問い
重い荷物を持って,平らな道を歩きます.腕はだるくなり,汗も出てきます.ところが物理では,この間,荷物を支える力は「仕事をしていない」と言います.同じ荷物を階段で2階まで運び上げると,今度は「仕事をした」と言います.この違いはどこから来るのでしょうか.
考えてみる
日常のことばの「仕事」は,がんばった量で決まります.物理では,力が物体に対して何をしたかで決めます.まず素朴に,仕事は「力×動いた距離」だと考えてみます.力が大きく,動いた距離が長いほど,たくさん仕事をしたと感じるからです.ここで困るのは,荷物を持って水平に歩く場合です.荷物を支える力は上向きですが,荷物は水平に動いています.上向きの力は,荷物を前へ進める向きの成分をもたないので,荷物を前へ押すことも,水平方向の速さを変えることもありません.荷物が等速で運ばれるのは,支える力が重力を打ち消して合力が 0 になっているからです.
そこで,力のうち動く向きの成分だけを数えることにします.階段を上るときは,荷物の変位に高さが増える成分(鉛直上向きの成分)があるので,上向きの力はその成分の分だけ数えられます.荷物を一定の力 𝑚𝑔 で支えて高さを Δ𝑦 だけ上げるなら,数えられる量は 𝑚𝑔 Δ𝑦 です.水平に歩くときは,力が動く向きに垂直で,動く向きの成分が 0 なので,何も数えません.
[図:荷物を支える力と変位]荷物を支える力と変位.荷物を持って水平に歩く人と,階段を上がる人を並べて描く.それぞれ,荷物を支える力(上向き)と荷物の移動の向きを矢印で示し,二つの矢印のなす角を記入する.
疲れについては,こう考えます.筋肉は,力を出し続けるだけでも体の中のエネルギーを使います.これは筋肉の側の事情で,荷物に仕事をしているかどうかとは別の話です.机は力を出し続けても何も消費しないので,疲れません.
仕事の定義
物体に一定の力 𝑭 がはたらき,その間に物体が変位 𝒔 だけ動いたとします.𝑭 と 𝒔 のなす角を 𝜃 とすると,動く向きの成分は 𝐹cos𝜃 です.
定義 仕事(一定の力)
𝑊=𝐹𝑠cos𝜃=𝑭⋅𝒔
単位は J(ジュール)で,J =Nm =kgm2s−2.
0 ≤𝜃 <90∘:𝑊 >0(力が動きを後押しする)
𝜃 =90∘:𝑊 =0(力が動きに垂直)
90∘ <𝜃 ≤180∘:𝑊 <0(力が動きにブレーキをかける)
𝑭 ⋅𝒔 は2本のベクトルの内積です.成分での計算は次の節で扱います.
[図:力の変位方向への分解]力の変位方向への分解.斜め上向きの力 \(\vec{F}\) で水平面上の物体を距離 \(s\) だけ動かす.\(\vec{F}\) を動く向きの成分 \(F\cos\theta\) と,垂直な成分 \(F\sin\theta\) に分けて示す.
1 J は,小さなリンゴ(約 0.1 kg,重力は約 1 N)を 1 m 持ち上げる仕事ほどです.
力が一定でなかったり,経路が曲がっていたりするときは,経路を短い区間に分け,各区間では力が一定とみなして足し合わせます.区間を限りなく細かくした極限が積分です.
定義 仕事(一般の場合)
物体が経路に沿って点 A から点 B まで動く間に,力 𝑭 がする仕事は
𝑊=∫BA𝑭⋅d𝒓
である.直線上の運動で力が位置 𝑥 の関数なら,𝑊 =∫𝑥2𝑥1𝐹(𝑥) d𝑥 となり,𝐹-𝑥 グラフの面積に等しい.
[図:力の積分と仕事]力の積分と仕事.横軸 \(x\),縦軸 \(F\) のグラフに,右上がりの曲線 \(F(x)\) を示している.\(x_1\) から \(x_2\) の間を細い短冊に分け,面積が仕事に当たることを示す.
仕事率
単位時間あたりの仕事を仕事率といいます.
定義 仕事率
𝑃=d𝑊d𝑡=𝑭⋅𝒗
単位は W(ワット)で,W =Js−1 =kgm2s−3.
𝑭 ⋅𝒗 となるのは,微小時間 d𝑡 の変位が d𝒓 =𝒗 d𝑡 だからです.たとえば 60 kg の人が高さ 3 m の階段を 5 s で上ると,仕事は約 1.8 ×103 J,5 s 間の平均の仕事率は約 3.5 ×102 W です.一定の速さで上るなら,各瞬間の仕事率もこの値になります.
運動エネルギーと仕事の定理
力がする仕事は,運動のどんな変化に結びつくのでしょうか.運動方程式から確かめます.質量 𝑚 の物体の運動方程式
𝑚d𝒗d𝑡=𝑭
の両辺に,速度 𝒗 との内積をとります.
𝑚𝒗⋅d𝒗d𝑡=𝑭⋅𝒗
左辺は,𝒗 ⋅𝒗 =𝑣2𝑥 +𝑣2𝑦 +𝑣2𝑧 を成分ごとに微分すると dd𝑡(𝒗⋅𝒗) =2(𝑣𝑥˙𝑣𝑥 +𝑣𝑦˙𝑣𝑦 +𝑣𝑧˙𝑣𝑧) =2 𝒗 ⋅d𝒗d𝑡 となることから dd𝑡(12𝑚𝑣2) と書き直せます.右辺は仕事率です.時刻 𝑡1 から 𝑡2 まで積分すると,
12𝑚𝑣22−12𝑚𝑣21=∫𝑡2𝑡1𝑭⋅𝒗d𝑡=∫BA𝑭⋅d𝒓=𝑊
となります.
法則 仕事と運動エネルギーの定理
𝐾 =12𝑚𝑣2 を運動エネルギーという.物体にはたらく力の仕事の合計は,運動エネルギーの変化に等しい.
𝐾2−𝐾1=𝑊
個々の力ではなく仕事の合計が正なら物体は速くなり,負なら遅くなります.冒頭の荷物の話も,これで整理できます.水平に歩くとき,荷物にはたらく重力と手が支える力はどちらも変位に垂直なので,どちらの仕事も 0 で,運動エネルギーは変わらず,荷物は等速で運ばれます.階段を一定の速さで運び上げるときは,支える力が正の仕事,重力がそれと同じ大きさの負の仕事をして,合計は 0 になります.
簡単な例で確かめましょう.なめらかな水平面で,静止していた質量 2 kg の物体を,一定の水平な力 4 N で 4 m 押します.仕事は 4 ×4 =16 J.よって 12 ×2 ×𝑣2 =16 から 𝑣 =4 ms−1 です.運動方程式から 𝑎 =2 ms−2 を出し,𝑣2 =2𝑎𝑠 に入れても同じ値で,両者は同じ式の別の書き方です.
ブレーキをかけた車では,摩擦力が負の仕事をして運動エネルギーが減ります.ブレーキの力の大きさが一定なら,止まるまでの距離は失う運動エネルギーに比例します.運動エネルギーは 𝑣2 に比例するので,距離は速さの2乗に比例して延びます.
ポイント ここまでのまとめ
仕事は,力のうち動く向きの成分×距離.一定の力なら 𝑊 =𝑭 ⋅𝒔 =𝐹𝑠cos𝜃,一般には 𝑊 =∫𝑭 ⋅d𝒓.単位は J =kgm2s−2.
仕事率は 𝑃 =𝑭 ⋅𝒗.単位は W =Js−1.
運動エネルギー 𝐾 =12𝑚𝑣2 は,仕事の合計だけ変わる:𝐾2 −𝐾1 =𝑊.運動方程式に 𝒗 をかけて積分して得られる.
問いの答え:水平に歩くとき,荷物を支える力は動きに垂直で仕事が 0.階段では変位に力の向きの成分(高さの増加)があるので仕事をする.疲れは筋肉の中のエネルギー消費で,荷物への仕事とは別のもの.