問いしるべ
参考書

問いから始める物理

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問いから始める物理

問いから原理へ,基本からオリンピックまで

著者:柚木芹香

身近な問いから始めて物理の原理を組み立て直す参考書.微積分は必要になった所で導入し,各節の演習は基本から物理オリンピックの水準まで段階をつけて置く.独学でも,教わりながらでも読めるように,各節の終わりに「教える人へ」の囲みがある.

この章の目次 · 15節
  1. ブラウン運動とランダムウォーク
  2. ゆらぎの数学:平均・分散と独立な和
  3. ブラウン運動とランダムウォークの演習
  4. 拡散:インクはどれだけ速く広がるか
  5. 拡散の数学:保存則と拡散方程式
  6. 拡散の演習
  7. 熱伝導と粘性:分子が運ぶもの
  8. 輸送の数学:熱抵抗と定常の流れ
  9. 熱伝導と粘性の演習
  10. 熱放射:真空を渡る熱
  11. 熱放射の数学:4乗則を線形にする
  12. 熱放射の演習
  13. 第18章の章末問題
  14. 第18章の発展問題
  15. 第18章のまとめ

第18章  ゆらぎと拡散(発展)

01ブラウン運動とランダムウォーク

問い

水に落とした絵の具の細かい粒を顕微鏡でのぞくと,粒は止まることなくふるえ続けます.水は静かに置いてあり,誰も揺すっていません.粒を動かし続けているのは何でしょうか.また,粒は時間とともにどれくらい遠くまで行くのでしょうか.

考えてみる

粒は,周りの水の分子に四方八方から絶えずぶつけられています.もし分子が完全に均等にぶつかれば,力は打ち消し合って粒は動きません.しかし,ぶつかる分子の数は時々刻々ゆらぎます.ある瞬間には右から多く,次の瞬間には左から多く当たります.

どれくらいゆらぐのでしょうか.ある短い時間に左右の面へそれぞれ平均 N 回ずつ衝突があるとすると,あとで見るように回数の差は N ではなく N 程度で,差の割合 1/N は N が大きいほど小さくなるものの0にはなりません.粒が小さいほど N が小さく,この不均衡が目立ちます.直径 1μm の粒がふるえ,1mm の砂粒がふるえないのは,このためです.

困るのは,押す向きがでたらめなことです.右へ押される回数と左へ押される回数は平均すれば同じなので,平均の変位は0です.それでも粒は少しずつ出発点から離れていきます.「平均すれば0なのに離れていく」とはどういうことかを,最も単純な模型で考えます.

ランダムウォーク

直線の上で,1歩ごとに確率 12 で右か左へ長さ l だけ進む酔歩(ランダムウォーク)を考えます.k 歩目の変位を sk=±l とすると,どの歩も平均は ⟨sk⟩=0 で,異なる歩は互いに独立です.これから使う仮定はこの2つだけです.N 歩後の位置は xN=s1+s2+⋯+sN なので,平均は ⟨xN⟩=0 です.ところが2乗の平均を見ると,xN=xN−1+sN から

⟨xN2⟩=⟨xN−12⟩+2⟨xN−1sN⟩+⟨sN2⟩=⟨xN−12⟩+l2

となります.sN はそれまでの歩みと独立で,しかも平均が0なので,真ん中の項は ⟨xN−1sN⟩=⟨xN−1⟩⟨sN⟩=0 です.これを N 回繰り返せば次を得ます.

ポイント ランダムウォークの法則

各歩が互いに独立で,1歩の変位の平均が0である N 歩の酔歩では,平均の変位は ⟨xN⟩=0 だが,2乗平均は ⟨xN2⟩=Nl2 である.広がりの目安は

⟨xN2⟩=Nl

で,歩数の平方根に比例する.1歩に時間 τ かかるなら N=t/τ なので,⟨x2⟩=(l2/τ)t と時間に比例して増える.

一直線に進めば距離は Nl ですが,でたらめに進むと Nl しか進みません.100歩で10歩分,1万歩でも100歩分です.歩数を100倍にしても,遠ざかる距離は10倍にしかなりません.

2つの仮定はどちらも要ります.右へ進みやすい偏った歩では ⟨xN⟩=N⟨s⟩≠0 で,交差項も ⟨sjsk⟩=⟨s⟩2≠0 ですから ⟨xN2⟩=Nl2 は使えません.独立でさえあれば平均0でなくても足し算になるのは分散のほうで,σx2=Nσs2,2乗平均は ⟨xN2⟩=⟨xN⟩2+Nσs2 です(演習5).

同じ出発点から,歩幅 l で64歩進む3本の軌跡を重ねた.点線円の半径は √N l=8l で,終点はその内外に散らばる.円は広がりの目安であり,すべての粒を囲む境界ではない. 同じ出発点から,歩幅 l で64歩進む3本の軌跡を重ねた.点線円の半径は √N l=8l で,終点はその内外に散らばる.円は広がりの目安であり,すべての粒を囲む境界ではない.

平面や空間でも同じです.k 歩目のベクトルを lk(大きさ l),その和を RN とすると ⟨|RN|2⟩=∑k⟨|lk|2⟩+∑j≠k⟨lj⋅lk⟩ です.向きが互いに独立で,しかもどの向きも等しく起こりやすい(等方的な)歩なら ⟨lk⟩=0 なので,異なる歩の内積は平均して0になり,交差項が消えて ⟨|RN|2⟩=Nl2 となります.等方性からさらに3方向の寄与が等しくなり,3次元では ⟨x2⟩=⟨y2⟩=⟨z2⟩=13Nl2 です.向きに偏りがあれば,この 13 も使えません.

ゆらぎと摩擦は切り離せない

粒そのものも熱平衡にある系の一員です.第17章の等分配則は,分子より何億倍も重い粒にも当てはまり,12m⟨v2⟩=32kBT が成り立ちます.半径 0.50μm,密度 1.0×103kgm−3 の粒なら m≈5.2×10−16kg で,⟨v2⟩≈5mms−1 です.ずいぶん速いのに顕微鏡で見てもほとんど進まないのは,向きがひっきりなしに変わるからです.

粒は,分子にたたかれるだけでなく,動けば水から抵抗を受けます.平均の速度 v に対する抵抗を −v/μm と書き,μm を移動度とよびます(一定の力 F に対する平均の速度が v=μmF になる,という定義です).たたく力と抵抗はどちらも同じ水の分子から来るので,無関係ではありえません.アインシュタインは等分配則を橋渡しに,両者を結びつけました.

法則 アインシュタインの関係

温度 T の液体中の粒の1方向の平均2乗変位は,時間に比例して

⟨x2⟩=2μmkBTt

となる(3次元では ⟨|r|2⟩=6μmkBTt).半径 a の球が粘性率 η の液体中をゆっくり動くときはストークスの法則で μm=1/(6πηa) なので

⟨x2⟩=kBT3πηat

である.

横軸は時間 t,縦軸は変位の2乗である.個々の粒の x² は増減するが,多数の粒の平均 ⟨x²⟩ は原点を通る直線となり,傾きは 2μ_m k_B T である.細線は少数の軌跡の例で,その厳密な平均を太線として描いたものではない. 横軸は時間 t,縦軸は変位の2乗である.個々の粒の x² は増減するが,多数の粒の平均 ⟨x²⟩ は原点を通る直線となり,傾きは 2μ_m k_B T である.細線は少数の軌跡の例で,その厳密な平均を太線として描いたものではない.

形だけなら見積もれます.速度の記憶が消えるまでの時間は,抵抗だけの運動方程式 mv˙=−v/μm の時定数 τv=mμm です.これを1歩の時間とみなすと1歩の長さは l≈kBT/m⋅τv,歩数は t/τv なので

⟨x2⟩≈tτvl2=kBTmτvt=μmkBTt

となり,確かに μmkBT と時間の積になります.抵抗が大きいほど広がりにくく,温度が高いほど広がりやすいことも読み取れます.きちんとした導出は次の節で扱います.

右辺には kB=R/NA が隠れています.⟨x2⟩,T,η,a はどれも顕微鏡と実験室で測れるので,kB,つまりアボガドロ数 NA が決まります.目に見えない分子の個数が,目に見える粒のふるえから分かるのです.

ポイント ここまでのまとめ

  • ブラウン運動は,周りの分子の衝突のゆらぎが粒を押し続けることで起こる.衝突回数の不均衡は N 程度で,粒が小さいほど目立つ.

  • 各歩が独立で平均0の N 歩のランダムウォークでは ⟨x⟩=0,⟨x2⟩=Nl2.交差項が消えるので,距離は N に比例する.偏った歩では,足し算できるのは分散だけである.

  • 粒にも等分配則が成り立ち,12m⟨v2⟩=32kBT.ゆらぎと抵抗はアインシュタインの関係 ⟨x2⟩=2μmkBTt で結ばれる.

  • この式から kB とアボガドロ数が測れる(ペランの実験).

  • 問いの答え:粒を動かすのは水の分子の衝突のゆらぎで,粒が離れる距離は時間に比例せず,時間の平方根に比例する.

02ゆらぎの数学:平均・分散と独立な和

ランダムウォークで ⟨x⟩=0 なのに ⟨x2⟩ が増えたのは,「平均は0のまま分散が増える」ということでした.平均と分散の扱い方をまとめ,ブラウン運動の式を導き直します.

定理 数学の道具:平均・分散と独立な量の和

確率的に値が決まる量 X の平均(期待値)を ⟨X⟩,分散を σX2=⟨(X−⟨X⟩)2⟩=⟨X2⟩−⟨X⟩2 と書く.平均は和について線形で,⟨X+Y⟩=⟨X⟩+⟨Y⟩ はいつでも成り立つ.X と Y が独立なときは,さらに ⟨XY⟩=⟨X⟩⟨Y⟩ が成り立ち,

σX+Y2=⟨(X+Y)2⟩−⟨X+Y⟩2=σX2+σY2+2(⟨XY⟩−⟨X⟩⟨Y⟩)=σX2+σY2

となる.独立な量の和では,標準偏差ではなく分散が足し算になる. 同じ分散 σ2 の独立な量を N 個足すと標準偏差は Nσ,いっぽう N 個の平均は和を N で割るので分散が σ2/N,標準偏差は σ/N になる.

二項分布. 確率 12 で右か左へ進む N 回の試行で,右へ k 回進む確率は P(k)=(Nk)/2N.右へ進む回数の平均は N/2,分散は N/4 で,標準偏差は N/2 にすぎない.N が大きいとこの分布は釣鐘形(正規分布)に近づく.位置は x=(2k−N)l だから ⟨x⟩=0,σx2=(2l)2⋅N4=Nl2 で,前の節の結果と一致する.

練習. (1) 1歩 l の1次元ランダムウォークで,4歩後の位置が +2l である確率を求めよ.(2) 1回の測定の標準偏差が σ のとき,何回測って平均すれば標準偏差を σ/20 にできるか.

答え:(1) 右に3回,左に1回で (43)/24=14. (2) σ/N=σ/20 より N=400 回.

二項分布の標準偏差 N/2 が,前の節の「衝突回数のゆらぎは N 程度」の中身です.N=1012 回の衝突なら不均衡は割合にして 10−6 にすぎませんが,粒が軽ければこれが目に見える動きになります.

例題

例題 1

オリジナル ★★★☆☆

質量 m の粒の1方向の運動を

mx¨=−x˙μm+F(t)

で表す.第1項は水の抵抗,F(t) は分子の衝突による不規則な力で,平均は0,異なる時刻の値の相関が続く時間は,速度の記憶が消える時間 τv=mμm よりはるかに短いとする.すると,ある時刻の x はそれ以前の F を積み上げたものなので同時刻の F と相関せず,⟨xF⟩=0 としてよい(力の式に x が現れない,というだけでは理由になりません).原点を出発した粒について,τv より十分長い時間がたったあとの ⟨x2⟩ を,等分配則 m⟨x˙2⟩=kBT から求めなさい.

液体中の粒が x 軸の正の向きへ速度 ẋ で動く瞬間を示す.抵抗 −ẋ/μ_m は速度と逆向きで,分子の衝突による力 F(t) はこの瞬間には正の向きだが,時々刻々向きと大きさが変わる.1方向のモデルなので,速度と2つの力はすべて x 軸に平行である. 液体中の粒が x 軸の正の向きへ速度 ẋ で動く瞬間を示す.抵抗 −ẋ/μ_m は速度と逆向きで,分子の衝突による力 F(t) はこの瞬間には正の向きだが,時々刻々向きと大きさが変わる.1方向のモデルなので,速度と2つの力はすべて x 軸に平行である.
解答を見る

考え方 両辺に x を掛けてから平均をとる.xx¨=d(xx˙)dt−x˙2 と書き直すのがかぎである.

両辺に x を掛け,平均をとる.⟨xF⟩=0 だから

md⟨xx˙⟩dt−m⟨x˙2⟩=−⟨xx˙⟩μm

である.ここで ⟨xx˙⟩=12d⟨x2⟩dt であり,十分に時間がたつと粒はどこから出発したかを忘れて ⟨xx˙⟩ は一定値に落ち着く.すると左辺の第1項が0になり,等分配則から

⟨xx˙⟩=μmm⟨x˙2⟩=μmkBT

を得る.したがって d⟨x2⟩dt=2μmkBT,すなわち ⟨x2⟩=2μmkBTt である.

求まったのは t≫τv での傾きだけである.同じ模型を,原点出発・初速度は熱平衡として厳密に解くと

⟨x2⟩=2D[t−τv(1−e−t/τv)],D=μmkBT

で,傾きは 2D に近づくが切片 −2Dτv が残る.⟨x2⟩=2Dt と書けるのは,これを無視できる長時間だけである.

例題 2

オリジナル ★★☆☆☆

上で考えた半径 a=0.50μm の粒(m=5.2×10−16kg,η=1.0×10−3Pas,T=300K,μm=1/(6πηa))を,1秒間に30枚撮る顕微鏡で追う.

左右は同じ1方向の軌跡を,同じ時間範囲と尺度で描いたもの.左は間隔 Δt,右はその半分の間隔で記録し,右の記録点は左の記録点をすべて含む.細かい記録では往復が見え,拡散の範囲 Δt/2≫τ_v では,見かけの速度の2乗平均平方根は √2 倍になる.各区間の速度が必ず大きくなるという意味ではない. 左右は同じ1方向の軌跡を,同じ時間範囲と尺度で描いたもの.左は間隔 Δt,右はその半分の間隔で記録し,右の記録点は左の記録点をすべて含む.細かい記録では往復が見え,拡散の範囲 Δt/2≫τ_v では,見かけの速度の2乗平均平方根は √2 倍になる.各区間の速度が必ず大きくなるという意味ではない.
  1. 速度の記憶が消える時間 τv=mμm を求めなさい.

  2. 連続する2枚から Δx/Δt を計算して「速度」とよぶと,どれくらいか.1方向の2乗平均平方根 kBT/m と比べなさい.

  3. Δt を短くしていくと,この見かけの速度はどうなるか.

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考え方 抵抗だけの運動方程式 mv˙=−v/μm の時定数が τv である.見かけの速度は 2DΔt/Δt で評価する(D=μmkBT).

  1. μm=1/(6πηa)=1.1×108ms−1N−1 なので τv=mμm≈5.5×10−8s.

  2. D=μmkBT≈4.4×10−13m2s−1,Δt=1/30s で 2DΔt≈0.17μm だから,見かけの速度は約 5μms−1.1方向の kBT/m≈2.8mms−1 の500分の1ほどである.⟨v2⟩≈5mms−1 は3方向を合わせた速さで,1成分の 3 倍だから,比べる相手として適当でない.

  3. 2DΔt/Δt=2D/Δt は,式のうえでは Δt を短くするほどいくらでも大きくなる.しかし ⟨(Δx)2⟩=2DΔt 自体が Δt≫τv の近似である.例題1の厳密形を τv≫Δt で展開すると ⟨(Δx)2⟩≈(kBT/m)(Δt)2 で,短い間隔では粒はまっすぐ飛ぶから,見かけの速度は発散せず kBT/m に落ち着く.際限なく大きくなるのは,慣性を捨てた理想の過程(τv→0)の形式的な極限にすぎない.顕微鏡の Δt は τv より6桁も長い.そこで測る「速度」は時間間隔で変わる量で,意味をもつのは ⟨x2⟩ である.

ポイント ここまでのまとめ

  • 分散は σX2=⟨X2⟩−⟨X⟩2.独立な量の和では分散が足し算になり,和の標準偏差は Nσ,平均の標準偏差は σ/N である.

  • 二項分布の標準偏差 N/2 が,衝突回数のゆらぎとランダムウォークの ⟨x2⟩=Nl2 の両方を説明する.

  • 抵抗と不規則な力の運動方程式から,等分配則を橋渡しにして ⟨x2⟩=2μmkBTt が出る.厳密には ⟨x2⟩=2D[t−τv(1−e−t/τv)] で,この式は t≫τv=mμm でだけ使える.

  • 粒の「速度」は観測の時間間隔で変わる.Δt が τv より短ければ弾道運動で,見かけの速度は1成分の kBT/m に近づく.意味をもつのは平均2乗変位である.

03ブラウン運動とランダムウォークの演習

平均変位,平均2乗変位,分散を区別してください.

演習 1

オリジナル ★☆☆☆☆

歩幅 l=0.30μm の粒が,原点から独立に左右へ等確率で進みます.

  1. 64歩後の平均変位,平均2乗変位,その平方根を求めてください.

  2. 進んだ道のりを求め,(1)との違いを説明してください.

直線上を6歩往復する一例を,上から順に段をずらして描いた.各矢印の長さは歩幅 l である.道のりはすべての歩幅の和で,変位 x は出発点から終点までの符号付きの差である.問題の64歩でも,同じ区別を用いる. 直線上を6歩往復する一例を,上から順に段をずらして描いた.各矢印の長さは歩幅 l である.道のりはすべての歩幅の和で,変位 x は出発点から終点までの符号付きの差である.問題の64歩でも,同じ区別を用いる.
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考え方 変位は逆向きの歩で相殺されるが,道のりは歩幅を足す.

  1. 1歩の平均が0なので ⟨x⟩=0.独立な歩の分散を足すと ⟨x2⟩=64l2≈5.8μm2,平方根は 8l=2.4μm である.

  2. 道のりは 64l≈19μm.2乗平均平方根は広がりの目安で,各粒の到達距離ではない.

演習 2

オリジナル ★★☆☆☆

歩幅 l の粒が,原点から独立に左右へ等確率で6歩進みます.

  1. 原点に戻る確率を求めてください.

  2. 独立な M 個の粒の最終位置の平均を x¯ とします.その標準偏差を l/5 以下にするための最小の M を求めてください.

上段は6歩後に可能な7つの位置で,棒の高さと数は64通りの歩みの内訳 1,6,15,20,15,6,1 を表す.下段は独立な複数の粒の終点と,それらを平均した位置 x̄ の例である.標本平均は必ず原点になるわけではなく,終点の格子の間にもなりうる. 上段は6歩後に可能な7つの位置で,棒の高さと数は64通りの歩みの内訳 1,6,15,20,15,6,1 を表す.下段は独立な複数の粒の終点と,それらを平均した位置 x̄ の例である.標本平均は必ず原点になるわけではなく,終点の格子の間にもなりうる.
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考え方 平均の分散は,独立な和の分散を個数の2乗で割る.

  1. 右へ k 回進むと x=(2k−6)l.原点は k=3 なので確率は (63)/26=5/16.

  2. 各粒の分散は 6l2,独立な和の分散は 6Ml2.したがって平均の標準偏差は l6/M であり,6/M≤1/25 より最小は150個である.標準偏差は和では M 倍,平均では 1/M 倍となる.

演習 3

オリジナル ★★☆☆☆

温度 T,粘性率 η の液体中で,半径 a,密度 ρ の球形の粒が熱平衡にあります.ストークスの法則が成り立ちます.

  1. 質量 m と,等分配則から速さの2乗平均平方根を求めてください.

  2. T,η,ρ を保って半径を半分にすると,速さと同じ時間の1方向の広がりは何倍になるでしょうか.

同じ温度 T,液体の粘性率 η,粒の密度 ρ で,半径 a と a/2 の球を比べる.上段の青い矢印は瞬間の速度の一例で,その向きと大きさはゆらぐ.下段は同じ長い時間 t の1方向の終点の散らばりで,原点から片側への寸法線は広がり √⟨x²⟩ の目安を示す.瞬間の速さと長時間の広がりを区別する. 同じ温度 T,液体の粘性率 η,粒の密度 ρ で,半径 a と a/2 の球を比べる.上段の青い矢印は瞬間の速度の一例で,その向きと大きさはゆらぐ.下段は同じ長い時間 t の1方向の終点の散らばりで,原点から片側への寸法線は広がり √⟨x²⟩ の目安を示す.瞬間の速さと長時間の広がりを区別する.
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考え方 速さは質量,長時間の広がりは移動度で決まる.

  1. m=4πρa3/3.等分配則 m⟨v2⟩/2=3kBT/2 より ⟨v2⟩=3kBT/m.これは平均の速さ v¯ とは異なる.

  2. 質量は 1/8 倍なので速さは 22 倍.μm=1/(6πηa) は2倍となり,⟨x2⟩=2μmkBTt も2倍,広がりの平方根は 2 倍である.

演習 4

オリジナル ★★☆☆☆

静かな液体中の粒の1方向の位置を時間間隔 Δt で記録したものをA,その4枚ごとを残したものをBとします.間隔はどちらも速度の記憶が消える時間より十分長く,測定誤差は無視します.

  1. 記録間の平均2乗変位と,推定する D を比較してください.

  2. 同じ時間の記録点を結ぶ道のりと見かけの速度に,間引きが与える影響を説明してください.

青いAは間隔 Δt ごとの1方向の位置 x の記録で,橙色のBはAの点を4区間ごとに残して結んだもの.共通の点を橙色の輪で示した.道のりは各区間の |Δx| の和であり,時間軸を含む図上の折れ線の長さではない.Bは記録点の間の往復を省く. 青いAは間隔 Δt ごとの1方向の位置 x の記録で,橙色のBはAの点を4区間ごとに残して結んだもの.共通の点を橙色の輪で示した.道のりは各区間の |Δx| の和であり,時間軸を含む図上の折れ線の長さではない.Bは記録点の間の往復を省く.
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考え方 平均2乗変位は時間に比例する.折れ線では間の往復を省く.

  1. ⟨(Δx)2⟩=2DΔt より,Bの値はAの4倍.時間間隔も4倍なので,両者の D は等しい.

  2. 三角不等式から,Bの道のりはA以下である.Bの変位の2乗平均平方根は2倍なので,見かけの速度の2乗平均平方根は半分になる.記録間の往復は省かれ,この速度は瞬間の速さではない.速度の記憶が残る短時間では,拡散の式も使えない.

演習 5

オリジナル ★★★☆☆

各歩が独立で,右へ l 進む確率が 3/5,左へ進む確率が 2/5 の歩行を考えます.原点から100歩進み,l=0.50μm とします.

  1. 1歩の変位 s の平均と分散から,最終位置の平均と分散を求めてください.

  2. 2乗平均平方根と標準偏差を求め,⟨x2⟩=Nl2 を使えない理由を説明してください.

1歩で右へ l 進む確率は3/5,左へ l 進む確率は2/5である.100歩後の終点分布の中心 ⟨x⟩ は原点Oより右に移る.標準偏差 σ_x は分布の中心を基準にした幅で,原点を基準にした2乗平均平方根とは異なる.⟨x²⟩ は分散と平均の2乗の和になる. 1歩で右へ l 進む確率は3/5,左へ l 進む確率は2/5である.100歩後の終点分布の中心 ⟨x⟩ は原点Oより右に移る.標準偏差 σ_x は分布の中心を基準にした幅で,原点を基準にした2乗平均平方根とは異なる.⟨x²⟩ は分散と平均の2乗の和になる.
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考え方 分散を足し,平均の2乗を戻す.

  1. ⟨s⟩=l/5,⟨s2⟩=l2 より,1歩の分散は 24l2/25.したがって ⟨x⟩=20l=10μm,分散は 96l2=24μm2.

  2. ⟨x2⟩=⟨x⟩2+96l2=496l2.2乗平均平方根は 496l≈11μm,標準偏差は 96l≈4.9μm.異なる歩でも ⟨sisj⟩=⟨si⟩⟨sj⟩=(l/5)2 で0ではない.独立性だけでは交差項は消えない.

演習 6

オリジナル ★★★☆☆

ペランにならい,半径 a=0.40μm の球を,T=300K,η=1.0×10−3Pas の液体中で観測します.4.0秒間の平面内の変位の模擬データ ⟨x2+y2⟩=8.8μm2 を得ました.運動は等方的で,流れと測定誤差は無視します.気体定数は 8.31Jmol−1K−1 です.

  1. 1方向の値に直し,kB とアボガドロ数 NA を推定してください.

  2. 式に半径の代わりに直径を入れると,推定値は何倍になるでしょうか.

左は観測面の x 軸と y 軸,出発点Oから終点への1粒の変位の例である.点線で変位の成分 x,y を示す.問題の ⟨x²+y²⟩=8.8 μm² は多数の粒の平均で,この1粒の値ではない.右は中心から表面までの半径 a と,全幅の直径 2a を示す. 左は観測面の x 軸と y 軸,出発点Oから終点への1粒の変位の例である.点線で変位の成分 x,y を示す.問題の ⟨x²+y²⟩=8.8 μm² は多数の粒の平均で,この1粒の値ではない.右は中心から表面までの半径 a と,全幅の直径 2a を示す.
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考え方 成分を分け,移動度をアインシュタインの関係に入れる.

  1. 等方性より ⟨x2⟩=4.4×10−12m2.μm=1/(6πηa) なので

kB=3πηa⟨x2⟩Tt≈1.4×10−23JK−1

である.気体定数 NAkB を丸める前の kB で割ると NA≈6.0×1023mol−1 を得る.

  1. kB は a に比例し,NA は反比例する.直径を入れると kB は2倍,NA は半分となる.

ポイント 教える人へ

  • 「平均変位0なら静止か」と問い,道のりと広がりを区別させる.

  • 標準偏差を足すつまずきには,和と平均の分散を計算させる.

  • 観測の間隔で見かけの速度が変わる理由を説明させる.

  • 偏りの交差項と,平面の測定値を2で割る理由で理解を確かめる.

04拡散:インクはどれだけ速く広がるか

問い

静かなコップの水にインクを1滴落とすと,インクはゆっくり広がり,やがて全体がうすく色づきます.分子は秒速数百メートルで飛び回っているのに,インクが 1cm 広がるのに何時間もかかるのはなぜでしょうか.どれくらいの時間がかかるかを,分子の運動から予言できるでしょうか.

考えてみる

分子の速さだけを見れば,インクの分子は一瞬でコップの端に着くはずです.しかし実際には,分子はすぐ周りの分子とぶつかって向きを変えます.まっすぐ進めるのは,次の衝突までのごく短い距離だけです.

これは前の節のランダムウォークそのものです.広がる距離は時間に比例せず,時間の平方根にしか比例しません.そこで,1歩の長さと1歩の時間を,気体の分子運動から見積もってみます.

衝突までの距離:平均自由行程

半径 r の分子が,数密度 n(単位体積あたりの分子の数で,物質量ではありません)の気体の中を進むとします.いま,相手の分子は止まっていて自分だけが動くという模型で数えます.中心どうしが 2r 以内に近づくとぶつかるので,分子は断面積 σ=π(2r)2 の円柱を掃きながら進みます.長さ λ の円柱の中に相手の分子がちょうど平均1個入るとき,そこまでに1回ぶつかる勘定になるので,nσλ=1 です.

定義 衝突断面積と平均自由行程

衝突が起こるために相手の中心が入っていなければならない面積 σ を衝突断面積という.衝突から次の衝突までに進む平均の距離を平均自由行程 λ といい,標的が静止しているとみなす上の模型では

λ∼1nσ

である.衝突までの平均の時間は τ=λ/v¯(v¯ は平均の速さ)である.

半径rの分子が進むとき,衝突相手の中心が入る範囲は半径2r,断面積σ=π(2r)²の円柱になる.中心が円柱内にある相手と衝突し,外側の相手とは衝突しない.円柱の長さλは平均自由行程であり,下段の軌跡は衝突のたびに進む向きが変わることを示す. 半径rの分子が進むとき,衝突相手の中心が入る範囲は半径2r,断面積σ=π(2r)²の円柱になる.中心が円柱内にある相手と衝突し,外側の相手とは衝突しない.円柱の長さλは平均自由行程であり,下段の軌跡は衝突のたびに進む向きが変わることを示す.

相手も同じように飛んでいるので,出会う頻度を決めるのは本当は相対速度です.同じ種類の硬い球が同じ分布で熱運動する気体について係数まで計算すると λ=1/(2nσ) となり,静止標的の値の 1/2 になります.桁の見積もりには λ∼1/(nσ) を使い,係数まで必要なときは 2 を入れます.以下の数値は見積もりの式のほうです.

1気圧,室温の空気では n≈2.5×1025m−3,σ≈4×10−19m2 なので λ≈1×10−7m です.分子の直径のおよそ300倍,分子間の平均の間隔のおよそ30倍にあたります.v¯≈4.7×102ms−1 とすると τ≈2×10−10s で,1秒間に50億回ほどぶつかっている計算です.

拡散係数とフィックの法則

1歩が λ,1歩の時間が τ のランダムウォークなので,広がりは ⟨x2⟩∼(λ2/τ)t=λv¯t 程度です.流れと勾配の関係を見るには,面を左右に通り抜ける分子を数えます.面から左右に λ 離れた所の数密度を c−,c+ とすると,面を正の向きに通り抜ける正味の個数(流束)は (c−−c+)v¯ 程度で,c+−c−≈2λ∂c/∂x ですから,流束は濃度の勾配に比例します.向きの平均をていねいに行うと,次の形になります.

法則 フィックの法則

注目する分子の数密度(濃度)を c とすると,単位時間に単位面積を通る正味の個数(流束)は

J=−D∂c∂x

である.D を拡散係数という.気体では

D≈13λv¯

程度で,はじめ1点にあった分子の1方向の広がりは ⟨x2⟩=2Dt にしたがう.この 13 は向きの平均だけから出る数ではない(次の節).

同じ粒子数の濃度分布を時刻t₁<t₂<t₃で重ねた.時間とともに山は低く広くなるが,曲線の下の面積は変わらない.山の左では濃度勾配が正で流束Jは左向き,右では勾配が負でJは右向きとなり,J=−D∂c/∂xに従って粒子が山から外へ流れる. 同じ粒子数の濃度分布を時刻t₁<t₂<t₃で重ねた.時間とともに山は低く広くなるが,曲線の下の面積は変わらない.山の左では濃度勾配が正で流束Jは左向き,右では勾配が負でJは右向きとなり,J=−D∂c/∂xに従って粒子が山から外へ流れる.

空気では D≈13×1×10−7×4.7×102≈2×10−5m2s−1 です.水の中のインクの分子では D≈1×10−9m2s−1 ほどですが,こちらは水中での実測値で,希薄な気体の見積もりから出した値ではありません.液体では分子がぎっしり詰まっていて,自由行程という考え方そのものが使えないからです.水中で 1cm 広がる時間は t≈x2/(2D)≈5×104s,半日ほどになります.これが問いの答えです.部屋の向こうのにおいが数秒で届くのは,拡散ではなく空気の流れ(対流)が運んでいるからです.

広がりと移動度は同じものの裏表

拡散係数は,前の節の移動度 μm と結びついています.粒子が出入りしない閉じた容器の中に,注目する粒子がまれにしか混ざっていない(互いに影響しない)とし,位置エネルギー U をもつ保存力 F=−dU/dx を加えます.温度はどこも同じ T で,流れは力と勾配に比例する(線形応答の)範囲にあるとします.十分に時間がたつと分布が動かなくなり,しかも閉じているので流束が0になります.すると力によるドリフトの流れ cμmF と拡散の流れ −D∂c/∂x が打ち消し合って

D∂c∂x=cμmF

です.いっぽうこれは熱平衡の状態でもあるので,第17章のボルツマン因子から c=c0e−U/(kBT) であり,微分すると ∂c/∂x=cF/(kBT) です.2つを見比べると,次が得られます.

法則 アインシュタインの関係(拡散と移動度)

D=μmkBT

力に引かれてどれだけ流れやすいか(μm)と,ひとりでにどれだけ広がるか(D)は,温度を通して同じ量で決まっている.球形の粒では μm=1/(6πηa) なので D=kBT/(6πηa) であり,ブラウン運動の ⟨x2⟩=2Dt と同じ式になる.

この導出では,気体か液体か,粒が大きいか小さいかを一切使っていません.熱平衡でつり合うという条件だけから出るので,D=μmkBT は非常に広く成り立ちます.ブラウン運動の節の ⟨x2⟩=2μmkBTt は,これに ⟨x2⟩=2Dt を合わせたものに他なりません.

ここで流束が0になったのは,閉じた容器の熱平衡という条件のおかげです.定常でありさえすれば流束が0になるわけではありません.次の節の膜の例題のように,両側の濃度を外から保てば,時間が変わらないまま粒子が流れ続ける定常状態になります.

ポイント ここまでのまとめ

  • 衝突断面積 σ と数密度 n から,平均自由行程は λ∼1/(nσ)(静止標的の模型.同種の硬球では 1/(2nσ)).空気ではおよそ 0.1μm,衝突の間隔はおよそ 2×10−10s である.

  • フィックの法則 J=−D∂c/∂x.気体では D≈13λv¯.

  • 広がりは ⟨x2⟩=2Dt で,時間の平方根にしか比例しない.距離が10倍になれば時間は100倍要る.

  • 閉じた容器の熱平衡でドリフトと拡散がつり合うことから,アインシュタインの関係 D=μmkBT が出る.拡散とブラウン運動と移動度が1本に結ばれる.

  • 問いの答え:インクの分子は周りの分子と絶えずぶつかってランダムウォークするので,広がる距離は 2Dt にとどまり,水中の 1cm には半日ほどかかる.

05拡散の数学:保存則と拡散方程式

フィックの法則は,ある瞬間の勾配から流れを与える式でした.これに「粒子は消えも湧きもしない」という保存則を組み合わせると,濃度の時間変化を決める方程式が出てきます.

定理 数学の道具:保存則と拡散方程式

断面積 A の細い管の,x と x+dx ではさまれた薄い層を考える.c は数密度(単位は m−3)なので中の粒子数は cAdx で,左から J(x)A 個が入り,右から J(x+dx)A 個が出ていく.出入りの差が中身の増減で,A は両辺から落ちるので

∂c∂t=−∂J∂x

である(連続の式).ここにフィックの法則 J=−D∂c/∂x を入れると,D が一定のとき

∂c∂t=D∂2c∂x2

となる.これを拡散方程式という.濃度の山(2階微分が負)では濃度が下がり,谷(2階微分が正)では上がる.拡散は凸凹をならす向きにはたらく.

はじめこの管の原点に N0 個が集まっていたときの解は

c(x,t)=N0A4πDtexp⁡(−x24Dt)

で,高さが 1/t で下がり,幅が t で広がる釣鐘形である.分母の A を落とすと数密度の単位にならない.実際 A∫cdx=N0 で粒子数が保たれる.この分布の分散はちょうど ⟨x2⟩=2Dt になる.

次元で見る. D の単位は m2s−1 なので,D と t だけから作れる長さは Dt しかない.だから,ほかに長さや時間の尺度がない点源の問題では,答えは x/Dt という組み合わせと,前に付く t−1/2 の高さだけで書ける.上の解も x/4Dt だけに依存している.初めの分布に幅があるとき,壁や膜で長さが決まっているとき,反応や吸収で時間が決まっているときは,その尺度との比も答えに入る.

練習. (1) 上の c(x,t) が拡散方程式を満たすことを,t と x で偏微分して確かめよ.(2) 拡散で広がる距離を3倍にするには,時間を何倍にすればよいか.

答え:(1) ln⁡c=const−12ln⁡t−x24Dt より ∂c∂t=c(−12t+x24Dt2).また ∂c∂x=−x2Dtc,∂2c∂x2=(−12Dt+x24D2t2)c で,D を掛けると一致する. (2) 距離が Dt に比例するので,時間は9倍.

定常状態(∂c/∂t=0)では ∂2c∂x2=0 なので,1次元では濃度が直線的に変わります.このとき流束はどこでも同じで,電流が一定の導線とよく似たふるまいになります.

気体の D≈13λv¯ の 13 について. 1歩の長さを l,向きを等方とすると ⟨|R|2⟩=N⟨l2⟩,1方向はその 13 なので D=⟨l2⟩/(6τ) です.歩長を λ に固定すると D=λv¯/6 で,13 にはなりません.実際の自由行程は指数分布にばらついていて ⟨l2⟩=2λ2 であり,これを入れて D=λv¯/3 になります.向きの平均だけで2倍になるのではなく,自由行程のばらつきが効いているのです.本当の係数は速度分布や衝突の模型にもよるので,13 は見積もりの数と思ってください.

例題

例題 1

オリジナル ★★☆☆☆

厚さ L=2.0×10−5m の膜の両側に,気体が濃度 c1=1.0molm−3 と c2=0 で接している.膜の中の拡散係数は D=3.0×10−11m2s−1 で,膜の両面の濃度はそれぞれ外側の値に等しいとする.

厚さLの膜の左面は濃度c₁,右面は濃度c₂=0に接している.下のグラフは両面の位置を断面図と揃えて示し,膜内の濃度が直線的に下がることを表す.流束Jは濃度の高い左側から低い右側へ向かう. 厚さLの膜の左面は濃度c₁,右面は濃度c₂=0に接している.下のグラフは両面の位置を断面図と揃えて示し,膜内の濃度が直線的に下がることを表す.流束Jは濃度の高い左側から低い右側へ向かう.
  1. 定常状態での膜の中の濃度分布と,単位面積あたりの流束 J を求めなさい.

  2. 膜を2枚(厚さ L1,L2,拡散係数 D1,D2)重ねたときの流束を求めなさい.

解答を見る

考え方 定常では ∂2c∂x2=0 で濃度は直線,流束はどこでも同じである.(2) では2枚を通る流束が等しいことを使う.

  1. c(x)=c1−(c1−c2)x/L で,J=−Ddc/dx=D(c1−c2)/L=1.0×3.0×10−11/(2.0×10−5)=1.5×10−6molm−2s−1.

  2. 境目の濃度を cm とすると J=D1(c1−cm)/L1=D2(cm−c2)/L2.それぞれを濃度差について解いて足すと c1−c2=J(L1D1+L2D2) なので

J=c1−c2L1/D1+L2/D2

となる.L/D が抵抗のようにはたらき,直列につないだ電気抵抗と同じ形になる.

例題 2

オリジナル ★★★☆☆

水中に浮かぶ半径 a の球形の細胞が,周りから酸素を拡散で取り込む.遠くでの酸素の濃度は c0 で一定,細胞の表面では取り込みが速く c=0 とみなせる.水中の酸素の拡散係数を D とする.

半径aの細胞の表面では濃度c=0,遠方ではc₀である.座標rは球の中心から外向きに取り,流束Jは細胞へ向かう.右の濃度曲線は表面r=aで0から始まり,遠くなるほどc₀へ近づく. 半径aの細胞の表面では濃度c=0,遠方ではc₀である.座標rは球の中心から外向きに取り,流束Jは細胞へ向かう.右の濃度曲線は表面r=aで0から始まり,遠くなるほどc₀へ近づく.
  1. 球対称な定常状態での濃度 c(r) と,細胞に入る全流量 I を求めなさい.球対称な定常解は c=A+B/r の形でよい.

  2. 細胞は単位体積あたり毎秒 q だけ酸素を消費する.拡散だけで足りるための半径の上限を求め,D=2.0×10−9m2s−1,c0=0.25molm−3,q=2.0×10−2molm−3s−1 で数値を出しなさい.

解答を見る

考え方 (1) 境界条件で A,B を決め,表面の流束に面積を掛ける.(2) 供給は a の1乗,消費は a の3乗に比例する.

  1. c(∞)=c0 より A=c0,c(a)=0 より B=−c0a.よって c(r)=c0(1−ar) である.流束は J=−Ddc/dr=−Dc0a/r2(内向き)なので,半径 r の球面を通る全流量は r によらず

I=4πr2|J|=4πDac0

となる.流量が半径の1乗にしか比例しないことが大事である.

  1. 消費は q⋅43πa3 だから,4πDac0≥43πa3q,すなわち a≤3Dc0/q.数値を入れると a≤3×2.0×10−9×0.25/(2.0×10−2)≈2.7×10−4m,およそ 0.3mm である.これより大きな生き物が,血管やえらや気管といった運ぶしくみを持たざるをえない理由がここにある.

ポイント ここまでのまとめ

  • 連続の式 ∂c/∂t=−∂J/∂x とフィックの法則から,拡散方程式 ∂c/∂t=D∂2c/∂x2 が出る.

  • 点から広がる解は幅 2Dt の釣鐘形で,高さには断面積 A が入る.ほかに尺度のない問題にかぎり,答えは x/Dt の相似形になる.

  • 定常では濃度が直線(平面)や A+B/r(球対称)になり,L/D が抵抗のようにはたらく.

  • 球への定常の取り込みは I=4πDac0 で半径の1乗にしか比例せず,生き物の大きさに上限を与える.

06拡散の演習

自由行程と広がり,流束と濃度の変化を結びつけてください.一定に保つ量も確かめましょう.

演習 1

オリジナル ★☆☆☆☆

気体の数密度は n=2.5×1025m−3,衝突断面積は σ=4.0×10−19m2,平均の速さは v¯=4.7×102ms−1 です.平均自由行程,衝突間の平均時間,拡散係数を見積もってください.

青い折れ線は,分子が衝突のたびに向きを変えて進む軌跡である.1歩の長さの平均が自由行程λにあたる.緑の破線の矢印は始点から終点への変位であり,進んだ道のり全体とは異なる. 青い折れ線は,分子が衝突のたびに向きを変えて進む軌跡である.1歩の長さの平均が自由行程λにあたる.緑の破線の矢印は始点から終点への変位であり,進んだ道のり全体とは異なる.
解答を見る

考え方 掃く円柱に相手の分子が平均1個入る条件から自由行程を求める.

nσλ=1 より λ=1/(nσ)=1.0×10−7m.したがって τ=λ/v¯≈2.1×10−10s,D≈λv¯/3≈1.6×10−5m2s−1 である.

演習 2

オリジナル ★☆☆☆☆

静止した液体中の粒子群は平均位置0で拡散します.1方向の幅 w=⟨x2⟩ は初め 0.20mm,160s 後に 0.60mm でした.D は一定で,壁の影響はありません.

  1. 拡散係数を求めてください.

  2. 幅が 1.0mm になる時刻を求めてください.

原点を中心とする初期の分布と160 s後の分布を重ねた.どちらも粒子数は同じで,幅は平均位置0から片側へ測る標準偏差である.初期幅w₀=0.20 mmに対し,160 s後はw=0.60 mmで,初期にも有限の広がりがある. 原点を中心とする初期の分布と160 s後の分布を重ねた.どちらも粒子数は同じで,幅は平均位置0から片側へ測る標準偏差である.初期幅w₀=0.20 mmに対し,160 s後はw=0.60 mmで,初期にも有限の広がりがある.
解答を見る

考え方 初期幅を w0 とすると,増える分散は w2−w02=2Dt である.

  1. D=(0.602−0.202)×10−6/(2×160)=1.0×10−9m2s−1.

  2. t=(1.02−0.202)×10−6/(2D)=4.8×102s.初めから数えた時間で,個々の粒子の到達時刻ではない.

演習 3

オリジナル ★☆☆☆☆

同じ理想気体で衝突断面積を一定とします.次の各操作で,λ,v¯,τ,D が元の何倍になるか求めてください.

  1. 温度を保ち,圧力を2倍にします.

  2. 圧力を保ち,絶対温度を4倍にします.

解答を見る

考え方 p=nkBT と v¯∝T を使い,数密度の変化も追う.

λ∝T/p,D∝T3/2/p である.

  1. n は2倍なので,順に 1/2,1,1/2,1/2 倍.

  2. n は 1/4 倍なので,順に4,2,2,8倍.等圧では自由行程も増す.

演習 4

オリジナル ★★☆☆☆

同じ厚さ L,面積 S の膜A,Bを左から重ねます.拡散係数は各膜内で一定で,Aが D,Bが未知の DB です.両端の濃度を 3c0,c0 に保つと,定常状態の界面濃度は 5c0/2 でした.濃度は数密度で,界面で連続です.流れと反応はありません.

  1. 濃度が直線になる理由を述べ,DB と右向きの流束 J を求めてください.

  2. 膜の順序を交換したときの界面濃度と,毎秒通過する正味の粒子数を求めてください.

厚さL,断面積Sの膜A,Bを重ねた配置と,順序を交換した配置を並べる.両端の濃度はどちらも3c₀とc₀に保つ.交換前の界面濃度は測定値5c₀/2を示し,交換後は未知の界面濃度cₘを示す. 厚さL,断面積Sの膜A,Bを重ねた配置と,順序を交換した配置を並べる.両端の濃度はどちらも3c₀とc₀に保つ.交換前の界面濃度は測定値5c₀/2を示し,交換後は未知の界面濃度cₘを示す.
解答を見る

考え方 定常では粒子がたまらず,同じ面積を通る流束は等しい.

  1. 各膜で ∂2c/∂x2=0 なので濃度は直線である.フィックの法則から

J=D3c0−5c0/2L=DB5c0/2−c0L

より J=Dc0/(2L),DB=D/3.勾配はAが −c0/(2L),Bが −3c0/(2L) で,流束が等しくても異なる.

  1. 全濃度差は 2c0=J(L/D+L/DB).順序を替えても和は同じで,J は変わらない.界面濃度は 3c0−JL/DB=3c0/2,毎秒の正味の粒子数は SJ=SDc0/(2L) 個である.

演習 5

オリジナル ★★☆☆☆

温度 T=300K の静止した液体中で,粒子に正の x 方向の一定の力 F=5.0×10−15N を加えると,平均の速度は u=1.0×10−6ms−1 でした.移動度は一定で,慣性と壁の影響は無視します.kB=1.38×10−23JK−1 とします.

  1. 移動度と拡散係数を求めてください.

  2. 原点から出発した粒子群の平均位置の移動量が,中心からの幅 2Dt に等しくなる時刻を求めてください.

原点0から出発した粒子群に正のx方向の外力Fを加えると,分布の中心は平均速度uで移動する.原点から平均位置までの距離utと,平均位置を中心とする幅√(2Dt)を別の寸法線で示す. 原点0から出発した粒子群に正のx方向の外力Fを加えると,分布の中心は平均速度uで移動する.原点から平均位置までの距離utと,平均位置を中心とする幅√(2Dt)を別の寸法線で示す.
解答を見る

考え方 u=μmF とアインシュタインの関係をつなぐ.

  1. μm=u/F=2.0×108ms−1N−1,D=μmkBT≈8.3×10−13m2s−1.

  2. 平均位置は ut だから,正の時刻では ut=2Dt より t=2D/u2≈1.7s.外力があると ⟨x2⟩=(ut)2+2Dt であり,2Dt は平均位置のまわりの分散である.

演習 6

オリジナル ★★★☆☆

長さ L,断面積 S の閉じた管で,粒子の濃度が

c(x,t)=c0[1+ϵf(t)cos⁡2πxL],0≤x≤L, 0<ϵ<1, f(0)=1

の形を保つとします.D は一定で,流れと反応はありません.

  1. 拡散方程式から f(t) を求め,両端で流束が0であることを確かめてください.

  2. 最大濃度と最小濃度の差が半分になる時間と,総粒子数を求めてください.

長さL,断面積Sの管の両端を封じた配置と,余弦1周期の初期濃度分布を示す.濃度は両端で高く中央で低く,平均の高さはc₀である.両端を通る流束は0である. 長さL,断面積Sの管の両端を封じた配置と,余弦1周期の初期濃度分布を示す.濃度は両端で高く中央で低く,平均の高さはc₀である.両端を通る流束は0である.
解答を見る

考え方 空間の形を代入すると,振幅の微分方程式になる.

  1. ∂2c/∂x2=−(2π/L)2(c−c0) を ∂c/∂t=D∂2c/∂x2 に入れると,df/dt=−4π2Df/L2.初期条件より f=e−4π2Dt/L2.∂c/∂x は sin⁡(2πx/L) に比例し,両端で0なので J=−D∂c/∂x=0 である.

  2. 差は 2c0ϵf.f=1/2 より t=L2ln⁡2/(4π2D).余弦の積分が0だから,N=S∫0Lcdx=Sc0L は一定で,粒子が失われずに均一化する.

ポイント 教える人へ

  • 自由行程と変位,幅と分散を区別させる.

  • 温度を変えるとき,保つ量を問う.

  • 定常なら濃度も一定というつまずきには,直線分布と一定の流束を描かせる.

  • 膜の順序で変わる量を,勾配と粒子保存で確かめる.

  • 平均位置と分散,局所濃度と総数を別々に説明させる.

07熱伝導と粘性:分子が運ぶもの

問い

二重窓は,2枚のガラスの間に薄い空気の層をはさんだものです.ここで,その空気を半分だけ抜いたとします.熱を運ぶ分子が半分になるのだから,熱の伝わりも半分になりそうに思えます.本当にそうでしょうか.もしそうでないなら,魔法瓶はなぜ中を真空にしているのでしょうか.

考えてみる

熱を運ぶのは,速い分子が冷たい側へ移り,遅い分子が温かい側へ移ることです.だから運び手である分子の数を半分にすれば,運ぶ量も半分になりそうです.

ところが,分子を半分にすると平均自由行程 λ=1/(nσ) は2倍になります.1回の「配達」で温度の違う場所どうしを結ぶ距離が2倍になるのです.運び手の数が半分,1人あたりの運ぶ量が2倍.打ち消し合うのではないでしょうか.

熱伝導

温度が z 方向に変わる気体を考え,ある面を横切るエネルギーを数えます.面を片側から通り抜ける分子の個数は単位面積・単位時間あたり 14nv¯ 程度で,その分子が最後に衝突したのは面から λ ほど離れた所です.1分子あたりの熱容量を c1(並進と回転の自由度が f なら c1=f2kB)とすると,上から来る分子と下から来る分子が運ぶエネルギーの差は c1⋅2λdT/dz 程度です.向きの平均をていねいに行うと,次の形になります.

法則 フーリエの法則と気体の熱伝導率

単位時間に単位面積を通る熱エネルギー(熱流束)は,温度の勾配に比例して

q=−κdTdz

となる.κ を熱伝導率という.気体の分子運動から見積もると

κ≈13nv¯λc1=13v¯c1σ

で,λ=1/(nσ) を使うと数密度 n が消える.

水平な面から上下にλ離れた場所で最後に衝突した分子が,面を横切る.高温側から来る分子のエネルギーc₁T(z+λ)は,低温側から来る分子のc₁T(z−λ)より大きく,正味の熱流qは下向きになる. 水平な面から上下にλ離れた場所で最後に衝突した分子が,面を横切る.高温側から来る分子のエネルギーc₁T(z+λ)は,低温側から来る分子のc₁T(z−λ)より大きく,正味の熱流qは下向きになる.

数密度が消えました.運び手が減る効果と,1回で運ぶ距離が伸びる効果が,ちょうど打ち消し合うのです.室温・1気圧の空気で n=2.5×1025m−3,v¯=4.7×102ms−1,λ=1.0×10−7m,c1=52kB を入れると κ≈1.4×10−2Wm−1K−1 で,実測の 2.6×10−2 の半分ほど,桁は合っています.

粘性

同じ数え方は,分子が運ぶ別の量にも使えます.気体が x 方向に流れ,その速さ u が z とともに変わっているとします.速い層から遅い層へ移った分子は,余分な x 方向の運動量を持ち込みます.運動量の受け渡しは力ですから,層と層の間に,流れをそろえようとする力がはたらきます.これが粘性です.

法則 ニュートンの粘性法則と気体の粘性率

z 軸に垂直な面積 S の面をとり,u が z とともに増えている(du/dz>0)とする.このとき,面より上の速い気体が面より下の遅い気体を流れの向きに引く力の大きさは

FS=ηdudz

である.下の気体は上の気体を,同じ大きさで流れと逆向きに引き戻す.η を粘性率という.言いかえると,x 方向の運動量が z の正の向きに運ばれる流束は −η∂u/∂z であり,フーリエの法則やフィックの法則と同じく勾配と逆を向く.気体では

η≈13nmv¯λ=13mv¯σ

で,やはり数密度によらない.

右向きの流速uは上の層ほど大きい.上から来る分子は大きいx方向の運動量を,下から来る分子は小さい運動量を運ぶ.層にはたらく粘性力Fは上の層で左向き,下の層で右向きとなり,速度差を小さくする.右にu(z)の分布を示す. 右向きの流速uは上の層ほど大きい.上から来る分子は大きいx方向の運動量を,下から来る分子は小さい運動量を運ぶ.層にはたらく粘性力Fは上の層で左向き,下の層で右向きとなり,速度差を小さくする.右にu(z)の分布を示す.

空気で見積もると m=4.7×10−26kg として η≈1.7×10−5Pas となり,実測の 1.8×10−5Pas とよく合います.気体を薄くしても粘り気が変わらないというのは,当時まったく予想外の結論でした.

κ/η=c1/m(単位質量あたりの熱容量)という関係も,この見積もりから自動的に出てきます.

3つの輸送は同じ形をしている

拡散・熱伝導・粘性は,どれも「分子がある量を持って λ だけ移る」という同じしくみです.運ばれる量が違うだけで,係数はどれも 13λv¯ に,運ばれる量の単位体積あたりの密度を掛けた形になります.

現象

運ばれる量

勾配の法則

係数

拡散

粒子の数

J=−D∂c/∂x

D≈13λv¯

熱伝導

エネルギー

q=−κdT/dz

κ≈13λv¯nc1

粘性

x 方向の運動量

流束 −η∂u/∂z(力は F/S=ηdu/dz)

η≈13λv¯nm

では魔法瓶はなぜ効くのか

κ が密度によらないという結論には条件があります.平均自由行程 λ が,容器の幅 d よりずっと小さいことです.気体をどんどん薄くすると λ は 1/n で伸び,やがて d を超えます.そうなると分子は途中でぶつからず,壁から壁へ直行するので,運ぶ距離はもう伸びません.熱流は運び手の数,つまり n にそのまま比例して減ります.

ポイント 真空断熱が効く条件

λ と d の比をクヌーセン数 Kn=λ/d という.1≫Kn では熱伝導率は圧力によらない.Kn∼1 は2つのふるまいが移り合う遷移の領域で,さらに薄くして Kn≫1(分子が壁から壁へ直行する自由分子の領域)になると,熱流は圧力に比例して小さくなる.

室温の空気の λ は1気圧で 0.1μm 程度,λ∝1/p なので,d=1cm の隙間で λ が d に届くには圧力を 10−5 気圧,およそ 1Pa まで下げる必要があります.魔法瓶の二重壁の間はここまで引いてあります.窓の空気を半分抜いても効かないのに,魔法瓶が効くのは,この境目の向こう側まで行っているからです.

温度差と隙間dを固定したときの気体の熱流束|q|を,圧力pに対して両対数目盛で示す.λ≪dではほぼ一定だが,λ>dでは圧力に比例して減る.折れ線の境目はλ=d,Kn≈1で,d=1 cmの空気では約1 Paである.縦軸は高圧側を1とした相対値である. 温度差と隙間dを固定したときの気体の熱流束|q|を,圧力pに対して両対数目盛で示す.λ≪dではほぼ一定だが,λ>dでは圧力に比例して減る.折れ線の境目はλ=d,Kn≈1で,d=1 cmの空気では約1 Paである.縦軸は高圧側を1とした相対値である.

この折れ線は両側の極限の漸近線で,実際には Kn∼1 のまわりでなめらかに移り変わります.

ただし,真空にすれば熱が完全に止まるわけではありません.分子が1つもない隙間でも,熱は電磁波になって壁から壁へ渡ります.魔法瓶の内側が鏡のようにぴかぴかなのはそのためです.この最後の運び手は次の節で扱います.

ポイント ここまでのまとめ

  • フーリエの法則 q=−κdT/dz,ニュートンの粘性法則 F/S=ηdu/dz.

  • 気体では κ≈13nv¯λc1,η≈13nmv¯λ.λ=1/(nσ) を入れると,どちらも数密度によらない.

  • 拡散・熱伝導・粘性は,粒子数・エネルギー・運動量という運ぶ量が違うだけの同じ現象で,係数はどれも 13λv¯ 倍である.

  • この結論は λ が容器の幅より十分小さいときだけ成り立つ.Kn∼1 で遷移し,Kn≫1 では熱流が圧力に比例する.これが真空断熱である.

  • 問いの答え:空気を半分抜いても熱の伝わりは半分にならず,ほとんど変わらない.魔法瓶は λ が隙間を超えるところまで引いてあるので効く.ただし真空でも電磁波による熱放射が残り,それは次の節で扱う.

08輸送の数学:熱抵抗と定常の流れ

熱伝導も粘性も,定常状態ではよく似た計算になります.温度差を熱流で割った量を「抵抗」とみなすと見通しがよくなるので,それを道具にまとめます.電気回路を習った人には,そこでの抵抗とそっくりの計算に見えるはずです.

定理 数学の道具:定常の輸送と熱抵抗

定常状態では,途中で熱がたまらないので,熱流 P(単位は W)はどの断面でも同じである.断面積 S,厚さ L,熱伝導率 κ の平板では P=κS(T1−T2)/L だから,これを

T1−T2=PR,R=LκS

と書ける.R を熱抵抗という.温度差が R と熱流の積で決まるので,同じ熱流を通す層を重ねれば温度差が足し算になり,並べれば熱流が足し算になる.したがって

  • 直列(重ねる):R=R1+R2+⋯

  • 並列(並べる):1R=1R1+1R2+⋯

温度も拡散する. 密度 ρ,単位質量あたりの熱容量 c の物体では,保存則とフーリエの法則から

∂T∂t=α∂2T∂z2,α=κρc

となる.α を熱拡散率といい,単位は拡散係数と同じ m2s−1 である.厚さ L の物体の温度がならされるのにかかる時間は t≈L2/α で,ここでも L2 に比例する.

練習. (1) 平板の厚さを2倍にすると,同じ温度差での熱流は何倍になるか.さらに面積も2倍にするとどうか.(2) 内半径 a,外半径 b,長さ ℓ の円筒の壁の熱抵抗が ln⁡(b/a)/(2πκℓ) になることを示せ.

答え:(1) R=L/(κS) が2倍になるので熱流は 12 倍.面積も2倍にすると R はもとに戻り,熱流ももとのままである. (2) 定常では半径 r の円筒面を通る熱流 P=−κ(2πrℓ)dT/dr が r によらない.変形して dT=−P2πκℓdrr を a から b まで積分すると T(a)−T(b)=P2πκℓln⁡ba となる.

例題

例題 1

オリジナル ★★☆☆☆

外気と室内の温度差が 20K の部屋がある.外に面した部分は,壁が 10m2,窓が 2.0m2 である.壁は内側から石膏ボード(12mm,κ=0.22Wm−1K−1),グラスウール(100mm,0.040),合板(12mm,0.16)の3層からなる.窓は厚さ 3mm のガラス(1.0)2枚で 12mm の空気層(0.026)をはさんだ複層ガラスである.空気の対流と壁の表面の抵抗は無視する.

壁は石膏ボード12 mm,グラスウール100 mm,合板12 mmの3層,窓はガラス3 mm,空気12 mm,ガラス3 mmの3層である.各層の熱伝導率κを示す.室内と外気の温度差は20 Kで,壁の面積は10 m²,窓は2.0 m²である.下の対応回路では各層の熱抵抗が直列,壁と窓が並列につながる.温度差が電圧,熱流Pが電流に対応する. 壁は石膏ボード12 mm,グラスウール100 mm,合板12 mmの3層,窓はガラス3 mm,空気12 mm,ガラス3 mmの3層である.各層の熱伝導率κを示す.室内と外気の温度差は20 Kで,壁の面積は10 m²,窓は2.0 m²である.下の対応回路では各層の熱抵抗が直列,壁と窓が並列につながる.温度差が電圧,熱流Pが電流に対応する.
  1. 壁と窓について,面積 1m2 あたりの熱抵抗を求めなさい.

  2. 壁と窓を通る熱流と,その合計を求めなさい.

  3. 窓を同じ面積の壁に替えると,合計はどうなるか.

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考え方 層は直列,壁と窓は並列である.単位面積あたりの熱抵抗 L/κ を先に出すと見通しがよい.

  1. 壁は 0.0120.22+0.1000.040+0.0120.16=0.055+2.5+0.075=2.6m2KW−1.窓は 2×0.0031.0+0.0120.026=0.006+0.46=0.47m2KW−1.断熱材の2.5がほとんどを決めており,ガラス自体はほとんど効いていない.

  2. 壁は P=20×10/2.6≈77W,窓は 20×2.0/0.47≈85W.合計は約 1.6×102W である.窓は面積が壁の5分の1なのに,損失の半分以上を占める.

  3. 全体が壁になると P=20×12/2.6≈92W で,合計は4割ほど減る.断熱では,いちばん抵抗の小さい並列経路から手を付けるのが効く.

例題 2

オリジナル ★★★☆☆

間隔 d=1.0mm の2枚の平らな板の間を気体で満たし,面積 S=0.10m2 の上の板を一定の速さ u0=0.50ms−1 で水平に引く.下の板は固定で,気体は板の表面では板と同じ速さで動くとする.

間隔dの2枚の板の下側を固定し,面積Sの上の板を右向きに速さu₀で引く.青い矢印は気体の流速u(z)で,上の板に近いほど長くなる.板の表面では気体は板と同じ速さで動くため,定常の速度分布は直線となる.赤い矢印Fは上の板を引く外力を表す. 間隔dの2枚の板の下側を固定し,面積Sの上の板を右向きに速さu₀で引く.青い矢印は気体の流速u(z)で,上の板に近いほど長くなる.板の表面では気体は板と同じ速さで動くため,定常の速度分布は直線となる.赤い矢印Fは上の板を引く外力を表す.
  1. 定常では気体の各層が等速で動くことから,速度分布 u(z) が直線になることを示し,上の板を引くのに必要な力を求めなさい.

  2. 空気(η=1.8×10−5Pas)と水(1.0×10−3Pas)で力を計算しなさい.

  3. 板の間の空気を半分だけ抜くと,力はどう変わるか.どこまで抜くとその答えが成り立たなくなるか.

解答を見る

考え方 各層が加速しないためには,上下の面から受ける粘性の力がつり合っていなければならない.

  1. 厚さ dz の層にはたらく力は ηS[du/dz(z+dz)−du/dz(z)]=ηSd2u/dz2dz で,これが0だから d2u/dz2=0,すなわち u は z の1次式である.境界条件 u(0)=0,u(d)=u0 から u=u0z/d.よって力は F=ηSdu/dz=ηSu0/d である.

  2. 空気は F=1.8×10−5×0.10×0.50/(1.0×10−3)=9.0×10−4N.水は η が約56倍なので 5.0×10−2N.

  3. η≈mv¯/(3σ) は数密度によらないので,力はほとんど変わらない.ただしこの結論は λ が d より十分小さいときだけである.1気圧で λ≈0.1μm で d=1.0mm の1万分の1だが,λ∝1/p なので圧力を 10−4 気圧ほどまで下げると λ が d に並び,そこから先は力が圧力に比例して減る.

ポイント ここまでのまとめ

  • 定常の熱伝導は熱抵抗 R=L/(κS) と ΔT=PR で,オームの法則とまったく同じ形になる.重ねれば直列,並べれば並列である.

  • 円筒の壁の熱抵抗は ln⁡(b/a)/(2πκℓ) で,厚さではなく半径の比で決まる.

  • 熱拡散率 α=κ/(ρc) は拡散係数と同じ単位をもち,温度がならされる時間は L2/α 程度である.

  • 平行な板にはさまれた流れの速度分布は直線で,引く力は ηSu0/d.気体では圧力を下げても変わらない.

09熱伝導と粘性の演習

温度差と熱流,速度差と粘性力を結びつけてください.気体では自由行程と容器の幅も比べましょう.

演習 1

オリジナル ★☆☆☆☆

長さ L=2.0cm,断面積 S=1.0cm2 の棒の熱伝導率は κ=2.0Wm−1K−1,体積あたりの熱容量は ρc=2.0×106Jm−3K−1 です.側面は断熱し,物性値は一定です.

  1. 両端の温度差が 20K の定常状態で,高温端から低温端へ z 軸をとり,熱流束 q と熱流 P を求めなさい.

  2. 両端も断熱した後の均一化の時間を見積もり,同材質で長さ2倍の場合と比べなさい.

長さL=2.0 cm,断面積S=1.0 cm²の棒の側面は断熱され,両端の温度差は20 Kである.z軸は高温端から低温端へ向かい,熱流束qと熱流Pも同じ向きに流れる. 長さL=2.0 cm,断面積S=1.0 cm²の棒の側面は断熱され,両端の温度差は20 Kである.z軸は高温端から低温端へ向かい,熱流束qと熱流Pも同じ向きに流れる.
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考え方 熱流束を面積倍し,均一化は熱拡散率で見積もる.

  1. フーリエの法則より q=−κdT/dz=κ(20K)/L=2.0×103Wm−2,P=qS=0.20W で,高温端から低温端へ流れる.

  2. α=κ/(ρc)=1.0×10−6m2s−1.t≈L2/α=4.0×102s が目安である.長さ2倍では時間は4倍となる.

演習 2

オリジナル ★★☆☆☆

長さ L,断面積 S の棒2本の熱伝導率は κ,3κ です.温度 Th>Tc の熱源間に置き,側面は断熱し,接触熱抵抗は無視します.

  1. 高温側から κ,3κ の順につなぎ,直列の熱抵抗と接続点の温度を求めなさい.

  2. 並列の熱抵抗と,直列に対する全熱流の倍率を求めなさい.

各棒の長さはL,断面積はSで,熱伝導率はκと3κである.直列では高温側Thからκ,3κの順につなぎ,接続点をTiとする.並列では両方の棒が同じThとTcを共有する.直列では熱流が共通,並列では温度差が共通となる. 各棒の長さはL,断面積はSで,熱伝導率はκと3κである.直列では高温側Thからκ,3κの順につなぎ,接続点をTiとする.並列では両方の棒が同じThとTcを共有する.直列では熱流が共通,並列では温度差が共通となる.
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考え方 直列では熱流,並列では温度差が共通である.

  1. R1=L/(κS),R2=R1/3 だから Rs=4L/(3κS).接続点の温度は Ti=Tc+PR2=Tc+(Th−Tc)/4 である.

  2. 1/Rp=1/R1+1/R2 より Rp=L/(4κS).同じ温度差では Pp/Ps=Rs/Rp=16/3 となる.

演習 3

オリジナル ★★☆☆☆

長さ ℓ,内半径 a,外半径 2a の円筒状の断熱材の内外面を Th>Tc に保ちます.κ は一定で,端面は断熱します.

  1. 定常の熱流 P を求めなさい.

  2. 同材質を厚さ a だけ加え,外半径を 3a にします.内外面の温度が追加前と同じなら,熱流は何倍ですか.接触熱抵抗は無視し,ln⁡2=0.693,ln⁡3=1.10 とします.

追加前は内半径a,外半径2a,追加後は内半径a,外半径3aの円筒である.どちらも内面をTh,外面をTcに保ち,長さℓと材質は同じである.追加後の半径2aは材料の界面を表す.下に軸を含む断面と断熱された両端面を示す. 追加前は内半径a,外半径2a,追加後は内半径a,外半径3aの円筒である.どちらも内面をTh,外面をTcに保ち,長さℓと材質は同じである.追加後の半径2aは材料の界面を表す.下に軸を含む断面と断熱された両端面を示す.
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考え方 面積が半径で変わるので,円筒の熱抵抗を使う.

  1. 半径 r の面では P=−2πκrℓdT/dr.a から 2a まで積分すると Th−Tc=Pln⁡2/(2πκℓ).よって R=ln⁡2/(2πκℓ),P=2πκℓ(Th−Tc)/ln⁡2 である.

  2. R′=ln⁡3/(2πκℓ) より P′/P=ln⁡2/ln⁡3≈0.63.厚さ2倍でも,面積も増すので熱流は半分にならない.

演習 4

オリジナル ★★★☆☆

間隔 d,幅 w,流路長 L の静止した水平な平行平板の間に,粘性率 η 一定の非圧縮性液体を流します.入口は出口より圧力が Δp>0 高く,圧力は直線的に下がります.定常層流で,端・側面の影響と滑りは無視します.

  1. 下板からの高さを z,下流向きの速度を u(z) とし,力のつり合いから速度分布を求めなさい.

  2. 各板の粘性力を向きも含めて求めなさい.圧力差と寸法は同じで,η が2倍なら速度と力は何倍ですか.

上面図に流路長Lと幅wを,下の側面図に板間隔dと下板から上向きのz軸を示す.入口の圧力は出口よりΔpだけ高く,液体は右へ流れる.上下の板は静止している.高さzの厚さdzの薄い層を緑で示し,その流速をu(z)と記す. 上面図に流路長Lと幅wを,下の側面図に板間隔dと下板から上向きのz軸を示す.入口の圧力は出口よりΔpだけ高く,液体は右へ流れる.上下の板は静止している.高さzの厚さdzの薄い層を緑で示し,その流速をu(z)と記す.
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考え方 層を押す圧力の力を,上下の粘性力の差が打ち消す.

  1. 厚さ dz の層では Δpwdz+ηwLd2udz2dz=0.2回積分し,u(0)=u(d)=0 を使うと

u(z)=Δp2ηLz(d−z)

となる.

  1. 壁での勾配の大きさは Δpd/(2ηL).各板の力は F=ηwL|du/dz|=Δpwd/2 で,両方とも下流向きである.η が2倍なら勾配は半分となり,速度は半分,力は不変である.

演習 5

オリジナル ★★★☆☆

理想気体の分子の質量 m,1分子あたりの熱容量 c1,衝突断面積 σ は一定とします.

  1. λ=1/(nσ) から κ,η が数密度によらないことを示しなさい.等温で圧力2倍,等圧で温度4倍にした場合の λ,v¯,D,κ,η の倍率を求めなさい.ともに 1≫Kn とします.

  2. 固定温度で p0=1.0×105Pa のとき λ0=1.0×10−7m です.隙間 d=1.0cm で Kn=1 となる圧力を求めなさい.異なる壁温度を保ち,0.010Pa から 0.0010Pa に下げると,気体の熱流は何倍ですか.放射と支持材の熱伝導は除きます.

同じ隙間dと壁温度Th>Tcをもつ2つの気体を比べる.左のλ≪dでは分子は衝突を繰り返し,輸送距離はλ程度である.右のλ≫dでは途中で衝突せず壁から壁へ直行し,輸送距離はd程度に限られる. 同じ隙間dと壁温度Th>Tcをもつ2つの気体を比べる.左のλ≪dでは分子は衝突を繰り返し,輸送距離はλ程度である.右のλ≫dでは途中で衝突せず壁から壁へ直行し,輸送距離はd程度に限られる.
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考え方 分子数の減少と自由行程の増加は打ち消し合うが,輸送距離は壁間隔が上限である.

  1. κ≈nv¯λc1/3=v¯c1/(3σ),η≈nmv¯λ/3=mv¯/(3σ) で n は消える.n=p/(kBT),v¯∝T,D≈v¯λ/3 より,等温では順に 1/2,1,1/2,1,1 倍.等圧では n が1/4倍で,順に 4,2,8,2,2 倍となる.

  2. Kn=λ0p0/(pd) より境目は p=λ0p0/d=1.0Pa.Kn=100,1000 で輸送距離は壁間隔となる.壁温度一定で熱流は n∝p に比例し,約1/10倍になる.真空断熱はこの領域で効く.

ポイント 教える人へ

  • 熱流束と熱流の違いを単位で説明させます.

  • 直列と並列で共通の量を問い,接続点の温度を確かめさせます.

  • 円筒で厚さだけを使う誤りには,各半径の面積を描かせます.

  • 静止板の粘性力を問い,両板の力の和を圧力の力と比べさせます.

  • 密度によらない結論の適用条件を,自由行程と隙間で説明させます.

10熱放射:真空を渡る熱

問い

魔法瓶の二重壁をどれだけ丁寧に真空にしても,中のお湯は何時間かで冷めます.分子が1つもない隙間を,熱はどうやって渡ったのでしょうか.また,太陽から 1.5×1011m も離れた地球の温度は,いったい何で決まっているのでしょうか.

考えてみる

真空には分子がないので,前の節の伝導も,気体がかたまりで動く対流も使えません.残っているのは電磁波です.赤熱した鉄や電気ストーブを思い出せば,熱いものが光を出すことは知っています.室温の物も,目に見えない赤外線を出し続けています.赤外線カメラが暗い部屋でも人の形を写せるのは,そのためです.

では,出ていくエネルギーは何で決まるのでしょうか.温度だけでしょうか,それとも表面の性質にもよるのでしょうか.ここで困るのは,黒い面は放射をよく吸うと同時に,よく出すのかどうかです.片方だけがうまい面があれば,その面を使って温度差を作り続けられてしまいそうです.

なお,この節では λ を電磁波の波長の意味で使います.前の節までの平均自由行程とは別のものです.

黒体と放射率

当たった放射を,どの波長でも全部吸収する理想の面を考えます.これを黒体といいます.実際の面は一部を反射したり通したりするので,同じ温度・同じ波長の黒体を基準にした放射の割合で表します.

定義 黒体・放射率・キルヒホッフの法則

当たった放射を波長によらず全部吸収する物体を黒体という.温度と波長が同じ黒体に比べた放射の割合を放射率 ε(0≤ε≤1)といい,当たった放射のうち吸収する割合を吸収率という.熱平衡では,同じ波長・同じ温度について

吸収率=放射率

が成り立つ(キルヒホッフの法則).よく吸う面はよく放射し,よく反射する面は放射もしない.

これは次のように確かめられます.温度 T の等温の空洞の中に物体を入れて放っておくと,物体の温度は T のまま変わりません.もしある波長で吸収のほうが放射より多ければ,その波長だけを通すフィルターを使って物体を暖め,別の波長で冷やして,温度差を自然に作り出せてしまいます.これは第16章の第二法則に反します.だから,波長ごとに吸収と放射がつり合っていなければなりません.「黒いものは日なたで熱くなる」と「黒いものはよく冷える」は,同じ一つの性質の裏表です.

シュテファン・ボルツマンの法則

全部の波長を合わせて出ていくエネルギーは,温度の4乗に比例します.

法則 シュテファン・ボルツマンの法則

温度 T の黒体の表面からは,単位面積・単位時間あたり

j=σSBT4,σSB=5.67×10−8Wm−2K−4

のエネルギーが出る.σSB をシュテファン・ボルツマン定数という(この章では σ を衝突断面積に使っているので,添字 SB で区別する).放射率 ε が波長によらない面(灰色体)が,温度 Te の大きな等温の環境に囲まれているとき,面積 S から出ていく正味のエネルギーは

P=εσSBS(T4−Te4)

である.

後ろの式の第2項が,環境から来て吸収される分です.キルヒホッフの法則のおかげで,吸収のほうにも同じ ε が付きます.T=Te なら正味が0になり,囲まれた物体が環境と同じ温度に落ち着くことと合います.

温度 T の物体が温度 T_e の大きな等温の壁に囲まれている断面図.物体から出る赤い放射は εσ_SB S T⁴,壁から来て物体に吸収される青い放射は εσ_SB S T_e⁴ である.正味の外向きの熱流は両者の差 P=εσ_SB S(T⁴−T_e⁴) となり,T=T_e で0になる. 温度 T の物体が温度 T_e の大きな等温の壁に囲まれている断面図.物体から出る赤い放射は εσ_SB S T⁴,壁から来て物体に吸収される青い放射は εσ_SB S T_e⁴ である.正味の外向きの熱流は両者の差 P=εσ_SB S(T⁴−T_e⁴) となり,T=T_e で0になる.

4乗はおそろしく急です.室温 300K の黒体は 1m2 あたり 4.6×102W も出しています.それでも私たちが凍えないのは,周りの壁からほぼ同じだけ返ってくるからです.皮膚(307K)と 293K の部屋の差を取ると正味は 1m2 あたり 85W ほどで,体表の面積を考えると,人は放射だけで 100W の桁のエネルギーを失っています.温度が2倍になれば放射は16倍ですから,高温の炉や星では放射がほかの運び方を圧倒します.

公式 ウィーンの変位則

黒体の放射がもっとも強くなる波長は

λmaxT=2.90×10−3mK

を満たし,温度が高いほど短い波長へ移る.

室温の 300K では λmax≈9.7μm で,目に見えない赤外線です.1000K でも 2.9μm の赤外ですが,分布のすその一部が可視に入るので赤く見えはじめます.太陽の表面(約 5800K)では 0.50μm で,ちょうど可視光の真ん中です.

波長 λ と波長あたりの放射の強さを両対数目盛で示す.プランクの式で計算した300 K,1000 K,5800 Kの曲線のピークは,それぞれ約9.7 μm,2.9 μm,0.50 μmである.λ_max T=2.90×10⁻³ m K に従って高温ほどピークが短波長へ移り,ピークの高さは T⁵ に比例して増す.橙の縦帯は可視光0.40〜0.70 μmである.両対数目盛では相対的な山の幅は同じで,線形の波長幅は高温ほど狭くなる. 波長 λ と波長あたりの放射の強さを両対数目盛で示す.プランクの式で計算した300 K,1000 K,5800 Kの曲線のピークは,それぞれ約9.7 μm,2.9 μm,0.50 μmである.λ_max T=2.90×10⁻³ m K に従って高温ほどピークが短波長へ移り,ピークの高さは T⁵ に比例して増す.橙の縦帯は可視光0.40〜0.70 μmである.両対数目盛では相対的な山の幅は同じで,線形の波長幅は高温ほど狭くなる.

波長ごとの強さを与える式は,1900年にプランクが見つけました.それを導くには,電磁波のエネルギーが hν を単位にしてしか出入りしないという,当時は突飛な仮定が必要でした.第17章のボルツマン因子が,エネルギーの大きい振動ほど励起されにくいことを通じて短い波長側を抑えている,と見ることもできます.熱放射は量子論の出発点になった現象です.この本では分布の形そのものは使わず,全体の量(4乗則)とピークの位置(変位則)だけを使います.

放射のつり合いが温度を決める

放射は,温度を決める側にもまわります.外から放射を受け取り,自分も放射している物体は,受け取る量と出す量が等しくなる温度に落ち着きます.これが放射のつり合いです.太陽から受ける量と宇宙へ逃がす量でつり合う惑星の温度は,次の節の例題1で計算します.

魔法瓶に戻りましょう.真空にすれば伝導は止まりますが,放射は残ります.そこで,向かい合う2つの面の放射率を小さくします.放射が2面の間を何度も往復することまで数えると,単位面積あたりの正味の熱流は

PS=σSB(T14−T24)1/ε1+1/ε2−1

となります(導出は発展問題にします).両面を ε=0.05 の鏡にすれば分母は39で,黒い面どうしの40分の1ほどに減ります.T1=373K,T2=293K なら 17Wm−2,向かい合う面の面積を 0.06m2 として約 1W です.0.50kg のお湯なら1時間に 2K 弱の冷え方で,実際の魔法瓶とよく合います.これが問いの答えです.

魔法瓶の二重壁を断面で示す.内側は T₁=373 K,外側は T₂=293 Kで,壁の間は真空である.向かい合う面はともに放射率 ε=0.05 の鏡で,赤い放射は真空の隙間を往復し,大部分が反射される.青い短い矢印は壁で吸収されるわずかな分を示す.口と底の支持部だけには固体を通る伝導の経路が残る.この条件では面積0.06 m²の正味の放射は約1 Wとなる. 魔法瓶の二重壁を断面で示す.内側は T₁=373 K,外側は T₂=293 Kで,壁の間は真空である.向かい合う面はともに放射率 ε=0.05 の鏡で,赤い放射は真空の隙間を往復し,大部分が反射される.青い短い矢印は壁で吸収されるわずかな分を示す.口と底の支持部だけには固体を通る伝導の経路が残る.この条件では面積0.06 m²の正味の放射は約1 Wとなる.

ポイント ここまでのまとめ

  • 真空でも熱は電磁波で運ばれる.キルヒホッフの法則により,同じ温度・同じ波長で吸収率と放射率は等しい.

  • 黒体の放射は j=σSBT4,灰色体が環境に囲まれたときの正味は P=εσSBS(T4−Te4).

  • ピークの波長は λmaxT=2.90×10−3mK.室温なら赤外,太陽の表面なら可視光になる.

  • 放射を受けて放射する物体の温度は,出入りのつり合いで決まる.

  • 問いの答え:真空を渡った熱は電磁波である.魔法瓶は両面を低い放射率の鏡にして正味の放射を数十分の1にしてあり,それでも残る 1W ほどで何時間かかけて冷める.地球の温度は,太陽から受ける放射と宇宙へ出す放射のつり合いで決まる(次の節の例題1で 255K と見積もる).

11熱放射の数学:4乗則を線形にする

放射の式は温度の4乗で,前の節までの「温度差に比例する」形とは見た目が違います.温度差が小さいときに線形な形へ直しておけば,伝導・対流・放射を同じ土俵で比べられます.

定理 数学の道具:4乗則の線形化と放射の熱伝達係数

物体の温度を T=Te+ΔT と書き,Te≫|ΔT| とする.1≫x で (1+x)4≈1+4x だから

T4−Te4=Te4[(1+ΔTTe)4−1]≈4Te3ΔT

となり,正味の放射は温度差に比例する形

P≈hrSΔT,hr=4εσSBTe3

に書ける.hr を放射の熱伝達係数という.表面から環境へ流体が運ぶ熱も,ふつう

P=hS(T−Te)

の形に書く(ニュートンの冷却の法則.h は実験で決める係数で,静かな空気の自然対流では 5∼10Wm−2K−1 程度).どちらも温度差に比例するので,h と hr を足して1つの表面の係数として扱える.

室温 Te=293K,ε=1 では hr≈5.7Wm−2K−1 で,自然対流と同じ桁です.室温付近の冷え方でも,放射は対流と同じくらい効きます.

練習. (1) 500K の環境では hr は室温の何倍か.(2) ΔT が Te の 10 % のとき,線形化した値は正しい値の何倍か.

答え:(1) hr∝Te3 なので (500/293)3≈5.0 倍(約 28Wm−2K−1). (2) 正しい値は (1.1)4−1=0.4641 に比例し,線形化は 4×0.1=0.4 なので 0.4/0.4641≈0.86.14 % 小さく見積もる.

例題

例題 1

オリジナル ★★★☆☆

太陽光に垂直な面が地球の軌道で受ける放射は,単位面積あたり S0=1.37×103Wm−2 である(太陽定数).半径 R の球形の惑星が,当たった放射のうち割合 A(アルベド)を反射して残りを吸収する.表面は赤外線に対して黒体(ε=1)とし,大気は考えない.

半径 R の惑星に平行な太陽光が当たる.光に垂直な影の円板の面積は πR²であり,入射 S₀πR²のうち割合 A は反射され,残りの S₀(1−A)πR² が吸収される.自転が速く全球が同じ温度 T になる場合,赤い矢印で示す放射は表面積4πR²の全球から出て,σ_SB T⁴·4πR²となる.放射面積は受光面積の4倍である. 半径 R の惑星に平行な太陽光が当たる.光に垂直な影の円板の面積は πR²であり,入射 S₀πR²のうち割合 A は反射され,残りの S₀(1−A)πR² が吸収される.自転が速く全球が同じ温度 T になる場合,赤い矢印で示す放射は表面積4πR²の全球から出て,σ_SB T⁴·4πR²となる.放射面積は受光面積の4倍である.
  1. 自転が速くて全球が同じ温度 T になるとして,吸収と放射のつり合いから T を求めなさい.A=0.30 での数値と,A=0 での数値も出しなさい.

  2. 逆に自転がとても遅く,太陽に正対する点の近くだけがその場でつり合うとする.その点の温度を A=0.12(月)で求めなさい.

  3. 地球の地表の平均気温は約 288K で,(1)の値より高い.何が足りないか述べなさい.

解答を見る

考え方 受け取る面積と放射する面積が違うことが山である.平行光線を受け取るのは影の面積 πR2,放射するのは全表面 4πR2 で,4倍の差がある.

  1. 吸収は S0(1−A)πR2,放射は σSBT4⋅4πR2 で,等しいとおくと

T=[S0(1−A)4σSB]1/4

である.R が消えるので惑星の大きさに依らない.A=0.30 では T≈2.55×102K(−18∘C),A=0 では T≈2.79×102K で,反射をやめても 24K しか上がらない.T∝(1−A)1/4 と効きが鈍いからである.

  1. その点では受け取る面積と放射する面積が同じなので S0(1−A)=σSBT4,すなわち T≈3.8×102K.(1)の 4 が無いので 41/4=1.41 倍高い.月の昼が 390K 近く,夜が 100K 台になるのは,熱を全球へ配る手段がないからである.

  2. 大気である.大気は可視光をほとんど通すのに,地表が出す赤外線は吸収して一部を地表へ返す.地表のつり合いにはその分が加わるので,地表は(1)より高温になる.(1)の 255K は,惑星が宇宙へ出す放射の温度にあたる.

例題 2

オリジナル ★★★☆☆

半径 r=2.0cm のアルミの球(ρ=2.7×103kgm−3,c=9.0×102Jkg−1K−1,κ=2.4×102Wm−1K−1)を,Te=293K の静かな部屋に置く.初めの温度は 350K,表面の対流の係数は h=8.0Wm−2K−1,放射率は磨いた面で ε=0.10,黒く塗ると 0.90 とし,線形化には平均の温度 320K を使う.

初め350 Kの球を293 Kの静かな部屋に置く.左の緑の矢印は対流 hSΔT,赤い矢印は正味の放射 h_r SΔT を示す.右は320 Kで放射を線形化した指数近似 T(t)=293+57 exp(−t/τ) による冷却曲線である.磨いた面 ε=0.10 の時定数は約1.9×10³ s,黒く塗った面 ε=0.90 は約1.1×10³ sで,どちらも293 Kへ近づく.各時定数で温度差は初期の1/eとなり,温度は約314 Kである. 初め350 Kの球を293 Kの静かな部屋に置く.左の緑の矢印は対流 hSΔT,赤い矢印は正味の放射 h_r SΔT を示す.右は320 Kで放射を線形化した指数近似 T(t)=293+57 exp(−t/τ) による冷却曲線である.磨いた面 ε=0.10 の時定数は約1.9×10³ s,黒く塗った面 ε=0.90 は約1.1×10³ sで,どちらも293 Kへ近づく.各時定数で温度差は初期の1/eとなり,温度は約314 Kである.
  1. 球の中の温度を一様とみなしてよいか,内部の均一化の時間と冷える時間を比べて確かめなさい.

  2. 磨いた面と黒く塗った面について,冷え方の時定数を求めなさい.

  3. この球を,代わりに厚い断熱板を1枚はさんで冷却器につないだとする.どこが律速になるかの違いを述べなさい.

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考え方 表面での受け渡しを h+hr でまとめ,熱容量 C との比で時定数 C/[(h+hr)S] を作る.内部が追いつくかは熱拡散率で見る.

  1. 熱拡散率は α=κ/(ρc)≈9.9×10−5m2s−1 で,内部の均一化の時間は r2/α≈4s である.下で求める冷える時間は 103s の桁なので,内部はつねにほぼ一様とみなせる.hr/κ≈7×10−4 が1よりはるかに小さい,と言っても同じである.

  2. hr=4εσSB(320)3≈7.4εWm−2K−1 なので,磨いた面は 0.74,黒い面は 6.7 である.C=ρcV≈81JK−1,S=4πr2=5.0×10−3m2 だから

τ=C(h+hr)S

より,磨いた面は約30分(1.9×103s),黒い面は約18分(1.1×103s)である.黒く塗るだけで4割ほど速く冷えるのだから,室温でも放射を落としてはいけない.

  1. いまは内部の伝導が速く表面での受け渡しが遅いので,表面の係数だけで時定数が決まった.断熱板をはさむと板の熱抵抗 L/(κS) が表面の抵抗 1/[(h+hr)S] を上回り,こちらが律速になる.直列の抵抗のうち大きいほうが全体を決める.

ポイント ここまでのまとめ

  • 温度差が小さければ4乗則は線形化でき,P≈hrSΔT,hr=4εσSBTe3.室温の ε=1 で 5.7Wm−2K−1 ほどと,自然対流と同じ桁である.

  • 表面での受け渡しは h+hr にまとめ,冷え方の時定数は C/[(h+hr)S].内部を一様とみなせるのは,均一化の時間 L2/α がこれよりずっと短いときである.どれが律速かは,直列の抵抗の大きいほうを探せば分かる.

  • 平行光線を受け取る面積 πR2 と放射する面積 4πR2 の違いが,惑星の平衡温度の 4 の出どころである.アルベド 0.30 で 255K,正対点だけなら 41/4 倍になる.

12熱放射の演習

放射の出入りと,表面の性質の効果を考えましょう.σSB=5.67×10−8Wm−2K−4 を使います.

演習 1

オリジナル ★☆☆☆☆

面積 S=0.10m2,温度 T=400K の黒体面を,Te=200K の大きな等温環境に置きます.出ていく放射と正味の熱流 P を求めなさい.面の温度だけを2倍にすると,それぞれ何倍ですか.

面積 S=0.10 m²の黒体面を,温度 T_e=200 Kの環境で400 Kから800 Kへ加熱する.出ていく赤い放射は約145 Wから2322 Wへ16倍となるが,青い吸収は両方とも約9.07 Wで矢印の太さも変わらない.吸収量を1とすると放射は16から256へ,正味は15から255へ変わるので,正味の熱流は約136 Wから2313 Wへ17倍となる.赤い矢印の太さは2つの放射の量の比を示し,青との太さの比は模式的である. 面積 S=0.10 m²の黒体面を,温度 T_e=200 Kの環境で400 Kから800 Kへ加熱する.出ていく赤い放射は約145 Wから2322 Wへ16倍となるが,青い吸収は両方とも約9.07 Wで矢印の太さも変わらない.吸収量を1とすると放射は16から256へ,正味は15から255へ変わるので,正味の熱流は約136 Wから2313 Wへ17倍となる.赤い矢印の太さは2つの放射の量の比を示し,青との太さの比は模式的である.
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考え方 T4 に比例する放射から,環境からの吸収を引く.

出ていく量は σSBST4≈145W.環境から約 9.1W を受け取り,正味は P≈136W である.出ていく量は 24=16 倍だが,正味の倍率は

8004−20044004−2004=25515=17

である.環境からの吸収は増えず,正味の倍率は16を超える.

演習 2

オリジナル ★☆☆☆☆

同じ面積の2枚の板を T=350K とし,Te=400K の大きな等温環境へ置きます.不透明な灰色体で,放射率 ε は磨いた板で 0.08,黒い板で 0.80 です.放射だけで熱を交換するとして,直後の正味の熱流の向きと大きさの比を求めなさい.磨いた板が放射しにくい理由と,平衡温度も答えなさい.

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考え方 キルヒホッフの法則により,吸収にも放射と同じ ε が付く.

P=εσSBS(T4−Te4)<0 なので,正味では両方とも熱を受け取る.黒い板対磨いた板の比は 0.80/0.08=10 である.不透明でよく反射する板は吸収率も放射率も小さい.ε>0 なら P=0 は T=Te=400K であり,平衡温度は同じである.

演習 3

オリジナル ★★☆☆☆

黒体で近似できる電球のフィラメントで,電圧を上げると波長あたりの放射のピークが 1.45μm から 1.16μm へ移りました.変更前後の温度を,ウィーンの変位則 λmaxT=2.90×10−3mK から求めなさい.可視光の範囲を 0.40∼0.70μm として,赤外にピークがあっても光って見える理由と,温度上昇で可視光の割合がどう変わるかを説明しなさい.

プランクの式による2000 Kと2500 Kの波長スペクトルを,それぞれの全波長積分が1となるように規格化して示す.ピークは約1.45 μmから1.16 μmへ短波長側に移る.橙の縦帯は可視光0.40〜0.70 μmであり,赤外にピークがあっても短波長側のすそは可視域に入る.2500 Kでは全放射に占める可視光の割合が増す.横軸は線形目盛で,長波長側のすそは表示範囲の外にも続く. プランクの式による2000 Kと2500 Kの波長スペクトルを,それぞれの全波長積分が1となるように規格化して示す.ピークは約1.45 μmから1.16 μmへ短波長側に移る.橙の縦帯は可視光0.40〜0.70 μmであり,赤外にピークがあっても短波長側のすそは可視域に入る.2500 Kでは全放射に占める可視光の割合が増す.横軸は線形目盛で,長波長側のすそは表示範囲の外にも続く.
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考え方 ピークは放射の最大位置で,分布はその両側に広がる.

波長をメートルに直して変位則へ代入すると,変更前は 2000K,変更後は 2500K である.分布の短波長側のすそに可視光があるので光って見える.この温度範囲では分布が短波長側へ移ると可視光の割合も増すが,ピークの位置だけから割合の数値は決められない.

演習 4

オリジナル ★★☆☆☆

面積 S=1.0m2,厚さ L=0.020m,熱伝導率 κ=0.040Wm−1K−1 の断熱板の内面を 305K に保ちます.外面は壁と空気が Te=300K の大きな室内に向き,側面は断熱します.外面の ε=0.90,自然対流の係数は h=4.0Wm−2K−1 です.放射を線形化し,定常の熱流,外面で多く熱を運ぶ機構,全体の律速を求めなさい.ε だけを 0.10 にする案と,厚さだけを2倍にする案も熱流で比較しなさい.

内面305 Kの板を熱が伝導で通った後,外面から対流と放射の並列経路で300 Kの環境へ流れる.定常熱流は約8.3 W,外面は約300.87 Kである.板の直列抵抗 R=L/(κS)=0.50 K W⁻¹に,対流1/(hS)=0.250 K W⁻¹と放射1/(h_r S)≈0.181 K W⁻¹の並列回路が続く.表面の合成抵抗は約0.105 K W⁻¹である.下の同じ尺度の棒は板の抵抗が表面の約4.8倍で,板内の伝導が律速となることを示す. 内面305 Kの板を熱が伝導で通った後,外面から対流と放射の並列経路で300 Kの環境へ流れる.定常熱流は約8.3 W,外面は約300.87 Kである.板の直列抵抗 R=L/(κS)=0.50 K W⁻¹に,対流1/(hS)=0.250 K W⁻¹と放射1/(h_r S)≈0.181 K W⁻¹の並列回路が続く.表面の合成抵抗は約0.105 K W⁻¹である.下の同じ尺度の棒は板の抵抗が表面の約4.8倍で,板内の伝導が律速となることを示す.
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考え方 板内の伝導と外面での受け渡しは直列,外面の対流と放射は並列である.

hr=4εσSBTe3≈5.5Wm−2K−1.板と外面の熱抵抗は,それぞれ R=L/(κS)=0.50,1/[(h+hr)S]≈0.105(単位は KW−1)なので,

P=305−3000.50+0.105≈8.3W

となる.外面では放射が対流より多いが,律速は抵抗の大きい板内の伝導である.外面の温度差は約 0.87K と小さく,線形化は適切である.

磨く案では hr が 1/9 となり,P≈5/[0.50+1/(4.0+5.5/9)]=7.0W.厚さ2倍では板の抵抗が2倍で,P≈5/(1.0+0.105)=4.5W.厚さを増すほうが効果が大きい.

演習 5

オリジナル ★★★☆☆

衛星の内部発熱 160W を,片面の面積が S の一様温度の板へすべて送ります.両面から宇宙へ放射し,宇宙からの放射は無視します.板は全波長で ε=0.80 の不透明な灰色体です.影に置いて T≤300K に保つための最小の S を求めなさい.片面が S0=1.0×103Wm−2 の太陽光に垂直となるとき,面積の増加で温度上限を守れますか.吸収率と放射率が波長で変わる表面は扱いません.

片面の面積 S の板に内部発熱160 Wが入り,放射率 ε=0.80 の両面,合計面積2Sから宇宙へ放射する.影では160=2εσ_SB S T⁴でつり合う.日照では片面Sだけが太陽光 S₀=1.0×10³ W m⁻²を受け,εSS₀が吸収に加わる.面積を増やすと両面の放射も片面の日射の吸収も同じ割合で増え,内部発熱は160 Wのままである.300 Kでは日射の吸収800S Wが両面放射約735S Wを上回り,面積を増やしても300 K以下にできない.宇宙からの放射は無視する. 片面の面積 S の板に内部発熱160 Wが入り,放射率 ε=0.80 の両面,合計面積2Sから宇宙へ放射する.影では160=2εσ_SB S T⁴でつり合う.日照では片面Sだけが太陽光 S₀=1.0×10³ W m⁻²を受け,εSS₀が吸収に加わる.面積を増やすと両面の放射も片面の日射の吸収も同じ割合で増え,内部発熱は160 Wのままである.300 Kでは日射の吸収800S Wが両面放射約735S Wを上回り,面積を増やしても300 K以下にできない.宇宙からの放射は無視する.
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考え方 放熱面積は 2S,受光面積は S.太陽光の吸収率も ε である.

影では 160=2εσSBST4.上限温度での最小面積は S=160/(2εσSB3004)≈0.22m2 である.

日照時のつり合いは

160=εS(2σSBT4−S0)

となる.T≤300K では S0>2σSBT4 で右辺は負となり,実現できない.面積を増すと日射の吸収も増え,放熱には T>[S0/(2σSB)]1/4≈306K が必要で,面積だけではこの温度下限を下げられない.

ポイント 教える人へ

  • 正味の熱流を問い,出入り両方の放射を描かせます.

  • 反射しやすい面の吸収と放射を問い,平衡温度を確かめます.

  • ピークを単色光と考えるつまずきには,可視域とすそを指ささせます.

  • 直列と並列を問い,表面で多い機構と全体の律速を区別させます.

  • 面積を増すと受熱も増える配置を描かせ,収支の符号を確かめます.

13第18章の章末問題

4つの題材を6題で確かめます.平均と分散,流れの向き,近似の条件に注意してください.

演習 1

オリジナル ★☆☆☆☆

原点の粒子が,右へ確率 3/5,左へ確率 2/5 で長さ l だけ進みます.各歩は独立,N 歩後の位置は x です.

直線上のA,Bから符号付きの相対位置rと中点Xを定める.下段の4通りは各確率1/4で,同方向の歩ではrが変わらず,逆方向の歩ではXが変わらない. 直線上のA,Bから符号付きの相対位置rと中点Xを定める.下段の4通りは各確率1/4で,同方向の歩ではrが変わらず,逆方向の歩ではXが変わらない.
  1. 1歩の変位 s の平均と分散から,位置の平均と分散を求めてください.

  2. ⟨x2⟩=Nl2 は使えますか.正しい2乗平均を求め,左右が等確率の場合と比べてください.

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考え方 独立な歩では分散が足される.2乗平均には平均位置の2乗も入る.

  1. ⟨s⟩=l/5,⟨s2⟩=l2 より分散は 24l2/25.独立性より ⟨x⟩=Nl/5,位置の分散は 24Nl2/25 である.

  2. 1歩の平均が0ではないので使えない.正しくは ⟨x2⟩=(N2+24N)l2/25 である.等確率なら1歩の平均は0,分散は l2 で,独立性と合わせて ⟨x2⟩=Nl2 となる.

演習 2

オリジナル ★★☆☆☆

断面積 A の十分長い管の静かな水に,原点で粒子を N0 個放します.実測した一定の拡散係数 D と,数密度 c に対して,長時間の解を

c(x,t)=N0A4πDtexp⁡(−x24Dt)

とします.∫−∞∞e−u2du=π を使えます.以下で求める時刻も τv=mμm より十分長いとします.

両面をT₀に保つ平板では,中央の温度がT₀+Θとなる放物線状の温度分布が測定される.熱は中央から両面へ流れ,右半分の薄い層では流出の熱流束q(z+dz)が流入q(z)より大きい. 両面をT₀に保つ平板では,中央の温度がT₀+Θとなる放物線状の温度分布が測定される.熱は中央から両面へ流れ,右半分の薄い層では流出の熱流束q(z+dz)が流入q(z)より大きい.
  1. 総粒子数の保存を確かめ,分母に A が必要な理由を述べてください.

  2. 原点から距離 L>0 の点で,濃度が最大となる時刻を求めてください.

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考え方 粒子数は数密度を体積で積分する.最大濃度の時刻は時間微分で決める.

  1. u=x/4Dt とおけば A∫−∞∞cdx=N0 で,総数は一定である.c の単位は m−3.A を落とすと数密度でなく線密度になる.

  2. ln⁡c(L,t) の時間微分は −1/(2t)+L2/(4Dt2).これが0となる t=L2/(2D) が答えで,その前では増加,後では減少する.液体の D は気体の自由行程から求めない.

演習 3

東京大 2001 後期(改題) ★★☆☆☆

平行な壁の隙間 d に,同種の硬球分子からなる気体を入れます.数密度 n,衝突断面積 σ,平均の速さ v¯,1分子の熱容量 c1 を使い,λ=1/(2nσ),κ≈nv¯λc1/3 と見積もります.温度と壁の温度差は保ち,対流はありません.

白抜きの丸は真の位置x,塗った丸は記録位置yを表し,赤い矢印が位置誤差eを示す.中央の記録位置を右へ読み違えた例では,前の記録変位Yⱼが増え,次の記録変位Yⱼ₊₁が減る. 白抜きの丸は真の位置x,塗った丸は記録位置yを表し,赤い矢印が位置誤差eを示す.中央の記録位置を右へ読み違えた例では,前の記録変位Yⱼが増え,次の記録変位Yⱼ₊₁が減る.
  1. κ を n を含まない形にし,圧力を半分にしたときの変化を説明してください.

  2. 圧力 p0 で自由行程が λ0 なら,Kn∼1 となる圧力を求めてください.さらに圧力を下げたとき,どの領域で熱流が圧力に比例しますか.

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考え方 運び手の数と運ぶ距離の積を調べ,壁による距離の制限を考える.

  1. κ≈v¯c1/(32σ) である.温度一定なら,数密度が半分になる効果と自由行程が2倍になる効果が打ち消し合う.ただし 1≫λ/d が必要である.

  2. n∝p だから λ=λ0p0/p.遷移の圧力は p∼p0λ0/d である.Kn∼1 は遷移で,圧力比例は Kn≫1 の自由分子領域で成り立つ.運ぶ距離が隙間で制限されるためである.

演習 4

オリジナル ★★☆☆☆

面積 Sc=1.0×10−3m2 の集光装置に,太陽光が垂直に当たります.太陽定数は S0=1.2×103Wm−2 で,光の80 %が表面積 S=1.0×10−5m2 の黒体の球に吸収されます.球は温度 Te=300K の大きな等温の壁に囲まれた真空中にあり,温度は一様,支持部は断熱です.σSB=5.67×10−8Wm−2K−4 とします.

体積Vの槽1は初期濃度4c₀,体積3Vの槽2は初期濃度c₀で,流束Jは槽1から槽2へ向かう.長さL,断面積Sの管では,各瞬間の両端濃度c₁(t),c₂(t)を直線で結ぶ近似を用いる. 体積Vの槽1は初期濃度4c₀,体積3Vの槽2は初期濃度c₀で,流束Jは槽1から槽2へ向かう.長さL,断面積Sの管では,各瞬間の両端濃度c₁(t),c₂(t)を直線で結ぶ近似を用いる.
  1. 平衡温度 T を求めてください.

  2. 装置の半分を覆ったときの温度 T′ を T で表してください.温度も半分になりますか.

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考え方 吸収する光と,環境から戻る分を差し引いた放射をつり合わせる.

  1. 0.80S0Sc=σSBS(T4−Te4) だから,T=[Te4+0.80S0Sc/(σSBS)]1/4≈1.1×103K である.

  2. T′4−Te4=(T4−Te4)/2 より,T′=[(T4+Te4)/2]1/4.ここでは環境の項が小さく,T′/T≈2−1/4≈0.84 で,半分にはならない.

演習 5

オリジナル ★★★☆☆

面積 S の固定下板と,右向きに速さ U で動く上板の間に,混ざらない液体を厚さ d ずつ重ねます.下層の粘性率は η,上層は 2η です.下板から上板へ +z,右へ +x とします.定常層流で,圧力勾配はなく,板と界面で滑りません.温度は一定で,界面に外力はありません.

粘性率ηの下層と3ηの上層を厚さdずつ重ね,上板を速度Uで動かす.界面速度uᵢは連続で,薄い液体層の上面には右向き,下面には左向きに同じ大きさの粘性力が働く. 粘性率ηの下層と3ηの上層を厚さdずつ重ね,上板を速度Uで動かす.界面速度uᵢは連続で,薄い液体層の上面には右向き,下面には左向きに同じ大きさの粘性力が働く.
  1. 界面の速さ ui と,上板を引く力の大きさ F を求めてください.

  2. x 方向の運動量の +z 向きの流束を求め,各層で熱になる仕事率も求めてください.

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考え方 せん断力をつり合わせ,各層の速度差を掛けて発熱を求める.

  1. 勾配は一定で,界面で ηui/d=2η(U−ui)/d.従って ui=2U/3,F=2ηSU/(3d).液体は上板を左へ引く.

  2. 法線を +z にとった運動量流束は −η∂u/∂z=−F/S で,上層でも −2η∂u/∂z=−F/S.負号は,正の x 運動量が下向きに運ばれることを表す.上層から下層への力は右向き,下層から上層への力は左向きである.下層の発熱は Fui=2FU/3,上層は F(U−ui)=FU/3 で,合計 FU は外力の仕事率に一致する.

演習 6

オリジナル ★★★☆☆

熱容量 C,表面積 S,放射率 ε の小物体は内部の温度が一様です.熱抵抗 R の支持部で台につながり,台,空気,壁の温度は Te です.対流の係数は h,初期温度差 θ0 は Te より十分小さく,係数は一定とします.

同じ気体を使う3つの装置で,標識粒子の個数,接線方向の運動量,エネルギーを測る.いずれも輸送方向の幅はdで,分子は平均自由行程λの間にそれぞれの量を運ぶ.中央の横向き矢印は流速,下向き矢印は運動量の輸送を表す. 同じ気体を使う3つの装置で,標識粒子の個数,接線方向の運動量,エネルギーを測る.いずれも輸送方向の幅はdで,分子は平均自由行程λの間にそれぞれの量を運ぶ.中央の横向き矢印は流速,下向き矢印は運動量の輸送を表す.
  1. hr=4εσSBTe3 を使い,温度差 θ(t)=T(t)−Te と冷却の時定数を求めてください.

  2. 1/R=0.020WK−1,hS=0.030WK−1,hrS=0.050WK−1 です.空気を除く場合と,放射率を10分の1にする場合で,時定数はそれぞれ何倍になりますか.

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考え方 3経路の熱流を足し,物体の内部エネルギーの減少に等しくする.

  1. 正味の熱流は P=[1/R+(h+hr)S]θ である.Cdθ/dt=−P より θ(t)=θ0e−t/τ,τ=C/[1/R+(h+hr)S] となる.

  2. 係数の和は 0.100WK−1.気体の輸送を無視できる真空なら0.070となり,時定数は 10/7 倍.放射率だけを下げれば0.055で,20/11 倍である.ここでは放射を抑えるほうが効く.

14第18章の発展問題

放射の多重反射,動く境界,気体の反跳力,平衡への緩和を4題で扱います.保存則と近似の条件を確認してください.

演習 1

オリジナル ★★★★☆

温度 T1>T2,放射率 ε1,ε2 の十分広い平面が真空中で向かい合います.両面は不透明な灰色体で,0<εi≤1 は一定です.入射放射の割合 εi が吸収され,残りが反射されます.伝導と端からの漏れは無視します.

左は中心0,定数k₀の平衡,右は中心b,定数k₁=2k₀に切り替えた後の平衡を示す.灰色の谷が捕獲装置,青い曲線が位置の分布を表す.平均位置は0からbへ移り,幅√Vは狭くなるが,切替直後の位置と分布は連続である.下段は同じ粒子の時刻tとt+sの位置を表す. 左は中心0,定数k₀の平衡,右は中心b,定数k₁=2k₀に切り替えた後の平衡を示す.灰色の谷が捕獲装置,青い曲線が位置の分布を表す.平均位置は0からbへ移り,幅√Vは狭くなるが,切替直後の位置と分布は連続である.下段は同じ粒子の時刻tとt+sの位置を表す.
  1. 面1の放射 ε1σSBT14 のうち,面2が吸収する単位面積あたりの熱流を求めてください.1往復ごとの残存割合を考え,1+r+r2+⋯=1/(1−r) を使えます.

  2. 正味の熱流を導き,黒体どうしと ε1=ε2=0.10 の場合を比べてください.

解答を見る

考え方 新しく放射された分が,往復するたびに吸収される量を足す.

  1. 面2での最初の吸収は ε1ε2σSBT14.面2と面1で1回ずつ反射されると,残る割合は r=(1−ε1)(1−ε2) である.従って面2での吸収をすべて足すと

ε1ε2σSBT14∑j=0∞rj=ε1ε2σSBT141−r

となる.0≤r<1 なので収束する.面1に戻って吸収される分は正味の移動に含めない.

  1. 面2から面1への寄与は,同じ係数に T24 を掛けたものである.面積を S,面1から面2へ向かう正味を P>0 とすると,

PS=ε1ε2σSB(T14−T24)ε1+ε2−ε1ε2=σSB(T14−T24)1/ε1+1/ε2−1

である.黒体どうしでは分母が1.両面が0.10なら分母は19で,黒体の 1/19 に減る.放射率の積だけを掛けると,多重反射を落としてしまう.

演習 2

オリジナル ★★★★☆

長さ L,断面積 A の細管の底に液体があり,口から液面までの距離は z(t),初期値は z0=L/3 です.温度は一定,液面の蒸気数密度は飽和値 cs,口は co<cs に保ちます.気体中の蒸気の拡散係数 D は実測値です.希薄な蒸気を考え,空気の流れを無視します.液体の数密度 nl は蒸気より十分大きく,液面移動による蒸気量の補正は無視します.

表面を周期的に加熱・冷却する固体の内向きをzの正方向とする.深さが4.0 mm異なる2つの温度計は,どちらも周期80 sの温度変化を記録する.下側の振幅は上側の1/eで,変化の位相も遅れる. 表面を周期的に加熱・冷却する固体の内向きをzの正方向とする.深さが4.0 mm異なる2つの温度計は,どちらも周期80 sの温度変化を記録する.下側の振幅は上側の1/eで,変化の位相も遅れる.
  1. 蒸気分布が定常に近いとして,流束 J,液面の移動の式,全部蒸発する時間を求めてください.

  2. 拡散時間 z2/D と液面の移動時間 z/(dz/dt) を比べ,近似を確かめてください.

解答を見る

考え方 蒸気の流出数を液体の減少数に等しくし,伸びる拡散距離を考慮する.

  1. 液面から口へ向かう座標を x とすると,c=cs−(cs−co)x/z,従って J=D(cs−co)/z である.粒子収支は nlAdz/dt=AJ だから,

z2=z02+2D(cs−co)nlt,tend=4nlL29D(cs−co)

となる.断面積は消え,z=L で液体がなくなる.

  1. 移動時間は nlz2/[D(cs−co)].拡散時間との比は (cs−co)/nl で,仮定より十分小さい.分布が整う間に液面はほとんど動かず,近似はよい.

演習 3

東京大 2006 前期(改題) ★★★★☆

面積 S の板を,温度 Te の壁に囲まれた希薄気体中に置きます.気体の数密度を n,圧力を p=nkBTe とし,自由分子領域 Kn≫1 に限ります.ヒーターが片面を熱流 P0 で加熱し,その面の温度は Te+θ,裏面は Te に保たれます.加熱面から裏面への熱抵抗は R,加熱面の放射率は ε>0 です.加熱は弱く,θ は Te より十分小さいとします.気体に失う熱流は,測定した定数 g>0 により gpSθ とします.

力の計算には,質量 m の分子が直交する6方向に等分され,速さ v0=3kBTe/m で入射する模型を使います.吸着した分子は同数ずつ,温度 T の面から法線方向へ速さ 3kBT/m で再放出されます.

閉じた管で装置1と2がA,Bを対で一様に生成し,出会ったAとBは生成物へ変わる.両端では流束Jが0である.下段は一様な定常濃度cₑに半周期の余弦のむらを加えた初期分布で,両端の勾配も0となる. 閉じた管で装置1と2がA,Bを対で一様に生成し,出会ったAとBは生成物へ変わる.両端では流束Jが0である.下段は一様な定常濃度cₑに半周期の余弦のむらを加えた初期分布で,両端の勾配も0となる.
  1. 放射を線形化して定常の θ を求め,g の単位も述べてください.

  2. 両面の反跳の差から,板が気体から受ける力 F の大きさと向きを求めてください.同じ P0 で p→0 としたときの力も調べてください.1+y≈1+y/2 を使えます.

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考え方 熱収支で温度差を決め,再放出の運動量から力を求める.

  1. hr=4εσSBTe3 とおく.熱収支は P0=[1/R+S(hr+gp)]θ なので,

θ=P01/R+S(hr+gp)

である.gp は熱伝達係数だから,g の単位は Wm−2K−1Pa−1.

  1. 片面に毎秒入る数は nv0S/6 である.入射による力は両面で相殺され,再放出の反跳の差が残る.従って

F=nmv02S6(1+θTe−1)≈pSθ4Te=pSP04Te[1/R+S(hr+gp)]

となる.反跳が大きい高温面から裏面へ向かう.p→0 では伝導と放射が温度上昇を有限に保ち,F は圧力に比例して0へ近づく.

演習 4

オリジナル ★★★★★

長さ L,断面積 A の閉じた管に,温度 T の希薄な粒子を N 個入れます.数密度 c(x,t)>0,位置エネルギー U(x),拡散係数 D(x)>0 を用い,流束を

J=−D(x)[∂c∂x+ckBTdUdx],∂c∂t=−∂J∂x

とします.両端で J=0,U,D は時間によらず滑らかで,粒子の生成と消滅はありません.

両板を温度T₀に保ち,上板を一定の力F=Sτで右へ引く.薄い層の上面と下面の粘性力は同じ大きさで逆向きだが,上面の速度u(z+dz)は下面のu(z)より大きい.仕事率の差が発熱となり,熱は両壁へ逃げる. 両板を温度T₀に保ち,上板を一定の力F=Sτで右へ引く.薄い層の上面と下面の粘性力は同じ大きさで逆向きだが,上面の速度u(z+dz)は下面のu(z)より大きい.仕事率の差が発熱となり,熱は両壁へ逃げる.
  1. 総粒子数 A∫0Lcdx の保存を示し,平衡濃度 ce(x) を求めてください.

  2. G=kBTA∫0Lcln⁡(c/ce)dx が非負で,時間とともに増えないことを示してください.等号の条件も調べてください.zln⁡z−z+1≥0 を使えます.

解答を見る

考え方 平衡との比で流束を書き換え,保存則と部分積分を使う.

  1. dN/dt=−A[J]0L=0.定常では J が一定で,両端の条件から0.従って

ce(x)=Ce−U(x)/(kBT),C=NA∫0Le−U(x)/(kBT)dx

を得る.

  1. z=c/ce とおく.総数が等しいので A∫0L(c−ce)dx=0.これを引けば

GkBT=A∫0Lce(zln⁡z−z+1)dx≥0

となり,等号は全区間で c=ce のときだけである.平衡の式から J=−Dc∂ln⁡z/∂x.時間微分の定数項は総数保存で消え,端の流束も0なので,部分積分して

dGdt=kBTA∫0LJ∂ln⁡z∂xdx=−kBTA∫0LDc(∂ln⁡z∂x)2dx≤0

を得る.減少率0なら ln⁡z は一定で,総数の一致から z=1 である.この G は,第16章で扱った自由エネルギーの,理想希薄粒子系における平衡からの差として読める.D は平衡分布を変えず,近づく速さを変える.

15第18章のまとめ

この章では,たくさんの分子がでたらめに動くとき,全体として何が起こるかを追いました.平均すると0になるゆらぎが,2乗では着実に積み上がること(ランダムウォーク),その積み上がりが物質・エネルギー・運動量の輸送として現れること,ゆらぎと抵抗が切り離せないこと,そして分子がいない真空でも放射が熱を運ぶことが中心です.第15章から第17章が平衡の話だったのに対し,この章は平衡へ向かう途中の話でした.記号は第15章の約束のまま,n は数密度(単位体積あたりの分子数),σ は衝突断面積です.ここで定義と法則を一覧にし,各題材の最初の問いに短く答えます.

定義と法則

法則 ランダムウォークとブラウン運動

  • 各歩が互いに独立で,1歩の平均が0である N 歩(1歩の長さ l)の酔歩では ⟨x⟩=0,⟨x2⟩=Nl2.交差項 ⟨sjsk⟩(j≠k)が平均して消えるからで,広がりは Nl にしか比例しない.向きまで等方的なら3次元の1成分は 13Nl2.偏った歩では足し算できるのは分散だけで ⟨x2⟩=⟨x⟩2+Nσs2 である.

  • 独立な量の和では分散が足し算になる:σX+Y2=σX2+σY2.N 個の和の標準偏差は Nσ,N 個の平均の標準偏差は σ/N である.

  • 液体中の粒も熱平衡の一員で 12m⟨v2⟩=32kBT.移動度 μm(v=μmF)を使うとアインシュタインの関係 ⟨x2⟩=2μmkBTt が成り立つ.球では μm=1/(6πηa).この式からアボガドロ数が測れる(ペラン).これは t≫τv=mμm の式で,τv より短い間隔では弾道運動になり,見かけの速度は1成分の kBT/m に近づく.

法則 平均自由行程と拡散

  • 衝突断面積 σ,数密度 n のとき,平均自由行程は λ∼1/(nσ)(標的を静止とみなす模型.同種の硬球では 1/(2nσ)),衝突の平均の間隔は τ=λ/v¯.室温1気圧の空気で λ≈0.1μm,τ≈2×10−10s.液体にはこの考え方を使えない.

  • フィックの法則 J=−D∂c/∂x.気体では D≈13λv¯ で,広がりは ⟨x2⟩=2Dt.

  • 保存則 ∂c/∂t=−∂J/∂x と合わせて拡散方程式 ∂c/∂t=D∂2c/∂x2.断面積 A の管の原点に N0 個を置いた解は幅 2Dt の釣鐘形 c=N0exp⁡[−x2/(4Dt)]/(A4πDt).c は数密度なので,A を落とすと A∫cdx=N0 が合わない.

  • アインシュタインの関係 D=μmkBT.閉じた容器の熱平衡でドリフトと拡散がつり合うことから出るので,気体でも液体でも成り立つ.流束が0になるのは熱平衡のときで,定常でも外から濃度を保てば流れ続ける.

法則 熱伝導と粘性

  • フーリエの法則 q=−κdT/dz,ニュートンの粘性法則 F/S=ηdu/dz(面より速い側が遅い側を流れの向きに引く力.x 方向の運動量の z 向きの流束は −η∂u/∂z).

  • 気体では κ≈13nv¯λc1(c1 は1分子あたりの熱容量),η≈13nmv¯λ.λ∼1/(nσ) を入れると数密度が消え,どちらも圧力によらない.

  • 拡散・熱伝導・粘性は,運ぶ量が粒子数・エネルギー・運動量と違うだけの同じしくみで,係数はどれも 13λv¯ に「運ばれる量の密度」を掛けた形である.

  • 圧力によらないのは 1≫Kn=λ/d のときだけ.Kn∼1 が遷移で,Kn≫1 の自由分子の領域では熱流が圧力に比例して減る(真空断熱).

法則 熱放射

  • キルヒホッフの法則:同じ温度・同じ波長で吸収率と放射率 ε は等しい.よく吸う面はよく放射する.

  • シュテファン・ボルツマンの法則:黒体の表面からは単位面積あたり j=σSBT4(σSB=5.67×10−8Wm−2K−4).温度 Te の大きな等温の環境に囲まれた灰色体の正味は P=εσSBS(T4−Te4).

  • ウィーンの変位則:λmaxT=2.90×10−3mK.室温なら赤外,太陽の表面なら可視光.波長ごとの分布を与えるプランク則は量子論の出発点になった.

  • 温度差が小さければ線形化して P≈hrSΔT,hr=4εσSBTe3.室温では 5.7Wm−2K−1 ほどで,自然対流の h と同じ桁である.

  • 放射を受けて放射する物体は,出入りがつり合う温度に落ち着く.受ける面積と放射する面積の違いに注意する.

手順

ポイント ゆらぎと輸送の問題を解く手順

  1. でたらめな量の和が出てきたら,平均と分散を分けて考える.独立なら分散を足す.和か平均かで N 倍か 1/N 倍かが変わる.

  2. 広がりを問われたら,まず ⟨x2⟩=2Dt(3次元なら 6Dt)を立て,D を μmkBT か 13λv¯ で求める.時間と距離は t∝x2 で結ぶ.

  3. 気体の微視的な量を出すときは λ∼1/(nσ),τ=λ/v¯ から始める.圧力や温度を変えたら,n∝p/T,v¯∝T で追う.

  4. 定常の問題(時間変化なし)では,流れが一定であることを使う.平板なら直線分布,球対称なら A+B/r,円筒なら ln⁡r の形になる.

  5. 熱なら R=L/(κS) の熱抵抗にして,直列・並列で組み合わせる.温度差が電圧,熱流が電流にあたる.

  6. 真空や高温の問題では放射を忘れない.まず P=εσSBS(T4−Te4) を書き,温度差が小さければ hr=4εσSBTe3 にして対流の h や伝導の熱抵抗と並べて比べる.

  7. 結果が成り立つ範囲を確かめる.λ が容器より小さいか,観測の時間が τv=mμm より長いか,線形化してよいほど温度差が小さいかを見る.

主な公式

  • ランダムウォーク:⟨x2⟩=Nl2,σX+Y2=σX2+σY2,二項分布の標準偏差 N/2

  • ブラウン運動:⟨x2⟩=2Dt=2μmkBTt,μm=16πηa,τv=mμm

  • 平均自由行程:λ∼1nσ,τ=λv¯

  • 拡散:J=−D∂c/∂x,D=μmkBT≈13λv¯,∂c/∂t=D∂2c/∂x2,球への取り込み I=4πDac0

  • 熱伝導:q=−κdT/dz,R=LκS,円筒は ln⁡(b/a)2πκℓ,熱拡散率 α=κρc

  • 粘性:FS=ηdu/dz,η≈13nmv¯λ

  • 熱放射:j=σSBT4,P=εσSBS(T4−Te4),hr=4εσSBTe3,λmaxT=2.90×10−3mK,惑星の平衡温度 T=[S0(1−A)/(4σSB)]1/4

各題材の問いへの答え

  • ブラウン運動とランダムウォーク:粒を動かし続けているのは,周りの水の分子がぶつかる回数のゆらぎである.左右の回数は平均すれば同じだが,差は N 程度残る.粒が離れる距離は時間に比例せず,2μmkBTt と時間の平方根に比例する.

  • 拡散:インクの分子は秒速数百メートルで動いていても,周りの分子にぶつかってすぐ向きを変えるランダムウォークをしている.広がりは 2Dt にしかならず,水中の D≈10−9m2s−1(実測値)では 1cm に半日ほどかかる.空気の 0.1μm という自由行程は液体に使えないので,液体では測った D から出発する.においがすぐ届くのは,拡散ではなく空気の流れが運ぶからである.

  • 熱伝導と粘性:空気を半分抜いても熱の伝わりは半分にならない.運び手が半分になるかわりに平均自由行程が2倍になり,打ち消し合うからである.魔法瓶が効くのは,λ が二重壁の隙間を超えるところまで圧力を下げてあり,そこから先は熱流が圧力に比例して減るためである.

  • 熱放射:真空を渡った熱は電磁波である.魔法瓶は向かい合う両面を低い放射率の鏡にして正味の放射を数十分の1に落としてあり,それでも残る 1W ほどで何時間かかけて冷める.地球の温度は,受ける放射と宇宙へ出す放射のつり合いで決まり,アルベド 0.30 なら 255K.実際の地表がこれより高いのは,大気が赤外線を吸収して返すからである.

この章で使った数学

平均と分散,独立な量の和の分散,二項分布と正規分布への近づき方,1階の微分方程式(速度の減衰,濃度差の緩和),偏微分と拡散方程式,ガウス関数の微分,1/r と ln⁡r を使った球対称・円筒対称の定常解,次元解析による Dt の見つけ方,(1+x)4≈1+4x による4乗則の線形化がありました.