相を付けて足す.

C(t)=αe−iEIt/ℏCI+βe−iEIIt/ℏCII

1つの成分だけの2階の方程式に直す方法もあります.iℏdC2dt=H21C1+H22C2 をもう一度 t で微分し,1つ目の式で dC1dt を,2つ目の式で C1 を消すと,C2 だけの2階の線形微分方程式になります.これは第7章の振動の方程式で,解は e−iEt/ℏ の形の2つの和です.初めの条件は C2(0) と,元の方程式から決まる dC2dt(0) の2つです.演習3はこの方法で解いています.

ハミルトニアン行列が e±iωt のように時間で回る成分をもつときは,その回転を変数に吸収して,時間によらない行列に直せることがあります.本体の節の共鳴の計算や演習5がこの例です.

また,状態 C で測ったエネルギーの平均は,固有ベクトルに分けたときの確率 |α|2,|β|2 を使って E―=|α|2EI+|β|2EII です.行ベクトル C∗(C の成分の複素共役を横に並べたもの)を使うと,これは E―=C∗HC と書けます.

例題

例題 1

オリジナル ★★☆☆☆

アンモニア分子の2つの準位の差に当たる光の振動数は ν=2.39×1010Hz である.h=6.63×10−34Js,1eV=1.60×10−19J とする.

  1. 本体の節の A を eV で求めよ.

  2. 窒素を上に置いた状態から始めて,初めて下にいる確率が1になる時刻を求めよ.

  3. 温度 300K の kBT(kB=1.38×10−23JK−1)と 2A を比べ,熱平衡での2つの準位の分子の数の比を見積もれ.

解答を見る

考え方 準位の差は 2A=hν.行き来は P2=sin2⁡(At/ℏ).数の比はボルツマン因子(第17章)で見積もる.

  1. 2A=6.63×10−34×2.39×1010≈1.58×10−23J.途中で丸めずに計算すると,A≈7.92×10−24J≈4.95×10−5eV.

  2. At/ℏ=π/2 より t=πℏ/(2A)=h/(4A)=1/(2ν)≈2.09×10−11s.

  3. kBT=1.38×10−23×300≈4.14×10−21J.2A/(kBT)≈3.83×10−3 で,上と下の準位の数の比は e−2A/(kBT)≈1−3.83×10−3,ほぼ1である.

確かめ:(2) の時刻は光の周期 1/ν のちょうど半分である.(3) から,熱平衡のままでは上の準位の分子がわずかに少なく,誘導放出より吸収が勝つ.メーザーで上の状態の分子を選び出すのはそのためである.

例題 2

オリジナル ★★☆☆☆

磁気モーメントの大きさ m0 のスピン1/2の粒子を,x 方向の一様な磁場 B の中に置く.基底 |+⟩,|−⟩(z 方向の上向き・下向き)でのハミルトニアン行列は H=(0−m0B−m0B0) である.

  1. 定常状態とそのエネルギーを求めよ.

  2. t=0 に |+⟩ にあった粒子が,時刻 t に |−⟩ で見つかる確率を求めよ.

  3. 磁気モーメントの大きさが電子と同じ m0=9.27×10−24JT−1 の粒子について,B=1.0×10−3T,ℏ=1.05×10−34Js のとき,初めてスピンが下向きになる時刻を求めよ.

z軸は上向き,一様な磁場Bはx軸の正の向き.t=0のスピンは+zの|+⟩で,その後x軸のまわりを回って−zの|−⟩になる.右の円はx軸の正の側から見た回転で,Bは手前向き,+zから+yを経て−zへ時計回りに進む.時刻の数値は入れていない. z軸は上向き,一様な磁場Bはx軸の正の向き.t=0のスピンは+zの|+⟩で,その後x軸のまわりを回って−zの|−⟩になる.右の円はx軸の正の側から見た回転で,Bは手前向き,+zから+yを経て−zへ時計回りに進む.時刻の数値は入れていない.
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考え方 アンモニアの行列で E0=0,A=m0B としたものと同じ形である.

  1. 練習1と同じく,(|+⟩+|−⟩)/2 がエネルギー −m0B,(|+⟩−|−⟩)/2 がエネルギー +m0B.これは x 方向の上向き・下向きの状態で,磁場の向きのスピンのエネルギーが低いことと合う.

  2. 本体の節と同じく P−=sin2⁡(m0Bt/ℏ).

  3. m0Bt/ℏ=π/2 より

t=πℏ2m0B=3.14×1.05×10−342×9.27×10−24×1.0×10−3≈1.8×10−8s

確かめ:z 方向のスピンが x 方向の磁場のまわりを角振動数 2m0B/ℏ で歳差運動すると考えると,半回転に πℏ/(2m0B) かかり,(3) と一致する.前の題材で見た歳差の角振動数と同じである.

例題 3

オリジナル ★★★☆☆

アンモニア分子に,窒素の上下の向きに沿った電場をかける.2つの配置のエネルギーは E0±δ(δ=pE,p は電気双極子モーメントの大きさ,E は電場の強さ)となり,ハミルトニアン行列は H=(E0+δ−A−AE0−δ) である.

  1. 2つの準位のエネルギーを求めよ.

  2. δ が A よりずっと小さい場合と,ずっと大きい場合で,準位が E にどう依存するかを述べよ.

  3. 電場の強さが場所 x によって変わるとき,δ が A よりずっと小さい範囲で,上の準位の分子が受ける x 方向の力を求めよ.どちらの向きに押されるか.

左は与えられた行列成分.右は横軸が電場の強さℰ,縦軸がエネルギー.2つの準位はℰ=0でE₀±Aから水平に始まり,電場が強い所では破線の直線E₀±pℰに近づく.力の向きと準位の式の数値は入れていない. 左は与えられた行列成分.右は横軸が電場の強さℰ,縦軸がエネルギー.2つの準位はℰ=0でE₀±Aから水平に始まり,電場が強い所では破線の直線E₀±pℰに近づく.力の向きと準位の式の数値は入れていない.
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考え方 行列式から固有値を出し,小さい量で展開する.準位のエネルギーを分子の位置エネルギーとみなし,力はその勾配に負号を付けたもの.

  1. det⁡(H−EI)=(E0−E)2−δ2−A2=0 より

E=E0±A2+p2E2
  1. δ が A よりずっと小さいとき,1+x≈1+x/2 より E≈E0±(A+p2E22A) で,ずれは E2 に比例する.δ が A よりずっと大きいときは E≈E0±pE で,E に比例する.このとき固有ベクトルはほぼ |1⟩ か |2⟩ で,窒素は上か下に決まり,ふつうの双極子のようにふるまう.

  2. 上の準位の位置エネルギーは U(x)≈E0+A+p22AE(x)2 なので

F=−dUdx=−p22Addx(E2)

上の準位の分子は電場の弱い方へ押される.下の準位の分子は符号が逆で,電場の強い方へ引かれる.

確かめ:(2) の近似の条件は pE/A が1よりずっと小さいことで,捨てた項はその4乗の程度である.アンモニアでは p≈5×10−30Cm,A≈8×10−24J なので,境目の電場は A/p≈2×106Vm−1 程度になる.メーザーでは,中心で電場が0になり外へ向かって強くなる電極の間に分子線を通し,上の準位の分子を中心に集める.

ポイント ここまでのまとめ

  • HC=EC を満たす固有ベクトルが定常状態,固有値 E がそのエネルギー.固有値は det⁡(H−EI)=0 から求める.

  • エルミートな2×2行列の固有値は a+d2±(a−d2)2+|b|2 で必ず実数.異なる固有値の固有ベクトルは直交する.

  • iℏdCdt=HC は,初めの状態を固有ベクトルに分け,それぞれに e−iEt/ℏ を掛けて足せば解ける.1成分の2階の方程式に直してもよい.

  • 平均エネルギーは E―=C∗HC.

  • 外場によるずれは,結合 A より小さいうちは2乗で,大きくなると1乗で効く.