問いしるべ
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問いから始める物理

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問いから始める物理

問いから原理へ,基本からオリンピックまで

著者:柚木芹香

身近な問いから始めて物理の原理を組み立て直す参考書.微積分は必要になった所で導入し,各節の演習は基本から物理オリンピックの水準まで段階をつけて置く.独学でも,教わりながらでも読めるように,各節の終わりに「教える人へ」の囲みがある.

この章の目次 · 22節
  1. 確率振幅と2つの穴の実験
  2. 2つの穴と不確定性の例題
  3. 電子の干渉と経路の観測の演習
  4. 振幅の結合規則
  5. 複素数の振幅の和と規格化
  6. 確率振幅の積と和の演習
  7. 同種粒子とスピンと統計
  8. 同種粒子と光子の統計の例題
  9. 同種粒子の散乱と状態の占有の演習
  10. スピンと回転
  11. 2×2 行列と回転の変換
  12. スピンの測定と回転の演習
  13. 振幅の時間変化と物質波
  14. 物質波の位相と速さの例題
  15. 確率振幅の時間発展と物質波の演習
  16. 2状態系とハミルトニアン行列
  17. 2×2行列の固有値と連立微分方程式
  18. 2状態系の準位と遷移の演習
  19. 確率振幅から見た量子力学の全体像
  20. 第30章の章末問題
  21. 第30章の発展問題
  22. 第30章のまとめ

第30章  確率振幅から組み立てる量子力学(発展)

01確率振幅と2つの穴の実験

問い

壁に2つの小さな穴をあけ,その向こうにスクリーンを置きます.壁に向けて,(a) 機関銃の弾丸をでたらめな向きに撃ち込む,(b) 水面に波を立てて送り込む,(c) 電子銃から電子を1個ずつ送り込む,の3つの実験をします.スクリーンのどこにどれだけ当たるかの分布は,3つの場合でどう違うでしょうか.そして,電子がどちらの穴を通ったかを確かめながら実験すると,何が変わるでしょうか.

この章では,古典的な描像から量子力学を導くことはしません.粒が波のようにふるまう理由を力学で説明しようとしても,うまくいかないことが分かっているからです.代わりに,「確率は複素数の振幅の絶対値の2乗で,区別できない道すじの振幅は足す」という規則を天下りに置き,そこから第29章の光子・物質波・飛び飛びの準位を1つの枠組みにまとめます.第29章で実験として見た量子を,振幅の言葉で組み立て直すのがこの章の仕事です.これは,第13章で運動方程式を法則として受け入れずに,状態と停留作用と対称性から力学を組み立て直したのと対になるやり方です.第13章とのつながりは,振幅の位相とローレンツ変換,停留作用と古典極限として,どちらも第5題材で回収します.この章は,振幅の規則(第1・2題材),同じ粒子(第3題材),スピン(第4題材),時間変化と2状態系(第5・6題材)の順に進みます.第3題材の「黒体放射のスペクトル」と,第5題材の「動いている粒子の振幅」(相対論を使う所)は,飛ばしても後が読めます.

ポイント 第30章で使う記号

記号

意味

ϕ,⟨x|s⟩

確率振幅(複素数).⟨x|s⟩ は「s から出て x に着く」振幅で,第2題材から使う

P=|ϕ|2

確率

δ

2つの振幅の位相差(第6題材では電場によるエネルギーのずれにも使う)

|ψ⟩,|+⟩,|−⟩

状態,スピンの基底(第4題材から)

Ci=⟨i|ψ⟩

基底 |i⟩ に見つかる振幅(第5・6題材)

Hij,E

ハミルトニアン行列,エネルギー(第5・6題材)

θ,ϕ

装置の y 軸,z 軸のまわりの回転角(第4題材.ϕ は振幅と文脈で区別する)

m0

スピン1/2の粒子の磁気モーメントの大きさ(第5・6題材.質量 m と区別する)

h,ℏ=h/2π

プランク定数

Δx,Δp

位置と運動量の標準偏差

虚数単位は i です.状態の番号にも i を使う所があるので,添字の i と虚数単位は文脈で区別してください.

考えてみる

電子の実験は,第29章の題材「物質波と確率の振幅」で見た2つのすき間の実験そのものです.そこで見たとおり,電子は1個ずつスクリーンの1点に粒として着くのに,たくさん集めた分布は縞になり,両方開けると片方だけのときよりも電子が来なくなる場所さえあります.「電子はどちらかの穴を通る」という考えのどこかを捨てなければなりません.この題材では,同じ実験を弾丸と水の波と並べて見直し,そこから量子力学の規則を取り出します.

3つの実験

弾丸.弾丸は1個ずつ,かたまりとして着きます.穴1だけを開けたときにスクリーンの位置 x の近くに着く確率を P1(x),穴2だけのときを P2(x) とすると,両方を開けたときは

P12=P1+P2

です.どの弾丸もどちらか一方の穴を通るので,確率は足し算になります.縞はできません.

水の波.波は連続的に届き,強さ(エネルギーの流れ)はどんな値もとります.穴1と穴2から出た波の振幅を複素数の h1,h2 で表すと(第25章,第27章),強さは振幅の2乗に比例し,両方を開けたときは振幅が足し算になるので

I12=|h1+h2|2=I1+I2+2I1I2cos⁡δ

です.δ は2つの波の位相差で,最後の項が干渉です.強め合う所と弱め合う所が交互に並びます.

電子.検出器は1個ずつ「カチッ」と鳴り,半分の電子が来ることはありません.その点では弾丸と同じです.ところが着く確率の分布は,第29章で見たとおり水の波と同じ式になります.

[図:弾丸,水の波,電子の2つの穴の実験]

初期状態は電子400個で,スクリーンの各点への検出が縞を作り始めている.右は検出確率の分布.実験を切り替えると,弾丸では確率の和,水の波では振幅の和の絶対値の2乗を比較できる.電子数を変えると,同じ検出列に点が1個ずつ積もる様子を確かめられる.再生は2400個で停止する.

量子力学の基本の規則

第29章では,この実験から「振幅と確率の足し方」を読み取りました.電子の実験を説明する考え方はこれ1つしか見つかっていないので,この章ではそれを量子力学の出発点の規則として受け入れます.

法則 確率振幅の規則

  1. 粒子が出発点 s から出て検出器 x に着く確率は,確率振幅とよぶ複素数 ϕ の絶対値の2乗 P=|ϕ|2 である.

  2. 粒子が x に着く道すじが2通り以上あり,どの道すじを通ったかが原理的に区別できないとき,振幅を足す.ϕ=ϕ1+ϕ2,P=|ϕ1+ϕ2|2.

  3. どの道すじを通ったかが(装置に残る記録などで)区別できるとき,道すじごとの確率を足す.P=|ϕ1|2+|ϕ2|2.

規則2から,両方の穴を開けたときの電子の確率は

P12=|ϕ1+ϕ2|2=P1+P2+2P1P2cos⁡δ

で,水の波と同じ形になります.δ は ϕ1 と ϕ2 の位相差で,第29章と同じく,穴の間隔 d とスクリーン上の位置 x がスクリーンまでの距離 L より十分小さいとき,ド・ブロイ波長 λ=h/p を使って δ=2πdx/(λL),縞の間隔は λL/d です.

この規則は,電子が「なぜ」そうふるまうかを説明していません.確率を予言する手順を言っているだけです.1個の電子がどこに着くかは予言できず,予言できるのは確率だけです.物理学はこれ以上の説明を見つけておらず,この規則と矛盾する実験も見つかっていません.

どちらの穴を通ったかを見る

第29章で見たように,穴のすぐ後ろに光源を置いて電子がどちらの穴を通ったかを確かめると,縞は消えます.見えた電子は必ずどちらか一方の穴で光り,穴1で光った電子だけを集めると分布は P1,穴2では P2 で,全部を合わせると P1+P2 です.これが規則3です.

大事なのは,縞を消すのは人が結果を読むことではなく,道すじが区別できる記録が世界のどこかに残ることです.散乱された光子が装置の外に飛び去って誰も検出しなくても,原理的に区別できるなら確率を足します.一部の電子にだけ記録が残る場合は,記録の残る組(確率を足す)と残らない組(振幅を足す)の確率をそれぞれの割合で足すので,縞は消えきらずに薄くなります.

では光を弱くしたらどうでしょう.光の強さを下げても光子1個の大きさは変わらず,光子の数が減るだけです.光子に出会わずに通り抜けた電子には記録が残らず,それらの電子は縞を作ります.光の波長を長くすると,光子1個の運動量 h/λ が小さくなり電子をあまり乱さなくなりますが,波長が穴の間隔 d より長くなると,光った位置がぼやけて,どちらの穴か区別できなくなります.ちょうど区別できなくなる所で縞が戻ってきます.このつり合いは例題で計算します.

不確定性原理

どちらの穴を通ったかを決めずに縞を見る方法はありません.第29章では,1つのすき間の回折から ΔxΔpx∼h と見積もりました.ハイゼンベルクはこれを,位置と運動量を同時にいくらでも正確には決められない,という形にまとめました.

法則 不確定性原理

同じ方法で用意した多数の粒子について,位置 x の標準偏差を Δx,運動量の同じ向きの成分 px の標準偏差を Δpx とすると

ΔxΔpx≥ℏ2

が成り立つ.

標準偏差は,同じ状態を何度も用意して測ったときのばらつきです(第14章).見積もりでは係数を気にせず ΔxΔp∼ℏ と使うこともあります.もし穴の位置で電子の横の運動量を,どちらの穴を通ったか分かるほど精密に測れたら,縞を見ながら道すじも分かってしまいます.不確定性原理は,そうした測定ができないことを保証して,規則1〜3が矛盾なく成り立つようにしているのです.等号に近い状態はつくれるので,これは測定器の腕の悪さではなく,粒子の状態そのものの性質です.

原子はなぜ潰れないか

古典的には,原子核のまわりを回る電子は光を出してエネルギーを失い,原子核に落ちてしまうはずでした(第26章).不確定性原理はこの問題に答えます.電子を半径 a ほどの範囲に閉じこめると,運動量は ℏ/a ほどばらつき,運動エネルギーは ℏ2/(2ma2) ほどになります.a を小さくすると位置エネルギー −e2/(4πε0a) は下がりますが,運動エネルギーがそれより速く上がるので,合計が最小になる大きさで原子は落ち着きます.計算すると a は 10−10m ほどになり,原子の実際の大きさと合います(例題3).原子の大きさも,物質が押しても縮まない硬さも,この量子の効果から来ています.

問いに戻る

弾丸は確率が足し算で縞はできず,水の波は振幅が足し算で縞ができます.電子は1個ずつ粒として着きますが,どの穴を通ったか区別できない限り振幅が足し算になり,分布は水の波と同じ縞になります.どちらの穴を通ったかを調べると記録が残り,確率が足し算になって縞は消えます.どんなに工夫しても,穴を区別できる観測は電子の運動量を縞の間隔をぼかすほど乱し,それが不確定性原理です.

ポイント ここまでのまとめ

  • 確率は複素数の確率振幅の絶対値の2乗 P=|ϕ|2.

  • 道すじが原理的に区別できなければ振幅を足し,区別できれば確率を足す.縞を消すのは,読まれなくても残る道すじの記録である.

  • 2つの穴では P12=P1+P2+2P1P2cos⁡δ.d と x が L より十分小さいとき縞の間隔は λL/d.

  • 不確定性原理 ΔxΔpx≥ℏ/2 は,道すじを見ながら縞を見ることを禁じ,原子の大きさも決める.

022つの穴と不確定性の例題

本体の節の振幅の規則と不確定性原理を,数で確かめます.使った近似と,それが破れる場合も確かめてください.

例題

例題 1

オリジナル ★★☆☆☆

静止した電子を電圧 V=100V で加速し,間隔 d=1.0μm の2つの細いすき間に通して,距離 L=1.0m のスクリーンで検出する.すき間1だけを開けたときと,すき間2だけを開けたときの,スクリーンの中央付近での検出確率をそれぞれ P1,P2 とし,x によらないとみなす.電子の質量 m=9.1×10−31kg,e=1.6×10−19C,h=6.6×10−34Js とする.

  1. 2つの道すじの振幅を ϕ1=P1eiα1,ϕ2=P2eiα2 と書く.両方を開けたときの検出確率を,位相差 δ=α2−α1 を使って表せ.

  2. P1=P2 のとき,スクリーン上の縞の間隔を求めよ.

  3. すき間2を細くして P2=P1/4 にした.縞の明るい所と暗い所の検出確率の比を求めよ.また,縞を1周期にわたって平均した確率を P1 で表せ.

電圧Vで加速した電子が,間隔dの2つのすき間のある壁から距離Lのスクリーンへ向かう.スクリーン中央をx=0とし,正のxを上向きにとる.2つのすき間から位置xへ至る道すじと,対応する振幅φ₁,φ₂を示す. 電圧Vで加速した電子が,間隔dの2つのすき間のある壁から距離Lのスクリーンへ向かう.スクリーン中央をx=0とし,正のxを上向きにとる.2つのすき間から位置xへ至る道すじと,対応する振幅φ₁,φ₂を示す.
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考え方 どちらのすき間を通ったかの記録は残らないので振幅を足してから2乗する.位相差は道のりの差を波長で割って 2π を掛けたものである.

  1. |ϕ1+ϕ2|2=(ϕ1+ϕ2)(ϕ1∗+ϕ2∗) なので

P12=P1+P2+P1P2(eiδ+e−iδ)=P1+P2+2P1P2cos⁡δ
  1. 運動量は p=2meV=2×9.1×10−31×1.6×10−19×100≈5.4×10−24kgms−1,波長は λ=h/p≈1.2×10−10m である.d と x が L より十分小さいとき,道のりの差は dx/L で δ=2πdx/(λL)(定数を除く).δ が 2π 変わる間隔は

w=λLd≈1.2×10−10×1.01.0×10−6=1.2×10−4m

で,およそ 0.12mm である.

  1. 明るい所は cos⁡δ=1 で Pmax=P1(1+14+2×12)=94P1,暗い所は cos⁡δ=−1 で Pmin=P1(1+14−1)=14P1.比は 9:1 である.cos⁡δ の1周期の平均は0なので,平均の確率は P1+P2=54P1 になる.

確かめ:(3) の平均は,片方ずつ開けたときの和に一致する.干渉は確率を作ったり消したりせず,明るい所と暗い所に配り直すだけである.P2→0 なら縞は消えて P12=P1.近似の条件は d/L=1.0×10−6 が十分小さいことと,eV/(mc2)=100eV/(5.1×105eV)≈2×10−4 が十分小さく非相対論の p=2meV を使えることである.

例題 2

オリジナル ★★★☆☆

例題1の装置で,すき間のすぐ後ろに波長 λγ の光を当て,散乱された光子からどちらのすき間を通ったかを調べる.光で区別できる位置の細かさはおよそ λγ で,2つのすき間を区別するには λγ が d より短くなければならないとする.光子1個を散乱した電子は,スクリーンに平行な向き(x の向き)の運動量が −h/λγ から h/λγ の間のどれかの値 q だけ変わり,その値は等しい確からしさでばらつくとする.電子の運動量を p,ド・ブロイ波長を λ=h/p とする.h/λγ は p より十分小さく,スクリーンに垂直な運動量は p のままで,中央付近の各縞が同じ量だけずれると近似する.

  1. 運動量が q だけ変わった電子について,縞の位置は x の向きにいくらずれるか.そのずれは縞の間隔 w=λL/d の何倍か.

  2. すべての電子が光子を1個ずつ散乱したとき,縞を作る項 cos⁡δ は cos⁡δ⋅sin⁡χ0χ0 に変わることを示せ.ここで χ0=2πd/λγ である.

  3. 2つのすき間を区別できる λγ<d のとき,縞はどうなるか.また λγ を d よりずっと長くすると縞はどうなり,そのとき道すじは区別できるか.

すき間を出た電子に光源から波長λγの光を当てる.入射光子は右から左へ進み,散乱光子は右下へ出る一例を描く.電子の入射運動量pは右向き,横向きの変化qは正のx方向である上向きで,電子は少し上へ偏向する.右の2本の帯は散乱前とqが正の電子の縞の比較で,移動量の式や目盛りは付けていない. すき間を出た電子に光源から波長λγの光を当てる.入射光子は右から左へ進み,散乱光子は右下へ出る一例を描く.電子の入射運動量pは右向き,横向きの変化qは正のx方向である上向きで,電子は少し上へ偏向する.右の2本の帯は散乱前とqが正の電子の縞の比較で,移動量の式や目盛りは付けていない.
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考え方 横向きの運動量の変化 q は進む向きを q/p だけ傾けるので,スクリーンでの到着位置がずれる.ずれが電子ごとにばらつくと,ずれた縞が重なってぼける.

  1. 傾きは q/p なので,スクリーンでのずれは Δx=Lq/p である.縞の間隔との比は

Δxw=Lq/pλL/d=qdλp=qdh

で,位相に直すと χ=2πqd/h だけずれる.q の範囲 |q|≤h/λγ に対して |χ|≤2πd/λγ=χ0.

  1. χ は −χ0 から χ0 の間に一様にばらつくので,干渉の項を平均すると

12χ0∫−χ0χ0cos⁡(δ−χ)dχ=sin⁡(δ+χ0)−sin⁡(δ−χ0)2χ0=cos⁡δ⋅sin⁡χ0χ0

である.

  1. λγ<d なら χ0>2π で,ずれの幅が縞の間隔を超える.|sin⁡χ0/χ0|≤1/χ0<1/(2π)≈0.16 なので,縞の濃淡は元の 16 % 以下に潰れ,χ0 が大きいほど P1+P2 に近づく.逆に λγ を d よりずっと長くすると χ0 は小さく,sin⁡χ0/χ0→1 で縞は戻る.このときは光で見える位置の細かさ λγ が d より粗く,どちらのすき間か区別できない.

確かめ:この近似では,縞を壊す度合いは d/λγ だけで決まり,電子の速さによらない.道すじが分かるほど細かく見ると,縞1周期のずれに相当する h/d 程度以上の運動量のばらつきが生じる.これは Δx∼d と Δp∼h/d の組で,不確定性原理の見積もりと同じ形である.q の一様な分布は模型で,分布の形を変えると干渉の項の平均も変わる.

例題 3

オリジナル ★★★☆☆

水素原子の電子が,原子核(陽子)のまわりの半径 a ほどの範囲にいるとする.運動量のばらつきを ℏ/a と見積もり,エネルギーを

E(a)=ℏ22ma2−e24πε0a

とおく.m=9.11×10−31kg,e=1.60×10−19C,ℏ=1.055×10−34Js,4πε0=1.113×10−10C2N−1m−2 とする.

  1. E(a) を最小にする a と,そのときのエネルギーを求め,数値を m と eV で答えよ.

  2. 電子を,質量が電子の 207 倍で電荷が同じミュー粒子に置き換えた原子では,a とエネルギーはそれぞれ何倍になるか.原子核の質量は十分大きいとする.

  3. この見積もりで非相対論の運動エネルギーを使ってよいか確かめよ.

横軸は電子のいる範囲の半径a,縦軸はエネルギーE.正の運動エネルギーℏ²/(2ma²),負の位置エネルギー−e²/(4πε₀a),その和E(a)の概形を示す.和が最も低くなる位置に印を付け,数値の目盛りは付けていない. 横軸は電子のいる範囲の半径a,縦軸はエネルギーE.正の運動エネルギーℏ²/(2ma²),負の位置エネルギー−e²/(4πε₀a),その和E(a)の概形を示す.和が最も低くなる位置に印を付け,数値の目盛りは付けていない.
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考え方 閉じこめるほど運動エネルギーが上がり,近づくほど位置エネルギーが下がる.2つの項の a への依存の仕方が違うので,和に最小がある.

  1. dEda=−ℏ2ma3+e24πε0a2=0 より

a0=4πε0ℏ2me2=1.113×10−10×(1.055×10−34)29.11×10−31×(1.60×10−19)2≈5.31×10−11m

a→0 でも a→∞ でも E は最小より大きい(a→0 で正の無限大,a→∞ で0)ので,これが最小である.最小では e24πε0a0=ℏ2ma02 なので

Emin=−ℏ22ma02=−me42(4πε0)2ℏ2≈−2.17×10−18J

で,途中で丸めずに計算し,1.60×10−19 で割って −13.5eV ほどである.

  1. a0∝1/m なので 1/207 倍(2.57×10−13m ほど),Emin=−me42(4πε0)2ℏ2∝m なので 207 倍になる.

  2. 運動エネルギーは 13.5eV ほどで,電子の静止エネルギー mc2=5.1×105eV と比べた比 2.6×10−5 が十分小さいので,非相対論でよい.速さに直すと v/c≈2K/(mc2)≈7.3×10−3(K は運動エネルギー)である.ミュー粒子でも運動エネルギーと静止エネルギーがともに 207 倍になるので,この比は同じである.

確かめ:得た a0 と Emin は,第29章のボーア模型の半径とエネルギーにちょうど一致する.一致は係数がたまたま合ったためで,確かに言えるのは桁と,それが ℏ を含んで初めて決まることである.

ポイント ここまでのまとめ

  • 2つの振幅の和の確率は P1+P2+2P1P2cos⁡δ.縞の平均は P1+P2 で,干渉は確率を配り直すだけ.

  • 縞の間隔は λL/d(d と x が L より十分小さいとき).

  • 道すじを光で見るには λγ が d より短い必要があり,そのとき光子が与える運動量で縞は潰れる.

  • 不確定性による運動エネルギーとクーロンの位置エネルギーのつり合いで,原子の大きさ 5×10−11m とエネルギー −13.5eV ほどが見積もれる(ボーア模型と同じ値).

03電子の干渉と経路の観測の演習

同じ検出結果へ至る経路を,装置に残る記録まで含めて比べてください.確率の足し算と振幅の足し算を使い分け,位置と運動量の不確かさも数量で確かめましょう.

演習 1

オリジナル ★☆☆☆☆

粒子を1個ずつ送る装置で,検出領域 D へ至る2経路の振幅を ϕ1=1/5,ϕ2=2i/5 とする.これらは経路を選ぶ確率も含む振幅である.

  1. 経路の記録が残らない場合と,経路を完全に区別する記録が残る場合の検出確率を求めよ.

  2. 第2経路の位相だけを変えて ϕ2=−2/5 とした場合も求めよ.多数の粒子の検出確率が同じなら,経路の記録の有無を判定できるか.

粒子源から分かれた2経路が検出領域Dへ合流する.第1経路の振幅はφ₁=1/5,第2経路はφ₂=2i/5で,位相調整によりφ₂=−2/5に変える. 粒子源から分かれた2経路が検出領域Dへ合流する.第1経路の振幅はφ₁=1/5,第2経路はφ₂=2i/5で,位相調整によりφ₂=−2/5に変える.
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考え方
記録がなければ和の絶対値を2乗し,記録があれば各絶対値の2乗を足す.

  1. 記録なしでは P=|(1+2i)/5|2=(1+4)/25=1/5.記録ありでも P=1/25+4/25=1/5 である.位相差が π/2 なので干渉項が0になる.

  2. 記録なしでは P=|(1−2)/5|2=1/25,記録ありでは P=1/5 のままである.したがって1つの位相で確率が一致しても判定できず,位相を変えた比較が必要になる.1個の検出は点状でも,繰り返した分布に干渉が現れる.どの確率も0と1の間にあり,残りは D 以外への検出に対応する.

演習 2

オリジナル ★★☆☆☆

間隔 d の2つの開口から距離 L のスクリーンへ電子を送る.横座標を x,波長を λ とし,2経路の振幅の大きさは等しい.相対位相は 2πdx/(λL)+δ と与える.δ は経路の記録を残さず挿入する位相である.

  1. δ を0から π/3 に変えたとき,同じ番号の明線はどちらへ,縞間隔の何倍だけ動くか.

  2. 電子を静止から加速する電圧を V から 4V に変え,δ=π/3 を保つ.各電圧で δ=0 の位置を基準にした,位相挿入による明線の移動距離の大きさは何倍になるか.両電圧で非相対論的な運動を仮定し,p=2meV,λ=h/p を使ってよい.

間隔dの2開口から距離Lのスクリーンへ向かう経路を示す.片経路に位相δを挿入し,スクリーン上の正のx方向を上向きに示す. 間隔dの2開口から距離Lのスクリーンへ向かう経路を示す.片経路に位相δを挿入し,スクリーン上の正のx方向を上向きに示す.
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考え方
明線の番号は相対位相が 2π の何倍かで決める.番号を固定して位相挿入の前後を比べる.

  1. 整数 n に対して 2πdxn/(λL)+δ=2πn より,xn=(n−δ/(2π))λL/d.縞間隔は w=λL/d なので,Δxn=−w/6.負の x 方向へ縞間隔の 1/6 だけ動く.

  2. 運動量は2倍,波長は半分になるので,w も |Δxn| も半分になる.縞間隔に対する割合は変わらない.幾何学の近似には d/L と |x|/L が十分小さいこと,加速の式には eV/(mc2) が十分小さいことが必要であり,4V でも確かめる.

演習 3

オリジナル ★★☆☆☆

等しい強さの2経路を持つ装置で,全粒子の割合 f に対して完全な経路記録が残り,残りには記録が残らないとする.記録による損失はない.位相差 δ ごとに同数の粒子を送り,検出領域 D の計数を得た.記録がない粒子だけなら期待計数は C(1+cos⁡δ),記録がある粒子だけなら C である.

δ

0

π/2

π

計数

680

400

120

  1. 混合した期待計数の式を作り,C,f を推定せよ.

  2. 各計数にはそれぞれ ±20 の幅があるとする.f の推定値が取りうる範囲を,最大・最小計数の比から求めよ.記録を読み出さなければ縞は元へ戻るか.

等しい強さの2経路が検出領域Dへ合流する.経路記録装置と位相差δの調整部を示す.全粒子の割合fに記録が残り,記録による損失はない. 等しい強さの2経路が検出領域Dへ合流する.経路記録装置と位相差δの調整部を示す.全粒子の割合fに記録が残り,記録による損失はない.
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考え方
記録のある組とない組の間では確率を足す.縞の最大値と最小値の和は全体の強さ,差は干渉の強さを表す.

  1. 割合で重みを付けて N(δ)=(1−f)C(1+cos⁡δ)+fC=C[1+(1−f)cos⁡δ].C=(680+120)/2=400,1−f=(680−120)/(680+120)=0.70 より f=0.30.中間の位相でも N=400 と一致する.

  2. 最大計数を M,最小計数を m と書くと f=2m/(M+m).これは m とともに増え,M とともに減るので,fmin=200/800=0.25,fmax=280/800=0.35.両端とも中間計数の幅とも両立する.記録を読まないだけでは経路は依然区別でき,縞は元へ戻らない.この範囲は与えた計数幅によるものであり,信頼水準を指定した統計区間ではない.

演習 4

オリジナル ★★☆☆☆

電子と質量 M=2.0×10−18kg の微粒子について,進行方向の位置の標準偏差を Δx=2.0×10−8m 以下,速さ v0=1.0×105ms−1 に対する速度の標準偏差を v0/100 以下にしたい.ΔxΔp≥ℏ/2,Δp=mΔv とする.電子の質量は m=9.1×10−31kg,ℏ=1.1×10−34Js,c=3.0×108ms−1 である.

  1. 指定した位置幅での Δv の下限をそれぞれ求め,2条件が両立するか調べよ.

  2. 電子について速度幅の条件を保つなら,位置幅の上限を少なくともいくらまで緩める必要があるか.

解答を見る

考え方
位置幅を狭めるほど運動量幅の下限が上がる.測定器の性能だけでなく,状態そのものが条件を満たせるか調べる.

  1. Δv≥ℏ/(2mΔx).電子の下限は 1.1×10−34/(2×9.1×10−31×2.0×10−8)=3.0×103ms−1.微粒子では 1.4×10−9ms−1 である.要求する 1.0×103ms−1 に比べ,電子では両立しない.微粒子では不確定性による禁止はなく,等号を満たす状態なら両立する.

  2. Δx≥ℏ/(2m×103ms−1)=6.0×10−8m なので,上限を少なくともこの値まで緩める必要がある.位置と運動量の積の単位は Js で整合し,v0/c=3.3×10−4 は十分小さく,非相対論的な関係を使える.

演習 5

オリジナル ★★★☆☆

質量 m,縦方向の運動量 p の粒子束を,横方向に標準偏差 a の状態に整えて距離 L だけ飛ばす.初期の横位置と横運動量の相関は0,Δpx=ℏ/(2a),縦速度は p/m とする.この模型では,スクリーン上の横位置の分散は初期分散と横速度による変位の分散の和になる.

  1. スクリーン上の標準偏差 σ を a で表し,最小にする a と最小値を求めよ.

  2. その最適値の2倍の a にした場合の σ の倍率を求めよ.飛行中の横広がりを近軸で扱える条件も述べよ.

質量m,縦運動量pの粒子束を初期面から距離Lのスクリーンへ送る.初期面の横位置の標準偏差aを中心から片側の寸法で示す. 質量m,縦運動量pの粒子束を初期面から距離Lのスクリーンへ送る.初期面の横位置の標準偏差aを中心から片側の寸法で示す.
解答を見る

考え方
絞ると初期位置の幅は減るが,横運動量の幅は増える.独立な2つの広がりを分散で足す.

  1. 飛行時間は t=mL/p,横速度幅は ℏ/(2ma).したがって σ2=a2+(ℏL/(2pa))2.b=ℏL/(2p) とおくと dσ2da=2a−2b2/a3.正の停留点は a∗2=b で,両端では分散が発散するので最小である.a∗=ℏL/(2p),σmin=ℏL/p.

  2. a=2a∗ では σ2=4b+b/4=17b/4 より,σ/σmin=17/8.狭くしすぎても広くしすぎても最適から外れる.近軸条件は Δpx/p=ℏ/(2ap) が十分小さいことで,最適幅ではその2乗が ℏ/(2pL) になる.b は長さの2乗の次元を持ち,得た幅の次元も整合する.

ポイント 教える人へ

  • 確率が一致する1つの測定だけで,干渉の有無を決められるか問いかける.

  • 経路記録を読まないことと,記録が存在しないことを区別させる.

  • 計数の和・差が表す量を説明させ,誤差幅の端で検算させる.

  • 不確定性の幅を標準偏差として扱い,近軸条件を運動量の比で確認させる.

04振幅の結合規則

問い

中性子のビームを結晶に当てて,散乱された中性子を方向ごとに数えます.すると,ある決まった方向にだけ鋭く強い散乱が現れます.ところが,散乱の際に中性子のスピンの向きがひっくり返ったものだけを選んで数えると,その鋭い山は現れず,どの方向にもほぼ一様に散らばっています.相手はどちらも同じ結晶の同じ原子核です.スピンが反転するかしないかで,なぜ散らばり方がこれほど変わるのでしょうか.

考えてみる

前の題材で,量子力学の基本原理を次のようにまとめました(ここからは道すじを経路とよびます).出来事の確率は複素数の確率振幅の絶対値の2乗で,区別できない経路の振幅は足し,区別できる経路の確率は足します.結晶の散乱に当てはめると,中性子がどの原子核で散乱されたかを区別できなければ振幅を足し,区別できれば確率を足すことになります.

困るのは「区別できる」の意味です.前の題材では,縞を消すのは道すじの記録が残ることだと述べました.ところがスピンが反転した散乱では,どの原子核で散乱されたかを記録する装置はどこにもなく,誰も見ていません.記録がないのだから区別できない,と考えると,スピンが反転した散乱にも鋭い山が現れるはずです.実験はそうなりません.この題材では,振幅を組み合わせる規則をはっきり書き,「区別できる」とは何かを決め直します.

ブラケットの記法

ある状態 s から出発した粒子が,状態 x に見つかる確率振幅を

⟨x|s⟩

と書きます.右側が出発の状態,左側が到着の状態で,右から左へ読みます.確率は P=|⟨x|s⟩|2 です.s は「粒子源にある」,x は「スクリーンの位置 x にある」のような,粒子について分かっていることの全部です.スピンの向きなども含めたいときは,その情報も括弧の中に書きます.

振幅を掛ける,振幅を足す

法則 振幅の結合規則

  1. 続けて起こる過程:s から中間の状態 1 を通って x へ行く振幅は,それぞれの区間の振幅の積 ⟨x|1⟩⟨1|s⟩ である.

  2. 区別できない別の経路:同じ出発の状態から同じ到着の状態へ行く経路が複数あり,どれを通ったかが最終の状態に残らないなら,全体の振幅は各経路の振幅の和である.

  3. 中間の状態 i=1,2,… が,粒子が必ずどれか1つを通る組になっているなら

⟨x|s⟩=∑i⟨x|i⟩⟨i|s⟩

1は確率の積の規則(独立な出来事が続けて起こる確率は積)に対応する振幅の規則で,2が量子力学に特有の部分です.3は1と2を合わせたもので,この章でこれから何度も使います.

2つのスリットを書き直す

2つのスリットの実験を,この規則で書きます.粒子源 s から出た電子は,スリット1かスリット2を通ってスクリーンの位置 x に着くので

⟨x|s⟩=⟨x|1⟩⟨1|s⟩+⟨x|2⟩⟨2|s⟩

です.粒子源がスリットの中央にあれば ⟨1|s⟩=⟨2|s⟩ です.スリットから x までの振幅は,距離が波長 λ(第29章の λ=h/p)だけ延びるごとに位相が 2π 進むので,距離を r1,r2,波数を k=2π/λ として ⟨x|1⟩∝eikr1,⟨x|2⟩∝eikr2 とおけます(大きさの違いは無視します).すると

P(x)∝|eikr1+eikr2|2=2[1+cos⁡k(r1−r2)]

で,経路差が波長の整数倍の所が明るい縞になります.第27章の光の干渉と同じ式ですが,ここで足しているのは電子1個の振幅です.

粒子源sからスリット1または2を通り,スクリーンの同じ点xに着く.矢印はsからxへ向かい,各区間に振幅⟨1|s⟩,⟨x|1⟩,⟨2|s⟩,⟨x|2⟩を示す. 粒子源sからスリット1または2を通り,スクリーンの同じ点xに着く.矢印はsからxへ向かい,各区間に振幅⟨1|s⟩,⟨x|1⟩,⟨2|s⟩,⟨x|2⟩を示す.

区別できるとは

前の題材の,スリットの後ろに光を当ててどちらを通ったかを調べる実験を,この記法で書き直します.このとき到着の状態は「電子が x にあり,光子が検出器 D1 に入った」のように,光子の状態まで含めて書かなければなりません.電子がスリット1を通れば光子は D1 へ,スリット2を通れば D2 へ行くなら,2つの経路の到着の状態は違います.違う到着の状態の振幅は足せないので,確率は

P(x)=|⟨x,D1|s⟩|2+|⟨x,D2|s⟩|2

となり,縞は消えます.

ポイント 区別できる経路

規則2の「最終の状態」は,粒子だけでなく,過程にかかわった世界の全部(光子,原子核のスピン,装置)の状態である.経路ごとに最終の状態が違えば,その記録を誰かが読むかどうかに関係なく,振幅は足せず確率を足す.

似た操作でも,経路をふさぐのと記録するのは違います.ふさぐと,その経路の振幅が0になり,残った経路どうしは干渉します.記録すると,その経路の粒子も検出されますが,他の経路と干渉しなくなります.また,途中で粒子が吸収されることがあると,すべての到着先の確率の和は1より小さくなります.「透過した粒子のうち D に着く割合」を問うときは,D の確率を透過する確率で割ります.

結晶による散乱

結晶に波長 λ の中性子を当てます.中性子は原子核1つで1回だけ散乱されるとし,原子核 j で散乱されて検出器 D に着く振幅を ϕeiαj と書きます.αj は,原子核 j を通る道のりで決まる位相です.スピンが反転しない散乱では,どの原子核で散乱しても最終の状態は同じなので

⟨D|s⟩=∑j=1Nϕeiαj

です.間隔 d で並んだ原子の面で,入射角と散乱角がそろう向き(面に対する角 θ)を考えると,隣り合う面の道のりの差は 2dsin⁡θ です.これが波長の整数倍

2dsin⁡θ=nλ

(ブラッグの条件)なら,すべての位相がそろい,振幅は Nϕ,確率は N2|ϕ|2 になります.位相がそろわない方向では,多数の振幅がほとんど打ち消し合います.これが鋭い山の正体です.

間隔dの原子の面に,中性子が面に対する角θで左上から入り,同じ角θで右上へ散乱される.下の面を通る経路の余分な長さは入射側と散乱側でそれぞれd sin θとなり,合計は2d sin θである. 間隔dの原子の面に,中性子が面に対する角θで左上から入り,同じ角θで右上へ散乱される.下の面を通る経路の余分な長さは入射側と散乱側でそれぞれd sin θとなり,合計は2d sin θである.

スピンが反転する散乱はどうでしょう.中性子のスピンの向きが変わると,角運動量の保存から,散乱した原子核のスピンの向きが逆に変わります.すると最終の状態は「原子核 j のスピンだけが変わった結晶」で,j ごとに違います.誰も原子核のスピンを調べなくても,どの原子核で散乱したかが結晶に記録されているのです.反転の振幅を ϕ′ とすると,確率を足して

P′=∑j=1N|ϕ′|2=N|ϕ′|2

で,方向による違いはありません.

スピンが反転しない散乱はブラッグの条件を満たす角で鋭い山をもち,山の高さはN²|φ|²に比例する.スピンが反転する散乱はどの角でも平らで,強さはN|φ′|²に比例する.2つの散乱を別々の曲線で示す模式図である. スピンが反転しない散乱はブラッグの条件を満たす角で鋭い山をもち,山の高さはN²|φ|²に比例する.スピンが反転する散乱はどの角でも平らで,強さはN|φ′|²に比例する.2つの散乱を別々の曲線で示す模式図である.

この計算は,散乱が弱く1回だけ起こる場合(中性子が結晶の中で2回以上散乱される確率が十分小さい場合)の模型です.原子核の熱振動も無視しています.山の高さは N2 に比例しますが,山の幅は 1/N ほどに狭くなるので,全方向について足した散乱の確率は N に比例し,確率の和が1を超えることはありません.

同じ粒子どうしの散乱へ

「最終の状態が同じなら振幅を足す」という規則は,もう1つの場合に効いてきます.2つの同じ粒子が衝突して,検出器 D1 と D2 に1つずつ入ったとき,どちらの粒子が D1 に入ったかは原理的に区別できません.すると,入れ替えた2つの経路の振幅を足すことになります.これが次の題材の主題です.

問いに戻る

スピンが反転しない散乱では,どの原子核で散乱されても結晶は元のままなので,N 個の振幅を足します.ブラッグの条件を満たす方向でだけ位相がそろって確率が N2 倍になり,鋭い山ができます.スピンが反転する散乱では,散乱した原子核のスピンが変わり,結晶の中に「どこで散乱したか」の記録が残ります.記録が残る経路の振幅は足せないので確率を足し,どの方向にも N に比例する平らな散乱になります.記録を読む人がいるかどうかは関係ありません.

ポイント ここまでのまとめ

  • ⟨x|s⟩ は s から出発して x に見つかる振幅で,確率は |⟨x|s⟩|2 である.

  • 続けて起こる過程は振幅を掛け,区別できない経路は振幅を足す.⟨x|s⟩=∑i⟨x|i⟩⟨i|s⟩.

  • 区別できるかどうかは,世界の全部を含めた最終の状態が経路ごとに違うかで決まる.

  • 記録のない結晶散乱はブラッグの条件 2dsin⁡θ=nλ で N2 に比例する山を作り,記録の残るスピン反転の散乱は N に比例して方向によらない.

05複素数の振幅の和と規格化

本体の節では,振幅を掛けたり足したりして確率を出しました.ここでは,その計算に使う複素数の極形式,等間隔に位相のずれた多数の振幅の和,確率の規格化をまとめ,2つのスリット・結晶の散乱・経路の記録を例題で計算します.複素数とオイラーの式は第7章のものを使います.

定理 数学の道具:極形式と位相

複素数は大きさ r≥0 と位相 θ で z=reiθ と書ける.積は大きさを掛けて位相を足し r1eiθ1r2eiθ2=r1r2ei(θ1+θ2) である.共役 z∗=re−iθ を使うと |z|2=zz∗=r2 で,2つの和については

|z1+z2|2=r12+r22+2r1r2cos⁡(θ1−θ2)

が成り立つ.

最後の式は (z1+z2)(z1∗+z2∗) を展開し,z1z2∗+z1∗z2=2r1r2cos⁡(θ1−θ2) を使えば出ます.第3項が干渉の項で,振幅を足したときだけ現れます.確率を足すと r12+r22 だけが残ります.振幅全体に共通の位相 eiχ を掛けても絶対値の2乗は変わらないので,確率に効くのは位相の差だけです.続けて起こる過程の振幅を掛けると位相は足し算になり,区間ごとの位相の進みを足せば経路全体の位相になります.

練習1 z1=1+i,z2=3eiπ/4eiπ/2 とする.z1 を極形式で書き,|z1+z2|2 を求めよ.

答え z1=2eiπ/4.z2=3ei3π/4 で位相の差は π/2 だから,|z1+z2|2=2+3+26cos⁡(π/2)=5.干渉の項が0になる.

等間隔の位相の和

結晶の散乱や回折格子(第27章)では,位相が一定の α ずつずれた N 個の振幅を足します.

定理 数学の道具:等間隔の位相の和

SN=∑j=0N−1eijα=1−eiNα1−eiα=ei(N−1)α/2sin⁡(Nα/2)sin⁡(α/2)
|SN|2=sin2⁡(Nα/2)sin2⁡(α/2)

(α が 2π の整数倍のときは,直接足して SN=N,|SN|2=N2)

1つ目の等号は等比数列の和です.2つ目は,分子から eiNα/2,分母から eiα/2 をくくり出し,e−iβ−eiβ=−2isin⁡β を使います.複素平面では,同じ長さの矢印を α ずつ向きを変えながらつないだ折れ線の,始点から終点までの矢印が SN です.

[図:位相を変えて見る6個の振幅の和]

初期状態はN=6,α=π/6で,青い長さ1の矢印をαずつ反時計回りに継ぎ足す.橙の矢印S_Nは始点から終点への和である.スライダーとボタンでαを変えられ,α=0では一直線で長さN,α=2π/Nでは閉じてS_N=0になる.

この式から3つのことが読み取れます.α=2πm(m は整数)では位相がそろい,|SN|2=N2 の山になります.山のすぐ隣では α=2πm±2π/N で折れ線が1周して閉じ,|SN|2=0 になるので,山の幅は N に反比例します.そして位相 αj がでたらめなら,|∑jeiαj|2=N+∑j≠lcos⁡(αj−αl) の第2項は平均すると0なので,平均は N です.山の外の散乱は,確率を足したのと同じ大きさにしかなりません.

練習2 N=3,α=π/3 のとき |S3|2 を,公式と直接の計算の両方で求めよ.

答え 公式では sin2⁡(π/2)/sin2⁡(π/6)=4.直接には 1+eiπ/3+ei2π/3=1+3i で,|1+3i|2=4.

確率の規格化

中間の状態 i が,粒子が必ずどれか1つになる組で,粒子が途中で失われないなら,確率の和は1です.

∑i|⟨i|s⟩|2=1

例えば ⟨1|s⟩=0.6,⟨2|s⟩=0.8i なら 0.36+0.64=1 です.吸収などで粒子が失われる場合は,見つかる先の確率の和が1より小さくなり,失われる確率がその残りです.ある条件(例えば「透過した」)のもとでの確率は,その条件を満たす確率で割って求めます.

例題

例題 1

オリジナル ★★☆☆☆

静止した電子を電圧 50V で加速し,間隔 d=1.0μm の2つのスリットに当て,距離 L=1.0m のスクリーンで位置 x(2つのスリットの中央の正面を原点とする)ごとに数える.粒子源は2つのスリットから等しい距離にあり,⟨1|s⟩=⟨2|s⟩=a,スリット n から x への振幅は beikrn(rn はスリット n から x までの距離)とする.h=6.6×10−34Js,電子の質量 m=9.1×10−31kg,e=1.6×10−19C とする.

  1. x に着く確率 P(x) を a,b,k,d,x,L で表せ.d と x は L より十分小さいとする.

  2. 電子の波長と,スクリーン上の縞の間隔を求めよ.

粒子源sは2つのスリットから等距離にある.スリットの間隔はd,スクリーンまでの距離はLである.中央の正面を位置0とし,位置xへの経路の長さをr₁,r₂とする.配置は模式図である. 粒子源sは2つのスリットから等距離にある.スリットの間隔はd,スクリーンまでの距離はLである.中央の正面を位置0とし,位置xへの経路の長さをr₁,r₂とする.配置は模式図である.
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考え方 2つの経路の振幅をそれぞれ積で作って足し,絶対値の2乗をとる.経路差は近似で x の1次式にする.

  1. ⟨x|s⟩=ab(eikr1+eikr2) で,極形式の和の公式より

P(x)=2|ab|2[1+cos⁡k(r1−r2)]

スリット1を +d/2 の側に置くと r22−r12=2dx で,r1+r2≈2L とすれば r2−r1≈dx/L.余弦は偶関数なので

P(x)=2|ab|2[1+cos⁡kdxL]
  1. 運動量は p=2meV=2×9.1×10−31×1.6×10−19×50≈3.8×10−24kgms−1,波長は λ=h/p≈1.7×10−10m.明るい縞は kdx/L=2πn すなわち x=nLλ/d だから,間隔は Lλ/d≈1.7×10−4m,約 0.17mm である.

確かめ:x の振れ幅が数 mm までなら x/L は 10−2 以下で,近似 r1+r2≈2L の誤差は無視できる.縞の明るい所の確率は確率を足した場合 2|ab|2 の2倍,暗い所は0で,平均は確率を足した場合と一致する.

例題 2

オリジナル ★★★☆☆

間隔 a で一列に並んだ N 個の原子核に,列に垂直に波長 λ の中性子を当てる.列を含む面の中で,入射の向きから角 θ だけ曲がった向きの検出器で数える.原子核 j(j=0,1,…,N−1)で散乱して検出器に着く振幅は,中性子のスピンが反転しない散乱で ϕeijα,反転する散乱で ϕ′eijα とする.原子核はスピン1/2で,初めはすべて中性子と反対向きのスピンをもち,中性子のスピンが反転すると衝突した原子核のスピンも反転する.反転しない散乱では原子核の状態は変わらないとする.散乱は1回だけ起こり,検出器は遠方にある.

  1. α を a,λ,θ で表し,スピンが反転しない散乱の確率 P(θ) と,反転する散乱の確率 P′(θ) を求めよ.

  2. N=1000,|ϕ′|2=0.40|ϕ|2,λ=0.20nm,a=0.40nm とする.0<θ<π/2 で最初に主極大(すべての振幅の位相がそろう山)が現れる角 θ1 と,そこでの P/P′ を求めよ.また,θ1 から θ を増やして最初に P=0 となる角までの角の幅を求めよ.

間隔aの原子核の列に,下から中性子が垂直に入る.j=1とj=2で散乱され,遠方の検出器へ角θで向かう2本の道を示す.入射側の道のりはそろい,出ていく側の差は橙の区間a sin θである. 間隔aの原子核の列に,下から中性子が垂直に入る.j=1とj=2で散乱され,遠方の検出器へ角θで向かう2本の道を示す.入射側の道のりはそろい,出ていく側の差は橙の区間a sin θである.
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考え方 反転しない散乱は結晶が元のままなので振幅を足し,反転する散乱はどの原子核かが記録されるので確率を足す.

  1. 入射は列に垂直なので入射側の道のりはそろい,出ていく側で隣どうしの道のりが asin⁡θ 違う.よって α=2πasin⁡θ/λ.等間隔の位相の和の公式から

P(θ)=|ϕ|2sin2⁡(Nα/2)sin2⁡(α/2),P′(θ)=∑j=0N−1|ϕ′eijα|2=N|ϕ′|2

P′ は θ によらない.

  1. 山は α=2πm すなわち asin⁡θ=mλ.m=1 で sin⁡θ1=0.50,θ1=30∘.そこで P=N2|ϕ|2 だから

PP′=N|ϕ|2|ϕ′|2=10000.40=2.5×103

最初の0は α が 2π/N ずれた所.Δα=(2πacos⁡θ1/λ)Δθ より

Δθ=λNacos⁡θ1=0.201000×0.40×0.866≈5.8×10−4rad

確かめ:山の高さは N2 に比例し,幅は 1/N に比例するので,山の部分を角で足した量は N に比例する.原子の数を2倍にしても全散乱の確率は2倍にしかならず,確率の規格化と矛盾しない.1回散乱の模型は,N2|ϕ|2 が1より十分小さい範囲で使える.

例題 3

オリジナル ★★★☆☆

2つのスリットの実験で,スリットの後ろに弱い光を当てる.電子が光子を散乱する確率は,どちらのスリットを通っても η(0≤η≤1)である.光子を散乱した場合は,その光子の行き先からどちらのスリットを通ったかが完全に分かる.散乱しなかった場合は何も残らない.光がないときの x への振幅を,スリット1,2の経路について A,Aeiδ(x) とし,光子の散乱は電子の行き先を変えないとする.

  1. x に着く確率 P(x) を求めよ.

  2. 縞の見え方 V=Pmax−PminPmax+Pmin を η で表せ.

2つのスリットのすぐ後ろに光を当てる.図はスリット1を出た電子が光子を散乱した一例で,光子は光源から電子へ進み,散乱後に1側の検出器へ入る.電子の2つの経路は同じスクリーンの点xへ向かう. 2つのスリットのすぐ後ろに光を当てる.図はスリット1を出た電子が光子を散乱した一例で,光子は光源から電子へ進み,散乱後に1側の検出器へ入る.電子の2つの経路は同じスクリーンの点xへ向かう.
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考え方 到着の状態を「光子を散乱しなかった」「スリット1の記録が残った」「スリット2の記録が残った」の3つに分け,それぞれの中では振幅を足し,3つの間では確率を足す.

  1. 散乱しなかった場合の振幅は,各経路の振幅に散乱しない振幅を掛けて足す.散乱しない確率が 1−η なので,その確率は (1−η)|A|2|1+eiδ|2=2(1−η)|A|2(1+cos⁡δ).記録が残った場合は2つの到着の状態が違うので,確率は η|A|2+η|A|2=2η|A|2.足して

P(x)=2|A|2[1+(1−η)cos⁡δ(x)]
  1. Pmax=2|A|2(2−η),Pmin=2|A|2η より V=1−η.

確かめ:η=0 では V=1 で光がない場合の縞,η=1 では V=0 で縞が消え,確率を足した結果になる.どの η でも cos⁡δ の平均をとると 2|A|2 で,記録の有無によって電子の総数は変わらない.

ポイント ここまでのまとめ

  • 振幅の積では大きさが掛かり位相が足される.|z1+z2|2 には干渉の項 2r1r2cos⁡(θ1−θ2) が加わる.

  • 位相が α ずつずれた N 個の振幅の和の2乗は sin2⁡(Nα/2)/sin2⁡(α/2) で,位相がそろうと N2,山の幅は 1/N に比例し,でたらめな位相では平均 N になる.

  • 必ずどれかになる中間の状態の確率の和は1で,失われる粒子があれば残りが失われる確率になる.条件つきの確率は条件の確率で割る.

  • 記録が一部の場合だけ残るときは,到着の状態ごとに振幅を足してから確率を足す.縞の見え方は記録の残らない割合で決まる.

06確率振幅の積と和の演習

連続する過程では振幅を掛け,区別できない経路ではその積を足してください.損失がある場合は,何を条件にした確率かも確かめましょう.

演習 1

オリジナル ★☆☆☆☆

粒子源の状態を |s⟩,中間経路を |1⟩,|2⟩,最終出力を D とする.振幅は ⟨1|s⟩=3/2,⟨2|s⟩=i/2,⟨D|1⟩=1/2,⟨D|2⟩=i3/2 である.

  1. ⟨D|s⟩ と出力 D の確率を求めよ.

  2. 中間経路の完全な記録を残すと,確率はいくらになるか.経路1をたどる確率と,経路1を経て D に達する確率も区別して求めよ.

粒子源sから中間経路1,2を経てDへ至る.sから1は√3/2,sから2はi/2,1からDは1/2,2からDはi√3/2の振幅を持つ. 粒子源sから中間経路1,2を経てDへ至る.sから1は√3/2,sから2はi/2,1からDは1/2,2からDはi√3/2の振幅を持つ.
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考え方
1本の経路の寄与は2区間の振幅の積であり,記録のない場合はその積どうしが干渉する.

  1. ⟨D|s⟩=⟨D|1⟩⟨1|s⟩+⟨D|2⟩⟨2|s⟩=3/4+i23/4=0.したがって PD=0.確率の積を足しても,この打ち消しを表せない.

  2. 記録がある場合は PD=|3/4|2+|−3/4|2=3/8.経路1をたどる確率は 3/4,経路1を経て D に達する確率は (3/4)(1/4)=3/16 である.位相を含む振幅は無次元であり,求めた確率も無次元になる.

演習 2

オリジナル ★★☆☆☆

粒子を等しい振幅 1/2 で2経路に分ける.経路1はそのまま進み,経路2は振幅を geiδ 倍する透過部を通る.0≤g≤1 とし,吸収された粒子は戻らない.再結合部から出力 D,E へ至る振幅は,経路1から順に 1/2,1/2,経路2から順に 1/2,−1/2 である.透過した粒子に経路の記録は残らない.

  1. PD,PE と吸収確率を求め,和を確かめよ.

  2. g=1/2,δ=0 の場合,透過した粒子だけを選んだときの D の確率を求めよ.また,δ を変えた際に PD が完全に0になる g を求めよ.

等しい振幅1/√2で分岐した経路2に透過係数g e^{iδ}の透過部を置く.吸収先,再結合部,出力D,Eを示す. 等しい振幅1/√2で分岐した経路2に透過係数g e^{iδ}の透過部を置く.吸収先,再結合部,出力D,Eを示す.
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考え方
入射粒子あたりの確率を先に求め,透過を条件とする場合だけ透過確率で割る.

  1. ⟨D|s⟩=(1+geiδ)/2,⟨E|s⟩=(1−geiδ)/2 より

PD=1+g2+2gcos⁡δ4,PE=1+g2−2gcos⁡δ4.

透過確率は (1+g2)/2,吸収確率は (1−g2)/2 なので和は1である.

  1. PD=9/16,透過確率は 5/8 より,条件つき確率は (9/16)/(5/8)=9/10.最小値は δ=π で (1−g)2/4 だから,0になるのは g=1 だけである.位相調整だけでは振幅の大きさの不一致を補えない.g=0 では出力は各 1/4,吸収は 1/2 となり,片経路だけの結果と一致する.

演習 3

オリジナル ★★☆☆☆

等間隔の散乱中心 N 個を含む試料を比較する.ある検出方向では,記録を残さない散乱は全中心から同位相となる.各中心で別々の直交する内部記録が残る散乱もある.後者の記録は読み出さない.入射粒子数と検出条件をそろえて,次の計数を得た.

N

記録なし

中心ごとの記録あり

10

240

30

20

960

60

30

2160

90

  1. 各列を AN2,BN のどちらで表せるか決め,係数を求めよ.N=25 の期待計数も求めよ.

  2. 記録なしの列だけを N2 で割って一定になる理由と,記録ありで振幅を足せない理由を述べよ.

等間隔に並ぶN個の散乱中心について,指定方向で同位相となる記録なしの散乱と,中心ごとに異なる内部記録が残る散乱を並べる. 等間隔に並ぶN個の散乱中心について,指定方向で同位相となる記録なしの散乱と,中心ごとに異なる内部記録が残る散乱を並べる.
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考え方
同位相の N 個の振幅は N 倍になるが,区別できる N 個の過程の確率は N 倍になる.

  1. 記録なしは A=240/102=2.4,記録ありは B=30/10=3.0.他の2行にも同じ係数が当てはまる.N=25 では順に 2.4×252=1500,3.0×25=75 である.

  2. 各中心の振幅を ϕ とすれば,記録なしは |Nϕ|2=N2|ϕ|2,記録ありは ∑j=1N|ϕ|2=N|ϕ|2 である.記録を読まなくても最終状態が異なるので干渉しない.N2 則は指定方向の狭い検出領域での弱い散乱の模型であり,全方向の確率を N2 倍する主張ではない.多重散乱を無視するには,全散乱確率が1より十分小さい必要がある.

演習 4

オリジナル ★★★☆☆

一列の散乱中心 N=Mq 個を,隣り合う q 個ずつの M 組に分ける.中心番号は j=0,1,…,N−1,検出領域への各振幅は ϕeijα である.記録には散乱した組だけが残り,組の中の中心は区別できない.

  1. 検出確率を M,q,ϕ,α で表し,α=0 の値も求めよ.

  2. N=12,q=3 とする.全く記録のない場合と比較し,α=0 および α=π/6 での確率を求めよ.

N=Mq個の散乱中心を隣接するq個ずつM組に分ける.組の番号だけを記録し,隣り合う中心の位相差αを示す. N=Mq個の散乱中心を隣接するq個ずつM組に分ける.組の番号だけを記録し,隣り合う中心の位相差αを示す.
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考え方
組の内部では振幅を足し,組どうしは確率を足す.組の先頭までの位相は絶対値の2乗では消える.

  1. 組 r の振幅は ϕeirqα∑k=0q−1eikα.α が 2π の整数倍でないとき,和は (1−eiqα)/(1−eiα) なので

P=M|ϕ|2sin2⁡(qα/2)sin2⁡(α/2).

α=0 では直接足して P=Mq2|ϕ|2=Nq|ϕ|2.

  1. M=4 なので同位相で P=36|ϕ|2,記録なしでは 144|ϕ|2.α=π/6 では組の和が 1+eiπ/6+eiπ/3=eiπ/6(1+3) より,P=4(4+23)|ϕ|2.記録なしでは ei12α=1 で幾何級数の和が0だから P=0.組間の打ち消しが失われる.検出領域への確率として扱うには N2|ϕ|2 が1より十分小さい範囲を選ぶ.

演習 5

オリジナル ★★★☆☆

3経路の振幅は検出領域 D に対して ϕ,ϕeiα,ϕe2iα で,ϕ≠0 とする.経路の記録はない.検出確率を0にした後,第3経路だけを遮断する場合と,その経路の完全な記録を残す場合を比較する.操作は他経路の振幅を変えない.

  1. 0≤α<2π の範囲で初めの検出確率が0となる α をすべて求めよ.

  2. 求めた位相で2つの操作後の検出確率をそれぞれ求め,なぜ同じにならないか説明せよ.入射粒子あたりの確率で比較すること.

3経路が共通の検出領域Dへ至る.位相は順に0,α,2αで,第3経路に遮断板または記録装置を置く. 3経路が共通の検出領域Dへ至る.位相は順に0,α,2αで,第3経路に遮断板または記録装置を置く.
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考え方
遮断は振幅をなくし,記録は他経路との干渉をなくす.

  1. 全振幅は ϕeiα(e−iα+1+eiα)=ϕeiα(1+2cos⁡α).cos⁡α=−1/2 より α=2π/3,4π/3.

  2. 遮断後は Pblock=|ϕ|2|1+eiα|2=|ϕ|2(2+2cos⁡α)=|ϕ|2.記録後は経路1,2の和と経路3の確率を足すので Precord=|ϕ|2+|ϕe2iα|2=2|ϕ|2.記録の場合には第3経路の粒子も検出されるため,遮断の2倍になる.全経路の最大値 9|ϕ|2 が1以下になる振幅なら確率として矛盾しない.

ポイント 教える人へ

  • ブラケットの右側を出発状態,左側を到着状態として読み取らせる.

  • 吸収がある場合,入射粒子あたりと透過粒子あたりの確率を区別させる.

  • 記録が区別する範囲を囲ませ,囲みの内外で足す量を説明させる.

  • 指定方向の散乱強度と,全散乱確率の規格化を混同させない.

07同種粒子とスピンと統計

問い

2つのアルファ粒子(ヘリウムの原子核)を,同じ速さで正面からぶつけます.重心が止まって見える系で,入射の向きから 90∘ の方向に置いた検出器に入る数を数えます.比べるために,質量も電荷も同じで,ただ1つだけ見分けのつく印が付いた粒子どうしで同じ実験をした場合を考えます.区別できない2つのアルファ粒子では,90∘ に来る数がちょうど2倍になります.なぜ2倍なのでしょうか.

考えてみる

重心系では,2つの粒子はいつも反対向きに飛び去ります.一方の粒子が角 θ の向きに散乱されれば,もう一方は π−θ の向きに行きます.粒子1が θ の向きに散乱される振幅を f(θ) と書きましょう.検出器が θ の向きにあるとき,そこに入るのは粒子1か粒子2のどちらかです.粒子1が入る過程の振幅は f(θ),粒子2が入る過程(粒子1は π−θ へ行く)の振幅は f(π−θ) です.

左では粒子1,右では粒子2が角θの検出器Dへ進む.入射する2粒子の矢印は中心へ,出射する2粒子の矢印は互いに反対向きに描く.振幅はそれぞれf(θ),f(π−θ)である.番号は過程を比べるための仮の印である. 左では粒子1,右では粒子2が角θの検出器Dへ進む.入射する2粒子の矢印は中心へ,出射する2粒子の矢印は互いに反対向きに描く.振幅はそれぞれf(θ),f(π−θ)である.番号は過程を比べるための仮の印である.

粒子に印があれば,検出器に入ったのがどちらかは,印を調べれば分かります.調べなくても,分かる情報が残っている限り,2つの過程は別々の結果です.前の題材の規則どおり,区別できる結果は確率を足します.

Pdist=|f(θ)|2+|f(π−θ)|2

θ=90∘ では2つの項が等しく,Pdist=2|f(π/2)|2 です.ところが,同じ種類の粒子には印がありません.検出器に入ったのがどちらの粒子かという問いには,原理的に答えがありません.すると,2つの過程は同じ結果に至る区別できない道すじで,振幅を足すことになります.どう足すのかを決めるのが,この題材の中身です.

入れ替えた過程の振幅

2つの同種粒子が,状態 a と状態 b に1個ずつ行く過程を考えます.「粒子1が a,粒子2が b」の過程と,「粒子1が b,粒子2が a」の過程は,最終的に同じ状態です.入れ替えた過程の振幅は元の振幅と大きさが同じで,位相だけが違うかもしれません.その位相の因子を eiδ としましょう.もう一度入れ替えると元に戻るので e2iδ=1,つまり因子は +1 か −1 の2つしかありません.自然はこの両方を使っています.

法則 同種粒子の振幅の規則

同種粒子の2つの過程が,粒子を入れ替えただけで同じ最終状態に至るとき,直接の過程の振幅を f1,入れ替えた過程の振幅を f2 とすると,その最終状態に至る振幅は

f1+f2(ボース粒子),f1−f2(フェルミ粒子)

であり,その絶対値の2乗が確率である.+ で足す粒子をボース粒子,− で足す粒子をフェルミ粒子という.

「同じ最終状態」とは,場所や運動量だけでなく,スピンの向き,内部のエネルギー状態,到着の時刻まで含めて,すべてが同じという意味です.どれか1つでも違えば,それが印の役をして2つの過程は区別でき,確率を足すことになります.

アルファ粒子はスピン0のボース粒子です.90∘ では f(θ)=f(π−θ) なので

PB=|f(π/2)+f(π/2)|2=4|f(π/2)|2=2Pdist

となり,問いの2倍が出ます.90∘ 以外の角では,2つの振幅の大きさや位相が違うので,倍率は2からずれます.ただし,この計算はアルファ粒子が衝突で励起されない程度にエネルギーが低いと仮定しています.どちらかが励起されれば,それが印になって干渉は消えます.

電子はスピン 1/2 のフェルミ粒子です.2つの電子のスピンが同じ向きなら,90∘ では PF=|f−f|2=0 で,その方向には1個も来ません.スピンが反対向きなら,スピンを見ればどちらの電子かが分かるので(散乱でスピンが変わらないとします),確率は区別できる粒子と同じです.スピンのそろっていない電子のビームでは,2つの場合が半分ずつ起こります.

スピンと統計

どの粒子がボース粒子で,どれがフェルミ粒子かには,例外のない規則があります.

ポイント スピンと統計の関係

スピンが整数(0,1,2,…)の粒子はボース粒子,スピンが半整数(1/2,3/2,…)の粒子はフェルミ粒子である.光子(スピン1),ヘリウム4の原子核や原子はボース粒子,電子・陽子・中性子はフェルミ粒子である.複合粒子では,中のフェルミ粒子が偶数個ならボース粒子,奇数個ならフェルミ粒子として振る舞う.

この関係は,相対論と量子力学を両方満たす理論(場の量子論)から,第13章と同じく時間と空間の対称性を使って証明されます.証明は簡単な言葉に直せないので,この本では結果だけを使います.スピンは次の題材で扱います.

ボース粒子は集まりやすい

ボース粒子の + の規則は,粒子どうしに力が働かなくても,同じ状態に集まる傾向を生みます.2つの粒子が別々の散乱で,ほとんど同じ向きの状態 1 と 2 に1個ずつ行くとします.ここでは粒子を a,b,状態を1,2とよび(上とは逆の付け方です),粒子 a が状態1へ行く振幅を a1 のように書くと,区別できる粒子なら確率は |a1b2|2+|a2b1|2 です.2つの向きを近づけて a1=a2=a,b1=b2=b とすると 2|a|2|b|2 になります.ボース粒子なら |a1b2+a2b1|2→4|a|2|b|2 で,区別できる粒子の2倍です.

2つの状態が完全に一致すると,「a が1,b が2」と「a が2,b が1」は同じ1つの状態になります.このときは両方が同じ状態に入る振幅を 2ab とすれば確率の合計が1になるように数えられ,同じ状態に入る確率はやはり区別できる粒子の |ab|2 の2倍です.

同じ考えで n 個の粒子を数えると,すべてを1つの状態に入れる確率は,区別できる粒子の n! 倍になります.これを1個ずつ積み上げる形に言い直したのが次の規則です.

法則 ボース粒子の n+1 倍の規則

ある状態にすでに同種のボース粒子が n 個いるとき,もう1個の粒子がその状態に入る確率は,誰もいないときの n+1 倍である.逆に,n 個いる状態から1個が出ていく確率は,1個だけいるときの n 倍である.

誘導放出とレーザー

光子はボース粒子です.原子が上の準位から下の準位へ移って光子を出すとき,光子が入る先のある状態(決まった向き,振動数,偏光の光のモード)にすでに n 個の光子がいれば,そこへ放出する確率は n+1 倍になります.光子が1個もいなくても起こる「1」の分が自発放出,光子がいるせいで増えた「n」の分が誘導放出です.吸収のほうは,n 個の光子のうちの1個が原子に取り込まれるので n に比例します.

法則 吸収と放出の割合(アインシュタインの関係)

準位差 hν の上下2つの準位にいる原子の数を Nu,Nl(状態数は等しいとする),振動数 ν のモードの光子数を n とすると,そのモードについて単位時間あたり

吸収の回数=BnNl,放出の回数=B(n+1)Nu

である.比例係数 B は吸収と放出で同じである.

光が原子の集団を通るとき,光子の数は Bn(Nu−Nl) の割合で増えます(自発放出の分は,ほかのモードにも散らばるので別に扱います).ふつうの熱平衡では Nu<Nl なので,光は吸収されて弱まります.上の準位のほうを多くした状態(反転分布)を作れば,光は進むほど同じモードの光子を増やし,そろった強い光になります.これがレーザーです.誘導放出で出た光子は元の光子と同じモードに入るので,向きも振動数も位相もそろっています.

左は光子1個の吸収で原子が下の準位から上へ移る過程,中は入射光子なしで原子が上から下へ移り光子1個を出す過程,右は入射光子と同じモードの光子をもう1個出す誘導放出である.右の2つの出射光子は平行な右向きの矢印で表す.塗った丸は遷移前,白抜きの丸は遷移後の原子を表す. 左は光子1個の吸収で原子が下の準位から上へ移る過程,中は入射光子なしで原子が上から下へ移り光子1個を出す過程,右は入射光子と同じモードの光子をもう1個出す誘導放出である.右の2つの出射光子は平行な右向きの矢印で表す.塗った丸は遷移前,白抜きの丸は遷移後の原子を表す.

黒体放射のスペクトル

第18章では,黒体の放射の全体の強さ(シュテファン・ボルツマンの法則)とピークの波長(ウィーンの変位則)だけを使い,分布の形は使いませんでした.光子がボース粒子であることから,その形を導きます.

温度 T の壁に囲まれた空洞の中の光を考えます.1つのモードに光子が n 個いるとエネルギーは nhν で(零点の分は定数なので除きます),第17章のボルツマン因子により,その確率は e−nhν/(kBT) に比例します.x=hν/(kBT) とおくと,平均の光子数は

n¯=∑n=0∞ne−nx∑n=0∞e−nx=−ddxlog⁡∑n=0∞e−nx=−ddxlog⁡11−e−x=1ex−1

です.壁の原子との吸収と放出のつり合いを上の n+1 の規則で書いても,同じ式が出ます(演習2で確かめます).

定理 ボース分布(光子の平均の数)

温度 T の熱平衡で,振動数 ν の1つのモードにいる光子の平均の数は

n¯=1ehν/(kBT)−1

である.

次に,振動数が ν と ν+dν の間にあるモードの数を数えます.1辺 L の立方体の空洞で,壁で電場が節になる定在波の波数は k=πL(nx,ny,nz)(nx,ny,nz は正の整数)です.波数空間で,1つのモードは体積 (π/L)3 を占めます.大きさが K より小さい波数は,半径 K の球の 1/8 にあり,偏光が2通りあるので,その数は

2×18×4πK33×(Lπ)3=VK33π2(V=L3)

です.K=2πν/c を代入して ν で微分すると,モードの数は 8πVν2c3dν になります.この数え方は,空洞が波長に比べて十分大きく,k の格子点を連続とみなせるときに成り立ちます.モードの数に1モードの平均のエネルギー hνn¯ を掛けて体積で割ると,プランクの式が出ます.

法則 プランクの放射の式

温度 T の空洞の中で,振動数 ν と ν+dν の間にある放射のエネルギー密度は

u(ν)dν=8πhν3c31ehν/(kBT)−1dν

である.

振動数が低く hν が kBT より十分小さいときは ex−1≈x で,1モードのエネルギーは hνn¯≈kBT になります.これは第17章の等分配則そのものです.古典物理はすべての振動数にこの kBT を与えたので,モードの数 ν2 とともにエネルギーが際限なく増え,空洞の全エネルギーが無限大になってしまいました.ボース分布では,hν が kBT を超えるモードが e−hν/(kBT) で抑えられます.

全体のエネルギー密度は,x=hν/(kBT) で書き直して

u=∫0∞u(ν)dν=8π(kBT)4(hc)3∫0∞x3ex−1dx=8π5(kBT)415(hc)3

です.積分の値 π4/15 は数学の結果を借ります.黒体の面から単位面積・単位時間に出るエネルギーは cu/4 なので

σSB=2π5kB415h3c2=5.67×10−8Wm−2K−4

となり,第18章で測定値として使った定数が,h,c,kB から計算できました.ピークの位置は例題で求めます.

[図:温度で変わる黒体放射と等分配則の曲線]

初期温度はT = 4000 Kである.横軸は振動数ν,縦軸は振動数の幅あたりのエネルギー密度u(ν)であり,青の実線がプランクの式,橙の破線が等分配則の式である.下の小図は低い振動数を同じ縦軸の単位で拡大したものである.温度を上げると山が高く右へ動く.低い振動数では2つの曲線がほぼ一致し,高い振動数では等分配則の曲線が枠の外へ増え続ける.

フェルミ粒子とパウリの排他律

フェルミ粒子の − の規則は,逆の性質を生みます.2つのフェルミ粒子が同じ状態 a に入る過程では,直接の振幅と入れ替えた振幅がまったく同じなので,差は0です.

法則 パウリの排他律

2つの同種のフェルミ粒子は,スピンも含めて同じ状態に入ることができない.

原子の中の電子では,空間の広がり方(軌道)が同じでも,スピンが上向きと下向きなら別の状態なので,1つの軌道には電子が2個まで入れます.電子は低い軌道から2個ずつ詰まり,内側が埋まると外側の軌道を使うしかありません.化学的な性質は一番外側の電子で決まるので,周期表で性質が周期的にくり返します(詰まり方は章の最後の節で数えます).

物質が押しても縮みにくいのも排他律のおかげです.原子どうしを押しつけても電子は同じ状態に入れず,運動量の大きい状態へ追いやられて(第1題材の不確定性原理),エネルギーが大きく上がります.もし電子がボース粒子なら,すべての電子が一番低い軌道に集まり,原子はずっと小さく,化学も今とまったく違ったはずです.

問いに戻る

2つのアルファ粒子は区別できないので,検出器に入ったのがどちらかという問いに答えはなく,粒子1が 90∘ へ行く過程と粒子2が行く過程の振幅を足します.アルファ粒子はボース粒子で,90∘ では2つの振幅が等しいので確率は |2f|2=4|f|2 となり,確率を足す印の付いた粒子の 2|f|2 のちょうど2倍です.スピンのそろった電子なら,同じ方向には1個も来ません.

ポイント ここまでのまとめ

  • 同種粒子を入れ替えただけの過程は区別できず,振幅を組み合わせる.ボース粒子は +,フェルミ粒子は − で組み合わせる.スピンなど何か1つでも違えば,確率を足す.

  • 整数スピンの粒子はボース粒子,半整数スピンの粒子はフェルミ粒子である(スピンと統計の関係).

  • ボース粒子は,n 個いる状態に入る確率が n+1 倍になる.光子では,これが誘導放出とレーザーを生む.

  • 光子の平均の数 n¯=1/(ehν/(kBT)−1) とモードの数 8πVν2dν/c3 から,プランクの式とシュテファン・ボルツマン定数が出る.

  • フェルミ粒子は同じ状態に2個入れない(パウリの排他律).これが周期表と物質の硬さを決める.

  • 同種アルファ粒子の 90∘ 散乱は,振幅を足すので,区別できる粒子のちょうど2倍になる.

08同種粒子と光子の統計の例題

本体の節の規則を,散乱の数え方,誘導放出の大きさ,黒体放射のピークに使います.どの過程が区別できないか,どの量を何について数えているかを,毎回はっきりさせてください.

例題

例題 1

オリジナル ★★★☆☆

同じ速さで正面衝突させた2粒子を,重心系で入射の向きから角 θ の方向に置いた検出器で数える.粒子1が θ へ散乱される振幅を f(θ) とし,クーロン力による散乱の模型として f(θ)=c0sin2⁡(θ/2)(c0 は定数)とする.2つの振幅の位相の差は無視し,散乱でスピンや内部状態は変わらないとする.

  1. θ=90∘ で,印の付いた区別できる粒子,アルファ粒子(スピン0),スピンのそろっていない電子のビームどうしについて,検出確率の比を求めよ.電子の両ビームは無偏極で,2粒子のスピンに相関はないとする.

  2. θ=60∘ で同じ3つの場合の確率を |c0|2 の何倍かで求め,区別できる粒子に対する比を求めよ.

左右から粒子1と粒子2が同じ速さで入射する.検出器Dは粒子1の入射方向から角θにある.実線は粒子1がDへ,粒子2が反対側へ行く過程,破線はその入れ替えである.π−θは反対側へ出る粒子1の入射方向から測る散乱角である.線は見分けやすくずらした模式的な道すじである. 左右から粒子1と粒子2が同じ速さで入射する.検出器Dは粒子1の入射方向から角θにある.実線は粒子1がDへ,粒子2が反対側へ行く過程,破線はその入れ替えである.π−θは反対側へ出る粒子1の入射方向から測る散乱角である.線は見分けやすくずらした模式的な道すじである.
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考え方
検出器に入る粒子が粒子1の過程と粒子2の過程の2つがある.区別できれば確率を足し,区別できなければ振幅を足すか引く.スピンのそろっていない電子では,スピンが同じ場合と反対の場合に分けて確率を平均する.

2つの電子のスピンは,上上,上下,下上,下下が等しく起こるので,同じ向きの確率が 1/2,反対向きの確率が 1/2 である.反対向きなら,スピンを見ればどちらの電子かが分かるので,区別できる粒子と同じ確率になる.したがって

Pe=12|f(θ)−f(π−θ)|2+12(|f(θ)|2+|f(π−θ)|2)

である.

  1. θ=90∘ では f(θ)=f(π−θ)=c0/sin2⁡45∘=2c0.区別できる粒子は Pdist=2×4|c0|2=8|c0|2,アルファ粒子は PB=|4c0|2=16|c0|2,電子は Pe=12×0+12×8|c0|2=4|c0|2.比は

Pdist:PB:Pe=2:4:1

である.

  1. θ=60∘ では f(60∘)=c0/sin2⁡30∘=4c0,f(120∘)=c0/sin2⁡60∘=43c0.

Pdist=(16+169)|c0|2=1609|c0|2≈17.8|c0|2
PB=(4+43)2|c0|2=2569|c0|2≈28.4|c0|2

同じ向きのスピンの電子は (4−43)2|c0|2=649|c0|2 なので

Pe=12×649|c0|2+12×1609|c0|2=1129|c0|2≈12.4|c0|2

区別できる粒子に対する比は,アルファ粒子が 256/160=1.6,電子が 112/160=0.70 である.

確かめ:アルファ粒子の確率から区別できる粒子の確率を引いた干渉の項は 2Re⁡[f(θ)f(π−θ)∗] で,電子では同じ項の半分を引いている.90∘ で倍率がちょうど2と 1/2 になるのは,2つの振幅が等しい角だからである.位相の差を無視したのは模型の仮定で,実際のクーロン散乱では2つの振幅の位相が角と速さによって違い,(2) の数値はずれる.90∘ の結果は,f(θ) と f(π−θ) が同じものになるので位相によらない.また,原子核が近づいて核力が効くほどエネルギーが高い場合は,クーロン力だけの模型が使えない.

例題 2

オリジナル ★★☆☆☆

1つの光のモードについて,誘導放出の回数と自発放出の回数の比はモードの光子数 n に等しい.h=6.63×10−34Js,kB=1.38×10−23JK−1,c=3.00×108ms−1 とする.

  1. 温度 300K の熱放射の中で,波長 633nm の可視光のモードと,振動数 24GHz のマイクロ波(アンモニア分子の遷移)のモードの平均光子数を求め,誘導放出と自発放出のどちらが主になるかを答えよ.

  2. 温度 300K の熱平衡にある原子の集団(準位差は波長 633nm に対応)に,光子数 n=1.0×106 のモードの光を通す.上下の準位の縮退度は等しいとする.この光は強められるか.強めるには Nu/Nl をどうすればよいか.

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考え方
平均光子数はボース分布 n¯=1/(ex−1),x=hν/(kBT) で求める.光子数の増減は,放出 B(n+1)Nu と吸収 BnNl の差で決まる.

  1. kBT=1.38×10−23×300=4.14×10−21J.可視光では

x=hcλkBT=6.63×10−34×3.00×108633×10−9×4.14×10−21=75.9

なので n¯≈e−75.9≈10−33 である.自発放出が圧倒的に主で,熱放射による誘導放出は無視できる.マイクロ波では

x=6.63×10−34×2.4×10104.14×10−21=3.8×10−3

で,ex−1≈x より n¯≈1/x≈2.6×102 である.室温でも1つのモードに数百個の光子がいて,誘導放出が主になる.

  1. そのモードへの光子の正味の増加は単位時間に

B(n+1)Nu−BnNl=BNl((n+1)NuNl−n)

である.熱平衡では Nu/Nl=e−75.9 で,括弧の中はほぼ −n なので,光は吸収されて弱まる.強めるには (n+1)Nu>nNl,つまり Nu/Nl>n/(n+1) が必要である.n=1.0×106 では n/(n+1)≈0.999999 で,1よりわずかに小さい.上の準位の数を下の準位の数より多くする(反転分布)と,この条件を確実に満たす.

確かめ:n=n¯ と Nu/Nl=e−x を入れると,(n¯+1)e−x=n¯ となって正味が0になり,熱平衡の光が増えも減りもしないことと合う.可視光のレーザーで反転分布をわざわざ作る必要があるのは,x が大きく熱平衡の上の準位がほとんど空だからである.

例題 3

オリジナル ★★★☆☆

プランクの式 u(ν)dν=8πhν3c3dνehν/(kBT)−1 を使う.

  1. 波長が λ と λ+dλ の間にある放射のエネルギー密度 uλ(λ)dλ を求めよ.

  2. uλ が最大になる波長 λmax について,λmaxT を求めよ.x=hc/(λkBT) の方程式は,くり返し代入で数値的に解いてよい.h=6.626×10−34Js,kB=1.381×10−23JK−1,c=2.998×108ms−1 とする.

  3. u(ν) が最大になる振動数 νmax を求め,T=5800K で c/νmax と λmax を比べよ.

同じ温度の黒体放射について,上は波長の幅あたりのエネルギー密度u_λ(λ),下は振動数の幅あたりのu(ν).山の位置にλ_maxとν_maxを付け,上のグラフにはc/ν_maxも示す.c/ν_maxはλ_maxより長い側にあり,一致しない.数値は入れてない.縦軸の尺度は上下で異なる. 同じ温度の黒体放射について,上は波長の幅あたりのエネルギー密度u_λ(λ),下は振動数の幅あたりのu(ν).山の位置にλ_maxとν_maxを付け,上のグラフにはc/ν_maxも示す.c/ν_maxはλ_maxより長い側にあり,一致しない.数値は入れてない.縦軸の尺度は上下で異なる.
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考え方
同じ波長の幅に入るエネルギーを数えるので,uλdλ=u(ν)|dν| とする.最大の条件は,無次元の変数 x で書くと温度によらない方程式になる.

  1. ν=c/λ より |dν|=cλ2dλ.したがって

uλ(λ)=8πhc3c3λ3cλ21ehc/(λkBT)−1=8πhcλ51ehc/(λkBT)−1

である.

  1. x=hc/(λkBT) とすると,uλ は定数倍を除いて g(x)=x5ex−1 である.λ と x は1対1なので,g が最大になる x を探せばよい.

dgdx=5x4(ex−1)−x5ex(ex−1)2=0よりx=5(1−e−x)

x=5 から始めて右辺に代入すると,4.966,4.965,4.965 と収まり x=4.965.よって

λmaxT=hc4.965kB=6.626×10−34×2.998×1084.965×1.381×10−23=2.90×10−3mK

これは第18章のウィーンの変位則の定数である.

  1. u(ν) は定数倍を除いて x3ex−1(x=hν/(kBT))で,同じ計算で x=3(1−e−x).x=3 から始めて 2.851,2.827,2.822,2.822,2.821 と収まる.νmax=2.821kBT/h なので,T=5800K では

cνmax=hc2.821kBT=1.986×10−252.821×1.381×10−23×5800=8.8×10−7m

一方 λmax=2.90×10−3/5800=5.0×10−7m である.

確かめ:2つの山の位置が違うのは誤りではない.uλ は「波長の幅あたり」,u(ν) は「振動数の幅あたり」の量で,短い波長ほど同じ dλ に多くの振動数が入るから,波長で数えると山が短い側へ寄る.どちらの変数で数えても,全体のエネルギー密度は同じ T4 に比例する値になる.

ポイント ここまでのまとめ

  • 同種粒子の散乱では,検出器に入る粒子を入れ替えた過程の振幅を組み合わせる.スピンのそろっていない電子は,スピンが同じ場合と反対の場合の確率を平均する.

  • 90∘ では,区別できる粒子,スピン0のボース粒子,スピンのそろっていない電子の確率の比が 2:4:1 になる.

  • 誘導放出と自発放出の比はモードの光子数で,室温では可視光でほぼ0,マイクロ波で数百である.光を強めるには反転分布が要る.

  • プランクの式から,波長で数えたピークの条件 x=5(1−e−x) と λmaxT=2.90×10−3mK が出る.振動数で数えたピークとは位置が違う.

09同種粒子の散乱と状態の占有の演習

交換した過程が同じ検出結果になるかを確かめてください.交換の符号と状態の占有を,散乱,光子の数,電子を詰める順序へ結びつけましょう.

演習 1

オリジナル ★☆☆☆☆

2粒子を散乱させ,検出器 D,E に1個ずつ届く事象を調べる.交換前の振幅を a=1/10,交換した過程の振幅を b=1/20 とする.内部状態はそろえてあり,散乱で変わらない.

  1. 区別できる粒子,同種ボース粒子,同種フェルミ粒子の検出確率と,その比を求めよ.

  2. 経路を区別する標識を付けると,交換による干渉は残るか.

2本の入射経路から検出器D,Eへ至る2組の経路を示す.実線の組の振幅a=1/10と破線の組の振幅b=1/20は,それぞれ2粒子の過程全体の振幅である. 2本の入射経路から検出器D,Eへ至る2組の経路を示す.実線の組の振幅a=1/10と破線の組の振幅b=1/20は,それぞれ2粒子の過程全体の振幅である.
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考え方
区別できる場合は確率を足し,同種粒子では交換の符号を含めて振幅を足す.

  1. 区別できる場合は Pdist=|a|2+|b|2=5/400.ボース粒子は PB=|a+b|2=9/400,フェルミ粒子は PF=|a−b|2=1/400.したがって比は順に 5:9:1 である.

  2. 標識から検出器への対応が分かれば最終状態が異なり,確率は 5/400 となる.標識を読み取らなくても,その情報が残る限り干渉しない.検出器を指定した事象なので,確率に余分な係数2を付けない.

演習 2

オリジナル ★★☆☆☆

温度 T の空洞にある振動数 ν の各光子モードの平均占有数を n¯ とする.準位差 hν の原子について,下準位と上準位の個数を Nl,Nu とし,吸収率は Bn¯Nl,放出率は B(n¯+1)Nu と与える.状態数は等しく,熱平衡では Nu/Nl=e−hν/(kBT) である.

  1. 吸収と放出のつり合いから n¯ を求めよ.

  2. 体積 V の空洞で,中心振動数 ν0,幅 Δν の狭い帯域のモード数は G=8πVν02Δν/c3 である.hν0=kBT,G=2.0×108 の場合の平均光子数を求め,帯域を狭いとする条件を述べよ.

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考え方
放出の n¯+1 の1を残して平衡を解く.光子数はモード数と占有数の積になる.

  1. n¯Nl=(n¯+1)Nu より,n¯/(n¯+1)=e−hν/(kBT).整理して n¯=1/(ehν/(kBT)−1) である.

  2. 帯域内でモード密度と占有数を一定と近似すると,N¯=G/(e−1)=1.16×108≈1.2×108.Δν/ν0 と hΔν/(kBT) が十分小さいことが必要である.G と N¯ は無次元であり,低温の極限では占有数が0へ近づく.

演習 3

オリジナル ★★☆☆☆

状態数の等しい上下2準位を持つ N 個の原子を用いる.下準位の原子1個あたりの励起率を w,上準位から下準位への自発的な緩和率を γ とし,レーザー光が弱い段階では wNl=γNu,Nl+Nu=N が成り立つ.モードの光子数 n に比例する正味の誘導放出率は Bn(Nu−Nl),光子の損失率は κn とする.

  1. 反転分布 Nu>Nl の条件と,微小な光が増幅される条件を区別して求めよ.

  2. κ/(BN)=0.20,γ=4.0×107s−1 のとき,増幅に必要な w を求めよ.自発放出が存在するだけで増幅するといえるか.

上下2準位の励起率w,緩和率γと,上準位・下準位の原子数Nᵤ,Nₗを示す.共振器内のモード光子数はn,光子損失率はκnである. 上下2準位の励起率w,緩和率γと,上準位・下準位の原子数Nᵤ,Nₗを示す.共振器内のモード光子数はn,光子損失率はκnである.
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考え方
原子の占有数を先に決め,光子数に比例する生成と損失の係数を比較する.

  1. Nu=Nw/(w+γ),Nl=Nγ/(w+γ) より,反転分布は w>γ.増幅には BN(w−γ)/(w+γ)>κ が必要である.η=κ/(BN) とおくと,η<1 で w>γ(1+η)/(1−η).η≥1 では有限の励起率でこの条件を満たせない.

  2. w>4.0×107×1.20/0.80=6.0×107s−1.自発放出は光の種を供給するが,増幅係数を正にするとは限らない.損失を0にすると条件は反転分布だけになり整合する.占有数を固定する近似は,誘導遷移率 Bn が w+γ より十分小さい段階に限る.

演習 4

オリジナル ★★★☆☆

入力 A,B から各1粒子を同時に送り,出力 D,E へ混合する装置を考える.1粒子の振幅は ⟨D|A⟩=⟨E|B⟩=τ,⟨E|A⟩=⟨D|B⟩=i1−τ,0≤τ≤1 である.相互作用と損失はなく,内部状態と到着時刻はそろっている.同種ボース粒子2個が同じ出力に入る振幅は,対応する1粒子振幅の積の 2 倍とする.

  1. 区別できる粒子,ボース粒子,フェルミ粒子の,両出力に1個ずつ届く確率を求めよ.

  2. ボース粒子の両方が D に入る確率と,両方が E に入る確率を求め,規格化を確かめよ.τ=0.60 での同時検出確率も比較せよ.

入力A,Bから出力D,Eへの1粒子の接続を示す.A→DとB→Eは√τ,A→EとB→Dはi√(1−τ)である. 入力A,Bから出力D,Eへの1粒子の接続を示す.A→DとB→Eは√τ,A→EとB→Dはi√(1−τ)である.
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考え方
直接過程と交換過程を数え,同じ出力への増強と排他律も確認する.

  1. 直接過程は τ,交換過程は i2(1−τ)=−(1−τ).区別できる場合は Pdist=τ2+(1−τ)2.ボース粒子は PB=|τ−(1−τ)|2=(2τ−1)2,フェルミ粒子は PF=|τ+(1−τ)|2=1.

  2. 両方が D に入る振幅は i2τ(1−τ),確率は 2τ(1−τ).E も同じなので,全確率は (2τ−1)2+4τ(1−τ)=1.フェルミ粒子は同じ完全な状態には入れず,両方が同じ出力に入る確率は0である.τ=0.60 で1個ずつ届く確率は順に 0.52,0.040,1.ボース粒子の同時検出が0になるのは τ=1/2 であり,位相と到着状態がそろうという前提も必要である.

演習 5

オリジナル ★★★☆☆

電子を1個ずつ閉じ込める装置には,軌道準位 Ej=E0+jΔ,j=0,1,…,Δ>0 がある.各軌道にはスピンの異なる2状態があり,それぞれ1電子だけ入る.電子数 N の基底状態の全エネルギーを,占有準位の和と KN(N−1)/2 の和で表す模型を採用する.K>0 は電子対あたりの反発エネルギーで,空の装置では U(0)=0 とする.追加エネルギー μN=U(N)−U(N−1) を測定した.

N

1

2

3

4

5

6

μN(eV)

0.40

0.60

1.40

1.60

2.40

2.60

  1. E0,Δ,K を求め,残る値でも確かめよ.

  2. μ7,U(7) を求めよ.軌道準位1つに2電子を入れることが,排他律と矛盾しない理由も述べよ.

等間隔の軌道準位Eⱼ=E₀+jΔを空のまま示す.各軌道にスピンの異なる2状態の空枠を置く.Δの数値と電子の占有は示さない. 等間隔の軌道準位Eⱼ=E₀+jΔを空のまま示す.各軌道にスピンの異なる2状態の空枠を置く.Δの数値と電子の占有は示さない.
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考え方
低い軌道から2個ずつ詰める.電子を1個加えると,新たにできる電子対は N−1 組である.

  1. 整数 q≥1 について,μ2q−1=E0+(q−1)Δ+(2q−2)K,μ2q=E0+(q−1)Δ+(2q−1)K.最初の値から E0=0.40eV,K=μ2−μ1=0.20eV.軌道が変わる差 μ3−μ2=Δ+K より Δ=0.60eV.q=2,3 を代入すると残る 1.60,2.40,2.60eV にも一致する.

  2. 第7電子は j=3 に入るので μ7=E0+3Δ+6K=3.40eV.全エネルギーは U(7)=2E0+2(E0+Δ)+2(E0+2Δ)+(E0+3Δ)+21K=12.40eV.異なるスピンは別の完全な状態なので排他律に反しない.追加エネルギーを7個目まで足しても同じ値になる.

ポイント 教える人へ

  • 粒子を交換しても同じ事象か,内部状態まで含めて問いかける.

  • 軌道が同じことと,スピンも含めた完全な状態が同じことを区別させる.

  • 自発放出,誘導放出,損失をそれぞれ式の項に対応させる.

  • 追加エネルギーの差の交互性から,排他律と反発の寄与を説明させる.

10スピンと回転

問い

銀の原子を炉で蒸発させて細いビームにし,上下で強さの違う磁場(不均一な磁場)の中を通して,向こうのガラス板に当てます.銀の原子は小さな磁石なので,磁石の向きに応じて上や下へ曲げられるはずです.炉から出てくる原子の磁石の向きはばらばらなので,ガラス板には上下に伸びた1本の帯ができると予想できます.ところが実際には,ビームはちょうど2本に分かれ,その間には何も届きません.小さな磁石の向きはばらばらのはずなのに,なぜ2本なのでしょうか.

考えてみる

磁気モーメント m を持つ小さな磁石を,z 方向に強さが変わる磁場に置くと,z 方向に力 Fz=mz∂Bz∂z を受けます(第22章).力は磁気モーメントの z 成分 mz=mcos⁡α に比例するので,向き α がばらばらなら,曲がる量も −m から m まで連続にばらつき,帯になるはずです.2本に分かれたということは,どの原子についても mz が +m か −m の2つの値しかとらないということです.

ここで困るのは,z 方向が実験する人の選んだ方向にすぎないことです.磁石を傾けて x 方向に分ける装置にしても,やはり2本に分かれます.すべての原子の磁石が,z 方向にも x 方向にも「ちょうど上か下」を向いていることはできません.「原子の磁石が前からどちらかを向いていて,装置がそれを読む」という古典的な描像を捨て,前の題材までの確率振幅の言葉で考え直す必要があります.

シュテルン・ゲルラッハの装置とフィルター

銀の原子の磁気モーメントは,1個の電子のスピン(固有の角運動量)から来ています.電子・陽子・中性子もスピンを持ち,どれも1つの方向で測るとちょうど2つの値のどちらかになります.このような粒子をスピン1/2の粒子といいます(角運動量の成分が ±ℏ/2 になるため).

不均一な磁場で z 方向に2本に分ける装置を S と呼び,上へ曲がった原子の状態を |+⟩,下へ曲がった原子の状態を |−⟩ と書きます.出口の一方をふさげば,S は片方の状態だけを通すフィルターになります.

左から来た銀原子のビームが,とがった上の磁極と溝のある下の磁極の間を通る.装置 S はビームを上下に分け,右のガラス板に |+⟩ と |−⟩ の2か所の跡を作る.点線の縦長の枠は古典的に予想される連続した帯.磁極の形と軌道は模式的に示す. 左から来た銀原子のビームが,とがった上の磁極と溝のある下の磁極の間を通る.装置 S はビームを上下に分け,右のガラス板に |+⟩ と |−⟩ の2か所の跡を作る.点線の縦長の枠は古典的に予想される連続した帯.磁極の形と軌道は模式的に示す.

|+⟩ だけを通したビームを,同じ向きの2台目の S に入れると,すべて + の出口に出ます.− の出口には1個も来ません.1台目の結果は「たまたま」ではなく,2台目で同じ測定をすればまた同じ結果になります.では,2台目を y 軸のまわりに角 θ だけ傾けた装置 T にしたらどうなるでしょうか.実験では,T の + の出口に出る割合は cos2⁡(θ/2),− の出口に出る割合は sin2⁡(θ/2) です.θ=90∘ なら半分ずつで,θ=180∘ なら全部が − です.

ここで,3台目として S をもう一度置くと,T の + の出口から来た原子は,z 方向で + にも − にも出ます.T を通したことで,1台目で + と決めたことが「忘れられた」のです.状態は装置を通るたびに選び直されます.

定義 基底の状態

ある装置で分けられる状態の組 |i⟩(スピン1/2の S なら |+⟩,|−⟩)を,その装置の基底という.基底は次の性質を持つ.

  1. 互いに重ならない:⟨j|i⟩=0(i≠j),⟨i|i⟩=1.

  2. 漏れがない:どんな状態 |ψ⟩ も,どれかの出口に必ず出る.∑i|⟨i|ψ⟩|2=1.

  3. どんな振幅も基底を経由して書ける:⟨χ|ψ⟩=∑i⟨χ|i⟩⟨i|ψ⟩.

3つ目は,前の題材の「区別できない経路の振幅を足し,続けてたどる経路の振幅を掛ける」規則そのものです.基底の装置を,出口の一方もふさがず,経路の記録も残さずに通すことは,何もしないのと同じだからです.実際に,S の2本のビームを逆向きの磁場でもう一度合わせる装置(修正した S)を作れば,入れる前と同じ状態が出てきます.逆向きの振幅は複素共役 ⟨ψ|i⟩=⟨i|ψ⟩∗ です.

傾けた装置への振幅

性質3から,どんな状態も S の基底の2つの振幅 ⟨+|ψ⟩,⟨−|ψ⟩ で決まります.T の基底を |+θ⟩,|−θ⟩ と書くと,T で測る振幅は

⟨+θ|ψ⟩=⟨+θ|+⟩⟨+|ψ⟩+⟨+θ|−⟩⟨−|ψ⟩

のように,4つの振幅 ⟨±θ|±⟩ が分かれば計算できます.これらを決めるのに,回転についての2つのことを使います.

1つ目は,確率の和が1であること(性質2)です.2つ目は,回転の重ね合わせです.y 軸のまわりに θ1 傾けた装置からさらに θ2 傾けた装置は,最初から θ1+θ2 傾けた装置と同じものです.空間はどの向きも同等なので(第13章の等方性),振幅の変換も,傾けた角度だけで決まり,角を足すと変換を続けて行うことになるはずです.

状態の振幅の組に掛ける変換を,θ の関数として,各振幅の位相を適当に選んで実数にとります.確率の和を保ち,θ=0 で何もせず,角の足し算が変換を続けることになる実数の変換は,ある定数 k を使って

⟨+|+θ⟩=cos⁡kθ,⟨−|+θ⟩=sin⁡kθ,⟨+|−θ⟩=−sin⁡kθ,⟨−|−θ⟩=cos⁡kθ

の形に限られます(平面の回転の行列と同じ形.数学の節で確かめます).|+⟩ から T の + に出る確率は cos2⁡kθ で,実験の cos2⁡(θ/2) と比べると k=1/2 です.

法則 スピン1/2の回転

y 軸のまわりに角 θ 傾けた装置の基底は,S の基底で

|+θ⟩=cos⁡θ2|+⟩+sin⁡θ2|−⟩,|−θ⟩=−sin⁡θ2|+⟩+cos⁡θ2|−⟩

と書ける.⟨+θ|+⟩=cos⁡(θ/2),⟨−θ|+⟩=−sin⁡(θ/2),⟨+θ|−⟩=sin⁡(θ/2),⟨−θ|−⟩=cos⁡(θ/2) である.

なぜ cos2⁡(θ/2) なのかは,古典的な極限との対応から納得できます.多数の原子で測った mz の平均は,+m の確率から −m の確率を引いて m[cos2⁡(θ/2)−sin2⁡(θ/2)]=mcos⁡θ です.これは,z 方向を向いた古典的な磁石を角 θ 傾いた方向で測った値 mcos⁡θ と同じで,平均は古典的な結果に一致するのです.

360°回すと符号が変わる

上の式で θ=2π とおくと,|+2π⟩=−|+⟩,|−2π⟩=−|−⟩ です.装置を1回転させると元の装置に戻るのに,状態は −1 倍になります.元の cos⁡(θ/2) が 4π で1周するためで,4π 回して初めて完全に元に戻ります.

全体に掛かる −1 は,どの確率にも効きません.どの装置で測っても,振幅は全部 −1 倍になり,絶対値の2乗は同じだからです.|ψ⟩ と eiα|ψ⟩(α は実数)は,どんな測定でも区別できない同じ状態です.全体の位相には意味がありません.

意味があるのは相対位相です.1本のビームを2つの経路に分け,片方の経路のスピンだけを1回転させてから合わせると,回した経路の振幅だけが −1 倍になり,干渉の明暗が入れ替わります.1975年ごろ,中性子の干渉計の片方の経路に磁場をかけてスピンを回す実験で,この符号の変化が確かめられました.

[図:片方のスピンの回転と干渉計の出口]

初期状態は θ = 0 で,2つの経路の位相がそろい,出口 A の計数が100 %,B が0 %.スライダーで片方の経路のスピンだけを y 軸のまわりに0から4πまで回せる.2πではスピンの矢印が元の向きに戻る一方で振幅が −1 倍となり,出口の明暗が入れ替わる.4πでは振幅と計数が元に戻る.2つの経路を等分し,回転以外の位相差を0とした模式図.出口ではスピンを区別せず数える.

z 軸のまわりの回転と横向きの状態

装置を z 軸のまわりに角 ϕ(ここでは振幅ではなく角)回しても,S は S のままです.z 方向の基底は変わらず,振幅に位相が付くだけです.角の足し算と,2π 回すと y 軸のまわりと同じく −1 倍になること(回転軸を少しずつ傾けても 2π の回転の結果は連続にしか変われず,±1 のどちらかなので同じ値になる)から,状態を z 軸のまわりに ϕ 回す変換は

|+⟩→e−iϕ/2|+⟩,|−⟩→eiϕ/2|−⟩

です.2つの位相の差 ϕ が,横向きのスピンの向きを決めます.

θ=π/2 の装置の + は x 方向を向いたスピンで,|+x⟩=(|+⟩+|−⟩)/2 です.これを z 軸のまわりに π/2 回すと,全体の位相を除いて

|+y⟩=12(|+⟩+i|−⟩)

になり,これが y 方向を向いたスピンです.|+x⟩ と |+y⟩ は,z 方向の確率がどちらも半分ずつで,違うのは相対位相だけです.相対位相を実数に限ると横向きの状態が表せないので,振幅は複素数でなければなりません.

混合と重ね合わせ

炉から出たばかりの原子のビームは,どの向きの装置で測っても半分ずつに分かれます.これを無偏極といいます.無偏極のビームは,|+⟩ と |−⟩ の重ね合わせではありません.(|+⟩+|−⟩)/2 は |+x⟩ なので,x 方向の装置で全部が + に出てしまいます.

無偏極のビームは,|+⟩ の原子と |−⟩ の原子を,確率で半分ずつ混ぜたもの(混合)と考えます.混合では,成分ごとに確率を計算してから,混ぜた割合で重みを付けて足します.振幅を足すのは1個の原子の状態の中だけで,別々の原子の振幅は足しません.どの向きの成分で混ぜても,半分ずつの混合は同じ測定結果を与えます.

スピン1の場合(結果だけ)

窒素の原子核のように,1つの方向で測ると3本に分かれる粒子もあります.これをスピン1といい,基底は |+⟩,|0⟩,|−⟩ の3つです.同じ考え方で,y 軸のまわりに θ 傾けた装置への振幅 ⟨jθ|i⟩ は次の表になります.

|+⟩

|0⟩

|−⟩

⟨+θ|

(1+cos⁡θ)/2

sin⁡θ/2

(1−cos⁡θ)/2

⟨0θ|

−sin⁡θ/2

cos⁡θ

sin⁡θ/2

⟨−θ|

(1−cos⁡θ)/2

−sin⁡θ/2

(1+cos⁡θ)/2

各列の2乗の和が1になることを確かめてください.スピン1では θ の半分の角が現れず,2π 回すと符号も含めて元に戻ります.半分の角が現れて 2π で符号が変わるのは,スピン1/2・3/2 のように半整数のスピンの粒子です.それがフェルミ粒子で,第3題材の交換の符号とも結びついています(スピンと統計の関係).

適用条件

ここではシュテルン・ゲルラッハの装置を理想化しました.2本のビームがはっきり分かれるには,曲がる量がビームの太さよりも十分大きいことが要ります.ビームを細く絞りすぎると,不確定性原理で横向きの運動量が広がり,かえってビームが太ります.また,2本を再び合わせる装置で干渉を見るには,2つの経路の長さや磁場の揺らぎによる位相のずれの幅が,1 rad より十分小さくなければなりません.この条件が破れると,相対位相がそろわず,干渉は消えて確率の足し算になります.

問いに戻る

銀の原子のスピンは,どの方向で測ってもちょうど2つの値しかとりません.「原子の磁石は前からどこかを向いている」のではなく,装置の向きを決めると,その向きの基底 |+⟩,|−⟩ のどちらかに,振幅の絶対値の2乗の確率で出るのです.だからビームは2本に分かれ,その間には何も届きません.ばらばらな向きに見えるのは,|+⟩ と |−⟩ の混合だからです.別の向きの装置への振幅は,回転の重ね合わせと確率の保存から cos⁡(θ/2),sin⁡(θ/2) と決まり,平均は古典的な mcos⁡θ に戻ります.

ポイント ここまでのまとめ

  • スピン1/2の粒子は,どの方向で測っても +,− の2つの結果だけをとる.装置ごとの基底 |+⟩,|−⟩ で,どんな状態も2つの振幅で表せる.

  • y 軸のまわりに θ 傾けた装置の基底は |+θ⟩=cos⁡(θ/2)|+⟩+sin⁡(θ/2)|−⟩,|−θ⟩=−sin⁡(θ/2)|+⟩+cos⁡(θ/2)|−⟩.

  • 2π 回すと状態は −1 倍になる.全体の位相は測れないが,干渉計で一方だけ回すと相対位相として現れる.

  • z 軸のまわりの回転は位相 e∓iϕ/2 を付ける.|+x⟩=(|+⟩+|−⟩)/2,|+y⟩=(|+⟩+i|−⟩)/2.

  • 無偏極のビームは重ね合わせではなく混合で,成分ごとの確率を割合で重み付けして足す.

112×2 行列と回転の変換

本体の節では,スピン1/2の状態を2つの振幅で表し,装置を傾けたときの振幅の変換を求めました.2つの振幅を縦に並べ,変換を2×2 の行列で書くと,変換を続けて行うことが行列の掛け算になり,確率を保つ条件も短く書けます.ここでその計算に慣れておきます.次の題材(2状態系)でも同じ道具を使います.

定理 数学の道具:振幅の列と行列

状態 |ψ⟩ の z 基底での振幅を縦に並べた ψ=(ψ+ψ−)(ψ±=⟨±|ψ⟩)を振幅の列という.2×2 の行列は列に次のように作用する.

(abcd)(xy)=(ax+bycx+dy)

2つの行列の積は,右の行列の各列に左の行列を作用させたものである.

(abcd)(pqrs)=(ap+braq+bscp+drcq+ds)

行列 B を作用させてから A を作用させることは,積 AB を1回作用させることと同じである.一般に AB≠BA で,掛ける順序を変えてはいけない.

先に行う操作を右に書くのは,列が右にあるからです.A(Bψ)=(AB)ψ は,成分を書き出せば確かめられます.単位行列 I=(1001) は何もしない操作で,AI=IA=A です.

状態の回転を行列で書く

本体の節の結果は,状態を回す操作として次のように書けます.y 軸のまわりに θ 回す操作は |+⟩ を |+θ⟩ に,|−⟩ を |−θ⟩ に移すので,行列の第1列が |+θ⟩ の振幅の列,第2列が |−θ⟩ の振幅の列です.c=cos⁡(θ/2),s=sin⁡(θ/2) として

Ry(θ)=(c−ssc),Rz(ϕ)=(e−iϕ/200eiϕ/2)

です.Rz は z 軸のまわりに ϕ 回す操作です.

回転を続けると角が足されることを確かめます.Ry(θ1)Ry(θ2) の左上の成分は

cos⁡θ12cos⁡θ22−sin⁡θ12sin⁡θ22=cos⁡θ1+θ22

で,ほかの成分も加法定理から同じように出て,Ry(θ1)Ry(θ2)=Ry(θ1+θ2) です.Rz では e−iϕ1/2e−iϕ2/2=e−i(ϕ1+ϕ2)/2 から同じことが言えます.逆の操作は逆向きに回すことで,Ry(θ)Ry(−θ)=Ry(0)=I です.

本体の節では,半分の角 k=1/2 を実験と比べて決めました.行列の中の角の係数 k を変えても,角が足されることは成り立ちます.確率の保存と角の足し算だけでは k が決まらず,実験(または平均が古典的な mcos⁡θ に戻ること)で決まるのです.k=1/2 のとき Ry(2π)=−I,Ry(4π)=I です.

確率を保つ変換

複素数の振幅の列 χ,ψ について,2つの状態の振幅は,本体の性質3と ⟨χ|i⟩=⟨i|χ⟩∗ から

⟨χ|ψ⟩=χ+∗ψ++χ−∗ψ−

です.特に ⟨ψ|ψ⟩=|ψ+|2+|ψ−|2 は確率の和で,1に規格化します.

定理 数学の道具:ユニタリ行列

行列 U の2つの列を u1,u2 とする.どんな ψ についても Uψ の確率の和が ψ と同じになるのは,2つの列が規格化されていて互いに直交する

|u1|2=|u2|2=1,u1∗⋅u2=0

ときで,そのときに限る(u1∗⋅u2 は,u1 の成分の複素共役と u2 の成分の積の和).このような U をユニタリ行列という.U の逆行列は,各成分の複素共役をとって行と列を入れ替えた行列である.

短い導出:Uψ=ψ+u1+ψ−u2 なので,確率の和は

|ψ+|2|u1|2+|ψ−|2|u2|2+2Re⁡(ψ+∗ψ−u1∗⋅u2)

です.ψ=(10),(01) を入れると |u1|2=|u2|2=1 が要り,ψ+∗ψ− の位相は自由に選べるので,最後の項がいつも0になるには u1∗⋅u2=0 が要ります.逆に,この条件があれば確率の和は変わりません.逆行列は,列の条件をそのまま行列の積に書き直せば分かります.

基底を取り替える

本体の節の ⟨±θ|ψ⟩ を行列で書くと,⟨+θ|ψ⟩=cψ++sψ−,⟨−θ|ψ⟩=−sψ++cψ− なので

(⟨+θ|ψ⟩⟨−θ|ψ⟩)=(cs−sc)(ψ+ψ−)=Ry(−θ)ψ

です.装置を θ 傾けて測ることは,状態を −θ 回してから元の装置で測ることと同じです.状態を回すか装置を回すかで,角の符号が逆になることに注意してください.

練習1 Ry(π) を |+⟩ と |−⟩ に作用させよ.また Ry(2π) を求めよ.

練習2 |+x⟩=(11)/2 と |+y⟩=(1i)/2 の間の振幅 ⟨+x|+y⟩ と,その確率を求めよ.

答え 練習1:c=0,s=1 なので Ry(π)=(0−110).|+⟩→|−⟩,|−⟩→−|+⟩.Ry(2π)=Ry(π)Ry(π)=(−100−1)=−I.練習2:⟨+x|+y⟩=(1⋅1+1⋅i)/2=(1+i)/2.確率は |1+i|2/4=1/2.x と y は直角なので,傾けた装置の cos2⁡(π/4)=1/2 と一致する.

例題

例題 1

オリジナル ★★☆☆☆

|+⟩ のビームを,+ の出口だけを通すフィルターを N 台並べた装置に入れる.k 台目のフィルターは y 軸のまわりに kπ/N 傾けてある(k=1,2,…,N).

  1. 最後まで通る確率 PN を求め,N=1,2,10 の値を示せ.

  2. N が大きいとき PN はどうなるか.最後に出てくる状態は何か.

左から |+⟩ のビームが入り,1台目,2台目,途中を省略して N−1 台目,N 台目のフィルターを順に通る.k 台目の向きは y 軸のまわりに kπ/N だけ傾けてある.各台の − の出口を赤い遮断印でふさぎ,+ の出口を次の台へつなぐ.測定方向を上の矢印で模式的に示し,最後の台を入射状態の測定方向と逆向きにする.出口名は各台の基底に対する +,−. 左から |+⟩ のビームが入り,1台目,2台目,途中を省略して N−1 台目,N 台目のフィルターを順に通る.k 台目の向きは y 軸のまわりに kπ/N だけ傾けてある.各台の − の出口を赤い遮断印でふさぎ,+ の出口を次の台へつなぐ.測定方向を上の矢印で模式的に示し,最後の台を入射状態の測定方向と逆向きにする.出口名は各台の基底に対する +,−.
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考え方 k 台目を通った状態は |+kπ/N⟩ である.隣り合う2台の向きの差はいつも π/N なので,次の台を通る振幅は,向きの差だけで決まる cos⁡(π/(2N)) である.

  1. 1台目までの振幅も ⟨+π/N|+⟩=cos⁡(π/(2N)).各台は独立に選別するので,確率は掛け算になり

PN=cos2N⁡π2N

N=1 では cos2⁡(π/2)=0.N=2 では (cos2⁡(π/4))2=1/4.N=10 では cos⁡9∘=0.98769 より P10=0.9876920≈0.78.

  1. x=π/(2N) が1より十分小さいとき cos⁡x≈1−x2/2 で,ln⁡PN≈2N(−x2/2)=−π2/(4N).よって PN≈e−π2/(4N)≈1−π2/(4N) で,N→∞ で1に近づく.最後の台は θ=π なので,出てくる状態は |+π⟩=|−⟩ である.

確かめ:N=10 の近似 e−π2/40≈0.78 は厳密な値と合う.1台で直接 |−⟩ を選ぶと何も通らないのに,少しずつ向きを変えると,ほとんど失わずに |+⟩ を |−⟩ に変えられる.

例題 2

オリジナル ★★★☆☆

xy 平面の中で x 軸から角 ϕ の向きを向いたスピンの状態 |+ϕ⟩ を,|+x⟩ を z 軸のまわりに ϕ 回した状態とする.

  1. 全体の位相を除いて |+ϕ⟩=(|+⟩+eiϕ|−⟩)/2 となることを示せ.

  2. |+ϕ⟩ を x 方向の装置で測って + に出る確率を求め,本体の節の cos2⁡(θ/2) と比べよ.

  3. |+ϕ⟩ と直交する状態を求め,それが向き ϕ+π のスピンであることを確かめよ.

[図:横向きのスピンと複素平面の点]

初期状態は φ = π/3.左の xy 平面に状態 |+φ⟩ の向きを青い矢印で,右の複素平面に振幅の比 ψ−/ψ+ を緑の点で示す.φ のスライダーを動かすと,矢印と点が正の x 軸,正の実軸から同じ角だけ反時計回りに回る.点は単位円上にあり,原点からの向きがスピンの矢印と対応する.

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考え方 Rz(ϕ) を振幅の列に掛け,全体の位相をくくり出す.確率は内積の絶対値の2乗である.

Rz(ϕ)12(11)=12(e−iϕ/2eiϕ/2)=e−iϕ/212(1eiϕ)

全体の位相 e−iϕ/2 を除けば示す式になる.ϕ=π/2 で |+y⟩ になる.

  1. ⟨+x|+ϕ⟩=(1+eiϕ)/2=eiϕ/2cos⁡(ϕ/2).確率は cos2⁡(ϕ/2) である.2つのスピンの向きのなす角は ϕ なので,y 軸のまわりに傾けた場合の cos2⁡(θ/2) と同じ形になる.どの軸のまわりに傾けても,確率は向きのなす角だけで決まる.

  2. χ=(1−eiϕ)/2 とすると ⟨χ|+ϕ⟩=(1−e−iϕeiϕ)/2=0.−eiϕ=ei(ϕ+π) なので χ=|+ϕ+π⟩ で,逆向きのスピンである.

確かめ:(2) で ϕ=π とすれば確率は0で,(3) で ϕ=0 とした |−x⟩=(|+⟩−|−⟩)/2 と合う.

例題 3

オリジナル ★★☆☆☆

スピン1/2の粒子の状態が |ψ⟩=35|+⟩+4i5|−⟩ である.

  1. z,x,y の各方向の装置で測ったとき,+ に出る確率をそれぞれ求めよ.

  2. 各方向で + の確率から − の確率を引いた値を nz,nx,ny とする.nx2+ny2+nz2 を計算し,この状態が何を意味するか述べよ.

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考え方 x,y 方向の基底を z 基底で書き,内積で振幅を求める.

  1. z:|3/5|2=9/25.x:⟨+x|ψ⟩=(3/5+4i/5)/2 で,確率は (9+16)/50=1/2.y:|+y⟩ の振幅の複素共役は (1−i)/2 なので ⟨+y|ψ⟩=(3/5+(−i)(4i/5))/2=7/(52).確率は 49/50.

  2. nz=9/25−16/25=−7/25,nx=0,ny=49/50−1/50=24/25.

nx2+ny2+nz2=576+49625=1

(nx,ny,nz) は単位ベクトルで,この状態は yz 平面の中の,この向きを向いたスピンの |+⟩ である.その向きで測れば必ず + に出る.

確かめ:y 軸から −z 側へ傾いた向きなので,+y の確率は1に近く,+z の確率は1/2より小さい.どんなスピン1/2の状態も,ある向きの |+⟩ になっている.

ポイント ここまでのまとめ

  • 状態は振幅の列で,変換は2×2 の行列で表す.先に行う操作を右に書き,順序を入れ替えない.

  • Ry(θ)=(cos⁡θ2−sin⁡θ2sin⁡θ2cos⁡θ2),Rz(ϕ)=(e−iϕ/200eiϕ/2).回転を続けると角が足され,2π 回すと −I になる.

  • 確率を保つ変換はユニタリ行列で,列が規格化されて互いに直交する.

  • 装置を θ 傾けて測ることは,状態を −θ 回して元の装置で測ることと同じ.

  • どんなスピン1/2の状態も,ある向きを向いたスピンの |+⟩ である.

12スピンの測定と回転の演習

装置の向きと途中の選別に注目してください.以下ではスピン1/2の理想的な装置を用い,z 方向の基底を |+⟩,|−⟩,xz 平面内で z から角 θ 傾いた基底を |+θ⟩=cos⁡(θ/2)|+⟩+sin⁡(θ/2)|−⟩,|−θ⟩=−sin⁡(θ/2)|+⟩+cos⁡(θ/2)|−⟩ とします.

演習 1

オリジナル ★☆☆☆☆

スピン1/2の無偏極の原子 16000 個を,z 方向の + だけを通すフィルターに入れ,続いて θ=2π/3 の装置で2本に分けます.無偏極とは,最初の装置で +,− が等確率で現れることを意味します.

  1. 最初のフィルターを通る個数の期待値を求めよ.

  2. 次の装置の +θ,−θ の出口に来る個数の期待値と,入射集団に対する割合を求めよ.

無偏極の16000個をz方向の正のフィルターへ送り,負の出口を閉じる.続いてθ=2π/3の装置で分析する.最後の出口には状態名だけを示す. 無偏極の16000個をz方向の正のフィルターへ送り,負の出口を閉じる.続いてθ=2π/3の装置で分析する.最後の出口には状態名だけを示す.
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考え方 最初の選別の確率と,選別後の状態に対する条件付き確率を掛ける.

  1. 確率は 1/2 なので 8000 個である.

  2. ⟨+θ|+⟩=cos⁡(π/3)=1/2,⟨−θ|+⟩=−sin⁡(π/3)=−3/2.絶対値の2乗から確率は 1/4,3/4,個数は 2000,6000 個,割合は 1/8,3/8 である.最後の2出口の和が 8000 個となり,最初の選別による減少と整合する.

演習 2

オリジナル ★★☆☆☆

|+⟩ のビームと,z の − だけを通す最後のフィルターの間に,角 θ の装置を挿入します.0≤θ≤π とします.

  1. 中間装置の +θ だけを通すとき,最後まで通る確率と,それを最大にする角を求めよ.

  2. 中間装置の2本を,経路の記録も相対位相の変化も残さず再結合するときの確率を求めよ.

  3. 中間装置で両結果を記録し,全粒子を最後の装置へ送る場合の確率を求めよ.記録は読み出さなくても残っているとします.

初期状態は|+⟩で,最後はzの負だけを通すフィルターである.中間の角θの装置について,正だけの選別,記録なしの再結合,両結果の記録を別々の配置に示す. 初期状態は|+⟩で,最後はzの負だけを通すフィルターである.中間の角θの装置について,正だけの選別,記録なしの再結合,両結果の記録を別々の配置に示す.
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考え方 中間の2経路が区別できるかを先に決め,振幅を足す場合と確率を足す場合を分ける.

  1. c=cos⁡(θ/2),s=sin⁡(θ/2) とおく.⟨+θ|+⟩=c,⟨−|+θ⟩=s より通過確率は c2s2=sin2⁡θ/4.最大値は 1/4,角は π/2 である.

  2. 負の中間経路では ⟨−θ|+⟩=−s,⟨−|−θ⟩=c.2経路の振幅の和は sc−cs=0 なので通過確率は0である.

  3. 記録が残る経路の確率を足すと |sc|2+|−cs|2=sin2⁡θ/2 である.θ=0,π ではすべて0で,中間装置を入れただけで必ず透過が増えるわけではないことも確かめられる.

演習 3

オリジナル ★★☆☆☆

あるビームは,割合 q の粒子が |+⟩,残りが |−⟩ に準備された混合です.相対位相をそろえた重ね合わせではありません.角 θ の正の出口の粒子を,状態や角度によらない効率 η で数えると,入射個数に対する検出個数の割合 f は次の値でした.誤差は無視します.

θ

0

π/2

π

f

0.600

0.400

0.200

  1. f を cos⁡θ の1次式にし,q,η を求めよ.

  2. θ=π/3 の予測値を求めよ.同じ模型で中間の測定値が 0.450 だったなら,両端の測定値と両立するか.

割合qの|+⟩と残りの|−⟩からなる混合集団を角θの分析装置へ送る.入射個数を別に数え,正の出口の検出器に効率ηを付す. 割合qの|+⟩と残りの|−⟩からなる混合集団を角θの分析装置へ送る.入射個数を別に数え,正の出口の検出器に効率ηを付す.
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考え方 混合の2成分には確率の足し算を使い,角度依存と検出器の損失を分離する.

  1. 真の通過確率は qcos2⁡(θ/2)+(1−q)sin2⁡(θ/2).よって

f=η2+η(q−12)cos⁡θ

両端の和から η=0.600+0.200=0.800,f(0)=ηq から q=0.750.中間値は η/2=0.400 で一致する.

  1. f=0.400+0.200cos⁡θ に代入して 0.500.両端が同じなら中間は必ず 0.400 なので,0.450 とは両立しない.一定効率の混合模型を見直す必要がある.推定値が 0≤q,η≤1 に入ることも確かめられる.

演習 4

オリジナル ★★★☆☆

状態を実際に回転させる操作を,z 基底の振幅列に作用する行列

Ry(θ)=(c−ssc),Rz(θ)=(e−iθ/200eiθ/2)

で定義します.c=cos⁡(θ/2),s=sin⁡(θ/2) とし,測定による選別は行いません.

  1. 両操作が任意の状態の確率の和を保つことを示せ.

  2. |+⟩ に対して,Ry(π/2) の後に Rz(π/2) を作用させる場合と,逆順の場合の最終状態を求めよ.|+y⟩=(|+⟩+i|−⟩)/2 にある確率で順序を区別せよ.

zとyの回転軸を示す.|+⟩に対してRᵧ(π/2)とR𝓏(π/2)を逆順に作用させる2配置を並べ,各配置の最後にy方向の正を選別する分析装置を置く. zとyの回転軸を示す.|+⟩に対してRᵧ(π/2)とR𝓏(π/2)を逆順に作用させる2配置を並べ,各配置の最後にy方向の正を選別する分析装置を置く.
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考え方 先に行う操作を右に書いて列に掛け,最後に測定状態への振幅を求める.

  1. 入力を (ab) とすると,Ry の出力は (ca−sbsa+cb).2成分の絶対値の2乗の和は,交差項が消えて (c2+s2)(|a|2+|b|2)=|a|2+|b|2.Rz は各成分に絶対値1の因子を掛けるので同じ和を保つ.

  2. y の後に z なら出力列は (e−iπ/4eiπ/4)/2 で,状態は e−iπ/4|+y⟩.したがって確率は1である.逆順なら e−iπ/4(11)/2.+y への振幅は e−iπ/4(1−i)/2,確率は 1/2 である.全体の位相は確率に影響しないが,順序は相対位相を変える.いずれも出力の確率の和は1である.

演習 5

オリジナル ★★★☆☆

|+⟩ の粒子を等しい2経路に分け,片方だけに演習4で定義した Ry(θ) を作用させます.他の位相差は0にそろえます.出口A,Bでの規格化前の状態ベクトルは,それぞれ (|+⟩+Ry(θ)|+⟩)/2,(|+⟩−Ry(θ)|+⟩)/2 です.スピンを区別せずに数えます.

  1. PA,PB を求め,θ=2π,4π を比較せよ.

  2. 回転後のビームだけを取り出してスピンを測る場合と比べ,2π 回転の符号をどう検出しているか説明せよ.

初期状態|+⟩を等しい2経路に分け,一方にRᵧ(θ)を作用させる.他の位相差は0にそろえる.再結合器の出口A,Bを示す. 初期状態|+⟩を等しい2経路に分け,一方にRᵧ(θ)を作用させる.他の位相差は0にそろえる.再結合器の出口A,Bを示す.
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考え方 各出口の直交するスピン成分の確率を足す.回転していない経路が位相の基準になる.

  1. c=cos⁡(θ/2),s=sin⁡(θ/2) とおけば,Aの成分は (1+c)/2,s/2,Bは (1−c)/2,−s/2.したがって PA=(1+c)/2,PB=(1−c)/2.2π では Ry=−I となり PA=0,PB=1,4π では Ry=I となり PA=1,PB=0.I=(1001) は単位行列である.

  2. 単独の状態 −|+⟩ と |+⟩ はすべてのスピン測定で同じ確率を与える.干渉計では一方だけの符号変化が2経路間の相対位相 π となるため検出できる.PA+PB=1 である.この理想化には,経路間の位相の揺らぎの幅が1より十分小さいことが必要である.

ポイント 教える人へ

  • フィルターの通過確率と,通過後の集団に対する確率を分けて問います.

  • 途中の記録を読まないことと,記録が存在しないことの違いを説明させます.

  • 行列の作用順序を列に掛けて確かめ,全体の位相と相対位相を区別させます.

  • 測定値が合わないときは,混合の割合と検出効率のどちらを変えればよいかを考えさせます.

13振幅の時間変化と物質波

問い

エネルギーの決まった状態にある粒子を考えます.その粒子がどこかで見つかる確率振幅は,時間とともにどう変わるのでしょうか.確率が変わらないなら振幅も変わらない,と言ってよいのでしょうか.また,止まっている粒子の振幅を,その粒子が動いて見える慣性系から眺めると,振幅はどんな形に見えるでしょうか.

考えてみる

前の題材までは,振幅をある瞬間のものとして扱ってきました.しかし粒子は時間の中にいます.時刻 t に状態 |ψ⟩ にある粒子が,基底の状態 |i⟩ に見つかる振幅を Ci(t)=⟨i|ψ(t)⟩ と書くと,知りたいのは Ci(t) の時間変化です.

素朴に「何も起こっていないのだから Ci は一定」と考えると困ります.振幅は複素数なので,絶対値を保ったまま位相だけが変わることができ,確率 |Ci|2 だけ見てもその変化は分かりません.ところが,2つの経路の振幅を足す干渉の実験では位相の差が縞の位置を決めるので,位相がどう進むかは観測にかかわります.手がかりは,第13章で運動量やエネルギーを対称性から導いたのと同じ考え方,つまり時間をずらしても法則が変わらないことです.

定常状態の振幅

外から何も変えない装置の中で,粒子の状態が「どの時刻に見ても同じ状態」であるとき,その状態を定常状態といいます.同じ状態だというのは,すべての測定の確率が時刻によらないということで,許される変化は全体に掛かる位相だけです.時刻 0 から t までの間に掛かる位相を f(t) とすると,t 進めてからさらに s 進めるのと,一度に t+s 進めるのは同じことなので

f(t+s)=f(t)f(s),|f(t)|=1

です.時間をずらしても法則は変わらないので,f はいつ始めても同じ関数です.この関係を満たす連続な関数は f(t)=e−iωt の形しかありません(第7章の指数関数の性質).回る速さ ω が状態ごとに決まっていて,それがエネルギーだと考えるのが量子力学の約束です.

法則 定常状態の振幅の時間変化

エネルギー E の定常状態では,どの基底で見た振幅も

Ci(t)=Ci(0)e−iEt/ℏ

のように,角振動数 ω=E/ℏ で複素平面を回る.確率 |Ci(t)|2 は時間によらない.

e−iωt の符号は約束です.第7章の振動や第23章の交流では eiωt を使いましたが,どちらも回る向きを決めているだけで,量子力学では e−iωt とするのが習慣です.この式は,第29章で光子について使った E=hν=ℏω を,すべての粒子の振幅に広げたものになっています.

エネルギーの基準を W だけずらすと,すべての振幅に同じ e−iWt/ℏ が掛かるだけで,どの確率も変わりません.観測にかかわるのは,エネルギーの差です.エネルギーの違う2つの定常状態を重ね合わせて

|ψ(t)⟩=ae−iE1t/ℏ|1⟩+be−iE2t/ℏ|2⟩

とすると,|1⟩,|2⟩ の確率 |a|2,|b|2 はそれぞれ一定ですが,別の基底の状態 |χ⟩ に見つかる振幅には2つの項が入り,その確率は

|⟨χ|ψ(t)⟩|2=|a⟨χ|1⟩|2+|b⟨χ|2⟩|2+2Re⁡[ab∗⟨χ|1⟩⟨χ|2⟩∗e−i(E1−E2)t/ℏ]

のように,角振動数 (E1−E2)/ℏ で振動します(∗ は複素共役).2つの音のうなりと同じで,速く回る振幅そのものではなく,回り方の差が見えます.きりたんの疑問への答えはこれで,回転の速さそのものは測れなくても,速さの違いは干渉で測れるのです.

動いている粒子の振幅

止まっている粒子を,その粒子と一緒に動く慣性系 K' で見ます.粒子のエネルギーは第13章の静止エネルギー mc2 で,粒子が広い範囲に一様に広がった定常状態にあるとすると,場所 x′ に見つかる振幅は

C∝e−imc2t′/ℏ

で,x′ によりません.位相は時刻だけで決まります.

この同じ粒子を,K' が x 方向に速さ V で動いて見える慣性系 K から見ます.同じ出来事(時刻 t,場所 x で粒子が見つかる)に対する振幅は,どの慣性系で計算しても同じでなければなりません.第13章のローレンツ変換

t′=γ(t−Vc2x),γ=11−V2/c2

を代入すると,位相は

−mc2ℏγ(t−Vxc2)=−1ℏ(γmc2t−γmVx)

です.γmc2 と γmV は第13章で導いた K でのエネルギー E と運動量 p なので,振幅は

C∝e−i(Et−px)/ℏ

になります.止まって見える系では時間だけで回っていた振幅が,動いて見える系では場所によっても位相が変わる波,つまり物質波に見えるのです.

定理 ド・ブロイの関係

エネルギー E,運動量 p の自由な粒子の振幅は

C∝e−i(Et−p⋅r)/ℏ

で,その角振動数と波数ベクトル,波長は

ω=Eℏ,k=pℏ,λ=2πk=hp

である.

[図:運動する粒子の等位相線と世界線]

初期値V/c = 0.60では,等位相線は右上がりになり,同時刻に位相が1回転する距離λ = h/pが現れる.V/cを0にすると等位相線は水平になる.世界線x = Vtと等位相線はミンコフスキー計量で直交する.

位相の組み合わせ Et−p⋅r は,第13章の間隔 c2t2−r2 と同じく,どの慣性系で計算しても同じ値になる量です.実際,粒子の上では Et−pvt=γmc2t(1−v2/c2)=mc2t/γ=mc2τ で,振幅の位相は粒子の固有時 τ に −mc2/ℏ を掛けたものです.第13章で,自由な粒子の作用を S=−mc2∫dτ としました.振幅の位相は S/ℏ そのもので,ここに量子力学と停留作用の原理をつなぐ糸があります.

v が c よりずっと小さいとき E≈mc2+p2/(2m) で,大きな mc2 はすべての振幅に共通の位相を掛けるだけなので,省いて E=p2/(2m) としてかまいません.一方,波長 λ=h/p は基準に関係しない量で,結晶による電子の回折(第29章)で確かめられます.相対論の式で計算するときは E2=(pc)2+(mc2)2 から p を出します.

波束の速さ

1つの p だけの波は全空間に広がっていて,粒子が「どこにいるか」は分かりません.位置がある程度決まった粒子は,p が少しずつ違う波を重ね合わせた波束で表します.波の山が進む速さ(位相速度)は ω/k=E/p=c2/v で,光の速さより大きくなりますが,これは位相の模様が動く速さで,何かが運ばれるわけではありません.波束のかたまりが進む速さは,第25章の群速度

vg=dωdk=dEdp

です.E2=(pc)2+(mc2)2 を p で微分すると 2EdE/dp=2pc2 なので

vg=pc2E=γmvc2γmc2=v

となり,波束はちょうど粒子の速さで進みます.v が小さいときは E=p2/(2m) から vg=p/m で,同じ結論です.振幅の波の重ね合わせから,粒子の運動が出てくるのです.

[図:波束を通り抜ける位相の山]

初期状態では,少しずつ運動量の違う波を重ねた波束の実部を青,包絡線を緑の破線で示す.再生または時刻スライダーで,細かい山が包絡線より速く右へ進む.運動量の広がりを大きくすると波束の幅が狭くなる.

ポテンシャルの中の位相

ポテンシャルエネルギー U(r) が時間によらないなら,時間をずらしても法則は変わらないので,定常状態の角振動数 ω=E/ℏ はどこでも同じです.これがエネルギーの保存の量子力学での姿です.一方,運動エネルギーは場所ごとに E−U なので,U がゆっくり変わる所では,その場所の運動量 p=2m(E−U) で波長 h/p が決まると考えられます.U の高い所では p が小さく,波長が長くなります.

x だけに依存する U の境界に,波が斜めに入る場合を考えます.境界に沿った y 方向には何も変わらないので,境界の両側で y 方向の位相の進み方,つまり py がそろわなければ,振幅が境界でつながりません.入射角・屈折角を法線から測って θ1,θ2 とすると

p1sin⁡θ1=p2sin⁡θ2

です.これは光の屈折の法則と同じ形で,p が屈折率の役をします.古典力学で言えば,力 −dU/dx は法線方向を向くので,運動量の境界に沿った成分は変わらない,ということと同じです.

左のU = 0の領域から右のU > 0の領域へ進む物質波.右側では運動量p₂が小さく波長λ₂が長いため,進む向きは法線から遠ざかる.波面は進む向きに垂直で,境界に沿った波面の間隔は共通である.橙の区間はその1間隔を示す. 左のU = 0の領域から右のU > 0の領域へ進む物質波.右側では運動量p₂が小さく波長λ₂が長いため,進む向きは法線から遠ざかる.波面は進む向きに垂直で,境界に沿った波面の間隔は共通である.橙の区間はその1間隔を示す.

なめらかに変わる U の中では,波面に垂直な向きが少しずつ曲がり,粒子の軌道が曲がるように見えます.どの道すじを通っても位相 S/ℏ を足し合わせると考えると,S が ℏ よりずっと大きい世界では,隣り合う道すじの位相がばらばらに打ち消し合い,位相がそろうのは S が停留する道すじの近くだけです.こうして第13章の停留作用の原理が,振幅の干渉から出てきます(第13章の終わりで触れた経路積分の考え方です).この見方が使えるのは,U が1波長の間でほとんど変わらない(λ|dU/dx| が E−U よりずっと小さい)ときで,U が急に変わる段差や,E−U が0に近い折り返し点の近くでは,反射やしみ込みが起こり,軌道の考えは破れます.

磁場の中のスピンの歳差

スピン1/2 の粒子を z 方向の一様な磁場 B の中に置きます.磁気モーメントの大きさを m0(第22章の磁気モーメントで,向きはスピンの上向きと同じとする)とすると,|+⟩,|−⟩ は定常状態で,エネルギーは E+=−m0B,E−=+m0B です.前の題材の数学の節(例題2)で,xy 面内で x 軸から角 ϕ の向きを向いたスピンの状態は (|+⟩+eiϕ|−⟩)/2 と書けました(ϕ=0 が |+x⟩,ϕ=π/2 が |+y⟩).

時刻0に |+x⟩ にあった粒子は,各成分が自分のエネルギーで回るので

|ψ(t)⟩=12(eim0Bt/ℏ|+⟩+e−im0Bt/ℏ|−⟩)=eim0Bt/ℏ2(|+⟩+e−2im0Bt/ℏ|−⟩)

です.全体の位相を除くと,これは ϕ=−2m0Bt/ℏ の向きのスピンです.スピンの向きは z 軸のまわりを角速度

ωp=2m0Bℏ=E−−E+ℏ

で回ります(z 軸の正の側から見て時計回り).これを歳差といいます.|+x⟩ に見つかる確率は (1+cos⁡ωpt)/2 で振動します.

古典的に考えると,大きさ ℏ/2 の角運動量と,それと同じ向きの磁気モーメント m0 を持つこまは,トルク m×B を受けて,第8章のこまの歳差と同じく角速度 m0B/(ℏ/2) で回ります.振幅の計算と同じ結果で,向きも一致します.陽子では m0=1.41×10−26JT−1 で,1T の磁場で ωp/2π≈43MHz です.この歳差の振動数を電波で測るのが,医療の MRI に使われる核磁気共鳴です.

[図:磁場によるスピンの時計回りの歳差]

初期値B/B₀ = 1,ω₀t = π/3で,スピンは+xから時計回りにπ/3だけ回り,|+ₓ⟩に見つかる確率は0.75である.再生または時刻スライダーで歳差と確率の変化を追える.磁場Bを大きくすると回転が速くなり,確率の振動の周期が短くなる.

問いに戻る

エネルギー E の定常状態では,振幅は e−iEt/ℏ で複素平面を回ります.確率は変わりませんが,位相は変わります.回る速さそのものはエネルギーの基準で変わるので見えませんが,エネルギーの違う状態を重ねると,その差が確率の振動として見えます.止まっている粒子の振幅 e−imc2t′/ℏ を動いて見える系へローレンツ変換すると e−i(Et−px)/ℏ となり,波長 h/p の物質波が現れます.その波束は粒子の速さで進み,ポテンシャルの中では屈折するように曲がって,古典力学の軌道に近づきます.

ポイント ここまでのまとめ

  • 定常状態の振幅は e−iEt/ℏ で回り,確率は変わらない.観測にかかわるのはエネルギーの差で,重ね合わせた状態の確率は (E1−E2)/ℏ で振動する.

  • 静止した粒子の e−imc2t′/ℏ をローレンツ変換すると e−i(Et−p⋅r)/ℏ となり,E=ℏω,p=ℏk,λ=h/p が出る.位相は S/ℏ に等しい.

  • 波束の群速度 dE/dp=pc2/E は粒子の速さに等しい.

  • ポテンシャルの中では ω が一定で p が変わり,境界では p1sin⁡θ1=p2sin⁡θ2.U が1波長の間でゆっくり変わるときだけ軌道の考えが使える.

  • 磁場の中のスピン1/2 は角速度 2m0B/ℏ で歳差する.

14物質波の位相と速さの例題

本体の節の3つの手順を,具体的な数で確かめます.止まって見える系の位相をローレンツ変換して波長を出すこと,波束の速さを dE/dp で出すこと,ポテンシャルの段差で角振動数を保ったまま運動量の境界に沿った成分をつなぐことです.使う定数は h=6.63×10−34Js,c=3.00×108ms−1,1eV=1.60×10−19J,電子の質量 9.11×10−31kg,中性子の質量 1.675×10−27kg とします.

ポイント 数学の道具:位相の比べ方

振幅 eiφ(t,x) の波で,時刻を止めて x だけ変えたとき位相が 2π 変わる距離が波長,場所を止めて t だけ変えたとき 2π 変わる時間が周期である.φ=−(Et−px)/ℏ なら λ=2πℏ/p=h/p,周期 2πℏ/E=h/E となる.位相が一定の点 Et−px= 一定 の進む速さが位相速度 E/p である.

例題

例題 1

オリジナル ★★☆☆☆

質量 m の中性子が,一緒に動く慣性系 K' で止まった定常状態にあり,K' での振幅は場所によらず e−imc2t′/ℏ である.K' は慣性系 K に対して x 方向に速さ v=2.20×103ms−1(室温の熱中性子の程度)で動いている.

  1. ローレンツ変換 t′=γ(t−vx/c2) を使って,K での振幅の位相を t と x で表せ.

  2. K で時刻を止めたとき,位相が 2π 変わる距離(波長)を式と数値で求めよ.

  3. K で見た位相速度を求め,光の速さと比べよ.この結果が相対論と矛盾しない理由を述べよ.

上段はK′で同じ時刻t′に見た中性子と位相の模式図で,同じ向きの位相の矢印が並ぶ.下段はKで同じ時刻tに見た図で,中性子は右へ速さvで動き,位相の矢印はxが増すと反時計回りに回る.位相が1回転する距離を未知の波長λで示す. 上段はK′で同じ時刻t′に見た中性子と位相の模式図で,同じ向きの位相の矢印が並ぶ.下段はKで同じ時刻tに見た図で,中性子は右へ速さvで動き,位相の矢印はxが増すと反時計回りに回る.位相が1回転する距離を未知の波長λで示す.
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考え方 同じ出来事に対する振幅はどの系で計算しても同じなので,t′ に t と x を代入するだけでよい.

  1. 位相は

−mc2ℏγ(t−vxc2)=−1ℏ(γmc2t−γmvx)=−Et−pxℏ

である.ここで E=γmc2,p=γmv は K での中性子のエネルギーと運動量である.

  1. t を止めると,x が λ 増えたとき pλ/ℏ=2π なので λ=h/p=h/(γmv).v/c=7.3×10−6 なので γ=1 としてよく

λ=6.63×10−341.675×10−27×2.20×103m≈1.80×10−10m

である.結晶の原子の間隔と同じ程度なので,熱中性子は結晶で回折する.

  1. 位相が一定の点は Et−px= 一定 を満たして進むので,位相速度は

Ep=c2v=(3.00×108)22.20×103ms−1≈4.1×1013ms−1

で,光の速さの約 1.4×105 倍である.位相の模様は,K' で全空間同時に回っていた位相を,同時の相対性によって傾けて見たものにすぎず,模様が進む速さでエネルギーや信号が運ばれるわけではない.運ばれる速さは次の例題の群速度である.

確かめ:λ の次元は Js/(kgms−1)=m.v→0 では λ→∞ で,止まった粒子の位相が場所によらないことに戻る.

例題 2

オリジナル ★★★☆☆

質量 m の粒子の振幅を,p が少しずつ違う2つの波 e−i(E1t−p1x)/ℏ,e−i(E2t−p2x)/ℏ の和で表す.p2=p1+δp,E2=E1+δE で,δp,δE は小さい.

  1. 2つの和の絶対値の2乗(見つかる確率に比例する量)を求め,その山が進む速さを δE,δp で表せ.

  2. E2=(pc)2+(mc2)2 を使って,δp→0 の極限で(1)の速さが粒子の速さ v に等しいことを示せ.

  3. 電子の運動量が pc=mc2 のとき,位相速度と群速度をそれぞれ c を使って表し,その積を求めよ.

  4. 非相対論で E=mc2+p2/(2m) とする場合と,mc2 を省いて E=p2/(2m) とする場合で,位相速度と群速度がどう変わるかを述べよ.

上の2段は運動量p₁とp₂の波の実部,下段はその和の実部である.緑の破線が包絡線を示す.群速度と位相速度の矢印は,包絡線の山と細かい山が進む向きを示す模式的な矢印である. 上の2段は運動量p₁とp₂の波の実部,下段はその和の実部である.緑の破線が包絡線を示す.群速度と位相速度の矢印は,包絡線の山と細かい山が進む向きを示す模式的な矢印である.
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考え方 2つの波の和の確率は,第25章のうなりと同じく,位相の差だけで決まる.位相の差が一定の点が,確率の山の進み方を決める.

  1. 共通の因子をくくり出すと

|e−i(E1t−p1x)/ℏ+e−i(E2t−p2x)/ℏ|2=|1+e−i(δEt−δpx)/ℏ|2=2+2cos⁡δEt−δpxℏ

である.山(cos=1 の点)は δEt−δpx= 一定 を満たして進むので,その速さは δE/δp,δp→0 で vg=dE/dp である.

  1. E2=(pc)2+(mc2)2 を p で微分して 2EdE/dp=2pc2.E=γmc2,p=γmv を入れると

vg=pc2E=γmvc2γmc2=v

である.

  1. pc=mc2 なら E=2mc2 なので,vg=pc2/E=c/2,位相速度は E/p=2c である.積は c2 で,これは p によらず (E/p)(pc2/E)=c2 である.

  2. 群速度は dE/dp=p/m で,E に加える定数によらない.位相速度は,mc2 を含めると E/p=c2/v+v/2≈c2/v(光より速い),省くと p/(2m)=v/2 で,まったく違う値になる.位相速度はエネルギーの基準で変わる観測できない量で,観測できる確率の山の速さ(群速度)は基準によらない.

確かめ:vg は p→∞ で c に近づき,c を超えない.v が小さいとき vg=p/m は古典力学の p=mv と一致する.

例題 3

オリジナル ★★★☆☆

運動エネルギー K1=50.0eV の電子のビームが,真空から平らな金属の表面に入る.金属の中では電子のポテンシャルエネルギーが真空より U0=30.0eV だけ低いとし,ポテンシャルは表面の法線方向にだけ変化し,その変化は電子の波長に比べてなめらかだとする.

  1. 真空中と金属中の電子の波長を求めよ.

  2. ビームが表面の法線と 45.0∘ をなして入射するとき,金属中で法線となす角を求めよ.

  3. 逆に,金属中で運動エネルギー K2=K1+U0 の電子が表面から真空へ出るとき,出られる入射角の範囲を求めよ.

真空から金属表面へ,法線とθ1=45°をなす電子のビームが入る.金属中では法線に近づく向きθ2へ曲がり,波面の間隔は真空のλ1より短いλ2になる.ポテンシャルは真空で0,金属中で−U0.θ2と波長の数値は入れていない. 真空から金属表面へ,法線とθ1=45°をなす電子のビームが入る.金属中では法線に近づく向きθ2へ曲がり,波面の間隔は真空のλ1より短いλ2になる.ポテンシャルは真空で0,金属中で−U0.θ2と波長の数値は入れていない.
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考え方 定常状態なので,角振動数 E/ℏ は両側で同じであり,運動エネルギーだけが変わる.表面に沿った方向には何も変わらないので,運動量の表面に沿った成分がそろう.

  1. 非相対論でよい(50eV は電子の静止エネルギー 0.511MeV よりずっと小さい).λ=h/2mK で,K=1.00eV では

6.63×10−342×9.11×10−31×1.60×10−19m≈1.23×10−9m

である.エネルギーの保存から金属中の運動エネルギーは K2=K1+U0=80.0eV なので

λ1=1.23nm50.0≈0.174nm,λ2=1.23nm80.0≈0.137nm

である.

  1. 表面に沿った成分がそろうので p1sin⁡θ1=p2sin⁡θ2.p2/p1=K2/K1=1.60≈1.26 なので

sin⁡θ2=sin⁡45.0∘1.60≈0.559,θ2≈34.0∘

である.ポテンシャルエネルギーの低い側で,電子は法線に近づく向きに曲がる.光が屈折率の大きい物質に入るときと同じで,p2/p1 が相対屈折率の役をする.

  1. 金属中で入射角 θ2 の電子が真空に出ると sin⁡θ1=1.60sin⁡θ2 である.真空側への流れがあるには sin⁡θ1<1 が必要なので,限界角 θc=arcsin⁡(1/1.60)≈52.2∘ として,0≤θ2<θc なら出られる.限界角では真空側の法線方向の運動量が0で,それより斜めに当たると全反射のように金属の中へ戻る.

確かめ:古典力学で考えると,表面で電子が受ける力は法線方向だけなので,運動量の表面に沿った成分は変わらず,法線成分だけが 2mK の変化に合わせて増える.振幅の位相のつながりから出した (2) と同じ結果である.反射を無視できるのは,ポテンシャルの変化が電子の波長 0.1nm 程度の距離よりなめらかなときで,実際の金属の表面のように急に変わる所では,一部が反射されるが,透過した電子にも (2) の関係は成り立つ.低速電子の結晶による回折で,ブラッグの条件が金属内の短い波長で決まるのは,このためである.

ポイント ここまでのまとめ

  • 止まって見える系の位相 −mc2t′/ℏ をローレンツ変換すれば,E=γmc2,p=γmv と λ=h/p がそろって出る.

  • 位相速度 E/p は光より速くてもよく,エネルギーの基準で変わる.確率の山は群速度 dE/dp で進み,それが粒子の速さである.

  • ポテンシャルの段差では E と運動量の境界に沿った成分が保たれ,p1sin⁡θ1=p2sin⁡θ2 になる.

15確率振幅の時間発展と物質波の演習

定常状態の位相から測定確率を求めましょう.|+x⟩=(|+⟩+|−⟩)/2 とし,位相の変化と波束の移動を区別してください.

演習 1

オリジナル ★☆☆☆☆

一様な磁場の中で,スピンの基底 |+⟩,|−⟩ のエネルギーは E0−Δ/2,E0+Δ/2 で,Δ>0 です.時刻0に |ψ⟩=(3|+⟩+|−⟩)/2 を準備します.

  1. 時刻 t の状態と各成分の確率を求めよ.

  2. |+x⟩ にある確率と周期を求めよ.両エネルギーに定数 W を加えると結果は変わるか.

時刻0の状態(√3|+⟩+|−⟩)/2を一様磁場内で時間tだけ発展させる.磁場内の与えられたエネルギーと,zまたはxを選ぶ分析装置を示す. 時刻0の状態(√3|+⟩+|−⟩)/2を一様磁場内で時間tだけ発展させる.磁場内の与えられたエネルギーと,zまたはxを選ぶ分析装置を示す.
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考え方 別の基底で測ると2成分が干渉する.

  1. 状態は

|ψ(t)⟩=e−iE0t/ℏ2(3eiΔt/(2ℏ)|+⟩+e−iΔt/(2ℏ)|−⟩)

位相の絶対値は1で,P+=3/4,P−=1/4 である.

  1. a=Δt/(2ℏ) とおくと振幅は e−iE0t/ℏ(3eia+e−ia)/(22).2乗から P+x=1/2+(3/4)cos⁡(Δt/ℏ),周期は T=2πℏ/Δ である.W は全体の位相だけを変える.Δ→0 では時間変化が消える.

演習 2

オリジナル ★★☆☆☆

電子を静止から加速し,運動エネルギーを K=0.60MeV にします.静止エネルギーは mc2=0.51MeV,hc=1.24MeVpm とします.E2=p2c2+m2c4,λ=h/p を使います.

  1. 波長を式と数値で求めよ.

  2. 非相対論の式 p=2mK による波長の過大評価の割合と近似条件を求めよ.

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考え方 全エネルギーから運動量を求める.

  1. E=mc2+K より p2c2=(mc2+K)2−m2c4=K2+2Kmc2.したがって λ=hc/K(K+2mc2).pc=0.60×1.62MeV≈0.986MeV なので λ≈1.26pm,2桁では 1.3pm.

  2. 非相対論では λnr=hc/2mc2K≈1.59pm.比は λnr/λ=1+K/(2mc2)≈1.260 で,約26 %大きい.近似には 1≫K/(mc2) が必要だが,比は 1.18 である.K→0 では2つの波長の比は1に近づく.

演習 3

オリジナル ★★☆☆☆

|+x⟩ の粒子を z 方向の磁場に置き,+x で見つかる確率の振動数 f を測りました.設定磁場 B に一定の残留磁場 Bb が同方向に加わります.エネルギーは E+=−m0(B+Bb),E−=m0(B+Bb) です.m0>0 は磁気モーメントです.h=6.63×10−34Js,ℏ=h/(2π),B+Bb>0 とします.

B(T)

f(Hz)

0.0100

3.00×104

0.0200

5.00×104

0.0300

7.00×104

  1. 振幅の時間発展から P+x と f を求めよ.

  2. 表から m0,Bb を推定し,中央の値も確かめよ.

x方向の正に準備した状態を,z方向の磁場B+B_bの中で時間tだけ発展させ,再びx方向を分析する.残留磁場と磁気モーメントの推定値は示さない. x方向の正に準備した状態を,z方向の磁場B+B_bの中で時間tだけ発展させ,再びx方向を分析する.残留磁場と磁気モーメントの推定値は示さない.
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考え方 相対位相を計数の周期に結びつけ,直線化する.

  1. b=B+Bb とおく.状態は (eim0bt/ℏ|+⟩+e−im0bt/ℏ|−⟩)/2.+x への振幅は cos⁡(m0bt/ℏ) だから P+x=[1+cos⁡(2m0bt/ℏ)]/2,f=2m0b/h である.

  2. f=αB+β とすれば,α=4.00×104/0.0200=2.00×106HzT−1,β=1.00×104Hz.したがって m0=hα/2=6.63×10−28JT−1,Bb=β/α=5.00×10−3T.中央の値も直線上にある.m0B/h の次元は振動数である.

演習 4

オリジナル ★★☆☆☆

非相対論的な粒子ビームが,x だけに依存するポテンシャルエネルギー U の境界へ斜めに入射します.質量は m です.領域1は U1=0,領域2は U2=3.0eV,入射の運動エネルギーは K1=12.0eV です.角 θ1,θ2 は法線から測ります.幅 d の移行領域で U は U1 から U2 へ単調に増加し,波長に比べ滑らかとします.位相は (pxx+pyy−Et)/ℏ,E=p2/(2m)+U です.

  1. 位相から屈折の関係を導き,θ1=π/6 の θ2 を求めよ.

  2. 領域2へ進める入射角の条件を求めよ.

領域1のU₁=0,領域2のU₂=3.0 eVと幅dの移行領域を示す.法線はx方向,境界はy方向で,入射角θ₁=π/6は法線から測る.屈折後の線は描かない. 領域1のU₁=0,領域2のU₂=3.0 eVと幅dの移行領域を示す.法線はx方向,境界はy方向で,入射角θ₁=π/6は法線から測る.屈折後の線は描かない.
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考え方 時間方向と境界に平行な方向の位相をつなぐ.

  1. E1=E2 より K2=12.0−3.0=9.0eV.任意の y で位相がつながるには py1=py2,すなわち p1sin⁡θ1=p2sin⁡θ2 が必要である.p2/p1=K2/K1=3/2 なので sin⁡θ2=1/3,θ2≈35∘.高い U の側で法線から遠ざかる.

  2. px22=p22−p12sin2⁡θ1≥0 より 0≤θ1≤π/3.上端では法線速度が0なので,領域2へ進むには θ1<π/3 が必要である.軌道近似には,法線方向の波長 h/|px| と d の比が十分小さいことが必要で,px=0 の近傍では破れる.

演習 5

オリジナル ★★★☆☆

質量 m の粒子の波束A,Bを,同時に同じ位置から正方向へ放ちます.中心運動量は pA=mc,pB=2mc です.分散関係 E=m2c4+p2c2,E=ℏω,p=ℏk,群速度 vg=dωdk を用います.初期の空間幅による時刻の幅は無視します.

  1. 距離 L の検出器への到着時刻の差を求め,L=30m,c=3.0×108ms−1 で評価せよ.

  2. Aの運動量成分が pA±δp にあるとします.ϵ=δp/pA として,両端の到着時刻の差を1次まで求めよ.ϵ=0.020 で(1)の差と比べよ.

同時に同じ位置から放つ波束A,Bの中心運動量mc,2mcと距離Lを示す.別枠にAの運動量成分p_A±δpを示す.到着時刻と群速度の値は描かない. 同時に同じ位置から放つ波束A,Bの中心運動量mc,2mcと距離Lを示す.別枠にAの運動量成分p_A±δpを示す.到着時刻と群速度の値は描かない.
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考え方 時刻の幅には L/vg の微分を使う.

  1. vg=dEdp=pc2/E なので vA=c/2,vB=2c/5.tA=2L/c,tB=5L/(2c) だから差は (2−5/2)L/c≈3.0×10−8s.Bの方が早く着く.

  2. t(p)=LE/(pc2) を微分すると dtdp=−Lm2c2/(Ep2).p=mc で dtdp=−L/(2mc2) だから,両端の時刻差は 2|dtdp|δp=2ϵL/c≈2.8×10−9s.中心間の差の約 0.095 倍である.近似には 1≫ϵ が必要で,初期空間幅の影響は別に加わる.p→∞ で vg→c となる.

ポイント 教える人へ

  • 別の基底で確率が変わる理由を問います.

  • 近似条件を無次元量で述べさせます.

  • 切片と傾きの物理的意味を確かめます.

  • 進行方向と到着時刻を,位相と群速度から説明させます.

162状態系とハミルトニアン行列

問い

アンモニア分子 NHA3 は,3つの水素原子が作る正三角形の上に窒素原子が乗った,三角錐の形をしています.窒素原子は,水素の面の上側にも下側にもいられます.分子をひっくり返すと上と下が入れ替わるので,2つの配置のエネルギーは同じです.では,アンモニア分子は上か下のどちらかに決まっているのでしょうか.決まっていないとしたら,分子はどんな状態にあるのでしょうか.

考えてみる

古典的に考えると,窒素原子は水素の面という山を越えないと反対側へ行けません.山を越えるだけのエネルギーがなければ,窒素はずっと最初の側にいるはずです.

量子力学では,粒子は区別できない経路の振幅を足し合わせて動きます.窒素が山をくぐり抜けて反対側へ移る振幅は,小さくても0ではありません.すると,「上にいる」という状態は時間がたつと「下にいる」という振幅を少しずつ持つようになります.この節では,2つの状態のどちらにいるかの振幅が時間とともにどう変わるかを決める方程式を作り,アンモニア分子に当てはめます.必要な行列の計算は,数学の節「2×2行列の固有値と連立微分方程式」にまとめました.

振幅の時間変化を決める行列

窒素が上にいる状態を |1⟩,下にいる状態を |2⟩ とします.分子の回転や振動,電子の状態などは固定して考え,この2つを基底にとります.分子の状態 |ψ⟩ は,それぞれの基底にいる振幅 C1=⟨1|ψ⟩,C2=⟨2|ψ⟩ で決まります.列ベクトル C=(C1C2) にまとめ,|C1|2+|C2|2=1 とします.

短い時間 Δt の後の振幅は,前の振幅の重ね合わせです(振幅の結合規則で,基底を経由する経路の和).Δt→0 で何も変わらないので,その変化は Δt に比例すると考えて

Ci(t+Δt)=Ci(t)−iℏ∑jHijCj(t)Δt

と書きます.係数に −i/ℏ をくくり出したのは,次の約束のためです.

法則 振幅の時間変化

基底 |1⟩,|2⟩ にいる振幅 C1,C2 は

iℏdCidt=∑jHijCj

に従う.Hij をハミルトニアン行列という.行列で書けば iℏdCdt=HC である.

H が対角行列 (E100E2) なら,C1=C1(0)e−iE1t/ℏ です.これは前の題材で見た,エネルギー E1 の定常状態の振幅の回り方そのものです.名前のとおり,H は第13章の終わりで見たハミルトニアンと同じくエネルギーを表す量です.対角成分は「その状態にとどまる」振幅のエネルギーで,非対角成分 H12 は |2⟩ から |1⟩ へ移る振幅の大きさを決めます.

H は勝手な行列ではいけません.全確率の時間変化を計算すると

ddt(|C1|2+|C2|2)=1iℏ∑i,jCi∗Cj(Hij−Hji∗)

です.これがどんな C でも0になる,つまり粒子が消えたり増えたりしないためには

Hij=Hji∗

でなければなりません.このような行列をエルミート行列といいます.対角成分は実数で,H21 は H12 の複素共役です.

アンモニア分子の2つの準位

アンモニアに当てはめます.上と下は対称なので H11=H22=E0 です.移る振幅を表す非対角成分は,基底の位相を選び直せば実数にでき,H12=H21=−A(A>0)と書きます.

iℏdC1dt=E0C1−AC2,iℏdC2dt=E0C2−AC1

2つの式を足すと C1+C2 だけ,引くと C1−C2 だけの式になります.

iℏddt(C1+C2)=(E0−A)(C1+C2),iℏddt(C1−C2)=(E0+A)(C1−C2)

したがって,エネルギーの決まった定常状態は次の2つです.

ポイント アンモニア分子の定常状態

|II⟩=|1⟩+|2⟩2(EII=E0−A),|I⟩=|1⟩−|2⟩2(EI=E0+A)

どちらも,窒素が上にいる確率と下にいる確率が 1/2 ずつの状態である.上下の対称な重ね合わせのほうがエネルギーが低い.

山をくぐり抜ける振幅 A があるために,同じだった準位が 2A だけ離れた2つに分かれました.この準位の差に当たる光子 hν=2A は,実測で ν≈23.9GHz(波長約 1.3cm のマイクロ波)です.

左は水素の三角形の面に対して窒素が上にある基底|1⟩と,下にある基底|2⟩.右は結合Aが0のときのE₀と,A>0のときの上の準位E₀+A,|I⟩および下の準位E₀−A,|II⟩を示す.間隔は2Aである. 左は水素の三角形の面に対して窒素が上にある基底|1⟩と,下にある基底|2⟩.右は結合Aが0のときのE₀と,A>0のときの上の準位E₀+A,|I⟩および下の準位E₀−A,|II⟩を示す.間隔は2Aである.

窒素を上に置いた状態 |1⟩ から始めるとどうなるでしょうか.|1⟩=(|II⟩+|I⟩)/2 と分け,それぞれに自分のエネルギーの位相を付けて戻すと

C1=e−iE0t/ℏcos⁡Atℏ,C2=ie−iE0t/ℏsin⁡Atℏ

で,確率は P1=cos2⁡(At/ℏ),P2=sin2⁡(At/ℏ) です.窒素は上と下の間を,振動数 2A/h で行き来します.エネルギーの違う2つの定常状態の重ね合わせは,2つの振動のうなりとして時間変化するのです.

[図:結合Aと2つの配置にいる確率]

初期状態は基準の結合A_refとAが等しく,P₁=cos²(At/ℏ)とP₂=sin²(At/ℏ)を示す.t=0ではP₁=1,P₂=0である.スライダーでAを変えると,固定した時間軸上で行き来の周期が変わる.青の実線がP₁,橙の破線がP₂で,和は常に1である.

この模型が使えるのは,ほかの状態(分子の振動や電子の励起)へ移るエネルギーが,問題にしているエネルギー(ここでは 2A≈1×10−4eV)よりずっと大きいときです.アンモニアのほかの状態へ移るには 0.1eV 程度以上が要るので,2つの状態だけで十分よく近似できます.

電場の中の分子と共鳴

窒素が上にいるか下にいるかで,分子の電気双極子モーメント p の向きが逆になります.双極子の向きに電場(この節では大きさを E と書き,エネルギーの E と区別します)をかけると,2つの配置のエネルギーが ±δ(δ=pE)だけずれ,

H=(E0+δ−A−AE0−δ),E=E0±A2+δ2

となります(数学の節の例題3).δ が A よりずっと小さいときは E≈E0±(A+δ2/(2A)) で,上の準位はさらに上がり,下の準位はさらに下がります.電場が場所によって違うと,この位置エネルギーの勾配のために,2つの状態の分子は反対向きの力を受けて分かれます.室温では kBT≈0.03eV が 2A よりはるかに大きいので,2つの準位の分子はほぼ同数ありますが,こうして上の状態の分子だけを選び出せます.

選んだ |I⟩ の分子に振動する電場をかけ,2つの配置のエネルギーのずれを δ(t)=2δ0cos⁡ωt とします.基底を |I⟩,|II⟩ に取り替えると,ハミルトニアン行列は

(E0+AδδE0−A)(δ=δ(t))

です.電場は2つの定常状態をつなぐ非対角成分として働きます.ω0=2A/ℏ とし,振幅から定常状態の位相を除いて CI=γIe−i(E0+A)t/ℏ,CII=γIIe−i(E0−A)t/ℏ と書くと

iℏdγIdt=δ0(ei(ω+ω0)t+e−i(ω−ω0)t)γII

となります(γII の式はこの複素共役の位相).ω が ω0 に近いとき,ei(ω+ω0)t の項は速く回って平均すると効かないので捨てます.この近似は δ0 が ℏω0=2A よりずっと小さいときに使えます.共鳴 ω=ω0 では

iℏdγIdt=δ0γII,iℏdγIIdt=δ0γI

で,アンモニアの行き来と同じ形です.|I⟩ から始めると,|II⟩ にいる確率は

PII=sin2⁡δ0tℏ

です.上の状態の分子は,電場にエネルギー 2A を渡して下の状態へ移ります.電場の振動数を共鳴からずらすと,移る確率の最大値は小さくなります(演習5).

上の状態の分子だけを集めた箱にマイクロ波を通すと,この遷移で電場が強められます.これがメーザーで,可視光で同じことをしたのがレーザーです(同じ粒子の題材の誘導放出).逆に下の状態の原子や分子に光を当てれば,同じ仕組みで光を吸収します.光の振動数が準位の差に合ったときだけ吸収されるというボーアの条件(第29章)は,ここで振幅の方程式から出てきました.

ほかの2状態系

同じ形の行列は,いろいろな所に現れます.

  • 水素分子イオン HA2A+:1個の電子が,陽子1の近くにいる状態と陽子2の近くにいる状態.電子が陽子の間を移る振幅 A があると,対称な状態のエネルギーが A だけ下がる.A は陽子が近いほど大きいので,このエネルギーの下がりが陽子どうしを引き寄せ,化学結合になる(演習4).

  • ベンゼン CA6HA6:二重結合の位置が異なる2つの構造.どちらか一方ではなく,2つの重ね合わせになることで,エネルギーが下がって安定になる.染料の分子にも2つの構造の間で電子が移るものがあり,準位の差 2A が可視光のエネルギーに当たるので色が付く.

  • 磁場の中のスピン1/2:基底 |+⟩,|−⟩ で,磁気モーメントの大きさを m0 とすると

H=−m0(BzBx−iByBx+iBy−Bz)

となる.z 方向の磁場は対角成分(前の題材の歳差)に,x,y 方向の磁場は |+⟩ と |−⟩ をつなぐ非対角成分になる.回る磁場で |+⟩ から |−⟩ へ移すのが磁気共鳴(演習5)で,病院の MRI はこの原理を使っている.

2状態系で起こることは,どの例でも「対角成分の差」と「非対角成分の結合」の2つの量だけで決まります.

問いに戻る

アンモニア分子の窒素原子は,上か下のどちらかに決まってはいません.エネルギーの決まった状態は,上の状態と下の状態の対称な重ね合わせ(エネルギー E0−A)と反対称な重ね合わせ(E0+A)の2つで,どちらも上と下に半分ずつの確率でいます.窒素を上に置いて始めると,振動数 2A/h≈2.4×1010Hz で上と下を行き来します.きりたんの話の「行き来」はこれのことで,その振動数が時計の基準になりました.

ポイント ここまでのまとめ

  • 基底にいる振幅は iℏdCidt=∑jHijCj に従う.全確率が保たれるために,ハミルトニアン行列はエルミート Hij=Hji∗.

  • 対称な2状態 H=(E0−A−AE0) では,定常状態は (|1⟩±|2⟩)/2,エネルギーは E0∓A.移る振幅が準位を 2A に分ける.

  • 片方から始めると,P2=sin2⁡(At/ℏ) で行き来する.

  • 振動する外場は定常状態の間をつなぎ,共鳴 ℏω=2A で遷移が起こる.メーザー・レーザー・光の吸収・磁気共鳴の仕組み.

  • 水素分子イオンの結合,ベンゼンの安定性,スピンと磁場も同じ2状態系で表せる.

172×2行列の固有値と連立微分方程式

本体の節では,アンモニア分子の方程式を「足して引く」ことで解きました.これは,行列 H の固有ベクトルを見つける計算です.ここでは,どんな2×2のハミルトニアン行列でも同じように解ける手順をまとめます.行列とベクトルの積は,スピンと回転の題材の数学の節で導入しました.

固有値と固有ベクトル

iℏdCdt=HC で,C の向きを変えずに大きさだけ E 倍する列ベクトル,つまり HC=EC を満たす C があれば,C(t)=C(0)e−iEt/ℏ は方程式の解です.各成分が同じ位相で回るだけなので,確率は時間で変わりません.これがエネルギー E の定常状態です.

定理 数学の道具:固有値と固有ベクトル

正方行列 H に対して,0でない列ベクトル C と数 E が

HC=EC

を満たすとき,E を固有値,C を固有ベクトルという.単位行列を I=(1001) とすると,(H−EI)C=0 が0でない解をもつ条件は

det⁡(H−EI)=0

である.2×2行列 H=(abcd) では (a−E)(d−E)−bc=0 という E の2次方程式になる.

行列式が0の条件になる理由を確かめておきます.(a−Ebcd−E)(C1C2)=0 は連立1次方程式で,1つ目の式から C2=−(a−E)C1/b です.これを2つ目に入れると [c−(d−E)(a−E)/b]C1=0 で,C1 が0でないためには (a−E)(d−E)−bc=0 が必要です.固有値が決まれば,固有ベクトルは2つの式のどちらか一方から比 C2/C1 として求まります(もう一方は自動的に成り立ちます).最後に |C1|2+|C2|2=1 となるように大きさをそろえます.

エルミート行列 H=(abb∗d)(a,d は実数)では,2次方程式を解いて

E=a+d2±(a−d2)2+|b|2

です.根号の中は0以上なので,固有値は必ず実数になります.エネルギーが実数になるのは,全確率が保たれることの裏返しです.また,対角成分の差 a−d と結合 |b| のどちらがあっても,2つの準位は近づけません.準位の間隔は |b| があると必ず 2|b| 以上になります.

ポイント 固有ベクトルは直交する

エルミート行列の異なる固有値に属する固有ベクトル C,D は,C1∗D1+C2∗D2=0 を満たす.つまり ⟨I|II⟩=0 で,2つの定常状態を新しい基底に使える.

練習1 H=(E0−A−AE0) の固有値と,規格化した固有ベクトルを,行列式の条件から求めよ.

練習2 H=(0−iεiε0)(ε>0)の固有値と固有ベクトルを求めよ.

答え 練習1:(E0−E)2−A2=0 より E=E0∓A.E=E0−A では1つ目の式 AC1−AC2=0 から C1=C2,規格化して (11)/2.E=E0+A では (1−1)/2.本体の節の結果と一致する.練習2:E2−ε2=0 より E=±ε.E=ε では −εC1−iεC2=0 から C2=iC1,規格化して (1i)/2.E=−ε では (1−i)/2.片方のベクトルの成分の複素共役をとることに気をつけると,1∗⋅1+i∗⋅(−i)=1+(−i)(−i)=1−1=0 で直交している.

連立1階微分方程式を解く

定理 数学の道具:iℏdCdt=HC の解き方

H が時間によらないとき,次の手順で解ける.

  1. H の固有値 EI,EII と規格化した固有ベクトル CI,CII を求める.

  2. 初めの状態を C(0)=αCI+βCII と分ける.係数は α=C1I∗C1(0)+C2I∗C2(0) など(直交性から).

  3. それぞれに位相を付けて足す.

C(t)=αe−iEIt/ℏCI+βe−iEIIt/ℏCII

1つの成分だけの2階の方程式に直す方法もあります.iℏdC2dt=H21C1+H22C2 をもう一度 t で微分し,1つ目の式で dC1dt を,2つ目の式で C1 を消すと,C2 だけの2階の線形微分方程式になります.これは第7章の振動の方程式で,解は e−iEt/ℏ の形の2つの和です.初めの条件は C2(0) と,元の方程式から決まる dC2dt(0) の2つです.演習3はこの方法で解いています.

ハミルトニアン行列が e±iωt のように時間で回る成分をもつときは,その回転を変数に吸収して,時間によらない行列に直せることがあります.本体の節の共鳴の計算や演習5がこの例です.

また,状態 C で測ったエネルギーの平均は,固有ベクトルに分けたときの確率 |α|2,|β|2 を使って E―=|α|2EI+|β|2EII です.行ベクトル C∗(C の成分の複素共役を横に並べたもの)を使うと,これは E―=C∗HC と書けます.

例題

例題 1

オリジナル ★★☆☆☆

アンモニア分子の2つの準位の差に当たる光の振動数は ν=2.39×1010Hz である.h=6.63×10−34Js,1eV=1.60×10−19J とする.

  1. 本体の節の A を eV で求めよ.

  2. 窒素を上に置いた状態から始めて,初めて下にいる確率が1になる時刻を求めよ.

  3. 温度 300K の kBT(kB=1.38×10−23JK−1)と 2A を比べ,熱平衡での2つの準位の分子の数の比を見積もれ.

解答を見る

考え方 準位の差は 2A=hν.行き来は P2=sin2⁡(At/ℏ).数の比はボルツマン因子(第17章)で見積もる.

  1. 2A=6.63×10−34×2.39×1010≈1.58×10−23J.途中で丸めずに計算すると,A≈7.92×10−24J≈4.95×10−5eV.

  2. At/ℏ=π/2 より t=πℏ/(2A)=h/(4A)=1/(2ν)≈2.09×10−11s.

  3. kBT=1.38×10−23×300≈4.14×10−21J.2A/(kBT)≈3.83×10−3 で,上と下の準位の数の比は e−2A/(kBT)≈1−3.83×10−3,ほぼ1である.

確かめ:(2) の時刻は光の周期 1/ν のちょうど半分である.(3) から,熱平衡のままでは上の準位の分子がわずかに少なく,誘導放出より吸収が勝つ.メーザーで上の状態の分子を選び出すのはそのためである.

例題 2

オリジナル ★★☆☆☆

磁気モーメントの大きさ m0 のスピン1/2の粒子を,x 方向の一様な磁場 B の中に置く.基底 |+⟩,|−⟩(z 方向の上向き・下向き)でのハミルトニアン行列は H=(0−m0B−m0B0) である.

  1. 定常状態とそのエネルギーを求めよ.

  2. t=0 に |+⟩ にあった粒子が,時刻 t に |−⟩ で見つかる確率を求めよ.

  3. 磁気モーメントの大きさが電子と同じ m0=9.27×10−24JT−1 の粒子について,B=1.0×10−3T,ℏ=1.05×10−34Js のとき,初めてスピンが下向きになる時刻を求めよ.

z軸は上向き,一様な磁場Bはx軸の正の向き.t=0のスピンは+zの|+⟩で,その後x軸のまわりを回って−zの|−⟩になる.右の円はx軸の正の側から見た回転で,Bは手前向き,+zから+yを経て−zへ時計回りに進む.時刻の数値は入れていない. z軸は上向き,一様な磁場Bはx軸の正の向き.t=0のスピンは+zの|+⟩で,その後x軸のまわりを回って−zの|−⟩になる.右の円はx軸の正の側から見た回転で,Bは手前向き,+zから+yを経て−zへ時計回りに進む.時刻の数値は入れていない.
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考え方 アンモニアの行列で E0=0,A=m0B としたものと同じ形である.

  1. 練習1と同じく,(|+⟩+|−⟩)/2 がエネルギー −m0B,(|+⟩−|−⟩)/2 がエネルギー +m0B.これは x 方向の上向き・下向きの状態で,磁場の向きのスピンのエネルギーが低いことと合う.

  2. 本体の節と同じく P−=sin2⁡(m0Bt/ℏ).

  3. m0Bt/ℏ=π/2 より

t=πℏ2m0B=3.14×1.05×10−342×9.27×10−24×1.0×10−3≈1.8×10−8s

確かめ:z 方向のスピンが x 方向の磁場のまわりを角振動数 2m0B/ℏ で歳差運動すると考えると,半回転に πℏ/(2m0B) かかり,(3) と一致する.前の題材で見た歳差の角振動数と同じである.

例題 3

オリジナル ★★★☆☆

アンモニア分子に,窒素の上下の向きに沿った電場をかける.2つの配置のエネルギーは E0±δ(δ=pE,p は電気双極子モーメントの大きさ,E は電場の強さ)となり,ハミルトニアン行列は H=(E0+δ−A−AE0−δ) である.

  1. 2つの準位のエネルギーを求めよ.

  2. δ が A よりずっと小さい場合と,ずっと大きい場合で,準位が E にどう依存するかを述べよ.

  3. 電場の強さが場所 x によって変わるとき,δ が A よりずっと小さい範囲で,上の準位の分子が受ける x 方向の力を求めよ.どちらの向きに押されるか.

左は与えられた行列成分.右は横軸が電場の強さℰ,縦軸がエネルギー.2つの準位はℰ=0でE₀±Aから水平に始まり,電場が強い所では破線の直線E₀±pℰに近づく.力の向きと準位の式の数値は入れていない. 左は与えられた行列成分.右は横軸が電場の強さℰ,縦軸がエネルギー.2つの準位はℰ=0でE₀±Aから水平に始まり,電場が強い所では破線の直線E₀±pℰに近づく.力の向きと準位の式の数値は入れていない.
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考え方 行列式から固有値を出し,小さい量で展開する.準位のエネルギーを分子の位置エネルギーとみなし,力はその勾配に負号を付けたもの.

  1. det⁡(H−EI)=(E0−E)2−δ2−A2=0 より

E=E0±A2+p2E2
  1. δ が A よりずっと小さいとき,1+x≈1+x/2 より E≈E0±(A+p2E22A) で,ずれは E2 に比例する.δ が A よりずっと大きいときは E≈E0±pE で,E に比例する.このとき固有ベクトルはほぼ |1⟩ か |2⟩ で,窒素は上か下に決まり,ふつうの双極子のようにふるまう.

  2. 上の準位の位置エネルギーは U(x)≈E0+A+p22AE(x)2 なので

F=−dUdx=−p22Addx(E2)

上の準位の分子は電場の弱い方へ押される.下の準位の分子は符号が逆で,電場の強い方へ引かれる.

確かめ:(2) の近似の条件は pE/A が1よりずっと小さいことで,捨てた項はその4乗の程度である.アンモニアでは p≈5×10−30Cm,A≈8×10−24J なので,境目の電場は A/p≈2×106Vm−1 程度になる.メーザーでは,中心で電場が0になり外へ向かって強くなる電極の間に分子線を通し,上の準位の分子を中心に集める.

ポイント ここまでのまとめ

  • HC=EC を満たす固有ベクトルが定常状態,固有値 E がそのエネルギー.固有値は det⁡(H−EI)=0 から求める.

  • エルミートな2×2行列の固有値は a+d2±(a−d2)2+|b|2 で必ず実数.異なる固有値の固有ベクトルは直交する.

  • iℏdCdt=HC は,初めの状態を固有ベクトルに分け,それぞれに e−iEt/ℏ を掛けて足せば解ける.1成分の2階の方程式に直してもよい.

  • 平均エネルギーは E―=C∗HC.

  • 外場によるずれは,結合 A より小さいうちは2乗で,大きくなると1乗で効く.

182状態系の準位と遷移の演習

準位の分裂と確率の振動を結びつけましょう.直交基底 |1⟩,|2⟩ の振幅列 C=(C1C2) は iℏdCdt=HC を満たします.

演習 1

オリジナル ★☆☆☆☆

2地点間を行き来する模型を H=(E0−A−AE0),A>0 とします.

  1. (11) と (1−1) に行列を掛け,エネルギーと規格化した定常状態を求めよ.

  2. |1⟩ から出発したときの P2 と,最初の完全移行時刻を求めよ.

場所1,2に対応する直交基底|1⟩,|2⟩を示す.各対角成分はE₀で,2地点の結合は−Aである.固有準位と遷移時刻は描かない. 場所1,2に対応する直交基底|1⟩,|2⟩を示す.各対角成分はE₀で,2地点の結合は−Aである.固有準位と遷移時刻は描かない.
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考え方 定常状態に分け,位相を付けて基底へ戻す.

  1. 行列を掛けるとそれぞれ (E0−A)(11),(E0+A)(1−1).したがって |s⟩=(|1⟩+|2⟩)/2 のエネルギーは E0−A,|a⟩=(|1⟩−|2⟩)/2 は E0+A である.

  2. |1⟩=(|s⟩+|a⟩)/2 より

|ψ(t)⟩=e−iE0t/ℏ[cos⁡(At/ℏ)|1⟩+isin⁡(At/ℏ)|2⟩]

よって P2=sin2⁡(At/ℏ),最初の完全移行は t=πℏ/(2A).確率の往復周期は πℏ/A で,A→0 では行き来が消える.

演習 2

オリジナル ★★☆☆☆

外場中で反転する分子の行列は H=(E0+δ−A−AE0−δ),A>0,δ は実数です.

  1. 行列式から準位とその間隔を求めよ.

  2. 下の定常状態の振幅比 C2/C1 を求めよ.δ>0 でどちらの場所の確率が大きいか.

  3. |δ|/A が十分小さい場合の準位間隔を2次まで求めよ.1+x≈1+x/2 を使ってよいとします.

外場中の2基底の対角成分E₀+δ,E₀−δと結合−Aを同じ高さの箱に示す.δの符号に応じた準位の大小は描かない. 外場中の2基底の対角成分E₀+δ,E₀−δと結合−Aを同じ高さの箱に示す.δの符号に応じた準位の大小は描かない.
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考え方 対角差と結合を含めて固有値を求める.

  1. det⁡(H−EI)=(E0−E)2−δ2−A2=0 なので,D=A2+δ2 とおけば E=E0±D.準位間隔は 2D≥2A,外場で広がる.I は単位行列である.

  2. 下の準位では (δ+D)C1−AC2=0 より r=C2/C1=(δ+D)/A.δ>0 なら r>1 なので場所2の確率が大きい.

  3. 2D=2A1+δ2/A2≈2A+δ2/A.2次の補正に対する捨てた項の比は δ2/A2 程度で,1≫|δ|/A が必要である.

演習 3

オリジナル ★★☆☆☆

未知の2状態系で H=(δ−A−A−δ),A>0,δ≥0 とします.|1⟩ から出発したとき,P2 の最初の最大は tm=2.0×10−11s,最大値が Pm=0.64 でした.ℏ=1.05×10−34Js とします.

  1. D=A2+δ2 とおき,連立方程式から P2(t) を導け.

  2. 測定値から A,δ を推定せよ.最大値が1未満なのは A が小さいためか.

P₂対tの座標に初期点(0,0)と,測定された最初の最大t_m=2.0×10⁻¹¹ s,P_m=0.64を示す.測定点を結ぶ曲線は描かない. P₂対tの座標に初期点(0,0)と,測定された最初の最大t_m=2.0×10⁻¹¹ s,P_m=0.64を示す.測定点を結ぶ曲線は描かない.
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考え方 周期と最大値から2つの未知量を決める.

  1. iℏdC1dt=δC1−AC2,iℏdC2dt=−AC1−δC2.後式を微分すると iℏd2C2dt2=−AdC1dt−δdC2dt.両式を代入して −ℏ2d2C2dt2=(A2+δ2)C2.初期条件は C2(0)=0,dC2dt(0)=iA/ℏ なので C2=i(A/D)sin⁡(Dt/ℏ),P2=(A2/D2)sin2⁡(Dt/ℏ).

  2. Dtm/ℏ=π/2 より D=πℏ/(2tm)≈8.25×10−24J.丸める前の D を用いて,A=DPm≈6.6×10−24J,δ=D1−Pm≈4.9×10−24J.δ=0 なら,A は周期だけを変える.P1+P2=1 であり,粒子は失われていない.

演習 4

オリジナル ★★★☆☆

水素分子イオンを,電子の左右の局在を表す直交基底で模型化します.距離 R>0,x=e−R/a とし,電子の行列を

H(R)=(E0+2A0x2−A0x−A0xE0+2A0x2)

とします.正の対角項は短距離の反発です.A0=8.0eV,a=8.0×10−11m とします.電子は下の定常状態です.

  1. 下の準位と平衡距離の有無を求めよ.

  2. 平衡距離と結合エネルギーを数値で求めよ.分離した極限を基準とします.上の準位にも極小はあるか.

距離Rの2陽子と左右に局在する電子基底を示す.対角成分E₀+2A₀x²,反発項2A₀x²,結合−A₀x,x=e^{−R/a}は問題で与えられた成分である. 距離Rの2陽子と左右に局在する電子基底を示す.対角成分E₀+2A₀x²,反発項2A₀x²,結合−A₀x,x=e^{−R/a}は問題で与えられた成分である.
解答を見る

考え方 下の準位を核間距離のポテンシャルとして調べる.

  1. 対称な状態のエネルギーは E−=E0+2A0x2−A0x.dxdR=−x/a より dE−dR=(A0/a)x(1−4x).停留点は e−R/a=1/4,Re=aln⁡4.そこで d2E−dR2=A0/(4a2)>0 なので安定である.

  2. Re≈1.1×10−10m,E−(Re)−E0=A0/8−A0/4=−A0/8.結合エネルギーは正の 1.0eV.上の準位は E+=E0+2A0x2+A0x,dE+dR=−(A0/a)x(4x+1)<0 で,極小はない.遠方で両準位は E0 に戻る.

演習 5

オリジナル ★★★☆☆

静磁場に回転する磁場を加えたスピン1/2の模型を,基底 |+⟩,|−⟩ で

H(t)=(−ℏω0/2geiωtge−iωtℏω0/2)

とします.g>0,ω0>0 は定数,g はエネルギーの次元を持ちます.t=0 に |+⟩ から出発します.

  1. C+=eiωt/2a,C−=e−iωt/2b と変数を変え,行列を求めよ.

  2. Δ=ω−ω0,Ω=Δ2+4g2/ℏ2 とおき,− にある確率を求めよ.

  3. 共鳴時の最初の完全移行時刻を求めよ.|Δ|=2g/ℏ での最大確率も求めよ.

時刻0の|+⟩を,静磁場とそれに垂直な面で回転する磁場の領域へ入れる.磁場を緑の矢印で示し,回転の角振動数ωとz方向の分析を付す. 時刻0の|+⟩を,静磁場とそれに垂直な面で回転する磁場の領域へ入れる.磁場を緑の矢印で示し,回転の角振動数ωとz方向の分析を付す.
解答を見る

考え方 回転する位相を変数に吸収する.

  1. 代入すると iℏdadt=ℏΔa/2+gb,iℏdbdt=ga−ℏΔb/2.行列は H′=(ℏΔ/2gg−ℏΔ/2) である.

  2. H′2=ℏ2Ω2I/4 より d2bdt2=−Ω2b/4.b(0)=0,dbdt(0)=−ig/ℏ なので b=−2igsin⁡(Ωt/2)/(ℏΩ).位相の絶対値は1なので

P−=4g2ℏ2Ω2sin2⁡(Ωt/2)
  1. 共鳴では Δ=0,P−=sin2⁡(gt/ℏ),最初の完全移行は πℏ/(2g).指定のずれでは Ω2=8g2/ℏ2 なので最大値は 1/2.この行列に対して厳密で,gt/ℏ の小ささは不要である.g=0 なら遷移は起こらず,g/ℏ の次元は角振動数である.

ポイント 教える人へ

  • 基底と定常状態,周期と移行時刻を区別させます.

  • 対角差が最大確率にどう現れるか問います.

  • 周期と振幅から模型を決めさせます.

  • 完全移行の条件と模型の限界を問います.

19確率振幅から見た量子力学の全体像

問い

この章では,「確率は振幅の絶対値の2乗」「区別できない経路の振幅は足す」「続けてたどる経路の振幅は掛ける」という規則を出発点に置き,波と粒子の二重性,スピン,粒子の統計,2状態系を組み立てました.第29章で別々に学んだ光子,物質波,飛び飛びの準位は,この枠組みの中でどこに位置づくのでしょうか.そして,原子や素粒子を扱う本当の量子力学へは,ここからどうつながるのでしょうか.

事実から規則へ

第13章で力学を対称性から組み立て直したように,この章では量子の現象を振幅の規則から組み立て直しました.

前の章での位置づけ

この章での出どころ

光や電子の干渉(第27章,第29章)

区別できない経路の振幅の足し算

光子のエネルギー E=hν(第29章)

定常状態の振幅が e−iEt/ℏ で回ること

ド・ブロイ波長 λ=h/p(第29章)

振幅の位相 −(Et−p⋅r)/ℏ がローレンツ変換で変わらないこと

不確定性原理(第29章)

どちらの経路かを見ると振幅を足せなくなること

飛び飛びの準位(第29章)

ハミルトニアン行列の固有値

光の吸収と放出(第29章)

振動する外場による定常状態の間の共鳴

誘導放出,プランクの式

ボース粒子の振幅の足し算

パウリの排他律,周期表

フェルミ粒子の振幅の引き算

化学結合

電子が移る振幅によるエネルギーの低下

停留作用の原理(第13章)

作用で位相が決まる経路の振幅の重ね合わせ

逆に,この章で出発点として認めたものは次の4つです.

  1. 振幅の規則:確率は振幅の絶対値の2乗.区別できない経路は足し,続けてたどる経路は掛ける.

  2. 時間変化の形:振幅は iℏdCdt=HC に従い,H はエルミート.

  3. 対称性:回転で振幅がどう変わるか(スピン),ローレンツ変換で位相がどう変わるか(ド・ブロイの関係),同じ粒子の入れ替えで振幅がどう変わるか(統計).

  4. 相互作用の中身:ハミルトニアン行列の具体的な成分.

力学の場合と同じく,1から3はどんな系にも共通の枠組みで,4だけが自然を調べて決める物理の中身です.

2つの状態から無限個の状態へ

この章では2つや3つの基底しか使いませんでした.ところが,粒子の位置のように連続な量を扱うには,無限個の基底が要ります.その入口を,2状態系の考え方から作ってみましょう.

一直線に等間隔 b で並んだ原子の列を,電子が渡り歩くとします.n 番目の原子にいる状態を基底に選び,振幅を Cn とします.アンモニアと同じく,各原子にとどまるエネルギーを E0,となりの原子へ移る振幅を表す成分を −A とすると

iℏdCndt=E0Cn−ACn+1−ACn−1

です.原子の間隔 b が,振幅が変化する長さに比べてずっと小さいとし,振幅を位置 x=nb の滑らかな関数 ψ(x) とみなします.テイラー展開(第7章)で ψ(x±b)≈ψ±b∂ψ∂x+b22∂2ψ∂x2 とすると,両どなりの和は 2ψ+b2∂2ψ∂x2 です.エネルギーの基準を E0−2A にずらし,Ab2=ℏ2/(2m) とおき,場所によって違うエネルギーのずれを V(x) と書けば

法則 シュレーディンガー方程式(1次元)

iℏ∂ψ∂t=−ℏ22m∂2ψ∂x2+V(x)ψ

が得られます.ψ(x) が,第29章で波動関数と呼んだものです.V=0 のとき ψ=ei(kx−ωt) を入れると ℏω=ℏ2k2/(2m) で,E=ℏω,p=ℏk とすれば E=p2/(2m) という自由な粒子のエネルギーです.となりへ移る振幅が,粒子の運動エネルギーの正体だったのです.m は ℏ2/(2Ab2) で決まるので,結晶の中の電子は真空中と違う「有効質量」をもちます.これは半導体(第29章)を理解する鍵になります.

左右に等間隔bの原子列を描き,ある時刻に実数である振幅C_nを符号付きの棒の高さで示す.左は粗い原子列,右は同じ位置の範囲でbを小さくした原子列である.棒の先は滑らかな関数ψ(x)をなぞり,位置はx=nbである. 左右に等間隔bの原子列を描き,ある時刻に実数である振幅C_nを符号付きの棒の高さで示す.左は粗い原子列,右は同じ位置の範囲でbを小さくした原子列である.棒の先は滑らかな関数ψ(x)をなぞり,位置はx=nbである.

この方程式は,第29章の箱に閉じこめた電子の準位も,トンネル効果も説明します.エネルギーの決まった状態を探すことは,2状態系の固有値問題を,無限個の成分をもつ場合へ広げたものです.

水素原子の量子数

3次元のシュレーディンガー方程式に,陽子のクーロンの位置エネルギー V=−e24πε0r を入れて固有値を探すと,エネルギーは

En=−13.6eVn2(n=1,2,3,…)

となり,第29章のボーア模型と同じ値が出ます.ただし,電子は円軌道を回るのではなく,振幅が原子の周りに広がった定常状態にあります.

定常状態は,3つの整数で区別されます.n は主量子数です.残りの2つは回転の対称性から来ます.スピンの題材で,回転すると振幅が決まった位相で変わることを見ました.同じように,状態を z 軸のまわりに角 φ だけ回したとき振幅が e−imφ 倍になる状態は,角運動量の z 成分が mℏ です(スピン1/2の |+⟩ に付く e−iϕ/2 は m=1/2 に当たります.この m は質量ではありません).軌道の運動では一周で元に戻るので m は整数です.角運動量の大きさを表す l は 0 から n−1 まで,m は −l から l までの値をとります.さらに電子のスピンの2つの向きがあるので,同じ n の状態は

2∑l=0n−1(2l+1)=2n2

個あります.n=1 で2個,n=2 で8個です.電子はフェルミ粒子なので,1つの状態に1個しか入れません(パウリの排他律).多くの電子をもつ原子では,電子が下の状態から順に詰まり,詰まり方の区切りが周期表の周期になります.化学の性質の周期性は,回転の対称性とフェルミ粒子の統計から出てくるのです.

場の量子論へ

同じ粒子の題材では,すでに n 個の光子がいる状態へもう1個の光子が入る確率が n+1 倍になることを見ました.光子の数そのものが変わる過程を扱うには,「光子が n 個いる状態」を基底に選び,光子を作る振幅と消す振幅を考える必要があります.電磁場の各振動の形(第26章)を1つの振動子とみなすと,そのエネルギーの準位が ℏω 間隔に並び,準位の番号がちょうど光子の数になります.これが光の量子論です.

相対論と量子力学を合わせると,電子もまた「電子の場」の振動として扱わなければなりません.E=mc2 のために,十分なエネルギーがあれば粒子と反粒子の対が生まれ,粒子の数は保存しないからです(次の第31章で扱う対生成).同じ種類の粒子が完全に区別できないこと,スピンが半整数ならフェルミ粒子,整数ならボース粒子になることは,この場の量子論で説明されます.

場の量子論でも,規則はこの章と同じです.起こりうる過程(電子が光子を出す,光子が対を作る,など)を図に描き,それぞれに振幅を割り当てて足し,絶対値を2乗して確率にします.この図をファインマン図といいます.電子と光の量子論(量子電磁力学)で計算した電子の磁気モーメントは,実験と10けたを超える精度で一致しています.

ポイント ここまでのまとめ

  • 干渉,光子,ド・ブロイ波長,準位,吸収と放出,統計,化学結合は,振幅の規則・時間変化の形・対称性という共通の枠組みから出る.物理の中身として残るのはハミルトニアンの成分.

  • となりへ移る振幅をもつ基底を連続に並べると,シュレーディンガー方程式になる.移る振幅が運動エネルギーを与える.

  • 水素原子の定常状態は n,l,m とスピンで区別され,同じ n に 2n2 個ある.回転の対称性とパウリの排他律から周期表が出る.

  • 粒子の生成と消滅を扱う場の量子論でも,過程ごとの振幅を足して2乗するという規則は変わらない.

20第30章の章末問題

振幅の規則を,スピンの測定,時間発展,同種粒子の占有へ結びつけましょう.途中で記録や選別を行う場合には,どの集団に対する確率かを確かめてください.

演習 1

オリジナル ★☆☆☆☆

スピン1/2のビームAは,すべての粒子を |ψ⟩=(|+⟩+i|−⟩)/2 に準備したものです.ビームBは,半数を |+⟩,半数を |−⟩ に別々に準備して混ぜたものです.|+⟩,|−⟩ は z 方向の基底であり,y 方向の正の状態を |+y⟩=(|+⟩+i|−⟩)/2 とします.

  1. 各ビームを z 方向に分析したときの2出口の確率を求めよ.この測定だけで準備法を区別できるか.

  2. y 方向の正の出口の確率を求めよ.Aの2成分を両方とも −1 倍する場合と,|−⟩ の成分だけを −1 倍する場合も比較せよ.

Aは(|+⟩+i|−⟩)/√2への重ね合わせの準備,Bは|+⟩と|−⟩を半数ずつ別々に準備した混合である.各ビームでzまたはyを分析軸に選ぶ.出口には状態名だけを示す. Aは(|+⟩+i|−⟩)/√2への重ね合わせの準備,Bは|+⟩と|−⟩を半数ずつ別々に準備した混合である.各ビームでzまたはyを分析軸に選ぶ.出口には状態名だけを示す.
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考え方
重ね合わせでは射影した振幅を足し,混合では各準備法の確率を割合で重み付けする.

  1. Aでは ⟨+|ψ⟩=1/2,⟨−|ψ⟩=i/2 なので両出口とも 1/2.Bでも各準備の半数ずつが対応する出口へ行き,両方 1/2 である.この測定だけでは区別できない.

  2. Aでは ⟨+y|ψ⟩=[1+(−i)i]/2=1 より確率は1.Bでは |⟨+y|+⟩|2=|⟨+y|−⟩|2=1/2 だから,平均も 1/2 である.A全体を −1 倍すると射影振幅も −1 倍となり,確率は1のまま.第2成分だけを反転すると ⟨+y|ψ′⟩=[1+(−i)(−i)]/2=0 となる.直交する2出口の確率の和は常に1であり,全体の位相と相対位相の違いを確かめられる.

演習 2

オリジナル ★★☆☆☆

経路 |1⟩,|2⟩ の直交する2本を持つ干渉計に,粒子を1個ずつ送ります.再結合直前の状態は

|ψ⟩=|1⟩|+⟩+eiϕ|2⟩|−⟩2

です.スピン以外に経路の記録はありません.再結合器は,経路1を (|D⟩+|E⟩)/2,経路2を (|D⟩−|E⟩)/2 に変えます.各出口で |+θ⟩=cos⁡(θ/2)|+⟩+sin⁡(θ/2)|−⟩ と,これに直交する |−θ⟩=−sin⁡(θ/2)|+⟩+cos⁡(θ/2)|−⟩ を分析します.0≤θ≤π とします.

  1. スピンを区別せずに数えた PD,PE を求めよ.

  2. D かつ +θ の同時確率と,+θ の粒子だけを選んだときの D の確率を求めよ.後者の最大値と最小値から,縞の鮮明度 V=(Pmax−Pmin)/(Pmax+Pmin) を求めよ.反対のスピンの組も合わせると縞が消える理由を述べよ.

経路1に|+⟩,経路2に|−⟩が付いた干渉計を示す.第2経路に位相φを挿入し,再結合後のD,Eをそれぞれ角θのスピン分析器へ送る. 経路1に|+⟩,経路2に|−⟩が付いた干渉計を示す.第2経路に位相φを挿入し,再結合後のD,Eをそれぞれ角θのスピン分析器へ送る.
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考え方
同じ出口でも直交するスピンの確率は足す.スピンを別の基底で選別すると,各選別結果には両経路の振幅が寄与する.

  1. D の規格化前のスピン状態は (|+⟩+eiϕ|−⟩)/2,E は (|+⟩−eiϕ|−⟩)/2.したがって PD=PE=1/4+1/4=1/2 で,位相に依存しない.

  2. c=cos⁡(θ/2),s=sin⁡(θ/2) とおく.同時振幅は (c+seiϕ)/2 だから

PD,+θ=1+sin⁡θcos⁡ϕ4,PE,+θ=1−sin⁡θcos⁡ϕ4

となる.和から P+θ=1/2 なので,条件付き確率は PD∣+θ=(1+sin⁡θcos⁡ϕ)/2.最大・最小は (1±sin⁡θ)/2,よって V=sin⁡θ.一方,D,−θ の振幅は (−s+ceiϕ)/2,確率は (1−sin⁡θcos⁡ϕ)/4 である.両スピンを足すと干渉項が相殺する.θ=π/2 で選別した組の鮮明度は1になるが,全粒子の PD=1/2 は変わらず,確率保存と整合する.

演習 3

オリジナル ★★☆☆☆

|+x⟩=(|+⟩+|−⟩)/2 のビームを,エネルギー E+=−Δ/2,E−=Δ/2 の領域に入れます.Δ は粒子ごとには一定ですが,ビーム内では未知の分布を持ちます.時間 t1 の後に,測定も選別もせず,X|+⟩=|−⟩,X|−⟩=|+⟩ という瞬間的な操作を行います.同じ領域でさらに時間 t2 を過ごしてから,x 方向を分析します.

  1. 1粒子の最終状態と P+x を求めよ.すべての粒子で P+x=1 とする時間の条件を求めよ.

  2. 操作前と操作後の準位差がそれぞれ Δ1,Δ2 で,t1=t2=τ の場合の P+x を求めよ.2つの操作区間の間にエネルギーの共通の定数が変わるだけなら,結果は変わるか.

x方向の正の状態の準備,自由発展時間t₁,交換操作X,自由発展時間t₂,x方向の分析を時間順に示す.t₁とt₂の関係や最終状態は示さない. x方向の正の状態の準備,自由発展時間t₁,交換操作X,自由発展時間t₂,x方向の分析を時間順に示す.t₁とt₂の関係や最終状態は示さない.
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考え方
途中で基底を交換すると,初めに高いエネルギーを持った成分が後半では低いエネルギーを持つ.蓄積した相対位相を前後で比較する.

  1. 操作直前は (eiΔt1/(2ℏ)|+⟩+e−iΔt1/(2ℏ)|−⟩)/2.交換後にさらに発展させると

|ψf⟩=eiΔ(t2−t1)/(2ℏ)|+⟩+e−iΔ(t2−t1)/(2ℏ)|−⟩2

だから,P+x=cos2⁡[Δ(t2−t1)/(2ℏ)].未知の分布に対して確実に1とするには t1=t2 とする.このとき粒子間で準位差が異なっていても位相がそろう.

  1. 最終的な相対位相に関係する量は Δ2τ−Δ1τ なので,P+x=cos2⁡[(Δ2−Δ1)τ/(2ℏ)].共通エネルギーの変更は全体の位相しか変えず,確率は変わらない.理想的な交換操作の近似には,操作時間 tp に対して |Δj|tp/ℏ が十分小さいことが必要であり,準位差の時間変動まで常に打ち消せるわけではない.

演習 4

オリジナル ★★☆☆☆

損失のないスピン分析装置の出口 D を校正します.入力が a|+⟩+b|−⟩ なら,D への振幅は Xa+Yb です.装置は直交する2出口を持ち,|X|2+|Y|2=1 とします.入力状態を変えて次の検出確率を得ました.誤差は無視します.

入力状態

|+⟩

|−⟩

(|+⟩+|−⟩)/2

(|+⟩+i|−⟩)/2

PD

0.360

0.640

0.788

0.116

  1. 全体の位相を選んで X を正の実数とし,X,Y を復元せよ.第3列だけでは何が決まらないか.

  2. 必ず出口 D に来る規格化した入力状態を求めよ.第1,2列の確率だけを使って「入力の +,− を確率で混ぜる」模型を作ると,第3,4列を説明できるか.

4種類の既知入力を切り替えて未知の分析装置へ送る.重ね合わせ入力の負の成分には×1または×iを与える.分析装置の2出口D,Eを示す. 4種類の既知入力を切り替えて未知の分析装置へ送る.重ね合わせ入力の負の成分には×1または×iを与える.分析装置の2出口D,Eを示す.
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考え方
位相をそろえた2つの試験入力は,未知の振幅の積の実部と虚部を別々に測る.

  1. 最初の2列から X=0.600,|Y|=0.800.z=X∗Y とおけば,第3列は PD=|X+Y|2/2=1/2+Re⁡z,第4列は |X+iY|2/2=1/2−Im⁡z である.したがって Re⁡z=0.288,Im⁡z=0.384,Y=z/X=0.480+0.640i.0.4802+0.6402=0.800 と一致する.第3列だけでは虚部の符号が決まらず,互いに複素共役な2つの候補が残る.

  2. |χ⟩=X∗|+⟩+Y∗|−⟩=0.600|+⟩+(0.480−0.640i)|−⟩ とすれば,振幅は XX∗+YY∗=1,確率も1である.確率で混ぜる模型はどちらの試験入力にも (0.360+0.640)/2=0.500 を予測し,表と合わない.復元には入力の相対位相が既知であることが必要であり,復元した状態の規格化も 0.360+0.640=1 で確かめられる.

演習 5

オリジナル ★★☆☆☆

直交する2状態 |1⟩,|2⟩ に対し,短い操作の行列を

U=12(1−111)

とします.|1⟩ に U を作用させた後,H=(−Δ/200Δ/2),Δ>0 のもとで時間 T だけ発展させ,さらに |2⟩ の振幅だけを eiϕ 倍します.最後に同じ U を作用させて状態を測ります.途中で記録は残しません.

  1. 最終的な P1,P2 を求め,P2=1 とする ϕ の条件を述べよ.

  2. (1)で P2=1 となる ϕ に固定したまま,発展時間が T+δT にずれた場合,1−P2 の先頭の項を求めよ.最初の U の直後に 1,2 の記録を残す場合には,位相を調整して P2=1 にできるか.

初期状態|1⟩にUを作用させ,時間Tの領域で発展させる.状態2の振幅に位相φを挿入し,同じUをもう一度作用させた後に1,2を測定する. 初期状態|1⟩にUを作用させ,時間Tの領域で発展させる.状態2の振幅に位相φを挿入し,同じUをもう一度作用させた後に1,2を測定する.
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考え方
2つの短い操作の間で相対位相を蓄積する.操作は行列の積,途中の自由発展は各エネルギーの位相で表す.

  1. a=ΔT/(2ℏ) とおく.1回目の出力は (11)/2,位相挿入後は (eiaeiϕe−ia)/2.最後の出力は (eia−eiϕe−iaeia+eiϕe−ia)/2 である.χ=ϕ−ΔT/ℏ とすれば,P1=(1−cos⁡χ)/2,P2=(1+cos⁡χ)/2.ϕ=ΔT/ℏ+2πn,n は整数,とすれば P2=1 になる.

  2. 位相挿入を固定したまま時間がずれると χ=−ΔδT/ℏ になる.cos⁡χ≈1−χ2/2 より 1−P2≈(ΔδT/ℏ)2/4.記録が残る場合,最初の各状態の確率は 1/2,そこから最後に2へ行く確率も 1/2 なので,P2=1/4+1/4=1/2 である.位相では変えられない.小さな時間ずれの近似には |ΔδT|/ℏ が十分小さいことが必要で,厳密な式では P1+P2=1 である.

演習 6

オリジナル ★★★☆☆

相互作用を無視した2電子を,左右の局在基底 |L⟩,|R⟩ で表す装置に入れます.軌道の行列は Horb=(E0−A−AE0),A>0 です.一様磁場 B≥0 は軌道に影響せず,スピン |+⟩,|−⟩ のエネルギーをそれぞれ −m0B,+m0B だけ変えます.m0>0 は磁気モーメントの大きさです.各電子の完全な状態は,軌道とスピンの組で指定します.

  1. 4つの1電子状態のエネルギーを求め,2電子の基底状態の占有を B によって場合分けせよ.切り替わる磁場も求めよ.

  2. 全エネルギー U と全磁気モーメント M=−dUdB を求めよ.切り替わりの前後で,左側にある電子数の期待値は変わるか.

左右の局在基底|L⟩,|R⟩の対角成分E₀と結合−Aを示す.共通の一様磁場Bを緑で示し,各局在基底で選べる2つのスピン状態を示す.電子の占有と固有準位の大小は描かない. 左右の局在基底|L⟩,|R⟩の対角成分E₀と結合−Aを示す.共通の一様磁場Bを緑で示し,各局在基底で選べる2つのスピン状態を示す.電子の占有と固有準位の大小は描かない.
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考え方
軌道の固有状態を先に求め,スピンによるずれを加える.排他律は軌道とスピンを合わせた状態に適用する.

  1. 対称軌道 |s⟩=(|L⟩+|R⟩)/2 は E0−A,反対称軌道 |a⟩=(|L⟩−|R⟩)/2 は E0+A である.スピンも含めたエネルギーは Es,+=E0−A−m0B,Es,−=E0−A+m0B,Ea,+=E0+A−m0B,Ea,−=E0+A+m0B.最も低い s,+ に1電子を入れる.第2電子は Es,−−Ea,+=2(m0B−A) の符号から,B<A/m0 では s,−,B>A/m0 では a,+ に入る.Bc=A/m0 で両配置が縮退する.

  2. B<Bc では U=2E0−2A,M=0.B>Bc では U=2E0−2m0B,M=2m0.境界でエネルギーは連続だが微分は一意でなく,縮退状態の準備によって磁気モーメントが変わる.どちらの軌道も左側の確率は 1/2 なので,左側の電子数の期待値は両配置とも1である.同じ軌道に反対スピンを入れることは排他律に反しない.Bc の次元は磁場であり,温度0で相互作用を無視した模型の結論である.

演習 7

オリジナル ★★★☆☆

2状態系を H0=(0−A−A0),A>0 の下の定常状態 |s⟩=(|1⟩+|2⟩)/2 に準備します.時刻0に外場を短時間で切り替えて H1=(δ−A−A−δ),δ>0 に変えます.切り替え直後の状態は |s⟩ のままとし,その後は H1 が一定です.平均エネルギーは E―=C∗HC とし,行ベクトルの C∗ は列ベクトル C の複素共役を横に並べたものです.切り替え時の平均の仕事は,前後の平均エネルギーの差で定義します.

  1. D=A2+δ2 とおき,切り替え後のエネルギー測定で −D,+D を得る確率を求めよ.

  2. 外場がする平均の仕事と,新しい最低エネルギーから測った平均の余剰エネルギーを求めよ.δ/A が十分小さいとき,余剰エネルギーと上準位の確率を先頭の次数まで求めよ.

切り替え前の対角成分0,0と切り替え後のδ,−δを並べる.結合はともに−Aである.切り替え直後も準備した|s⟩=(|1⟩+|2⟩)/√2のままであることを示す. 切り替え前の対角成分0,0と切り替え後のδ,−δを並べる.結合はともに−Aである.切り替え直後も準備した|s⟩=(|1⟩+|2⟩)/√2のままであることを示す.
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考え方
急な切り替えは状態を保つが,定常状態の基底は変わる.測定確率は規格化と平均エネルギーから求められる.

  1. 行列式は E2−A2−δ2 だから,新しいエネルギーは ±D.初期列 C=(11)/2 を代入すると H1C=(δ−A−A−δ)/2,したがって E―1=−A である.測定確率を pl,pu とすれば,pl+pu=1,−Dpl+Dpu=−A より

pl=1+A/D2,pu=1−A/D2

となる.一定の H1 の下では各定常状態に位相が付くだけなので,このエネルギー測定の確率は以後も変わらない.

  1. 切り替え前のエネルギーも −A なので,平均の仕事は0.ただし新しい最低エネルギーは −D に下がり,余剰エネルギーは E―1−(−D)=D−A=2Dpu である.x=δ/A とおけば,D=A1+x2≈A+δ2/(2A),A/D≈1−x2/2 だから,余剰エネルギーは δ2/(2A),pu≈δ2/(4A2).近似条件は 1≫δ/A であり,急な切り替えには切り替え時間 ts に対して Dts/ℏ も十分小さいことが必要である.δ→0 で余剰も上準位の確率も0に戻る.

演習 8

オリジナル ★★★☆☆

同じ |1⟩ から出発する分子の半数は Ha=(0−[A+b]−[A+b]0),残りは Hb=(0−[A−b]−[A−b]0) に従います.A>b>0 とし,所属する組は各分子で時間とともに変わりません.組の記録を読まずに,状態2で見つかる確率 P2(t) を全体で測ります.

  1. 各組の振幅を求め,全体の P2(t) を速い振動と遅い因子の積で表せ.振動の振幅が初めて消える時刻と,初めて元の大きさに戻る時刻を求めよ.

  2. A=20b とするとき,(1)の2つの時刻で P2 を求めよ.最初の時刻以後,振動の振幅が永久に0になるという模型と区別する測定を提案せよ.

各分子を|1⟩に準備し,半数ずつを結合−(A+b),−(A−b)の一定環境へ送る.所属する環境は途中で変わらず,全体で共通の状態2の検出を行う. 各分子を|1⟩に準備し,半数ずつを結合−(A+b),−(A−b)の一定環境へ送る.所属する環境は途中で変わらず,全体で共通の状態2の検出を行う.
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考え方
別々に準備された2集団には確率の平均を使う.各集団の中では2つの定常状態の位相が干渉する.

  1. 結合を −G と書けば,方程式は iℏdC1dt=−GC2,iℏdC2dt=−GC1.初期条件 C1(0)=1,C2(0)=0 を満たす解は C1=cos⁡(Gt/ℏ),C2=isin⁡(Gt/ℏ) である.G=A+b,A−b を代入し,2集団を平均すると

P2=sin2⁡[(A+b)t/ℏ]+sin2⁡[(A−b)t/ℏ]2=1−cos⁡(2At/ℏ)cos⁡(2bt/ℏ)2

となる.速い振動の振幅の大きさは |cos⁡(2bt/ℏ)|/2.最初の消失は t0=πℏ/(4b),最初の復元は tr=πℏ/(2b) である.

  1. t0 では遅い因子が0なので P2=1/2.tr では遅い因子が −1,速い因子が cos⁡(20π)=1 なので P2=1 である.tr 付近で計数の時間変化を調べ,振動の復元を確かめれば永久消失の模型を排除できる.所属の違いを読まないことは,各分子の時間発展が失われたことを意味しない.b/A=1/20 が小さいので速い振動と包絡の区別ができるが,求めた確率の式自体はこの小ささを使わず,b→0 で単一の振動に戻る.

演習 9

オリジナル ★★★☆☆

質量 m の粒子を,位置エネルギー Kx2/2,K>0 の機械的な拘束で1次元に閉じ込めます.内部の2状態の行列は H(x)=(αx−A−A−αx),A>0,α>0 です.粒子は移動中も内部の下の定常状態に保たれると仮定します.位置 x の全ポテンシャルは,機械的な位置エネルギーと内部の最低エネルギーの和とします.

  1. 全ポテンシャル U(x) と力を求め,x=0 の安定性が変わる Kc を求めよ.

  2. K<Kc の安定な平衡位置を求めよ.K>Kc における原点のまわりの小振動の角振動数を求め,K=Kc でも復元力が残るか調べよ.1+z=1+z/2−z2/8+⋯ を使ってよい.

機械的な拘束に沿うx軸と原点0を示す.位置xにある質量mの粒子の内部状態の対角成分αx,−αxと一定の結合−Aを示す.機械的な位置エネルギーはKx²/2である. 機械的な拘束に沿うx軸と原点0を示す.位置xにある質量mの粒子の内部状態の対角成分αx,−αxと一定の結合−Aを示す.機械的な位置エネルギーはKx²/2である.
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考え方
行列の固有値を位置の関数として求める.全ポテンシャルの曲率で安定性を決め,曲率が0なら次の項を調べる.

  1. 行列式 E2−A2−α2x2=0 より下のエネルギーは −D(x),D(x)=A2+α2x2.したがって

U=Kx22−D(x),F=−dUdx=−Kx+α2xD(x)

である.原点の曲率は d2Udx2(0)=K−α2/A だから,Kc=α2/A.K>Kc では安定,K<Kc では不安定となる.

  1. 原点以外の停留点では D=α2/K なので,xe=±α2/K2−A2/α2.実数となる条件は K<Kc である.d2Udx2=K−α2/D+α4x2/D3 より,ここでは d2Udx2(xe)=α4xe2/D3>0,よって安定.K>Kc では md2xdt2=−(K−Kc)x と近似でき,ω=(K−Kc)/m.一方,原点の近くで展開すると

U=−A+K−Kc2x2+α48A3x4+⋯

なので,K=Kc では F≈−α4x3/(2A3) という復元力が残る.展開には振幅 a に対して αa/A が十分小さいことが必要であり,K>Kc の線形近似にはさらに α4a2/[2A3(K−Kc)] が十分小さいことが必要になる.内部状態を下の準位に保つ仮定には ℏα|dxdt|/A2 が十分小さいことも必要で,Kc はばね定数の次元を持つ.

21第30章の発展問題

2状態系の考え方を,粒子の振動,繰り返す測定,光の増幅,分子の準位へ広げます.与えた模型を解くとともに,近似の条件と測定で確かめられる予測を調べてください.

演習 1

オリジナル ★★★★☆

2種類のニュートリノを,直交する質量の定常状態 |1⟩,|2⟩ の重ね合わせとして扱います.検出される種類の基底を

|a⟩=cos⁡θ|1⟩+sin⁡θ|2⟩,|b⟩=−sin⁡θ|1⟩+cos⁡θ|2⟩

とし,0<θ<π/2 とします.質量は m2>m1 です.時刻0,位置0で |a⟩ を準備し,各成分は同じ全エネルギー E と,pjc=E2−mj2c4 の運動量を持ちます.距離 L の検出器への位相因子は ei(pjL−Et)/ℏ です.E は両静止エネルギーより十分大きく,検出器は質量成分を区別しません.

  1. b を検出する確率を求め,Q=(m22−m12)c4 とおいて超相対論的な近似で表せ.最初の最大となる距離も求めよ.

  2. θ=π/6,E=1.0×106eV,Q=4.0×10−3eV2,ℏc=1.97×10−7eVm のとき,最大確率と最初の最大の距離を評価せよ.

  3. 各成分は長さ σx の波束で,vj=pjc2/E とします.分散による波束の広がりは無視し,飛行時間を L/c と近似します.波束の分離が無視できる条件と,エネルギー幅 δE による位相の幅が無視できる条件を導け.(2)の距離で σx=1.0×10−9m,δE/E=0.020 とすると,それぞれの条件を満たすか.

時刻0,位置0に種類aを準備する.質量成分1,2の初期波束は同じ位置にあり,それぞれの初期長さはσ_xである.2成分を区別しない検出器を距離Lに置く.波束の成分は説明のため上下に分けて示す. 時刻0,位置0に種類aを準備する.質量成分1,2の初期波束は同じ位置にあり,それぞれの初期長さはσ_xである.2成分を区別しない検出器を距離Lに置く.波束の成分は説明のため上下に分けて示す.
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考え方
定常状態の位相を進め,検出の基底へ戻す.振動には,検出時に2つの波束が重なり,相対位相が集団内でそろうことも必要である.

  1. 共通の時間の位相を除いた検出振幅は

⟨b|ψ(L)⟩=sin⁡θcos⁡θ(eip2L/ℏ−eip1L/ℏ)

だから,Pb=sin2⁡(2θ)sin2⁡[(p2−p1)L/(2ℏ)].1−z≈1−z/2 より pj≈E/c−mj2c3/(2E) で,p2−p1≈−Q/(2Ec).よって

Pb≈sin2⁡(2θ)sin2⁡(QL4ℏcE),Lm=2πℏcEQ

となる.共通エネルギーの位相は検出確率から消える.

  1. sin2⁡(π/3)=3/4 だから最大確率は 0.75.Lm=2π×1.97×10−7×1.0×106/(4.0×10−3)m≈3.1×102m である.

  2. vj≈c[1−mj2c4/(2E2)] より,分離距離は d=|v2−v1|L/c≈QL/(2E2).したがって d/σx=QL/(2E2σx) が十分小さいことが必要である.相対位相の大きさを Φ=QL/(2ℏcE) とすれば,|dΦdE|δE=ΦδE/E も十分小さくなければならない.最初の最大では Φ=π なので,位相幅は 0.063.分離は 6.2×10−13m,長さに対する比は 6.2×10−4 で,両方とも小さい.運動量の展開には各 mj2c4/E2 が十分小さいという別の前提が必要であり,質量差だけからこの前提を検証することはできない.Q→0 で振動が消え,位相の引数も無次元である.

演習 2

オリジナル ★★★★☆

H=(0−A−A0),A>0 の2状態系を |1⟩ から出発させます.全時間を T=πℏ/(2A) に固定し,等間隔で N 回,最後の時刻も含めて状態1か2かを理想的に測定します.測定結果が1なら直後の状態は |1⟩ です.すべての測定で1と判定された履歴だけを採用します.さらに,各測定には状態によらない生存効率 η があり,失われた粒子は戻りません.

  1. 測定しない場合の最終状態と,採用される履歴の入射粒子あたりの確率 SN を求めよ.η=1 で N→∞ とする極限を調べよ.

  2. η=1 とし,途中で2と判定された粒子も捨てずに同じ測定を続ける場合,最後に1と判定される確率を求めよ.これが SN と違う理由を述べよ.

  3. η=1−ϵ,0<ϵ<1 とします.ϵ が十分小さい場合,SN を最大にする N と最大確率を近似的に求めよ.ϵ=0.0025 で近似値を求め,近傍の整数を厳密な式で比較せよ.ln⁡(1−x)≈−x,ln⁡cos⁡x≈−x2/2 を使ってよい.

時間0からTまでにN回の測定を等間隔で行い,最後の測定もTに含める.各測定に生存効率ηを付す.すべて状態1となる採用履歴を実線,途中で状態2となる履歴を破線で示す. 時間0からTまでにN回の測定を等間隔で行い,最後の測定もTに含める.各測定に生存効率ηを付す.すべて状態1となる採用履歴を実線,途中で状態2となる履歴を破線で示す.
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考え方
連続した振幅の時間発展と,測定後に状態が準備し直される過程を区別する.採用する履歴の確率には各回の生存効率も掛ける.

  1. 連立方程式から d2C2dt2=−A2C2/ℏ2,C2(0)=0,dC2dt(0)=iA/ℏ となる.したがって C1=cos⁡(At/ℏ),C2=isin⁡(At/ℏ).測定しなければ T で状態は i|2⟩ となる.各間隔 T/N で1を得る確率は cos2⁡[π/(2N)] なので

SN=ηNcos2N⁡(π2N)

である.η=1 なら ln⁡SN≈−π2/(4N)→0,よって SN→1.頻繁な測定が移行を抑える量子ゼノン効果である.

  1. 1回ごとの反転確率を q=sin2⁡[π/(2N)] とする.測定 r 回後の状態1の確率を pr とすれば,pr+1=(1−q)pr+q(1−pr).よって 2pr+1−1=(1−2q)(2pr−1),p0=1 から

pN=1+cosN⁡(π/N)2

となる.途中で状態2へ移り,さらに1へ戻る履歴も含むため,すべて1という履歴の SN と異なる.N→∞ では pN も1へ近づく.

  1. 大きい N で ln⁡SN≈−Nϵ−π2/(4N).連続変数として微分すると −ϵ+π2/(4N2)=0 より

N∗≈π2ϵ,Smax≈e−πϵ

である.指定値では N∗≈31.4,Smax≈0.855.厳密な式では S30≈0.85438,S31≈0.85451,S32≈0.85450 となる.実数 N>1 で x=π/(2N) とおくと,厳密な対数の微分は ln⁡η+2ln⁡cos⁡x+2xtan⁡x であり,その N による微分は −2x2sec2⁡x/N<0.したがって最大は一つで,整数では N=31 が最適である.近似には ϵ と π/(2N∗) が十分小さいことが必要である.固定した η<1 で測定を無限に増やすと SN→0 となり,測定損失も最適条件に含める必要がある.

演習 3

オリジナル ★★★★☆

中性K中間子の簡略模型として,直交する2状態 |S⟩,|L⟩ のエネルギーを ES,EL,平均寿命を τS<τL とします.崩壊せずに残る振幅は fj(t)=e−iEjt/ℏe−t/(2τj) です.種類を測定する基底は |K⟩=(|S⟩+|L⟩)/2,|K¯⟩=(|S⟩−|L⟩)/2 とします.時刻0に |K⟩ を準備し,ω=(EL−ES)/ℏ≠0 とします.実際のK中間子の細かな非対称性はこの模型では省きます.

  1. 入射粒子あたりの PK(t),PK¯(t),生存確率と崩壊確率を求めよ.崩壊せずに残った粒子だけに対する K の条件付き確率を,[1+V(t)cos⁡ωt]/2 の形にせよ.

  2. V(t)=1/2 になる時刻を求めよ.長時間後の条件付き確率と,粒子が全く失われない2状態系との違いを述べよ.

  3. K,K¯ を等しい微小な率 r で識別できる検出器を置き,全時間の期待計数を NK=r∫0∞PK(t)dt,NK¯=r∫0∞PK¯(t)dt とします.rτL は十分小さく,検出による生存への影響を無視します.計数の非対称度 A=(NK−NK¯)/(NK+NK¯) を求め,寿命が等しい極限も調べよ.∫0∞e−atcos⁡ωtdt=a/(a2+ω2),a>0 を使ってよい.

種類Kを準備し,時間tの伝播中の成分S,Lに寿命τ_S,τ_Lを付す.崩壊せずに残る粒子を種類K,K̄で分析し,崩壊した粒子の行き先も示す. 種類Kを準備し,時間tの伝播中の成分S,Lに寿命τ_S,τ_Lを付す.崩壊せずに残る粒子を種類K,K̄で分析し,崩壊した粒子の行き先も示す.
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考え方
崩壊は振幅の絶対値を減らす.残った2成分を干渉させた後,条件付き確率にするときだけ生存確率で割る.

  1. 状態は (fS|S⟩+fL|L⟩)/2 で,検出振幅は (fS+fL)/2 と (fS−fL)/2.a=(1/τS+1/τL)/2 とおくと

PK=e−t/τS+e−t/τL+2e−atcos⁡ωt4,PK¯=e−t/τS+e−t/τL−2e−atcos⁡ωt4

である.生存確率は Psurv=(e−t/τS+e−t/τL)/2,崩壊確率は 1−Psurv.b=(1/τS−1/τL)/2>0 とおけば,生存確率は e−atcosh⁡(bt) に等しい.ここで cosh⁡x=(ex+e−x)/2 である.したがって

PK∣surv=1+V(t)cos⁡ωt2,V(t)=1cosh⁡(bt)

となる.

  1. cosh⁡(bt)=2 は ebt+e−bt=4 なので,ebt=2+3.よって t1/2=ln⁡(2+3)/b.長時間では S の割合が減り,残った粒子はほぼ L だけになって,条件付き確率は両種類とも 1/2 へ近づく.実際には入射粒子あたりの両確率は0へ減る.粒子が失われない系では振動の振幅が一定だが,ここでは寿命の違いが干渉する2振幅の大きさを不均等にする.

  2. 和と差を先に積分すると,NK+NK¯=r(τS+τL)/2,NK−NK¯=ra/(a2+ω2).したがって

A=2a(τS+τL)(a2+ω2)

である.τS=τL=τ では a=1/τ,A=1/(1+ω2τ2).同じ寿命なら生存粒子の鮮明度は1を保つが,時間を積分した計数の非対称度は振動で小さくなる.非対称度は無次元で,検出器を弱いとした条件 rτL が十分小さいことも確認できる.

演習 4

オリジナル ★★★★★

外から励起された原子が毎秒 R 個,共振器の上準位へ供給されるレーザーの模型を考えます.下準位へ移った原子は速やかに取り除かれ,吸収は無視します.上準位の原子数を N,共振器の平均光子数を n とし,B,γ,κ>0 は s−1 の次元を持つ定数です.選んだモードへの放出率は BN(n+1),それ以外への緩和率は γN,共振器からの光子損失率は κn とします.ゆらぎを無視した平均の模型は

dndt=BN(n+1)−κn,dNdt=R−γN−BN(n+1)

です.光子のエネルギーは hν で,損失光子はすべて出力として利用できます.

  1. R>0 における非負の定常解 n∗,N∗ を求め,定常解が一つであることを示せ.n+1 の1を省いた模型のしきい値 Rc と比べ,厳密な定常解が R<Rc でも n∗>0 になる理由を述べよ.

  2. 出力仕事率を求め,エネルギーの収支を確かめよ.ρ=γ/B が十分大きいとき,R=Rc の光子数と,しきい値の変化が丸くなる励起率の幅の尺度を見積もれ.

  3. 定常解のまわりで n=n∗+x,N=N∗+y とし,1次の方程式を2×2行列で書け.定常解が安定であることを示せ.最後に,n∗ が十分大きい領域で,微小なずれが振動しながら減衰する条件を近似的に求めよ.

率Rで上準位へ原子を供給する.選んだモードへの放出BN(n+1),その他の緩和γN,下準位の原子の取り除き,共振器の光子数nと出力κnを示す.定常値やしきい値は描かない. 率Rで上準位へ原子を供給する.選んだモードへの放出BN(n+1),その他の緩和γN,下準位の原子の取り除き,共振器の光子数nと出力κnを示す.定常値やしきい値は描かない.
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考え方
原子数を固定せず,光によって上準位が減る効果も含める.定常解では生成と損失をつり合わせ,安定性は線形化した2変数の固有値で調べる.

  1. 光子の定常条件から N∗=κn∗/[B(n∗+1)].原子の式に代入すると

Rκ=n∗+ρn∗n∗+1,n∗2+(1+ρ−R/κ)n∗−R/κ=0

となる.s=R/κ とおけば正の解は

n∗=s−1−ρ+(1+ρ−s)2+4s2,N∗=κn∗B(n∗+1)

である.右辺の n+ρn/(n+1) は0から単調に増え,微分は 1+ρ/(n+1)2>0 なので非負の解は一つ.1を省くと,発光する定常解は N=κ/B,n=(R−Rc)/κ,Rc=γκ/B=κρ となり,正になるには R>Rc を要する.元の模型は n=0 でも自発放出 BN が光の種を供給するため,しきい値以下でも正の光子数を持つ.

  1. 出力は P=hνκn∗.定常条件 R=γN∗+κn∗ より hνR=hνγN∗+P で,この準位差について供給と損失がつり合う.R=Rc では n∗2+n∗−ρ=0,よって n∗=(1+4ρ−1)/2≈ρ.δs=(R−Rc)/κ とすれば二次式は n∗2+(1−δs)n∗−(ρ+δs)=0.n∗ が ρ 程度の領域では,δsn∗ が n∗2 と同程度になるのは |δs| も ρ 程度のときである.したがって丸まりの幅の尺度は δR∼κρ,しきい値に対する比は δR/Rc∼1/ρ となる.

  2. n∗=n0 と略記し,BN∗=κn0/(n0+1) を使うと

ddt(xy)=J(xy),J=(−κn0+1B[n0+1]−BN∗−γ−B[n0+1])

である.tr⁡J=−κ/(n0+1)−γ−B(n0+1)<0,det⁡J=κ[γ/(n0+1)+B(n0+1)]>0.固有値は λ2−(tr⁡J)λ+det⁡J=0 を満たし,実数なら両方負,複素数なら実部が負なので安定である.n0 が十分大きく,さらに κ/n0 が γ+Bn0 より十分小さく,γ/(Bn02) も十分小さいとき,跡は −(γ+Bn0),行列式は κBn0 と近似できる.振動する条件は

(γ+Bn0)2<4κBn0

である.u=Bn0 とおけば,κ>γ かつ 2κ−γ−2κ(κ−γ)<u<2κ−γ+2κ(κ−γ) がその範囲となる.近似には 1/n0,κ/[n0(γ+Bn0)],γ/(Bn02) が十分小さいことが必要であり,厳密な判定は (tr⁡J)2−4det⁡J<0 を使う.R→0 で n∗,N∗→0 となり,率の式の次元も整合する.

演習 5

IPhO 2021 第3問(改題) ★★★★★

ベンゼンの6地点を巡る電子の模型を考えます.3組の地点を ar,br,r=0,1,2 とし,添字は3ごとに繰り返します.隣接する ar,br の結合は −A1,br,ar+1 の結合は −A2 です.A1=A(1+ϵ),A2=A(1−ϵ),A>0,|ϵ|<1 とします.各地点の対角エネルギーは E0 です.1電子の振幅は

iℏdCa,rdt=E0Ca,r−A1Cb,r−A2Cb,r−1,iℏdCb,rdt=E0Cb,r−A1Ca,r−A2Ca,r+1

を満たします.電子は6個で,各軌道状態には2つのスピン状態があり,相互作用は無視します.結合の交互の変化に要する力学的エネルギーは Kϵ2/2,K>6A とします.ここで K はエネルギーの次元を持つ定数です.

  1. 定常状態の振幅を Ca,r(t)=ueiqre−iEt/ℏ/3,Cb,r(t)=veiqre−iEt/ℏ/3,|u|2+|v|2=1 とおき,環を閉じる条件から許される q を求めよ.各 q に対する2×2行列を作り,6つの軌道エネルギーと縮退の数を求めよ.

  2. 6電子を低い準位から詰めた全電子エネルギーと,最低の空の準位までのエネルギー差を求めよ.この模型では最高の占有準位から最低の空の準位への光による遷移が許されるとし,吸収の最長波長を表せ.

  3. 力学的エネルギーも含め,ϵ=0 が安定となる条件を求めよ.不安定な場合の平衡の ϵ を厳密に求めよ.最後に K=12A(1−δ),0<δ が十分小さい場合の |ϵ| と吸収波長の変化を先頭の次数まで求めよ.実際のベンゼンの構造について,この模型だけからどこまで結論できるかも述べよ.

a₀,b₀,a₁,b₁,a₂,b₂の順に6地点を環状に並べる.−A₁の結合を実線,−A₂を破線で区別する.各地点の対角成分はE₀で,電子の占有と平衡変形は描かない. a₀,b₀,a₁,b₁,a₂,b₂の順に6地点を環状に並べる.−A₁の結合を実線,−A₂を破線で区別する.各地点の対角成分はE₀で,電子の占有と平衡変形は描かない.
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考え方
環の並進対称性で振幅を分け,3つの2状態系として解く.排他律で占有を決め,電子エネルギーの低下と機械的な変形の費用を比較する.

  1. 添字を3進めても同じ地点だから e3iq=1.異なる候補は q=0,2π/3,−2π/3 である.定常状態の共通の時間因子 e−iEt/ℏ を含めて代入すると

E(uv)=Hq(uv),Hq=(E0−A1−A2e−iq−A1−A2eiqE0)

を得る.行列式から (E−E0)2=A12+A22+2A1A2cos⁡q.q=0 では E=E0±2A が各1軌道,q=±2π/3 では E=E0±A1+3ϵ2 が各2軌道である.同じ q の各固有ベクトルを |u|2+|v|2=1 にすれば,3組の地点に広がる状態の全確率は1になる.

  1. D=A1+3ϵ2 とおく.|ϵ|<1 では A≤D<2A なので,最低の E0−2A に2電子,次の2軌道 E0−D に計4電子が入る.したがって

Uel=2(E0−2A)+4(E0−D)=6E0−4A−4D

である.最高の占有準位と最低の空の準位 E0+D の差は 2D.仮定した遷移に対する最長波長は λ=hc/(2D).スピンを含めた6つの完全な状態を占有するため,排他律に反しない.

  1. ϵ=0 からの全エネルギーの変化は

ΔU=Kϵ22−4A(1+3ϵ2−1)

である.微分すると dΔUdϵ=ϵ[K−12A/1+3ϵ2].原点の曲率は K−12A なので,K>12A で安定,6A<K<12A で不安定である.K=12A では展開 ΔU=(K−12A)ϵ2/2+9Aϵ4/2+⋯ の4次項が正なので,原点は安定な極小にとどまる.不安定な範囲では

ϵe=±(12A/K)2−13

となる.K>6A より |ϵe|<1,そこでの曲率は 36Aϵe2/(1+3ϵe2)3/2>0 である.K=12A(1−δ) なら (12A/K)2≈1+2δ だから,|ϵe|≈2δ/3.λ0=hc/(2A) とすれば,平衡で 1+3ϵe2=12A/K より,λe/λ0=K/(12A)=1−δ となり,短波長側へ移る.小変形の近似には δ と |ϵe| が十分小さいことが必要である.実際の構造を判断するには機械的な定数や電子間相互作用が必要で,この独立電子の模型だけでは決定できない.ϵ=0 で準位が E0±2A,E0±A に戻り,波長の次元も整合する.

22第30章のまとめ

この章では,粒子が波のようにふるまう理由を古典的な描像から導くのをやめ,「確率は複素数の振幅の絶対値の2乗」「区別できない経路の振幅は足し,続けてたどる経路の振幅は掛ける」という規則を出発点に置いて,量子の現象を組み立て直しました.回転・ローレンツ変換・同じ粒子の入れ替えで振幅がどう変わるかという対称性から,スピン,物質波,粒子の統計が出てきます.振幅の時間変化をハミルトニアン行列で書くと,飛び飛びの準位と光の吸収・放出が出てきます.第13章で力学を対称性から組み立て直したのと対になるやり方です.

出発点

出発点

内容

振幅の規則

確率は振幅の絶対値の2乗.区別できない経路は振幅を足し,続けてたどる経路は振幅を掛ける.区別できる経路は確率を足す

時間変化の形

振幅は iℏdCdt=HC に従い,H はエルミート

対称性

回転で振幅がどう変わるか(スピン),ローレンツ変換で位相がどう変わるか(ド・ブロイの関係),同じ粒子の入れ替えで振幅がどう変わるか(統計)

相互作用の中身

ハミルトニアン行列の具体的な成分.これだけが自然を調べて決める物理の中身

法則と定義

法則 確率振幅の規則

  • ⟨x|s⟩ は s から出発して x に見つかる振幅で,確率は P=|⟨x|s⟩|2.右が出発,左が到着.

  • 続けて起こる過程は振幅を掛け,区別できない経路は振幅を足す.粒子が必ずどれか1つを通る中間の状態の組では ⟨x|s⟩=∑i⟨x|i⟩⟨i|s⟩.

  • 区別できるかどうかは,光子・原子核のスピン・装置まで含めた世界の全部の最終の状態が,経路ごとに違うかで決まる.記録を誰かが読むかどうかには関係しない.

  • 経路をふさぐとその振幅が0になり,残りの経路は干渉する.経路を記録すると,その経路は他と干渉しなくなる.

法則 不確定性原理

同じ方法で用意した多数の粒子の位置と運動量の標準偏差について ΔxΔpx≥ℏ/2.見積もりでは ΔxΔp∼ℏ と使う.道すじを見ながら縞を見ることを禁じ,原子の大きさも決める.

定義 基底の状態

ある装置で分けられる状態の組 |i⟩ を基底という.互いに重ならず(⟨j|i⟩=0,⟨i|i⟩=1),漏れがなく(∑i|⟨i|ψ⟩|2=1),どんな振幅も ⟨χ|ψ⟩=∑i⟨χ|i⟩⟨i|ψ⟩ と基底を経由して書ける.逆向きの振幅は ⟨ψ|i⟩=⟨i|ψ⟩∗.

法則 同種粒子の振幅とスピンと統計

  • 粒子を入れ替えただけで同じ最終状態に至る2つの過程の振幅 f1,f2 は,ボース粒子なら f1+f2,フェルミ粒子なら f1−f2 で組み合わせる.スピンや内部の状態など何か1つでも違えば確率を足す.

  • スピンが整数の粒子はボース粒子,半整数の粒子はフェルミ粒子(スピンと統計の関係).

  • ボース粒子が n 個いる状態にもう1個が入る確率は,誰もいないときの n+1 倍.

  • パウリの排他律:2つの同種のフェルミ粒子は,スピンも含めて同じ状態に入れない.

法則 振幅の時間変化

  • エネルギー E の定常状態では Ci(t)=Ci(0)e−iEt/ℏ で,確率は変わらない.観測にかかわるのはエネルギーの差.

  • 一般には iℏdCidt=∑jHijCj.全確率が保たれるためにハミルトニアン行列はエルミート Hij=Hji∗.

  • HC=EC を満たす固有ベクトルが定常状態で,固有値がそのエネルギー.

公式

公式 干渉と散乱

  • 2つの経路:P12=|ϕ1+ϕ2|2=P1+P2+2P1P2cos⁡δ.縞を平均すると P1+P2 で,干渉は確率を配り直すだけ.

  • 2つのスリット:d と x が L より十分小さいとき,経路差 dx/L,縞の間隔 λL/d.

  • 一部の電子だけに記録が残る(記録の残る確率 η)とき:P=2|A|2[1+(1−η)cos⁡δ],縞の見え方 1−η.

  • 等間隔の位相の和:|∑j=0N−1eijα|2=sin2⁡(Nα/2)sin2⁡(α/2).位相がそろうと N2,山の幅は 1/N に比例し,でたらめな位相では平均 N.

  • ブラッグの条件 2dsin⁡θ=nλ.記録の残らない散乱は N2 に比例する山,スピン反転の散乱は N に比例して方向によらない.

公式 光子の統計と黒体放射

  • 吸収の回数 BnNl,放出の回数 B(n+1)Nu.1 の分が自発放出,n の分が誘導放出.反転分布 Nu>Nl で光が強まる(レーザー).

  • ボース分布 n¯=1ehν/(kBT)−1,モードの数 8πVν2c3dν.

  • プランクの式 u(ν)dν=8πhν3c31ehν/(kBT)−1dν.hν が kBT より十分小さいと等分配則に戻る.

  • σSB=2π5kB415h3c2,波長で数えたピーク λmaxT=2.90×10−3mK.

公式 スピン1/2の回転

  • y 軸のまわりに θ 傾けた装置の基底:|+θ⟩=cos⁡θ2|+⟩+sin⁡θ2|−⟩,|−θ⟩=−sin⁡θ2|+⟩+cos⁡θ2|−⟩.|+⟩ が傾けた装置の + に出る確率は cos2⁡(θ/2) で,mz の平均は古典的な mcos⁡θ に一致する.

  • z 軸のまわりの角 ϕ の回転:|+⟩→e−iϕ/2|+⟩,|−⟩→eiϕ/2|−⟩.

  • 2π 回すと状態は −1 倍.全体の位相は測れず,相対位相だけが干渉に現れる.

  • |+x⟩=(|+⟩+|−⟩)/2,|+y⟩=(|+⟩+i|−⟩)/2.横向きの状態を表すために振幅は複素数でなければならない.

  • 確率を保つ変換はユニタリ行列で,列が規格化されて互いに直交する.

公式 物質波

  • ド・ブロイの関係:C∝e−i(Et−p⋅r)/ℏ,ω=E/ℏ,k=p/ℏ,λ=h/p.

  • 粒子の上で位相は −mc2τ/ℏ=S/ℏ.

  • 位相速度 E/p=c2/v,群速度 vg=dE/dp=pc2/E=v.

  • ポテンシャルの段差では ω と境界に沿った運動量が保たれ,p1sin⁡θ1=p2sin⁡θ2.

  • 磁場の中のスピン1/2の歳差 ωp=2m0B/ℏ=(E−−E+)/ℏ.

公式 2状態系

  • 対称な2状態 H=(E0−A−AE0):定常状態 (|1⟩±|2⟩)/2,エネルギー E0∓A.片方から始めると P2=sin2⁡(At/ℏ) で,振動数 2A/h で行き来する.

  • エルミートな2×2行列 (abb∗d) の固有値 a+d2±(a−d2)2+|b|2 は実数.電場の中のアンモニアでは E0±A2+δ2.

  • 振動する外場との共鳴 ℏω=2A で PII=sin2⁡(δ0t/ℏ).

  • 磁場の中のスピン1/2:H=−m0(BzBx−iByBx+iBy−Bz).

公式 無限個の状態へ

  • となりへ移る振幅 −A をもつ原子の列で,Ab2=ℏ2/(2m) とおくと,シュレーディンガー方程式 iℏ∂ψ∂t=−ℏ22m∂2ψ∂x2+V(x)ψ.

  • 水素原子 En=−13.6eV/n2.定常状態は n,l,m とスピンで区別され,同じ n に 2n2 個.

  • 不確定性による見積もり a0=4πε0ℏ2me2≈5.3×10−11m は,ボーア模型の半径と一致する.

各題材の問いへの答え

  • 確率振幅と2つの穴の実験:弾丸は確率が足し算で縞はできず,水の波は振幅が足し算で縞ができる.電子は1個ずつ粒として着くが,どの穴を通ったか区別できない限り振幅が足し算になり,分布は水の波と同じ縞になる.どちらの穴かを調べると記録が残って確率が足し算になり,縞は消える.

  • 振幅の結合規則:スピンが反転しない散乱では結晶が元のままなので N 個の振幅を足し,ブラッグの条件の方向にだけ N2 倍の鋭い山ができる.スピンが反転する散乱では,散乱した原子核のスピンに「どこで散乱したか」の記録が残るので確率を足し,どの方向にも N に比例する平らな散乱になる.

  • 同種粒子とスピンと統計:2つのアルファ粒子は区別できないので,入れ替えた2つの過程の振幅を足す.ボース粒子で 90∘ では2つの振幅が等しく,確率は |2f|2=4|f|2 で,印の付いた粒子の 2|f|2 のちょうど2倍になる.スピンのそろった電子なら,その方向には1個も来ない.

  • スピンと回転:銀の原子のスピンは,どの方向で測っても2つの値しかとらない.装置の向きを決めると,その向きの基底 |+⟩,|−⟩ のどちらかに,振幅の絶対値の2乗の確率で出る.だからビームは2本に分かれる.ばらばらな向きに見えるのは,|+⟩ と |−⟩ の混合だからである.

  • 振幅の時間変化と物質波:定常状態の振幅は e−iEt/ℏ で回り,確率は変わらないが位相は変わる.回る速さそのものは見えず,エネルギーの差が確率の振動として見える.止まっている粒子の振幅をローレンツ変換すると,波長 h/p の物質波 e−i(Et−px)/ℏ が現れ,その波束は粒子の速さで進む.

  • 2状態系とハミルトニアン行列:アンモニア分子の窒素は上か下かに決まっていない.定常状態は上と下の対称な重ね合わせ(E0−A)と反対称な重ね合わせ(E0+A)で,どちらも上下に半分ずつの確率でいる.窒素を上に置いて始めると,振動数 2A/h≈2.4×1010Hz で上と下を行き来する.

  • 全体像:干渉,光子のエネルギー,ド・ブロイ波長,不確定性原理,飛び飛びの準位,吸収と放出,統計,化学結合,停留作用の原理は,振幅の規則・時間変化の形・対称性という共通の枠組みから出る.基底を連続に並べるとシュレーディンガー方程式になり,粒子の生成と消滅を扱う場の量子論でも,過程ごとの振幅を足して2乗するという規則は変わらない.

この章で使った数学

  • 複素数の極形式と位相,|z1+z2|2 の干渉の項,等比数列の和.

  • 確率の規格化と条件つきの確率,標準偏差.

  • 2×2行列の積,ユニタリ行列.

  • 固有値と固有ベクトル(det⁡(H−EI)=0),連立1階微分方程式の解き方.

  • f(t+s)=f(t)f(s) を満たす関数,テイラー展開,波数空間でのモードの数え方.